シチズン 年差クオーツ技術を探る~「クリストロン・メガ」からCaliber 0100への道 【第二回】32KHzの躍進「IC内蔵温度補償技術」

 By : CC Fan

高周波ATカット水晶振動子を搭載したCaliber0100に至る道を「ご先祖さま」クリストロン・メガから改めて辿り、まとめたい、というこの企画。

第一回では消費電力の都合で発振周波数32KHzが当たり前だった1975年にATカット4MHz(+目立たないけど初代のみSOS CMOS-IC)という超スペックを登場させた「クリストロン・メガ」を取り上げました。
クリストロン・メガは「月差」から一段上の「年差」を確立した素晴らしい性能で、これは音叉型水晶に対して温度特性に優れた高周波ATカット水晶振動子の「素」の性能を活かしたものでしたが、周波数の高さゆえに消費電力が(素子特性の優れたSOSを使っても)高く、電池寿命に課題が残っていました。

これに対し、省エネな32KHz音叉型水晶をそのまま使い、発振周波数が温度で変動するのであれば、温度を検出し、それを打ち消せばいいという発想の「温度補償」という考え方の流れがあります、これはクオーツ特有の技術ではなく、機械式でもバイメタル切りテンプやギョームテンプといったヒゲ弾性の温度特性をテンワの慣性モーメント変化で打ち消そうとする試みとして行われてきました。
当初はアナログ回路として負荷容量の温度特性を利用した温度補償コンデンサー方式や、二つの水晶を使ったセイコーの「俺のやり方」ツイン・クオーツ(異なる周波数のビート(うねり)検出を使った温度論理補正方式、水晶の並列接続で温度特性を打ち消させる自己補償方式の2方式)などの方式が模索されてきました。
これらはある温度における周波数の微調整こそクリストロン・メガのようなトリマーコンデンサーでできますが、広い温度範囲での温度補償の「効き」は水晶振動子をはじめとした部品の特性に依存し、設計したように上手く打ち消すためには水晶振動子自体を高精度に製造しなければいけない、という課題が残っていました。

これに対し、水晶の特性は時計として完成させてから測定し、「組み立て後から」温度補償の効きを調整すれば水晶自体は普通の音叉型32KHzで良い、という発想で生まれたのが1981年のシチズン エクシード Cal.1930で登場した「IC内蔵温度補償方式」になります。

前回のクリストロン・メガがいったん中断されたところから再開しましょう。

インタビューのフォーマットとして、前回以前と同様Q(質問:私が質問した内容)、A(回答:シチズンさんからの回答)、C(コメント:私の補足説明・解説)という形で基本的に一問一答に必要に応じて補足を追加する方式で進行いたします。
ただ、今回もCはなるべく平素には書いたつもりですが、更にややこしいので理解できない場合は「そういうモノ」として飛ばしてください。

Q:クリストロン・メガの最終型第三世代と同時に登場したエクシードから「IC内蔵温度補償」技術が登場しました、これは温度補償の「効き」調整するのは基板のパターンを切って実現していたのでしょうか?

A:その質問を待っていました、今回のために用意しました(図面を取り出す)。



Q:まさか、これは?!

A:これが実際のCal.1930に使われたCMOS-ICの全回路図になります。社内に保管されていたオリジナルのもので、定規とテンプレートを使って手書きで描かれています。
IC外部の基板に設けられた設定用のパターンをカットすることで温度補償パラメータを設定し、設定用端子は100ミクロンオーダー程度の間隔で並んでいます。
私(樋口氏)が初めてこれに関わった時は、設定用端子に手ハンダで設定用端子を引き出し、各設定端子のON/OFFを行って実際の動きを確認していました(笑)。

C:図面の全景掲載はNGでしたが、「確かに見た」のために「問題にならない部分」、図面の表題欄と回路の一部を撮影させてもらいました。
表題欄には型番・リビジョン管理・担当者と承認者の印鑑が記されています。
僅かに見えている回路はシングルコイルステッピングモーターに±のパルスを与えるためのフルブリッジ(Hブリッジ)回路で、モーターに繋がるピンはOUT1/OUT2と名前が付けられています。
ボケてますがその上は電源入力で、電源とGNDが繋がっています。


Cal1930の回路基板、ICの横にある細かいパターンがパラメータ設定用のパターン
周波数の微調整はトリマーコンデンサーで行うため、水晶振動子のケース横に見える。

水晶振動子の発振周波数に対する温度補正方法は主に二つあり、「容量負荷の調整」と「論理緩急」です。
通常は二つを、製造時に水晶の中心周波数を合わせる目的と使用時に温度変化に合わせて発振周波数を微妙に変化させる目的に適切に組み合わせて使用します。

「容量負荷の調整」…クリストロン・メガの回でもあったように、水晶振動子に繋がる発振用の容量負荷(コンデンサー)の容量を変化させると周波数が変化するため、これを調整することで周波数を調整する方法。

「論理緩急」…32KHzから1Hzを作る分周カウンタで数える数32768を±1することで出力される1Hzの周期を微調整する方法、1周期だと調整範囲が荒すぎる(日差±2.6秒相当)なので、10周期(10秒)で±1する方法が使われます。

A:ここの部分(回路図上)に設定用端子が出ていて、温度補償パラメータ設定用の部分になります、また温度補償の中心周波数を決めるための端子が3本あります、この設定端子でICに内蔵している負荷容量コンデンサーを切り替えて周波数の粗調整を行い、微調整は外部のトリマーコンデンサーで行います。

特性の計測とパターンカットはある程度自動化されており、専用の治具と極細のドリルを使ってパターンを削り取るようにしていました。
これによって完成した基板を後から測定・調整し、安定して年差精度を出すことができるようになりました。

Q:この部分(ロジック回路ではなくMOS‐FETで表現される回路の一部)は何でしょう?

A:これは温度補償用の「温度計」ですね、温度によって周波数が変化する発振器で構成されており、この出力をカウントして温度を測定し、この部分(ロジック回路)で音叉型水晶の二乗特性の逆特性を作っています

C:「温度計」…温度を測るために発振器の温度係数を逆に利用します。
温度係数が分かっている発振器(CR発振器)を使い、温度を発振周波数に変換し、これを数えることで現在の温度を測ることができます。

「二乗特性」…音叉型水晶の温度特性はある温度(中心温度)を中心に高くなっても低くなっても日差がマイナスに変化し、その値は温度の二乗に比例する特性を取ります、これが二乗特性です。
これを打ち消すためには、得られた温度と中心温度の差を二乗したものに係数をかけた結果を求め、その結果に応じて水晶の容量負荷を調整して周波数を変化させる必要があります。
この計算相当を如何に少ないロジックで行ったか、というのが設計の見どころでもあります。


Caliber 0100のATカット水晶と音叉型水晶の特性比較グラフ、音叉型は上に凸の二乗特性

Q:完全にロジック回路なんですね。

A:はい、フルロジック回路です。逆特性を作ったら水晶振動子の負荷コンデンサーをスイッチングし、負荷容量を変化させることで温度に応じて発振周波数を微妙に変動させています。
温度計を常に動かしていると消費電力が大きいため、温度計自体が動くのは約1分に1回になるようカウンタで制御し、温度を測定したら停止、次の動作までは前回の測定値を使って補正回路は動き続けるようになっています。
ここは電池電圧検出回路ですね。

C:「スイッチング」…容量負荷を変化させる方法で、コンデンサー値を直接変化させる代わりに、ある容量のコンデンサーを繋いだり切ったりするスイッチを時間に応じて切り替える(スイッチングする)ことで、時間に応じた容量に見せかける方法。
例えば、ある容量を1周期のうち0.8周期繋いで、0.2周期は切り離せば、ずっと繋いだ時に比べ0.8倍の容量相当に見えます。
この方式だと水晶の瞬間の発振周波数が微妙に揺らぐことになりますが、時計用途なら最終的に1Hzさえ作れればいいので特に問題はありません。

「温度計の消費電力と制御」…「温度計」自体も発振回路なので動作すると電力を消費するため動かしっぱなしにはできません、ムーブメントはケースに格納され温度変化は比較的緩やかである、という前提に基づいて温度測定は数分に1回行い、測定と測定の間は前回測定した値がそのまま保持されている、という戦略がとられています。
これの動作タイミングはモーターを回す用の1Hzをさらに分周し、1/60Hz(1分に1回)などを作ることで作ります。

Q:電池電圧に応じた処理を行っているのでしょうか?

A:クオーツ時計の「電池寿命警告機能」のための回路で、電池寿命に近くなって電圧が低くなると、モーターに送るパルスを1秒ごとに1回から、2秒ごとに短い間隔で2回送るように切り替え、電池寿命が近いことを知らせます。
水晶発振器および「温度計」については電圧を安定化した定電圧源で駆動しているため、電池電圧の変動に対する処理は行っていません。

これは… (表題欄を見る)昭和52年の回路ですね。

Q:昭和52年…

A:このA2回路図1枚に収まる規模で温度測定から二乗逆特性の生成、そしてコンデンサー切り替えによる周波数の微調整を行っているというのは現在から見てもかなり巧みであると思います。
この当時はまだロジックICの集積度がそれほど高くなかったです。

Q:これがリプルキャリーカウンタによる分周…ここがタイミングパルスの生成… (回路図を見ながら、機能の確認)

A:(答えつつ)この回路で一番工夫があると思うところは二乗特性を作っている部分です、例えば温度計の測定値1が2に変化したとします、これを二乗にするために、パルスのONになっている「幅」を1から2にし、一定時間あたりのパルスの「数」も1から2にします、すると「幅」×「数」のONになっている合計時間の結果は4になり二乗したことと同じになります。
温度が3に変化した時も幅を3、数を3にすれば結果は9になります。

Q:すごい!このアイディアはシンプルに問題を解決してますね!

A:我々としてもこの方式は良く思いついたな、と思っています。二乗回路という比較的重たい処理をこのロジック数に納めるための工夫ですね。

Q:このころだと「手置き」だとは思いますが、スタンダートセル化はされていたんでしょうか?

A:ロジック部分はスタンダートセル、ただ温度計やアナログ的な動きをする部分はトランジスタサイズを決めて手でレイアウトを決めていたと思います。

C:「手置き」…回路を構成するN-ch/P-ch MOS-FETをひとつずつ置いていく(レイアウトする)設計方式、時間がかかるが細かい特性までコントロールできる。

「スタンダードセル」…ある程度の機能ブロック(セル)を標準化(スタンダード)して、それを並べてその間を配線すれば使える、という設計方法。

Q:このロジックの「補正関数」自体はロジックの構成で決まっていて、外部の端子から入力しているのは「補正パラメータ」をここ(回路図を指さす)のフリップフロップに読み込ませているんですね?

A:そうですね、IC内に作りこんだ「温度計」の特性のバラつきを補正するために、あるタイミングで外部端子の入力値を読み取り、どれくらいの時間を動かすかという事を微調整します。

Q:これ「補正パラメータ」は何ビットになるのでしょう?またそれって記事として書いても良いでしょうか?

A:A7からA1、B7からB1の14ビットになりますね、今なら別に書いちゃって良いんじゃないでしょうか(笑)。

Q:この回路はいわゆる固定ロジック、すなわち回路そのものがプログラムを表現したようなロジック回路になっており、その後にマイクロコンピューターでコンピューター化したり不揮発メモリの導入でパターンカットが要らなくなったという進化の年代をお伺いできれば。

A:そこでやっと私(樋口氏)のステージになります、このエクシードのICの時はまだ入社しておらず、これの次の世代のICの時に初めて担当し、1989年か90年になります。
その時に不揮発メモリを導入してパターンカットが必要なくなりました、実際にはその前から一部の製品には導入されていましたが、書き込みに高電圧が必要、集積度が低かった、と色々扱いにくかったので本格的に導入したのはその世代からになります。
古い世代ではエクシードと同程度の十何ビット入れただけでICが大きすぎて割に合わなかったりしました、これは現在のゲート注入(フラッシュメモリ)と違い、半分破壊するような方法で書きこんでいたので、不揮発メモリの周辺に書き込み時の高電圧に耐えるための余白を設けたりしなくてはならず、数ビットの保持にしか使えないものでした、本格採用は改善後の新しい世代になります。
不揮発メモリを本格採用したICは80ビットの内部情報を持っていました。

C:「不揮発メモリ」…通常の半導体メモリ(記憶素子)は電源を切ると内容が消失する揮発メモリで、設定値を覚えさせておくことができない、不揮発メモリは何らかの方法で一度書き込んだ値は消去処理を行うまで電源が切れたとしても保持できるような仕組みを持ったメモリ。

Q:80ビット!

A:新しい世代ではエクシードのICでは外側から与えていた温度補償の補正パラメータのほか、トリマーコンデンサーで行っていた周波数調整もすべてIC内蔵でコンデンサーを切り合える方式にしています。
これにより調整の自由度も高まりました。

Q:その当時はプログラム型(マイコン)ではなく、エクシードのICと同じ固定ロジックですね。

A:はい、実はシチズンの年差ICにはマイコンはあまりなく、ほとんどが固定ロジックで構成されています。
パーペチュアル以外はほとんど固定ロジック(ランダムロジック)で構成されていて、そのランダムロジックICでスタンダード年差キャリバーのほとんどをカバーしています。

なぜそうしたか、そうしなければいけなかったかというのはムーブを見ていただければわかると思い実際のムーブを持ってきました。
例えばこれが一番小さいキャリバーですが、ICはこの小さいサイズに納めなくてはいけませんし、使える電池も同様に小さいため、マイコンが必要とする電力を供給することができず、ランダムロジックの専用回路で極力消費電力を抑えるという方法を取る必要がありました。



C:「ランダムロジック」…素子自体の組み合わせが機能を表現している機械式時計に近い方式、ある機能を実現するためにはその機能を実現する回路を作成し、既存の回路に繋ぐ。

「マイコン(マイクロコンピューター)」…いわゆる汎用コンピューター、最大限に汎用的な回路をあらかじめ作っておいて、その回路をメモリ内に記述されたプログラム(ソフトウェア)を読み込んで動かす、という方法で同じ回路を使いまわして複雑な処理を行う方法、ただしコンピューターとして成り立つために、ある機能に特化したランダムロジックよりも回路規模は大きくなることが多い。

Q:私はもっと「マイコン」が使われていると思っていましたが、そうではないんですね。例えばパーペチュアルカレンダーの計算とかにはマイコンが必要でしょうか?

A:確かにそうなんですが、二代目のザ・シチズンに載せた一次電池年差パーペチュアルのキャリバーは、ランダムロジックで実装しました(笑)。

マイコンに比べたときのランダムロジックの利点として、マイコンは例えば静電気で一度暴走するとリセットするまではまず正常な状態に戻りませんが、ランダムロジックであれば多少の異常からは自己復帰するという性質があります。

また、私(樋口氏)はランダムロジックで色々な回路を作るのが好きで、ランダムロジックによる近距離通信なども行いました。
これは、ケーシング後に歩度微調整を行う為、生産側からの要望で実現したもので、ステッピングモーターのコイルを「アンテナ」として使い、近くの送信機から非接触で書き込みが行えるようにして生産効率を上げるようにしたものです。
アイディアを思いついてからすぐに標準ロジックICで試作して動作を確認、そのままIC化して実用化しました。

Q:ソーラーでボタンを押したときの残量表示とかがついているA060とかはマイコンでしょうか?

A:それはマイコンです。
我々がマイコンを本格的に使い始めたのは電波時計や多機能キャリバーで必要な処理が増加した1990年以降ではないでしょうか。
電波時計も1993年の真ん中に受信アンテナがある7400から始まり、横にプラスチックのアンテナケースが付いたタイプ、そしてフルメタルケースとエコ・ドライブソーラーと進化していきます。

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今回はここまで。
「IC内蔵温度補償」技術は、「水晶の特性」そのものに頼っていた高周波ATカット水晶に対し、音叉型水晶の温度特性を外部回路で「補償」することで同等の性能を出す、そして必要な補償回路をすべてIC内に作りこむことでコンパクト・省電力に実現するという技術でした。

個人的には「クオーツ時計はコンピューター」と揶揄されるようにマイコンを使っていると思っていた補償回路が機械式に近いランダムロジックで構成されているという事が分かっただけでも今回のインタビューを行わせてもらった価値はあったと思える内容でした。

次回は、単体の精度vs「時刻系」という考え方そのものの電波時計についてみていきましょう。
引き続き、乞うご期待!



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