NICTが 世界で初めて国家標準時の維持に光格子時計を利用~協定世界時(UTC)に対しての時刻差を従来の10億分の5秒以内に抑制

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世界初、国家標準時の維持に光格子時計を利用
NICTが持つ時計のみで協定世界時との同期が可能に


NICT(エヌアイシーティー) は、間欠運転をする光格子時計を参照して標準時を生成することに世界で初めて成功しました。光格子時計が発生する1秒を基準として標準時が刻む1秒の長さ(刻み幅)を調整することで、標準時の協定世界時(UTC)に対する時刻差を従来の10億分の20秒から10億分の5秒以内へと4分の1以下に抑制可能です。

●ストロンチウム光格子時計



【ポイント】
■世界で初めて、光格子時計を参照した国家標準時を生成
■標準時システムに光格子時計を加えることで、協定世界時に対して10億分の5秒以内の時刻維持が可能
■標準時を光格子時計に基づいて運用することは秒の再定義のために望まれる条件の一つ

国立研究開発法人情報通信研究機構 NICT(エヌアイシーティー)は、間欠運転をする光格子時計を参照して標準時を生成することに世界で初めて成功しました。光格子時計が発生する1秒を基準として標準時が刻む1秒の長さ(刻み幅)を調整することで、標準時の協定世界時(UTC)に対する時刻差を従来の10億分の20秒から10億分の5秒以内へと4分の1以下に抑制可能です。
これにより、開発した光格子時計をこれまでの標準時生成で培ってきた複数時計の合成時刻生成技術と組み合わせることで、UTCやGPS時刻等他国の時計に頼ることなく、長期にわたり正確な時刻を刻むことが可能となります。また、本成果は、2030年に想定されている国際単位系の秒の再定義の実現を大きく後押しします。

【NICT】
NICTは情報通信分野を専門とする我が国唯一の公的研究機関です。情報通信技術の研究開発を基礎から応用まで統合的な視点で推進し、同時に、大学、産業界、自治体、国内外の研究機関などと連携して、研究開発成果を広く社会に還元し、イノベーションを創出することを目指しています。

【光格子時計】
2001年に東京大学大学院工学系研究科の香取秀俊准教授(当時)によって提案された光時計の方式の一つ。特別な波長のレーザー光を干渉させ、(b)のように、パンケーキを規則正しく並べたような複数の入れ物を作り、ここに数万個程度の原子を捕獲する。

こうして動きを抑えた原子にレーザー光を照射し、原子が吸収する光の周波数(振動数)から「秒」の長さを計測する。提案当時、300億年経過後にようやく1秒ずれる程度の精度で、「秒」の歩度を調べられると見積もられ、実際に、現在の最高精度の光格子時計では、これに迫る精度を実現している。光格子時計に使われる原子には幾つか種類があり、本成果では、NICTとパリ天文台は共に、ストロンチウム原子を使った光格子時計を用いている。

【協定世界時(UTC, Coordinated Universal Time)】
現在の国際的な標準時。BIPMが、世界中の計量標準研究所などで運用されている400台以上ものマイクロ波原子時計の周波数の重み付き平均を取り、これをCCTFの国際作業部会で認定された一次及び二次周波数標準によって校正した結果(これを国際原子時と呼ぶ)に、うるう秒調整を加えたもの。協定世界時(UTC)は仮想的な時刻であり、実信号は存在せず、BIPMは月に一度、前月の各研究機関が発生・維持したUTC相当の実信号とUTCの時刻差を公表する。各国の計量標準研究所は、前の月の公表値を参考に、UTCに同期するように実信号を必要に応じて調整する。



【背景】 ストロンチウム光格子時計
近年、第5世代移動通信システム(5G)や衛星測位、さらには超高速取引等、マイクロ秒を超えてナノ秒領域での時刻精度が求められる分野が増えており、国際的な基準時刻であるUTCにリンクした正確な時刻を維持することの重要性が高まっています。
UTCは国際度量衡局(BIPM)によって提供されており、各国の標準時はUTCを参照し、時差(日本の場合 9時間)を付けて同期する形で生成・維持されています。
しかし、UTCは世界中の原子時計のデータを集めてその重み付き平均を取り、半月以上遅れて数値データとして決定される時刻です。したがって、UTCに完全に同期した時刻を社会に供給することは不可能であり、NICT等の標準時を生成する機関は自ら原子時計を運用し、できるだけUTCと近い時刻を生成した上で、必要に応じて後からUTCとの時刻差を把握できる形で時刻を供給しています。

NICTで生成・供給する時刻は、一般に日本標準時と呼ばれ、これまでは原子のマイクロ波領域の遷移周波数を基にした水素メーザ原子時計やセシウム原子時計を利用して生成し、標準電波、NTPなど多彩な手段で社会に供給してきました。また、NICTでは、この標準時の生成・供給業務を遂行するとともに、光領域の遷移周波数を利用することで、より高い精度を期待できるストロンチウム光格子時計を開発してきました。近年では、光格子時計によってUTCが刻む1秒の長さを校正する役割を果たすなど、世界の時刻維持に大きく貢献しています。


【国際度量衡局(BIPM, Bureau International des Poids et Measures)】
1875年に締結されたメートル条約に署名した国々が創設した恒久的な学術機関。加盟国政府の代表者が集う国際度量衡総会で選出された最大18名の委員から構成される国際度量衡委員会(CIPM, Comité International des Poids et Mesures)の指示に基づき、計量標準に関する事業を行う。パリ郊外のセーブルにあり、時間周波数分野については、UTCを計算・決定し、その結果等をCircular Tと呼ぶ報告書で毎月発表するなど大きな役割を担っている。

【周波数標準】
現在の「秒」は、「セシウム133原子の基底状態の2つの超微細準位間の遷移に対応する放射の 9,192,631,770周期の継続時間」と定義されている。この遷移を用いた、国際作業部会にUTCを校正する能力を有すると認められた高性能なセシウム周波数標準を一次周波数標準、この定義の遷移ではないが、UTCの校正を認められた他の原子種の高性能な原子周波数標準を二次周波数標準と呼ぶ


【今回の成果】
この度、NICTでは光格子時計を参照して日本標準時の刻み幅を調整することで、より高精度な時刻を生成することに成功し、日本標準時のUTCに対する時刻差を従来の4分の1以下に抑えることが可能であることを実証しました。これは、国家標準時に光格子時計を利用する取組として世界で初めてです。

日本標準時は2006年以来、水素メーザ原子時計と約18台のセシウム原子時計を組み合わせることで、安定な時刻を発生してきましたが、これらのマイクロ波領域の商用原子時計は、多数台の平均を取っても発振周波数が15桁目で変動し、その結果、数か月という期間でUTCとの時刻差が10ナノ秒以上に広がってしまうことが起こり、そのたびにBIPMから半月以上遅れて公表される時刻差データを参照してマニュアルで日本標準時の周波数を調整する必要がありました。

一方、NICTが開発したストロンチウム光格子時計は、ストロンチウム原子の光学遷移に安定化された光を生成します。この遷移の固有周波数は、過去10年近くの間、NICTを含む世界中の多数の機関で測定されてきた結果、相対不確かさ1.9×10^-16の範囲内で、429 228 004 229 872.99 Hzであることが分かっています。そして、この極めて小さい周波数不確かさを持つ光は、光周波数コムを利用して精度を劣化させずにマイクロ波の電気信号に変換することができ、これを日本標準時のマイクロ波出力周波数と比べることで、日本標準時の刻み幅がどの程度ずれているかを16桁の精度で正確に計測することができます。

NICTでは、2021年6月から週1回以上の頻度でこのストロンチウム光格子時計による標準時の刻み幅の妥当性評価を行い、2021年8月から週1、2回、標準時の周波数調整を継続的に実施することにより、標準時のUTCに対する変動を抑えることができました(図参照)。

●光格子時計の導入によって低減した日本標準時と協定世界時の時刻差

近年、光時計の進展は目覚ましく、2030年を目途に、秒の定義を現在のセシウム原子のマイクロ波領域の遷移から原子の光領域にある遷移周波数によるものに変更するという「秒の再定義」が、時刻・周波数標準を扱う国際的な委員会で検討されています。光時計によって標準時の精度を維持することは、秒の再定義に向けて満たされることが望ましい条件の一つであり、今回の成果は、これを満たす初の実証例となります。

【光時計】
光領域にある原子遷移を利用した光周波数標準の総称。光時計の方式には、光格子時計以外に、欧米発の単一イオントラップ時計がある。この方式は、交流電場を使って捕獲した単一のイオンを用いるため、他の原子との衝突などによる時計精度の劣化を受けにくい一方で、信号強度が弱く、高精度に「秒」の長さを計測するには、光格子時計に比べて長い信号積算時間を必要とする



【今後の展望】
NICTでは、日本標準時として常時生成することが期待されるこの高い精度の時刻や周波数を、次世代の通信技術(Beyond 5G/6G)や相対論による測地技術等に活用する方法を開発し、提案していきます。

現在、カーナビや無線通信網の基地局等はGPSから時刻を取得していますが、近年、過度なGPSへの依存に対して世界的に注意が喚起され、米国ではGPSへの依存度を下げる方策を検討することが大統領令として出されるに至っています。今回の成果は、我が国がUTCやGPS等他国によって生成された時刻に依存せず、自らが持つ原子時計群で正確な時刻を刻むことができるという経済安全保障にもつながるものです。

今後は、耐災害性の観点から、NICT本部(東京都小金井市)の原子時計のみによる標準時生成をNICT神戸副局等を利用して分散化することにも取り組み、精度と耐災害性のバランスの取れた強靱な標準時を目指していきます。



【発信元】
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
広報部 報道室