リシャール・ミル、エクストリーム・ウォッチの系譜に新たなる1本、RM53-01の究極!!

 By : KITAMURA(a-ls)

結局、ハイエンドを模索する時計愛好家の多くは、究極を探しているのだと思う。
仕上げの究極、素材の究極、計測の究極、軽量化の究極、工芸の究極・・・・どちらを好むかは個々の性癖のように千差万別だが(笑)、今年はどんな工夫の究極が誕生したのか、それをいち早くこの目で見たく、わざわざ飛行機に乗りスイスの、それも真冬のジュネーヴに、いそいそと足を運ぶことになるのだ。
もう一度言う、旧作の色違いのダイヤルやケースが見たいのではなく、エクストリーム・インベンションを内蔵した新作の有無、つまりは時計作りに対するブランドの、姿勢そのものを見にいくのだ!

心ある高級機械式時計ブランドは、その究極を30~50mmのケースの中に実現する。ブランドそれぞれ切り口・方向性は全然異なれども、超一流の行きつくところ・目指すものは、いつも究極に他ならない。
その意味で、今年のSIHH2018におけるNo.1エクストリームは、リシャール・ミルRM 53-01、間違いなくコレだ。

プレスリリースを含む基本部分は、カミネさんのショップニュースですでにフォローしていただいているので、その部分については甘えさせていただき、ここでは実機写真やインプレッション、そしてこのピースのエクストリーム・インベンションを中心に書いていきたい。

この時計RM 53-01は、ポロ選手のために作られた。
ちなみに1936年のベルリン大会までポロはオリンピック競技であったし、みんな知っているポロ・シャツも、このスポーツから生まれたとはいうものの。。。しかし考えてみてほしい、全世界人口のおそらく99.9%はポロ選手ではない。ゴルフ人口よりも遥かに少ない。
なのに、リシーャル・ミルのSIHH2018の新作メンズ・ウォッチは、これだけ。


しかも限定数は30本。リシャール・ミルの現在の顧客数を考えると、このマーケティングすら究極的にどうかしてる(笑)! 

ま、ひとまず落ち着いて、この時計の成り立ちから始めよう。

2012年、リシャール・ミルはとあるパーティで出逢い、意気投合したポロのスーパー・プレイヤー、パブロ・マクドナウとともに開発した1本の時計を発表する。RM053の誕生である。

●RM 053を着用するパブロ・マクドナウ。風防を鎧のようなガードを覆っていることがわかる。

あまり知られていないが、ポロほど激しくて危険なスポーツはまずないだろう。
フットボールの約9倍、270mx150mの広さのフィールドで、騎乗しながらマレットというスティック状の用具で球を打ちあうのだが、その木製の球はおよそ時速230キロ。球が直に当たればまず大怪我だ。それだけではなく、選手同士の接触もあり、もし落馬した際には時速60キロで疾走する馬に蹴られたり踏まれたりもする、さらに、相手が振り上げたマレットからの打撃は5000G! それを体に食らえば骨折必至だし、最悪、死と隣り合わせともいうべき競技なのだ。

そのためにポロ用に作られた初号機RM053は鎧のようなチタン・カーバイト製ケース(スチールの倍の強度を持つ)で覆われ、実際、『パブロを手首の怪我から数多く救った点からも、優れた解決法だったと言えるでしょう。しかしムーブメントのほとんどが隠れています。(RM 53-01オフィシャルブレスブックより引用)』

●このようなシーンが当たり前に起こるポロ競技


『パブロ自身、ほとんど全ての骨を一度は骨折しており、彼の体はジグソーパズルと言って良い状態です。このことを踏まえて、リシャールが開発チームに出したリクエストは「防弾」、そして「ムーブメントが見える事でした。(RM 53-01オフィシャルブレスブックより)』

●SIHHでのリシャール・ミルのブース壁面展示の一部。RM 53-01のブリッジ画像と交互に展示されているのはパブロが頭蓋骨に瀕死の重傷を受けた際のレントゲン写真だ。


ムーブメントが見えるようにという、RM 53-01の最初の課題は、鎧のように頑丈だったチタン・カーバイト製ケースに代わる、マレットの5000Gの打撃に耐えるサファイアクリスタルの改良であった。

リシャール・ミルの技術チームは、多額の研究費を投入して、ついに"破壊不能”なサファイアクリスタルの開発に成功した。これは自動車業界のフロントガラスの技術からインスパイアされたもので、両面を鏡面に磨き上げた2枚のガラスをポリビニールで張り合わせ、透明性と強度を兼ね備えた厚さ僅か2.4mmの防御ガラス、ラミネート式サファイアクリスタル(特許申請済)を生み出したのだ。

実際、4.5㎏の振り子衝撃試験でも傷ひとつ付かず、マレットによる5000Gの打刻実験もクリア。万一、1枚目のガラスにひびが入っても挟まれたポリビニールによって絶対に飛散せず、ましてやムーブメント内に破片が落ちることは有り得ず、ムーブを完全に保護するという結果を得ている。
この新しいサファイアクリスタルは、塊から組み立てに至るまでの工程に、リシャール・ミルで通常使われていたものの10倍ものコストがかかるが、新世代のサファイアクリスタル・ガラスとしてリシャール・ミルのスポーツ・ウォッチに革新的な新境地をもたらすことだろう!


●今回のSIHH、リシャール・ミル・ブース内の53-01の展示ケースにひび割れたようなデザインが採用されているのは、"ヒビが入っても絶対に割れない”というイメージを視覚化したもの。粉砕骨折で"割れた”頭蓋骨のレントゲン写真、”割れない”風防、談笑するリシャール・ミル氏。


この割れないサファイアクリスタルは、それに見合った軽量性と安定性と強度を満たした素材、カーボンTPTのケースとの組み合わせによって、妥協を許さない強度を獲得したばかりでなく、究極とエレガントをも手に入れたのである。



ちなみに、このRM 53-01は光量とその当たり方によって、黒かったり金色だったり、様々な風合いを見せてくれる。
●同じ写真を画像ソフトで光量を変えて見たサンプル。






しかしだ、RM53-01の究極は、ラミネート式サファイアクリスタルだけではまだまだ不十分だった。

RM53-01はトゥールビヨンなのだ! 絶えず振動にさらされるポロ競技でのトゥールビヨン・ウォッチの開発にも新たな究極が必要だった。サスペンション式ムーブメントの最進化形の開発である。
これもオフィシャル・プレスブックから引用する。

『馬に乗ることによって継続的に受ける振動、馬上から全力で振られるマレットの動き、従来のトゥールビヨンではこれらに耐えられる可能性は皆無でしょう。RM53-01は、機械式時計にとって悪夢と言えるこれらの問題を克服しています。そしてこれまでのモデル以上に、最先端の素材とテクノロジーを駆使しています。全体がポロ競技に耐え得るように作られ、さらにケーブルを使ったサスペンション式ムーブメントは大幅に進化しています。

最先端エンジニアリングにインスパイアされたケーブルサスペンション構造と立体的な造形は、グレード5チタン製の地板を2枚使用するという、時計界でも珍しい方式を生み出しました。まず「周辺」の地板はケースに固定され、ケーブルサスペンション構造を支えています。そして輪列や手巻き構造などを搭載する「中央」の地板は、ケーブルを介して「周辺」の地板に吊るされています。(中略)ムーブメント組み立てを担当するウォッチメーカーは、直径わずか0.27mmのケーブルのテンションを調整します。ムーブメントにある10個のプーリーはテンションを均一に保ち、全体のバランスを取っています。さらに5000Gを超える衝撃にも耐えられます。スケルトナイズされたムーブメントとその構造は、リシャール・ミルの特徴でもあります。
「建築的構造が特徴のRM012と同じ発想です」。リシャールはさらに説明を続けます。「今回は耐性と軽量性を兼ね備えたボリューム感のあるムーブメントを求めていました。過酷な環境においても見やすいことも重要です。(RM53-01オフィシャルブレスブックより)』

リシャール・ミルの究極の中でも、特に前代未聞のコンセプトとして大きな話題を呼んだサスペンション式ムーブメントは、2013年のRM27-01、ラファエル・ナダルだった。ストラップを含めても僅か18.83gという世界最軽量のトゥールビヨン・ウォッチであった。
「このモデルは技術・美観の両面において、まさしく偉業と呼べるものです。ケーブルで吊るすことで技術的に改善されただけでなく、何よりも衝撃への耐性が大幅にアップしました(リシャール・ミル)」
この原理は橋梁の建設から応用されたもので、0.35mmのスチールケーブル4本でムーブメントを吊っていた。ケーブルのテンションを、3時と9時位置のにあるテンショナー機構と、ムーブメントの4隅にある橋塔のようなプーリーの組み合わせで調整するものであった。
●RM 27-01のケーブルとテンショナー機構


つづいて、2014年に発表されたRM56-02はケース全体がサファイア製で、ケースから透けて見えるトゥールビヨン・ムーブメントはまるで宙に浮かんでいるかのように見えたが、これを吊っていたのも1本のケーブルだった。
●RM 56-02ムーブメント


そして今回、耐衝撃という面でこの2つの先例から進化を遂げたRM 53-01のケーブルは、RM 27-01開発時に発想された吊り橋の構造原理に立ち返り、建設分野での発明を、直径0.27mmのケーブル2本で地板を吊るすサスペンション機構に変換、時計製作に新たな新境地をもたらしたのである。


●吊り橋の原理とRM53-01、そしてサスペンション機構の進化の歴史。






オフィシャル・プレスブックにはこう書かれている。
『RM53-01は技術者魂が切り開いた新境地といえるでしょう。「この建設的モデルの研究開発には2年を要しました。事前調査、研究、寸法計算、プーリー設計やシミュレーションを経て膨大な量のパラメーターを設定し、ケーブルを固定する完璧なメカニズムを目指しました」。土木学の研究所による実証検査の末、前2モデルのように縦ではなく水平のサスペンション機構が採用されました。「今回のコンセプトの成功について、ラファエル・ナダルと彼のRM27-01に感謝しています。我々が蓄積してきた経験に加えて、彼らから得たフィードバックがプロトタイプに生かされただけでなく、我々のノウハウを大きく向上させてくれました」。ケーブルの傾斜と交差についても機構の耐衝撃性と安定性が最適になるよう、自他への取り付け角度が綿密に計算されています。
吊り橋という歴史的発明がさらに進化して、RM53-01トゥールビヨン パブロ・マクドナウがサスペンション式ムーブメントの新世代として誕生しました。」

詳しいことはまだ調査中だが、今回はプーリー(滑車のような装置)を片側5個ずつ、計10個を角度をつけて設置してある。これは正面からの衝撃を分散させるためと思われる。

●RM53-01のケーブルとプーリー


当たり前のことだが、この複雑なムーブを時計師はすべて組み上げた後にケーブルを通して巻いていくのだ、その際にキズでも付けたら、すべてが無となるのだ!

価格も億を超え、その意味でも究極ではあるが、ここまでくるとポロさんごめんなさい、冒頭で云々書いた前言撤回である。つまり今回リシャール・ミルが言わんとしていることは、ポロ競技に耐えられるということは、陸上で行われるほとんどすべての競技に耐えうるスポーツ・ウォッチであるということを意味するのだ!!

言うまでもないが、チタン製ムーブにより、RM 27-01には及ばないが、ストラップ込みでこの軽量!



さらに言うと、リシャール・ミル・ファミリーであり、ポロのスーパープレイヤーである、パブロ・マクドナウがまた素晴らしい。
SIHHの記者会見に参加してくれたのだが、まったく浮ついたところがなく、どんな質問にも常に沈着冷静に受け答えする彼の姿にはちょっとした感動すら覚えた。
あのリシャールさんのラテンな明るいキャラを想うと、どんなパーティーでどんなふうに意気投合したのか、ちょっと想像できない(笑)。



いくつか印象に残った発言をまとめておこう。
「ポロは激しい競技です。リシャール・ミルの時計とは多くの共通点を感じます。」
「以前から時計は好きでしたが、リシャール・ミルに出会ってから、他の時計を付けなくなりました。」
「競技中に時計を見ることはないですが、リシャール・ミルは体の一部となっているのでずっと着用していたいと感じます」
次の時計を作るとしたら、何かリシャール・ミルに要望はあるかという質問に対しも、
「これを作るのに今回は競技中に試着し、マレットの衝撃など、リシャール・ミルの技術チームと一緒に全力で開発しました。ようやく出来上がったモデルですので、次の時計に関しては何の要求もありません」

●多くのスーパープレイヤーを惹きつけるキャラクターの持ち主

なお、このモデルのブルーのストラップはパブロがアルゼンチン出身であることから、リシャール・ミルがアルゼンチンのナショナルカラーであるブルーを採用したのではないかとも語っていた。





【テクニカルスペック】
RM 53-01トゥールビヨンパブロ・マクドナウ 
30本限定モデル
キャリバーRM53-01: 手巻きトゥールビヨン、時分表示
サイズ: 44,50 x 49,94 x 16.15 mm
パワーリザーブ:約70時間(±10%)


グレード5チタン製、2枚のスケルトン地板
ブリッジと特殊な地板にはグレード5チタンが用いられています。「中央」の地板は歯車類をしっかりと保持するムーブメントで、もう1つの「周辺」の地板は張力装置を搭載し、ケーブルを介して「中央」の地板を支えています。グレード5チタンは生体適合性のある合金で、腐食に対する高い耐性を持ち、さらに軽量かつ膨張係数が低い事から航空産業で用いられています。チタン90%、アルミニウム6%、バナジウム4%から成り、ムーブメントの強度を向上させるだけでなく、輪列のスムーズな動作と耐衝撃性を実現しています。
スケルトナイズされた地板とブリッジには様々な過酷なテストが行われています。要求される強度だけでなく、重量と耐久性の絶妙なバランスを実現しています。


ケーブルサスペンション機構

RM 53-01のムーブメントは、スチールを編んだ2本のケーブル(直径僅か0.27mm)で吊るされています。
ケーブルのテンションは、10個のプーリーを介して4個の張力装置で調整可能となっており、これは「周辺」地板の左右に配置されています。ケーブルはプーリーを介して、両側の張力装置に取り付けられています。組立てを担当するウォッチメーカーは、それぞれの張力装置にあるスプラインスクリューを回してケーブルのテンションを調整します。プーリーはケーブルのテンションを一定に保ち、ムーブメント全体のバランスを取っています。
ケース内に吊るされたムーブメントは、5,000 Gの衝撃にも耐える事ができます。

 仕上げ
ムーブメント
- 手作業による面取りとポリッシュ
- ミーリングされた部分にショットブラスト仕上げ
- 地板とブリッジにブラックとグレイPVD加工
スチールパーツ
- マイクロブラスト仕上げ
- サテン仕上げ
- 手作業による面取りとポリッシュ
- ロングストローク
- マットな「ブルイエ」仕上げ
- シンク部分をポリッシュ仕上げ

- 端面をラップ及びポリッシュ仕上げ
- ピボットを鏡面仕上げ
歯車
- シンクをダイヤモンドポリッシュ
- 表面に同心状の筋目仕上げ
- ロジウムメッキ(歯をカットする前)
- 歯の形状を損なわないように加工後の処理は最低限に



リシャール・ミルの快進撃はまだまだ止まりそうにない!!
とか、思ってみていたら急に目が合ったところで一枚(笑)。