第41回日本アカデミー賞・作品賞受賞「三度目の殺人」とA.ランゲ&ゾーネ「サクソニア」の秘話

 By : a-ls

去る3月2日、東京都内で最優秀賞の発表ならびに授賞式が行われた『第41回日本アカデミー賞』。

是枝裕和監督の『三度目の殺人』が作品賞をはじめ最多6部門で最優秀賞を獲得するという圧倒的な評価を受けたことは、ニュースなどですでにご存知の方も多いと思う。今回はこの2017年を代表する作品と、A.ランゲ&ゾーネとの間に生まれた、映画の構成にも関わる特別な秘話・・・、というお話である。

●「三度目の殺人」ポスター



「三度目の殺人」が受賞した最優秀賞6冠の内訳は以下の通り。

⦿作品賞=三度目の殺人
⦿監督賞=是枝裕和(三度目の殺人)
⦿編集賞=是枝裕和(三度目の殺人) 
⦿脚本賞=是枝裕和(三度目の殺人) 
⦿助演女優賞=広瀬すず(三度目の殺人) 
⦿助演男優賞=役所広司(三度目の殺人) 
※その他、優秀賞として、優秀音楽賞(ルドヴィコ・エイナウディ)、優秀撮影賞(瀧本幹也)、優秀照明賞(藤井稔恭)、優秀録音賞(冨田和彦)を獲得している。

この受賞内訳を見ると、是枝監督の編集ならびに脚本など、映画の構成に関する部分が高く評価されての受賞ということがわかる。

物語の大筋はこうだ。
勤務していた工場の社長殺害で起訴されている被告(役所広司)の弁護を、福山雅治が演じる弁護士が引き受けるところからストーリーは始まる。すでに犯行を自供していた被告には殺人の前科があったため、死刑は免れようのない状況で、弁護士は死刑を無期懲役に減じる法廷戦略を採るのだが、面会の度に変わる被告の供述に翻弄されながら、やがて犯行そのものに疑問を抱くようになっていく・・・というのもの。

是枝監督といえば、ドキュメンタリー出身監督ならではの同時並行的クリエイティヴ・スタイルをとることで知られている。監督でありながら編集ならびに脚本も自ら手掛ける、つまり、脚本を書きながら撮り、撮りながら編集し、そのうえで監督として脚本にも手を入れていくという、無限のごときループの果てに作品を完成に導くのだ。

そのループ手法はこの作品においても遺憾なく発揮されたようだ。その結果なんと、サスペンス・ミステリーの要素が強いこの作品における最大の見せ場であるはずの、事件の謎解き部分(映画では最終弁論のシーン)が、バッサリとカットされたというのだ。
つまり事件の真相そのもの、極端に言えば"犯人は誰か"という最重要案件を含む多くの真実が、もやっとしたベールにくるまれたままという反則的な余韻を残して、映画は幕を閉じるのである。

その理由として是枝監督は、インタヴューで以下のように語っている。
「(被害者の娘役の広瀬すずのセリフの)『ここでは誰も本当のことを言っていない』という言葉に繋がるよう、本当のところを言っている部分を切っていった。この編集の形にたどり着いたのは、もう完成しなければいけないという時だった」

その結果、"本当のところ"が長まわしで語られていた、福山氏熱演の最終弁論シーンもなくなったというわけだ。

再び監督の言葉。
「(最終弁論シーンは)ひとつのクライマックスと言える場面だけど、全部カットした。福山さんは(そのシーンがないので)驚いたと思うけど、"この形で納得できたので、気にしなくて大丈夫”とLINEしてくれた。感謝しています」
●是枝監督のインタヴュー部分は映画.comの記事より引用したが:http://eiga.com/news/20171102/16/  
どうもそのインタヴューの元ネタは成田おり枝氏のものようにも思えるので、そのURLも併記しておく
http://news.nicovideo.jp/watch/nw3047098  :https://news.walkerplus.com/article/126509/


さて、そのバッサリとカットされた幻のシーン、半日をかけて撮った最終弁論シーンとは、約5分にも及ぶ福山雅治の長台詞をカット割り無しで撮るという、まさに主演の見せ場であり、しかも脚本が上がったのは撮影の前日、セリフの分量が分量だけに覚えるには最低2日は欲しいと言っていた福山氏だったが、その大分量のセリフをわずか1日で完璧に覚えるという、渾身の演技を見せたのだった。

是枝監督によれば、
「法廷セットの裁判長の後ろの壁を外し、大型クレーンを入れて、福山さんのアップに寄っていく5分のシーン。(福山の)声も含め、素晴らしかったですよ。『いい最終弁論になったね』と役所さんにも言われたんですが…」
『普段、本当のことを言わない弁護士が、法廷で本音を言ってしまうという最終弁論だったんです。だけど、作品全体を考えると、法廷においては誰も本当のことを言わない方が(作品として)怖い。泣く泣く、そこは切ったんです。切った方が、あの弁護士がこれから抱えて生きていかないといけない荷物が重くなって、いいと思いました』

そしてここからが本題なのだが、なんとこの幻のシーンの重要な小道具として登場していたのが、
A.ランゲ&ゾーネのサクソニア・オートマティックWGだったのだ。

映画の最も重要な真実が語られる最終弁論のシーンには、弁護士が腕元を見つつ、(時計のアップで)時間の計測をしながら犯人分析を行うというカットがあった。そのため、製作チーム側も非常に熱心に時計選定を行い、その結果サクソニア・オートマティックが選ばれ、A.ランゲ&ゾーネも快く時計の貸し出しに応じたのだが・・・。
是枝監督の、同時並行製作手法の拘りによって、最後の最後になってそのシーンはお蔵入りとされたのである。


●サクソニア・オートマティック。左がWG


その幻の最終弁論シーンは、DVDの特典映像として日の目を見るのではという期待もあったのだが、現段階ではどの映像作品にもこのシーンは収録されていない。うーむ・・・・。



●主演俳優の左手袖口の下には「サクソニア・オートマティック」がいたハズだった・・・

Ⓒ2017フジテレビジョン アミューズ ギャガ

                

この"もやもや感”からか、賛否両論ある作品のようだが、監督の伝えたかった"真実”は、解決を委ねられたことで観客もその重さの一端を共有せざるを得なくなるという点において、エンターテインメントとしてだけでは割り切れない、ある種の社会性を獲得していると思う。ま、映画中に散りばめられたフックをつなげていくと、真相はだいたい明らかな気もするしね(笑)。


しかしいつの日にか、封印された福山弁護士の熱演とともに、共演したサクソニアの"名演”を観たいものではある。