シチズン 年差クオーツ技術を探る~ 「クリストロン・メガ」からCaliber 0100への道【第一回】伝説の「クリストロン・メガ」の時代

 By : CC Fan

2021年末に(私情で)気合を入れて特集した、シチズンが「俺のやり方」エコ・ドライブと高周波ATカット水晶振動子を組み合わせ、グループ創業100周年を記念して作り上げた、自律型では最高精度の±1秒/年を実現した高精度クオーツ腕時計Caliber 0100。
記事内でも精神的な「ご先祖さま」としてクオーツ腕時計が実用化された直後、1975年に発表された4MHz高周波ATカット水晶搭載機「クリストロン・メガ」を取り上げてきました。

今回、ザ・シチズン Caliber 0100の18金イエローゴールドモデルが登場したのを見て「これぞ、クリストロン・メガの直系の子孫だ!」という衝動で、クリストロン・メガからと年差クオーツ技術を改めてまとめたい、という思いから再び特集インタビューを行わせていただきました。


クリストロン・メガ(奥)とザ・シチズン Caliber 0100 18金イエローゴールドモデル。
40年以上の時を経ての邂逅です。

まず今回お話を伺った開発者のプロフィールを紹介いたします。


小峰伸一氏(左)、樋口晴彦氏(右)

Caliber 0100インタビューでもお話を伺った小峰氏はクリストロン・メガ」の開発者を入社時の上司に持ち、高精度クオーツへの思いを継承し、Caliber0100の開発に挑む礎として開発チームを支えました。

樋口氏はシチズン年差技術の開発、ICの設計を行い、シチズンの年差クオーツのIC開発に関わってきました。
氏がマイクロメカトロニクス(日本時計学会誌)に投稿されたクオーツに対する解説論文が今回のインタビューのきっかけとなりました。

クリストロン・メガの記憶も失われつつある今、「当時を知る人物」に直接お話を伺い、自分が納得した上でまとめておきたい、という私の希望でお時間を頂くことができました。


シチズンの年差ICを搭載したキャリバーたち。

この特集ではクリストロン・メガとは何だったのか、そして機械式から高周波への「つなぎ」扱いだった32KHz水晶がいかにして年差を実現し、主流になったのか、「ズレる前に合わせればズレない」電波時計はどうして生まれたのかを何回かに分けて見ていきたいと思います。

1975年にクリストロン・メガが出た時点の国際時計通信で「3.2KHz(参考資料原文ママ、実際には32KHz)の水晶からメガヘルツオーダーになることは既定の方向」とされていたものの、実際には32KHzが使われ続け、シチズン100周年記念のCaliber 0100が2018年に発表されるまで43年が必要となりました、これは消費電力に優れているものの、温度特性が悪い32KHz水晶に対する補正(補償)技術が確立したおかげだと理解しています、この流れを俯瞰したいと思います。


次回以降に登場するものをチラ見せ…

まずは、クリストロン・メガを見ていきましょう。

インタビューのフォーマットとして、Caliber 0100の時と同様、Q(質問:私が質問した内容)、A(回答:シチズンさんからの回答)、C(コメント:私の補足説明・解説)という形で基本的に一問一答に必要に応じて補足を追加する方式で進行いたします。
ただ、今回のCはなるべく平素に書きましたが、少々ややこしいので理解できない場合は「そういうモノ」として飛ばしてください。

Q:前回のインタビューありがとうございました、Caliber 0100の時に8MHzのATカット水晶にたどり着いた理由はATカット自体の「素」の特性(温度特性、経時変化、姿勢差)が良い、という理由であることをお伺いしました。
クリストロン・メガも同様に4MHzのATカット水晶の「素」の特性を活かして温度補償などなしで高精度を狙った、という事でしょうか?

A: はい、ある意味で最も原理・原則に忠実で、水晶振動子を発振させて作られた基準周波数をデジタルの分周器で所定の周波数まで分周し、ステッピングモーターを動かすという仕組みになっています。

Q:当時の資料(国際時計通信)を見ると「室温」で年差±3秒と書いてあります。これは温度補償がないためこの表記なのだと思いますが、技術的な定義はあるのでしょうか

A:当時の規格がどのようなものであったかは、資料が残っていないため、どのような基準で年差±3秒としたという事については現在ではわからなくなってしまっています。

C:ここでは上記の質問と回答のうち、細かい要素について補足します。

「温度特性」…Caliber 0100でのインタビューでも見てきたように、水晶振動子自体の周波数は主に形状と振動モードで決まり、安定度は高いですが、温度によって結晶が物理的に変形することによって周波数が微妙に変化する特性 (温度特性) があります。
ただし、ATカット水晶の周波数変動は室温(25℃)付近で比較的穏やかである、という特性があるため、音叉型水晶に比べて温度補償なしでも高精度を実現できるという戦略がとられたと考えられます。


参考:Caliber 0100の資料、実線がATカット水晶、破線が音叉型水晶。

特性を比較するために温度による発振周波数の変動(周波数シフト)を秒/日の日差の形で揃えて比較したもので、音叉型が上に凸の二乗特性になっているのに対し、ATカットは室温付近(0℃~40℃)で変動が緩やかであることが分かります。
これが「素」の特性の良さで、温度補償を無くしたとしても音叉型よりも良い精度が得られそうです。

Q:当時の資料を見ると水晶振動子のパッケージが円筒形で大きい(ムーブメント直径の1/3程度、回路基板のほぼ半分)、のが目を惹きます。
ここまで大きな水晶を使った理由はあるのでしょうか?

A:水晶が大きいほどインピーダンスが低くなり、損失が少なくなるため低い電力で安定に発振させることができます。おそらく回路の消費電力や水晶振動子を削り出す精度によってこのサイズが決まったのではないでしょうか?

Q:このころの水晶振動子はまだフォトエッチングではなく、削り出しで作っていたのでしょうか?

A:おそらくではありますがワイヤーソー等を用いた機械加工で切り出していたのではないでしょうか。

C:「インピーダンス」…交流抵抗、この値が小さいほど水晶の振動で失われるエネルギーが少なく、「質の良い」振動を保つことができる。

「フォトエッチング」…写真製版の手法で光学的(フォト)に作ったマスクで選択した範囲を化学薬品で溶かして(エッチング)形状を作る方法、現在の水晶振動子は水晶を薄く切り出した水晶ウエハーからフォトエッチングでまとめて作り出す。

「ワイヤーソー」…極細のワイヤーに研磨剤を塗布した糸のこぎり(ワイヤーソー)をつかって水晶を切り出す方法。

Q:クリストロン・メガは4MHz水晶を使うにあたって、SOS CMOS-ICというすさまじい構成を取っているように見えます。
この当時でもSOSってあまり聞いたことないですが、宇宙用とかですよね?

A:正直、クリストロン・メガ以外では聞いたことないですね

Q:これってシチズン内で作ったのか半導体ベンダーから購入したのかどちらでしょう?

A:当時の資料がすでに残ってないので断言はできませんが、おそらく社外だと思います

C:「すさまじい構成」…クリストロン・メガは4MHz水晶を使うにあたって、特に消費電力が大きい4MHz水晶発振器と分周器の一部をSOS CMOS-ICで構築、32KHzに分周した後通常のCMOS-ICに入れる2IC構成になっていました。


クリストロン・メガの構成(前述の国際時計通信の記事から書き起こし)

SOS CMOS ICとCMOS ICの間は32KHzで接続され、CMOS IC側から見るとSOS CMOS ICは通常の32KHz水晶の「フリ」をする回路になっていました。
また、調整のために32KHzを直接オシロスコープや周波数カウンタで測定できる端子が設けられ、ケーシングした状態で周波数を微調整しケーシングによる影響も含めた調整が可能になっていました。

「CMOS」…半導体素子の一種、ゲート(G)とソース(S)にかかる電圧でドレイン(D)とソース(S)間の導通(チャネル)をコントロールする電圧制御素子のMOS-FET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)を使用し、電圧と電流の向きが逆になるN-チャンネルMOS-FETとP-チャンネルMOS-FETを相補的(Complementary)に組み合わせているのでCMOS。
電圧制御素子なので、信号が変化しない通常時は電流が流れないため消費電力を小さくでき、現在のデジタル回路はほとんどCMOSになった。

「SOS」…シリコン・オン・サファイア(Silicon On Sapphire)の略、通常のCMOSはシリコン単結晶の半導体基板に対してMOS-FETを形成するため、本来必要な素子以外に「寄生素子」と呼ばれる望ましくない(回路の動作に本来は不要、下手すると有害)素子が作られてしまい、この素子が誤動作の原因や速度の低下、消費電力の増加を発生させる。
シリコン・オン・サファイアは絶縁体のサファイア基板の上に作ったシリコン層にCMOSを構成し、寄生素子の発生を抑制することで性能を向上させる手法。



時計でも聞く、「SOI」とか「FD-SOI」と呼ばれる技術も同様の技術で、半導体基板とMOS-FET素子との間などに絶縁体(Insulator)を形成することで寄生素子を抑制し、性能を向上させる(サファイア基板は使ってないのでSOSではない)。
寄生素子が少ないことによって、高速化が可能なので高速用途のほか、SOS化することで放射線に対する耐性が上がる(ラッチアップしにくくなる)ので、放射能に晒される宇宙用の半導体によく使われ、RCA1802のSOSバージョン(きわめて高価だが今でも買えるらしい)とかが有名。

Q:構成を見るとSOSが低消費電力なら全部SOSで作ったらいいのでは?という気もするんですが、SOSと通常のCMOSに分かれている理由は何でしょうか?

A:当時私が入社したころの上司がこれ(クリストロン・メガ)の生産をやっていた人間で、ちょっと話したことがあるのですが、とにかく歩留まりが悪かったそうです。

Q:(笑)、良いですね!

A:SOSのウエハーサイズがいくつだったのかは記録が残ってないのですが、「一つのウエハーから数個しか取れなかった」という話を聞いたことがあります。おそらくそこまで周波数が高くない後段の32KHzからの分周とモータードライバの部分をSOSで作ってダイサイズを大きくするより、2つのICに分けた方が良い、と判断した、と思います。

C:「歩留まり(ぶどまり)」…生産した部品のうち、どれだけが使い物になるかの割合。

「ウエハーサイズ・ダイサイズ」…ICの生産は円形のシリコンウエハーに縦横に繰り返してパターンを焼きこむことで行う(スクエアカットのピザのようなイメージ)。



図から明らかなように、ウエハーサイズが大きいほどたくさんのICを一気に作ることができるため大きい方が有利だが、その分生産設備が大きくなるため単純に大きくすることはできない。
逆にダイサイズを小さくすれば1枚のウエハーから取れる量が多くなるため生産効率が上がる。

「SOSの歩留まり」…SOSは一見すると理想的だが、形成されたシリコン結晶に欠陥が発生しやすい問題(格子不整合)があった、1990年代に解決する方法が確立された。

Q:当時はSOSウェハーは3インチとかですかね?

A:当時はシリコンCMOSでも4インチ、一部5インチが出始めていたころでした。たしか入社したころは時計用ICでは4インチでした。
当時、デジタルロジックICはTTLが主流で、CMOSは遅い、という扱いではありましたが時計は遅くて良いのである意味ベストマッチでした。

C:「TTL」…CMOSとは別の方式の半導体ロジック回路。Transistor-Transistor Logicの略、電流制御素子のバイポーラトランジスタを使っているため常に電流が流れ、低消費電力化が困難で、高速だったメリットもCMOSの進歩に伴って追い抜かれたので一部の用途を除き使われなくなった。

「時計は遅くても良い」…最も早く動く水晶振動子が32KHzまたは数MHzで表示が精々10Hz単位の時計は半導体のスピードから見ればかなり遅い。

Q:時計のCMOS化はかなり早かったですよね?

A:前述した遅くて良いという特性もあり、かなり先端を走っていました。低消費電力で長時間動かすノウハウがあり、時計用ICは半導体業界全体を見てもCMOS技術の発展の牽引役になっていたと思います。

Q:この当時は「正解」が分からず、各社様々な方法を模索していた時期であると思いますが、1981年シチズン エクシードのIC内蔵温度補償方式(2021年に国立科学博物館の未来遺産に登録)で「正解」が分かってみんな同じ方法になった印象があります。

A:はい、1981年にIC内蔵温度補償方式を実用化し、32KHzでも年差を実現しました。ただ、同じ年にもクリストロン・メガの新型が発表されています。
実はクリストロン・メガには3世代キャリバーがあり、初代の8650が75年に発表された後、二代目の7370が79年に出ています、これにはサファイアは使わず、フルCMOS-ICでした、そして81年に三代目の1730が出ますが、同じ年にIC内蔵温度補償方式の1930が発表され、一旦クリストロン・メガの系譜は中断されることになります。

Q:ちょっと下世話な話になってしまいますが、クリストロン・メガが中断され、IC内蔵温度補償方式になったのはコストでしょうか?

A:コストというより、水晶が場所を取る、消費電力が大きいというトータルの性能でIC内蔵温度補償に軍配が上がったのではないでしょうか。

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インタビューはまだまだ続きますが、一旦ここで切ります。

クリストロン・メガは「月差」が当たり前だったクオーツに一段上の「年差」を実現させるための試行錯誤の一つとしての高周波ATカット水晶で「行くところまで行った」すさまじい製品だったのではないでしょうか。

最後に登場した「IC内蔵温度補償」技術によってある意味「水晶の特性」そのものに頼っていた高周波ATカット水晶から音叉型水晶の温度特性を「補償」することで同等の性能を出す、という方式になっていきます。
Caliber 0100の水晶パッケージを見ればわかるように、水晶の大きさの問題もいずれは解決するのですが、この時代では如何ともしがたかったでしょう。

次回は、この「IC内蔵温度補償」について見ていきましょう。
引き続き、乞うご期待!




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