ヴィアネイ・ハルター 「ラ・レゾナンス」の独立した2つの輪列を実現する差動歯車機構を探る

 By : CC Fan

ヴィアネイ・ハルターの2022年新作、ラ・レゾナンス(La Resonance)

対向させたテンワをヒゲ持ちで連結することによってアコースティック(音響的)レゾナンスを発生させる固定テンワのレゾナンス機です。


Pictures credit : The Horophile

レゾナンスに必要な2つの輪列のエネルギーを得る方法には単純に独立した香箱を2つ配置する方法などもありますが、ヴィアネイが選んだ方法は差動歯車で1つの回転から独立した2つの回転を作り出すというディープ・スペース・レゾナンスでも選択した方法でした。
この差動歯車についてはより深く見ていきたい、と思っていましたが構造がイマイチ理解できていませんでした。
今回、思い付きから特許調査することで構造が理解できたのでレポートします。

ラ・レゾナンスが差動歯車機構を使っていることはプレスリリースでも触れられていますし、ぱっと見でも分かるほど特徴的な構造です。
差動歯車機構は3番車の位置に挿入され、2番車から入力された回転を2つに分割し、2つの4番車に伝えます。
3番車相当の歯車が二つ重なって、その間に何やら機構が挟まっている構造はいかにも差動歯車機構然としていますが、その機構がどうやって、何をやっているのかがイマイチ理解できず止まっていました。

ふと、似た構造をディープ・スペース・レゾナンスを探っていた時に見たな…と思い立って特許を改めて調査したところ、一致する構造が見つかりました。



それがこのスイス特許CH717176A2、「単一ケージ内に二つのオシレーターを備えたトゥールビヨン」の特許です。
これはディープ・スペース・レゾナンスの基本特許で、入力された一つの回転を二つのハーフケージに分配する差動歯車機構の発明しています。
分配された回転は本来は固定されるトゥールビヨン4番車から与えるというカルーセルと呼ばれる機構に似た実装にもなっています。



今回は差動歯車のみを見たいので、その部分だけを取り出します。
太陽歯車の周りを遊星歯車が自転しながら公転する遊星歯車機構をベースにしています。
それぞれの出力は太陽歯車に、入力は遊星歯車の公転運動に相当する遊星キャリアに繋がっています。

遊星キャリアを取り去り、太陽歯車と遊星歯車を見てみましょう。



遊星歯車は2つずつペアになった2つがそれぞれの太陽歯車に噛みあっています。
一見すると対称的な構造で回転できなくてロックするような矛盾した噛みあいに見えますが、歯の厚みを変えることで噛みあう太陽歯車を片方だけにする構造になっています。
遊星歯車Aは太陽歯車Aに噛みあい、遊星歯車Bは太陽歯車Bに噛みあいます、更に遊星歯車同氏はお互いに噛みあっています。



横から見た断面図だとより分かりやすいかもしれません。
太陽歯車Aと遊星歯車A、BとBは噛みあっていますが、AとBは遊星歯車でしか噛みあっていません。
これは、最初に出てきた歯車の噛み合わせを示した図でも同じです。

ではこの機構はどのように動くのでしょうか?



まずは出力が同じ方向に回転する同相モードを見てみましょう。

入力が時計回りに回転したと仮定し、遊星歯車が回転(自転)しないと仮定します。
入力が時計回りに回転すると遊星キャリアが同じく時計回りに回転、遊星歯車が回転しなくても、遊星キャリアの公転に引っ張られて太陽歯車A/B両方が時計回りに回転します。
結局入力の回転がそのまま2つの出力に伝わります。


次は出力が逆方向に回転する差動モードです。

先程とは条件を変え、入力(遊星キャリア)が固定、出力Aが時計回りに回転しているとします。
すると太陽歯車Aに噛みあっている遊星歯車Aが逆時計回りに回転、その回転は遊星歯車B(時計回り)→太陽歯車B(逆時計回り)、と伝わり、出力Bは出力Aとは逆の逆時計回りに回転します。
変速比は1:1になるため、出力Bは出力Aとは逆方向に同じ距離だけ回転します。

独立した事象として同相モードと差動モードを見ましたが、実際にはこの2つのモードは重ね合わせで差動歯車機構の中で同時に発生します。
ある入力回転が加えられているときに、出力Aの回転速度が何らかの要因で入力より遅くなる(逆回転に相当)と出力Bはその分速くなり、出力Aと出力Bの回転速度の平均値が入力の回転速度に一致するような動作になります。
これが差動歯車機構の働きです。



さて、改めて特許の図版とラ・レゾナンスの該当部分を比較してみましょう。
出力に使っている歯車のサイズがラ・レゾナンスの方が大きいという差異はありますが、構造は一致しており、ディープ・スペース・レゾナンスで使われた差動歯車機構の構造がラ・レゾナンスでも踏襲されているだろうという事が分かりました。
2番車からの入力はピニオンから遊星キャリアに伝えられ、遊星歯車の働きで2つの太陽歯車の回転速度の平均が入力に一致するように分配されます。

こそ差動歯車の入力は文字盤(表示)側で面白い使い方をしています。



それがこれです。

差動歯車入力に繋がる軸を文字盤側まで引き出し、それを加速させてセンターセコンド表示を作っています。
時分針の表示は差動歯車より手前の2番車の軸に筒カナ相当の摩擦クラッチを重ねた日の裏車相当の歯車から時分針を動かすオフセット筒カナとでも呼べるような構造になっています。

センターセコンドと時分針を作っ輪列の重なり方を上手く工夫することで文字盤(表示)側でうまく2つの表示を両立させています。
これも最初見たときは歯車が重なりすぎていて何が何だかわからなかったのですが、よくよく見ることで構造が分かりました。

レゾナンスという「主役」だけではなく、細かいところまでユニークな構造を採用したラ・レゾナンス。
これも実機が見てみたい!

関連 Web Site

Vianney Halter
http://www.vianney-halter.com/index.php

コンタクト
contact@vianney-halter.com

小柳時計店
http://www.koyanagi-tokei.com/vianney-halter.html