稀世の「時計師」ものがたり

 By : CC Fan

時計趣味の知人よりお話を頂き、2020年6月30日に発行された末 和海氏の自叙伝、稀世の「時計師」ものがたりの献本を頂きました。
書評というのも烏滸がましいので、「紹介」させていただければと思います。


自叙伝として、90年にわたり機械式時計にかかわってきた筆者の今だから書くことのできる裏話を含めたリアルな話が述べられています。
この内容はとても私がサマライズしてしまえるようなものではないので、是非実際に読んでいただきたいと思います。

ただ、特に興味深かったのは、クオーツ時計偏重によって日本の時計産業に機械式時計の「失われた20年」が生まれてしまったという考え方です。
クオーツに注力した結果、「高い技能レベルでの修理が行える人材が払底」してしまい、中途半端な修理によって、思い入れがある古い時計を直すことができず、むしろ壊してしまう事態が引き起こされていることを危惧し、ステータスアイテムとしての復活を果たしたスイス時計業界にも同じ欠点があると指摘しています。

これには非常に共感しました、現在はメーカーのコングロマリット化に伴い、修理部門までを自前で抱え込んでサポートする形になっていますが、メーカーが無くなってしまう、そこまでいかなくても部品が枯渇してサポートを打ち切られた時にどうするか?という、工業製品と工芸品の合間のような需要を満たすためにはメーカー公式サポートだけではなく、部品を交換するだけではなく自分で部品を製作する修理・修復という技能を持つ方はいまだに必要だと思うからです。

ただ、これはユーザー側の理解も必要で、「維持にはお金がかかるし、安売りは巡り巡って損」という事を理解しなければいけないので、なかなか難しい…と考えてしまいます。
何度かTwitterで話していますが…

そして自叙伝のほか、帯にも書かれているように雑誌「時計」に1956年から1957年に連載された、幻の「脱進機の実地修理」という特集とアメリカCMW試験の問題が「資料篇」として後半に記されています。
個人的にはこちらも自叙伝に勝るとも劣らない興味深さでした。

スイスレバー脱進機の動作原理から、幾何学的な位置・角度の決め方、製図から実際に地金から切り出して製造するまでを24回にわたって解説したもので、未だすべては理解できていませんが、手元に置いてじっくりと読み込んでいます。


テクニカルな面のみならず、人間関係と組織という点でも非常に興味深い自叙伝だと感じました。

稀世の「時計師」ものがたり 末和海(出版社のサイト)

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