カルティエ W&W 2022新作 マス ミステリユーズ(Masse Mysterieuse)の構造を「推測」する

 By : CC Fan

カルティエのWatch & Wonders Geneve 2022新作、マス ミステリユーズ(Masse Mysterieuse)。



カルティエが得意とする一見するとどうやって動いているか分からないミステリー・クロックの流れを汲むモデルで、自動巻きローターの上にムーブメント一式が載っており、自由に回転しつつ針は通常の時計と同じように動く、という不思議な動きをする時計です。



このようにムーブメントが動いても動くのは自動巻きローターの形をしているムーブ地板だけで針は動きません。
実際には動画を見た方が分かりやすいと思うので先ずはそちらを。



この動画を見たときに、ローターが回転しても針が動かない仕組みと、どうやって時合わせするかまでは「推測」できたのですが、「でもこれだと手巻きができないよな…」という疑問が解決できずペンディングにしてました。
実機を見たクロノス広田氏から「手巻きはできない、自動巻き専用」と伺い、疑問は氷解したので「いつもの」で仕組みをまとめたいと思います。
公式資料と上記動画のコマ送りで見ていきましょう。



表から見るとスケルトナイズされたローター上に通常の計時輪列が並んでいることが分かります。
向かって右の香箱から2‐4番と加速され、向かって左のテンプで脱進動作を行う事で輪列が一定速度で回転する、という仕組みは通常の時計と変わりません。
問題なのは、それが回転する自動巻きローターの上に載っている、という事でどうやったら(自動)巻き上げ・表示・時合わせができるか考える必要があります。
それを実現するのがサファイアディスクに固定され浮いているように見える中心の太陽歯車とローター上の差動歯車です。

まずは巻き上げから見ていきましょう。




巻き上げはシンプルです、固定された太陽歯車に対しローターが回転している、という状態は相対的にローター側から見ると太陽歯車が回っているのと同じ状態です。
そのため、太陽歯車に噛みあった歯車から回転を取り出し、それを一定方向に整流して香箱の角穴車を巻き上げる、という自動巻きの方法論をそのまま使って香箱を巻き上げればOKという事になります。
アップサイドダウンやトゥールビヨンのように、本来回転するものと固定するものを逆にした機構、と見做すこともできるかもしれません。
使える公式写真がないので掲載しませんが、いくつかのレポートを拝見する限り逆サイドには太陽歯車に噛みあう自動巻き輪列があるようです。



時分針を駆動している2番軸(相当)は計時輪列から直接ではなく、2入力1出力の差動歯車機構を介しており、片方の入力は一定速度で回転している計時輪列の香箱の回転、もう片方はローターの回転を検出する太陽歯車です。
まずはローターが停止しており入力2に回転が加わっていない状態を見てみましょう。
この状態では入力1の一定速の回転のみが差動歯車に伝わり、2番軸は一定の速度で回転するため通常の時計のような表示がされます。

ではこの状態でローターが回転するとどうなるのでしょうか?



ローターが回転するとその分の回転量が差動歯車の入力2に加わります。
この入力2から差動歯車の作用によってローターが回転した分と逆方向に針が動き、ローターから見た針の位置は変化します。
しかし、傍からみるとローターが動いた分と針が動いた分が打ち消し合うため、ローターがいくら動いても針は同じ位置に保たれ続け、ローターの回転には関係なく一つ前のスライドで示した計時輪列の回転のみで進んでいくように見えます。

これで自由回転するローターに関係なく一定速で回転する表示が実現できました。
では時間を合わせるにはどうすれば良いでしょうか?




一見すると時計中央に2番軸が出ているのでそこに普通の時計同様筒カナを被せればいい、と考えるかもしれませんが、これはおそらく使えません。
一つはミステリークロックのため中心部にあまり複雑な筒カナや日の裏車を置きたくないという事、もう一つはそのミステリー表示のために後述するように時分針が実際にはサファイアクリスタルのディスクに取り付けられた比較的重たい構造のため摩擦のみで保持する筒カナは滑る危険性があることです。
そのため、ここも差動歯車を使ってエレガントに解決しています。

先程のローターが動いたときを見たとき、太陽歯車は固定されている、としていましたが、この太陽歯車を回転させ、ローターが固定された状態を考えます。
太陽歯車が回転すると差動歯車はその回転を計時輪列の一定速回転に加えて出力するため、針がその進むことになります、つまり太陽歯車から針を動かすことができました。

ではミステリー時分針の仕組みを見てみましょう。



動画から展開図を引用します。
自動巻きローターに乗ったムーブメントから出力された2番軸が分(長針)に相当する透明ディスクを駆動します。
この透明ディスクの外周には歯が切られており、ドーナッツ状の支持構造の外周にある12:1の減速歯車(日の裏車に相当)で減速され、分の表にある時(短針)の透明ディスクを駆動します。
透明ディスクは外周で支えられれ、支持構造が一見すると分からないように作られているためローターに相当するムーブメントが浮いているように見える、というのがミステリークロックの仕組みです。

時分針とは逆サイドには時合わせと自動巻きを司る太陽歯車を固定した透明ディスクがあります。
少し角度を変えてみましょう。



時合わせ機構は太陽歯車が固定された透明ディスクを滑らかに回転させるための大型ベアリングとリュウズを引いたときに噛みあうリング状の歯車で構成されています。
リュウズを引いた状態で回転させると透明ディスクが回転し、太陽歯車からムーブメントに回転を伝えます。

時合わせの時に自動巻き機構が巻き上げる方向に太陽歯車を回転させれば自動巻き機構も巻き上げるため、この状態では手巻きしているとも見做すことができ、この機構は「手巻きができない」のではなく、「手巻きしようとすると強瀬的に時合わせになる」と言った方がより正確でしょう。



というわけで、色々見て当たらずとも遠からず、と思っている「推測」でした。
この機構、一見すると複雑なようにも見えますが、個人的には良い意味で「シンプル」だと思いました。
一つの太陽歯車に複数の機能を持たせる、手巻きを無くす(または制限付きにする)ことによってミステリークロックにふさわしいシンプルな表示を実現する…と。

カルティエの開発力を示したコンプリではないでしょうか。




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