シチズン 前人未踏の年差±1秒の精度を実現したCaliber 0100 開発者インタビュー/第二回【半導体・システム構成編】

 By : CC Fan

改めて「クオーツ時計のスゴさ」をお伝えするというテーマで、前人未到の年差±1秒という外部情報に頼らない自律型アナログ式光発電時計として初めて実現した超高精度エコ・ドライブムーブメントCaliber 0100開発者テクニカルインタビュー。

前回は高精度のコア技術である8MHz ATカット水晶についてお送りしましたが、今回はその水晶を駆動し、実際に年差±1秒を実現するための半導体とシステムの構成について伺った内容をお伝えします。

前回と同じく、Q(質問:私が質問した内容)、A(回答:シチズンさんからの回答)、C(コメント:私の補足説明・解説)という形で基本的に一問一答に必要に応じて補足を追加する方式で進行いたします。



Q:水晶の発振回路は一般的なノンバッファーインバーターを用いた発振回路ですか?何か特別な方法でしょうか?

A:詳細は申し上げられないのですが、教科書的な単純なものではなく、様々な工夫を凝らした回路になっています。

C:ここの部分は「機密」という事でほとんど詳細は明かせないようでした。
省エネを考えると振動の振幅は小さくした方が良いのですが、あまり弱いと少しの外乱で振動そのものが止まってしまうリスク、逆に振幅を上げすぎると水晶振動子が破損したり劣化してしまうリスクがあるため、「適切」な振動を維持するのが設計者の腕の見せ所になります。

Q:水晶発振回路を評価する基準は一般的に時計で重視される周波数安定度とエージング特性(経年変化)以外にも様々な指標がありますが、前者以外で重視したものはありますか?

A:それ以外にも、「いろいろな外乱」に対応する必要があります、一例ですが湿度に対応する必要があります。

C:「性能を維持」することを考えると通常の月差クオーツでは「無視できる」些細な誤差の要因にも細かく対応していかないとあっという間に年差±1秒の性能は保てなくなってしまいます。
最初だけ性能が良いけど長持ちしない、という「レースマシン」ではなく、あくまで常に高性能を保つ「実用機」であるというシチズンの矜持を感じます。



Q:「温度測定と補正」・「衝撃検知機能」・「針自動補正機能」やパワーセーブ機能の実現を考えると単純なカウンタとステッピングモータードライバではなく、内部にプログラム内蔵したマイクロプロセッサと理解しましたが、正しいでしょうか?

A:はい、様々な複雑な機能を実装するためにはプログラムで動作するコンピューターがないと実現できません。

C:最もシンプルなクオーツの回路は32kHzで発振する水晶振動子を駆動するドライバ(アンプ)と、その周波数を1/2ずつ割って(分周して)1Hzの基準クロックを作る分周回路、1Hzのクロックでステッピングモーターを動かすためのモータードライバぐらいしか入っていません。
これは大雑把に喩えると、歯車をデジタル回路に置き換えて1Hzを出力するようにした減速輪列のようなもので、温度補正などの高度な機能を実行することはできません。

これに対し、機械式のように各処理ごとの「専用モジュール」を作るのではなく、回路そのものは単純だけど、読み込むプログラムによって動作が変わる「万能モジュール」としてノイマン型コンピューター(プログラム実行式コンピューター)を搭載し、「どう動くか」は読み込むプログラムを変更して細かく制御することで複雑な制御を実現するのがいわゆる「マイコン」ことマイクロプロセッサです。
後述する様々な機能はマイコンが頭脳となり、周辺回路に適切な指令を送ることで実現しています。

Q:「温度測定と補正」は1分毎に温度を測定、カウンタベースで8MHzから1秒を作るカウント量を微妙に変化させているのでしょうか?

A:1分毎に温度センサから読み出し、その温度から「水晶の周波数」を求め、1秒になる分周比を設定しています。

C:事前にそれぞれの水晶を測定し、温度によって発振周波数がどのように変化するかの関係(補正式)を求めていれば、その周波数をいくつで分周(減速)させれば正確な1秒になるかが計算でき、それを分周回路に入力して温度が変化しても常に一定の1秒を作り出すことができます。

Q:「衝撃検知機能」とは具体的にどのような処理を行っているのでしょうか?

A:衝撃によって針が動くと、その回転トルクは輪列を伝わってステッピングモーターにまで伝わります。
その力によってステッピングモーターのローターが微妙に回転すると、逆起電流がモーターのコイルに流れます、それを検知し、針がずれないようにステッピングモーターをロックするパルスを出力します。

Q:つまり、ステッピングモーターに対し、ICは出力(ドライブ)だけではなく、入力(センス)も使って、モーターが確実に回っているか確認しているという事でしょうか?

A:はい、ステッピングモーターのコイルに流れる電流を確認して、1パルスごとに適切にモーターが回っていることを確認しています。

C:クオーツ時計にステッピングモーター(正確には一般的な2極ステッピングモーターを更に簡易化した1極ステッピングモーター)が使われるのは、細かい制御なしで交互に正負のパルスを送ればモーターの自己位置合わせ作用で一定方向に「よしなに」回るからです。
しかし、非回転時の位置合わせはローターと極が磁力的に引き合うトルク(コギングトルク)任せで、コギングトルクを超えるトルクが加わってしまった場合は固定力を外れて回転し、更に交互に来る正負パルスが適切な順になるまで回転できなくなります。

これによる誤差(停止)は1衝撃当たりせいぜい数秒なので、月差ではそこまで問題になりませんが、年差±1秒では致命的になります。
そこでモーターは発電機にもなる、という特性を活かしドライブしていない(回転させない)時も電流を監視し、意図しない回転による発電(逆起電力)を察知したらそれを打ち消すように特別なパルス(ロックパルス)を送って回転を止めて元の位置に戻します。
これは1000分の1秒の処理として行われ、追加の衝撃センサも要らない優れた方法です。


シチズンのホームページより、衝撃検出機能の動作シーケンス。

停止時は「常にロックパルスを送出しておけば良いのでは?」とも考えられますが、それだと、電流が流れ続けて消費電力が大きいため、必要に応じて送出する方が良いという事なのでしょう。
このステッピングモーターを細かく制御して回すというシステムは後述のパワーセーブ機能でも活用されています。

Q:「針自動補正機能」は60秒に1回秒針が所定の位置にあるか確認し、足りなかったら進め、進みすぎだったら戻す処理でしょうか?

A:はい、60秒に1回秒針が特定の位置にあるか確認し、補正する機能です。
針位置の検出は光センサで行っています。

C:これは電波時計の時刻合わせなどでも使われる技術で、LEDと光センサで特定の歯車に設けられた穴の位置を測定し想定する位置に針が居るか?を測定する機能です。
JIS1種耐磁相当の耐磁機能、「衝撃検知機能」、「針位置自動補正機能」の三種を一体化させた機能によって、そもそもズレなくする、万が一ズレたとしても早く補正する技術をシチズンではパーフェックス(Perfex)と呼んでいます。

Q:充電残量が少なくなって2秒ステップ運針になっている「充電警告中」は精度が保てなくなるとの記載が説明書にありますが、省エネのために一部の処理をスキップしたりしているのでしょうか

A:電池容量が足りなくなると省エネという観点で、1分に1回行う温度補正(温度測定からの水晶の振動周波数の設定)を行わなくなります。
この場合、省エネモードに入る直前の温度が保たれているという前提で動き続けます、そのため充電警告状態に移行する前からの温度変化がなければそこまで精度は落ちません。

Q:ホームページの内容でATカット水晶のことは結構書いてありますが、意外と半導体自体のことは書いてなかったので今回色々伺わせていただいてとても興味深いです。

A:今回の半導体チップもシチズンが今まで取り組んできた積み重ねがあってのものだと思っています。
Caliber 0100に合わせて完全に新規に開発したというよりも今までエコ・ドライブやThe CITIZENの年差でやってきたことの集大成として搭載しているので、ATカット水晶に比べると新しい物としては明記されていないのかもしれません。

Q:この半導体チップはCal.0100専用に作られた専用品なのでしょうか?

A:はい、8MHzのATカット水晶振動子を組み合わせられる(駆動できる、使える)ように、チューニングした専用ICになります。

Q:IC内に「時刻情報」は電波時計のように時分まで持っているのでしょうか?
温度補正・分周用のカウンタ、温度測定間隔の60秒カウンタ、パワーセーブ用の停止時間ぐらいでしょうか?

A:カウンタとしては60秒に1回の針位置検出用、パワーセーブで停止している時間を数える用の12時間カウンタ、これは日付がないため、12時間で同じ位置が来るからです。
あと、パワーセーブがONになるまで暗闇に置かれた時間を数える7日間のカウンタがあります。

Q:パワーセーブ状態でも電池残量があれば温度補正を行って年差±1秒は保っているという事でしょうか?

A:はい、パワーセーブというのは運針を止めているだけで、それ以外の機能はフルに動いています。

Q:パワーセーブは停止してから12時間以上、止まっていればその分の回転を省けるので、エネルギー的に得になる、逆に12時間以内に再度動き出した場合は結局まとめて同じ量だけ動かすので収支は同じという事でしょうか?

A:そうなります

Q:ただ、止まるまで7日間というのは結構長く感じます、積極的に止めて省エネするというより、あくまで「非常用」という事でしょうか?

A:はい、光の当たらない引き出しにしまわれるなど長期間使用しないときを想定した機能です。

Q:Caliber 0100のムーブメントを見ると2列×6個=12個のテスト端子のようなものが見えます、これは組み立て後も使うのでしょうか?

A:はい、組み立て後の検査に使う検査端子です。

Q:バーゼルワールドなどで精度を測定していた測定器はこのために製作したスペシャル機でしょうか?

A:これですね(インタビューに合わせて実機を持ってきてもらった)。
今回の年差±1秒測定専用に開発したもので、今までの測定器ではそもそも測定結果の桁数が足りなかったり、測れたとしても確からしさが不足していて本当に正しいか分からないものでした。





Q:この測定器は一次標準(上位標準)としてはGPSか何かを使うのでしょうか、それとも内蔵しているのでしょうか?

A:ルビジウム原子時計(周波数標準)から10MHzを外部入力する形になっています。
バーゼルワールドなどでデモした時は小型可搬型のルビジウム原子時計から入力していますし、展示用の一点物で作ったわけではなく、生産時には同じものを複数台並べて使うため、それぞれに上位標準が独立して持っていて「どれかがズレる」という状態になってしまうより、標準は一つで中央管理した方が校正上は良いと考えています。



Q:この測定器はモーターの磁気パルスを検出する方式ですか?

A:詳細は申し上げられませんが、そのモーターパルスを検出する方式では、現在ここに表示されている測定精度(+0.0001s/d、10秒測定)は実現できません。
この測定方法も、今回のCaliber 0100で課題となったことの一つです。

C:年差±1秒の実現を「確認」するために1年待つわけにはいかないので、実際にはより高精度な測定器を使って1秒ずつのステップ運針が年差±1秒「相当」であることを確認することになります。
ただ、年差±1秒、誤差率で±1/(60*60*24*365)=±3.17×10^-8=±32ppb以下の誤差を正確に測ると考えると、「それよりも最低でも3桁程度は正確な基準」を使って測らないとそもそも何を測っているのかわからない、という状態になります。
これに対しより正確(最低でも周波数確度が10^-11~10^-10程度、エージング特性も同様に優秀)な原子時計(原子周波数標準)から出力されたきわめて正確な10MHzを基準にして測定することで確実に年差±1秒の範囲に入っていることを確認しています。

――――――――――――――――――――――――――

「オフレコ」も多くかなり削った「波乱」の半導体・システム構成編、も終わりました。
ズレない技術のパーフェックスをはじめ今までより使いやすい実用品を目指してエコ・ドライブで培ってきた技術の集大成として8MHz ATカット専用に設計された半導体とシステムを使った内容を伺ってきました。
さらに、「年差±1秒」というのは「理論」ではなく、実際にその性能が出ていることを確認して初めて謳うことができる、という測定にも迫りました。

ここまででインタビューもちょうど半分、引き続きよろしくお願いいたします。



【お問い合わせ】
シチズンお客様時計相談室
フリーダイヤル 0120-78-4807
(受付時間 9:30〜17:30 祝日除く月〜金)