ローマン・ゴティエの2本のインサイト/マイクロローター納品式から見える、スイス時計製作の未来形。

 By : a-ls

たぶんこれが年内最後の投稿なので、この一年で最も心に残った納品式のことを書こう。



言うまでもないけれど、当サイトの読者の方であれば理解いただけると思うが、時計って決して安くない!
だからこそ、その1本に出来る限りこだわって、本当に自分の望む時計であって欲しいと、店頭の実機やカタログの仕様書をみて、悶々と悩む。。。。

そんな時、ふと、金無垢の懐中時計が家一軒分くらいの価値を持っていた18~19世紀のユーザーはどうだったろう、思ったことがある。

調べてみると、一般的なスタイルは、こんな感じだ。
まず工房もしくはショップを訪れ、サンプルを手に取り、作りを見定め、納得できるまで時計師もしくは事業主と語り合う。
というのも、一度発注を決めると、生涯にわたる長いお付き合いなることが多かったから、その時計師の技術はもとより、人柄や人物も、その大きな選択理由になったのだそうだ。
そしていざ発注を決めると、時計師と会談を重ね、どのような仕様にするか希望を話し合う、すなわち今で言うカスタマイズに近いオーダーをして、価格、納期で折り合うと正式発注になったようだ。

そういえば、伝説のマリー・アントワネットの「No.160」も、王妃の熱烈な賛美者と名乗る謎の注文主が、『考えうるすべての複雑機能を搭載すること、可能な限りの部品に金を使うこと』。それ以外の条件、費用も時間も制限なしで、とにかく最上の時計を王妃マリー・アントワネットに贈りたいというオーダーがアブラアン-ルイ・ブレゲに発注されたことから、すべてがスタートしている。


しかも、時計が完成すると、時計師自らが納品に訪れ、使い方を説明し、注文主と製作者がその完成を祝して互いに杯を交わしたり、各国に顧客を持つ有名な時計師などは、一年の半分を納品や新規注文の打ち合わせの旅に費やし、残りの半年を工房に籠って注文を受けた時計を作りあげることを年間のルーティンとしていたようだ。


自分の望む時計を、望む予算&期間内で作ってくれて、生涯を通じで付きあえるくらい性格の合う時計師もしくは事業主を探すという、現代とはちょっと違うスタンスではあるが、時計は自分の満足をあらかた叶えたものであって欲しいという願い(欲求)は、250年間普遍なのだ。



前置きが長くなってしまったけれど、今の21世紀に、そんな250年前のスタンスを取れるブランドがあるかといえば、自分の知りうる限り、それに最も近いのはローマン・ゴティエだろうか。




この日に立ち会うことができた2本のマイクロローターの納品式もゴティエ氏本人がスイスから来日、時計を手ずから持ってきたのは言うまでもなく、お祝いのワインのプレゼントまであった。顧客としてではなく、友人としてそして時計好きとして本当にフランクに接してくれるゴティエ氏の素晴らしいお人柄には、誰もがまず惹かれるところだ。





今回納品された2本の時計だが、ともにピース・ユニークともいうべき作品で、しかもそれぞれの"成り立ち"には200年前のブレゲ顔負けの長い長いストーリーと、それぞれのオーナーとの綿密な打ち合わせがあったことも話してもらった。


2組のオーナーは、オーダーおよび進行状況を確認するためにスイスのローマン・ゴティエの工房を訪れ、どんな職人がどんな環境で時計を製作しているのか納得いくまで見学し、あわせて楽しまれたローマンとのスイス小旅行で友人としての絆をも深めたという。


もちろん人柄が良いだけではない。わたしがローマン・ゴティエに感じる底知れない可能性は、ここまで書いてきたような、昔ながらの時計製作者のあるべき姿に近いことと同時に、実は最も昔ながらではない、先進的な製作アプローチが組み合わさっているということなのである。

幼い頃にはレマニアの工房が遊び場だったというローマン少年には、伝統あるジュウ渓谷の時計製作のDNAが刷り込まれている。このことも現在の時計製作につながる実に重要な点なのだが、その一方で彼は。ジュウ渓谷伝統の時計師としての訓練は受けていない。エンジニアとして工作機械のプロフェショナルとなり、初期にははもうひとつの趣味であるオーディ機器の設計などをしていたそうだ。そしてWBAを卒業する際の卒論のテーマに、当時の彼の知識(工作機械と時計製作のDNA)が最も活かせる事業として、時計製作をビジネス・モデルとして選び、それを実践しての"今"なのである。


●ローマン・ゴティエ工房を案内してもらった際の画像。機械から図面から、なんでも見せてくれた!




つまり、時計師ではなく工作機械のプロフェショナルであるというところに、最も昔ながらではない、21世紀の時計製作へ連なる彼の可能性が見えるのだ。

たとえば20世紀後半にトゥールビヨンを作れる時計師は世界でも数人しかいなかったが、これは設計した部品を自製するには、ものすごい技術が必要だったことも一因だった。しかし、切削機械や計測機器が進化した現代、トゥールビヨン製作のハードルは当時に比べると間違いなく低くなった。

細密機構・複雑機構を設計通りに動かすには、部品の精度が絶対条件なのだ。
行くところまで行きついている感のある時計設計において、新機構はおのずと複雑&細密化せざるを得ない。たとえひとりの天才時計師が驚くべき新機能や多機能を搭載した時計の設計図を引けたとしても、出来上がってくる部品の精度が低ければ、その時計は"動かない"のである。

しかし厄介なのは、先端機械を揃えれば、誰でも同じ制度の部品が作れるかというと、そうでもない点だ。
同じ切削機械を使っても、どの角度からどのように切削し始め、どのくらいの時間をかけて作るかなど、作業者として積み重ねたそのマシナリーの習熟度によって、精度は大きく変わってくるといわれるのである。

懐中時計を小型化し、腕時計としての名作を作りあげてきた時代、天才時計師は不可欠だった。
そして今、この21世紀に、新たな"発明"的機構を持った時計を作りだすためには、豊かな発想力と、その発想を図面に落とせるエンジニアとしての能力、そして高精度の部品を製作できる裏付けという、この3点が必要不可欠になってくるのではないかと、素人ながらに想像するのである。


この分野ではわたしなどよりも遥かに博学であられるCCFan氏の文章を引用すると、
「(ローマン・ゴティエらは)伝統に加え工作機械(マシナリー)の素養を持ち完成度を極限まで高めることを求めた世代で、
最新の工作機械を毎年更新することと、機械の"癖"ともいうべき特徴を捉えて最適化することで、同じ機械から最大の精度を引き出している。また、重要なこととして"数を追わない"こと、すなわち加工速度を遅くすることで、加工時の熱による寸法変化に由来する精度悪化を最小に抑え、2ミクロンという極限の精度を追い込むことが重要である」



実際、このローマン・ゴティエ氏をはじめ、CCFan氏イチ押しのクレヨンのレミ・マイヨ氏など、「新進気鋭」とされるブランドの多くが、同じようなマシナリーの経歴を持っていることも象徴的である。


「新進気鋭」かつ「温故知新」であり、そして「進取果敢」であること。
2019年以降の時計の選択肢の大きな潮流のひとつとなるに違いない。


では、それぞれの時計を簡単にではあるが、紹介しておく。
ちなみに、今回納品された2本とも、お使いになるのはご婦人である!!





以前からローマン・ゴティエにはメテオライト(隕石)文字盤があったが、宇宙に夢を馳せるオーナーご主人が地板をメテオライトで作れないかと相談したところから始まったオーダー。




もうひとつのリクエストであったマット針とのバランスを、CGだけでなくリアルに確認するため、ローマンはその場で自分のロジカル1の針を外し、マイクロローターに即効でつけ変えて見せてくれたりしたという。


●これが針を外された方。



結果として、すっきりしたフェイスを持つ、精悍なインサイト・マイクロローターが生まれた。ちなみに、ベルトはご婦人用に付け替えられるとのこと。


ローマン・ゴティエの技術力や完成度を端的に表す事実に、さまざまな面におけるシャネルとのコラボレーションがある。
仕上げならびに製品管理への厳しさには定評のある、あのシャネルの時計部門に対し、シャネルの自社ムーブ・ピースの設計や部品供給を行い、逆にシャネル側からは、ハイブランドならではの得意分野である超一級の貴石・宝石のセレクションおよび買い付け、そしてジェム・セッティングでの技術協力を得ているのだ。



こちらの1本は、シャネルのVIPユーザーでもあるマダムが、シャネルとローマン・ゴティエのコラボレーションを熟知したうえでカスタマイズした逸品。シャネルが厳選した最高級ルビーとダイヤ、計977個があしらわれている。シャネルはシャネルとのコラボの交渉窓口はもちろん、その発想力から湧き出る新たな提案(場合によっては、前例がないと渋るシャネル側の説得)をしたり、完成までの細やかな段取りをまとめあげた。



シャネルの象徴であるカメリアが4時位置にダイヤモンドでデザインされているのがおわかりだろうか。



●サイドにしてこのジェム・セッティング、当然バックルも!!


この大きなルビーは、バックルの形に成形するため、ふた回りくらい大きな石をあえて削って整えたとのこと!





構想から実現まで、ものすごくハードルの高かったプロジェクトだったこともあり、その製作過程を撮影した画像や、設計図面などを記録したUSBも渡された。わたしもそれを詳しく語ることを禁じられている。


ユーザーのとんでもない発想を、ひとりの時計好きとして一緒に面白がって実現に向かってくれるし、エンジニア的な立場から、その発想の困難さや実現の可能性の高低を実に明確に語ってくれる。
だから、たとえ夢がかなわなくても、すごく勉強になるし、納得できる。でも、たいていのことは現実化しちゃう腕を持っている。

ところで、このマイクロローターの場合、(機能の詳細はコチラ →  https://watch-media-online.com/blogs/1378/)、ローターに装飾を入れるということは、重量や回転効率などがオリジナルと異なることを意味する。
自分からは一言も言わないので、ある日尋ねてみたところ、彼は至極当然のように「それはそうだ。だから個体ごとに全部計算しなおして、当初の設計と同等以上の数値がでるよう、パーツの設計は変えているけど、なにか?」風に答えてくれた。


●納品式後にはディナー会をセッティングしてくれて、熱くて面白い時計話が尽きない。ほんとに愛すべき人柄で、ついつい自分も特別な1本をオーダーしてしまいそうに・・・・w


WATCH MEDIA ONLINEをスタートしてから、個人ブログ時代とは比べ物にならないほど多くのウォッチメーカーと出逢い、その話を聞くことができた。
時計趣味を患った初期には、売られてる時計をみつめ、そしてそのブランドの歴史や内部の機構を通じて、その"作り手”への妄想を巡らしたりもしたが、直接そういう方々と会って話をすると、その時計の輪郭は当然のことながら、よりくっきりと浮かびあがってくる。
そこでわたしたちのすべきこと、それは、こうしてユーザー代表として得た様々な感動や感情や情報を、より多くのユーザーに伝えていくことだと思っている。それが皆さんを通じて、SNSなどでさらに"ねずみ算”式に広がって、ユーザーの利益が高まること、それこそが既存の時計サイトとも異なり、プロフェショナル・ライターでもないWATCH TRADE ONLINEの、本来の存在意義だと思っている。

この趣味を患って10年以上経つが、でもね、積み重ねていく知識と反比例するように、ますますわからなくなってくる。
時計って何だろう、ほんとに不思議な存在だ!


2019年もよろしくお願いします!