突発的スイス取材紀行 学校ソヌリで理解するソヌリの動作について

 By : CC Fan
2019年8月13日:動画を追加しました。

突発的スイス取材紀行の“主目的”はカンタロスの引き取りだったわけですが、”裏目的”は例によって”新作展示会に行ってアンティークを入手した”の引き取りで、今回の目玉は通称”学校ソヌリ”と呼んでいる置時計です。

いまいちふんわりとした理解だったソヌリの動作について分かったのでレポートします。

まずは写真を。



ヌーシャテルのホテルで撮った写真。
一見するとちょっとレトロフューチャーなデザインの置時計にしか見えません。



十字状の支柱が時計本体の円筒を支えているデザインで、昔のSFチックでもあります。
個人的には好きなデザインですが、外見からはただの古い時計です。



外見に反し、ムーブメントはバッチリと仕上げられたものが入っています。
外見はそうでもないのに、中身にこれだけのすごいものが詰まっているアンバランスさ…というのがこれに惹かれた理由です。
ベースになったのはソヌリやアラームを作っていたアンジェラス(Angelus)のクロックエボーシュですが、量産品とは桁違いの仕上げが施されています。
そのカギはムーブメントに記されたEPVJというレターです。



ECOLE PROFESSIONNELLE VALLEE DE JOUX、ECOLEは学校、PROFESSIONNELLEはプロフェッショナル(専門職)、VALLEE DE JOUXはご存じジュウ渓谷、すなわちジュウ渓谷の専門学校と記されています。
つまり、これは時計学校の学生が卒業資格を得るために制作した、いわゆる卒業制作時計です。
なので、”学校”ソヌリと呼んでいます。

以前取り上げたデテント天文台クロノメーターと呼んでいる箱入りのムーブメントもル・ロックル(Le Locle)の時計学校内で使われていた卒業制作用のキャリバーではないか…という断片情報が得られており、ヌーシャテルvsジュウ渓谷?と勝手に考えていました。
エボーシュメーカーのアンジェラス自体はル・ロックルにあったようですが…

さて、スキルの優劣はあれど、間違いなく熱意をこめて制作したであろうことは、一歩間違えば過剰な仕上げからも伺うことができます。
この学生はペルラージュを好んだのか、大型のソヌリハンマーにもペルラージュが入れられています。

更にこだわりを感じるのは通常みることができない文字盤下。



ペルラージュ!
通常は入れないであろうスネイルカム、レバーにまで全部入れられています…
一種の保護色のようになっていてレバーがわかりにくいですが、通常は目にする場所ではないので特に問題にはなりません。
むしろ江戸っ子の裏地のように、見えないところにこそ凝る…と言った趣もあります。

さて、この時計の機能はプチ・ソヌリ、すなわち正時には時間の数だけ鐘を鳴らし、30分の時に1回だけ鐘を鳴らす機能です。
クオーター(15分)ごとに鐘を鳴らすグラン・ソヌリに比べると本質的に簡単で、30分の鐘と時報の鐘を1つのハンマーで共用しているためよりシンプルな構造になっています。
また、ミニッツリピーター相当の分単位を読み取る必要もないので、リピーターよりも簡単です。

今回動作している様子を見ることでふんわり理解だったソヌリの動きについて理解できたのでレポートします。



これは時針に相当するスネイルカムとツツ車を取った状態、筒カナと日の裏車が見えます。
筒カナにはソヌリの起動を制御するカムが2本(正時と30分)出ていて、レバーに当たっています。

動作時にレバーで毎回巻き上げ、巻き上げと開放が同じ側から行われる(プルバックに近い)ミニッツリピーターと違い、ソヌリはあらかじめ別香箱を巻き上げて動力源とします。
そのため、動作時に適切に動力を止めてレバーをスネイルカムに突っ込ませなければいけない…というのはわかっていたのですが、具体的な実現方法はふんわりしていました。

まずは動画をどうぞ。



今回、別の時計の解析に使ったのと同じ方法で動画から連続画像を作り、要所要所を見ることでやっと理解できました。



まず初期状態、ソヌリ香箱からのトルクは輪列のスピードを一定速までに制限するガバナーを経由し、ハンマーを駆動する終端部のディスクとピンに繋がっています。
終端部が1回転するたびに、爪がハンマーを駆動し、一回音が鳴ります。
このピンを通常時はソヌリ機構のレバーがブロックしているので、ソヌリ輪列は回転することはできません。
また、時間読み取り用の櫛歯はスプリングでスネイルカムに突っ込む方向にテンションがかけられていますが、同じくレバーにブロックされているので突っ込むことはできません。



筒カナが回転し、起動用のカムがレバーを押し上げていくとピンのブロックが徐々に解除される方向に押し上げられます。



更にレバーが押し上げられると、終端部のブロックが外れ、ソヌリ輪列が回転を始めます。



が、レバーが押し上げられたことにより、ガバナーの軌道内にレバーの出っ張りが侵入、ガバナーに立てられたピンに当たることで回転をブロックします。
これは正時の約3分前に”準備”として行っていることで、終端部のブロック開放とガバナーの軌道内にレバーの出っ張りが侵入するのはオーバーラップしており、万が一にもすっぽ抜けることはないように調整されます。



更にレバーが押し上げられると、櫛歯をブロックしていた部分も外れ、櫛歯がスネイルカムに突っ込み時間情報を読み取ります。
スネイルカムは時間が大きいほど深くなっており、この場合ではスネイルカムがないので最大の12時(12回)を読み取っています。



その直後に起動用のカムの頂点を超え、レバーが落ち込みます。
これにより、ガバナー部で回転をブロックしていたレバーがなくなり、終端部は櫛歯にさえぎられてブロックできるところまでレバーが戻らないのでこちらもブロックされず、ソヌリ輪列が回転を始めます。



ソヌリ輪列が回転し、ピンが櫛歯を送ります。



これで1音鳴ります。



1歯送った後、レバーが櫛歯を押さえるので櫛歯は戻りません。
これを櫛歯が初期位置に戻るまで繰り返すことで、スネイルカムから読み取った回数分鐘を鳴らします。



2回目



3回目…



12回目。
櫛歯の端まで行くと、レバーは櫛歯の歯の上にいたときよりも深く落ち込み、終端部をブロックするようになります。



終端部のピンの軌道上にレバーが。



ピンをレバーが受け止めて停止。

これが正時ごとに行われる鐘打ちの動作です。
終端部とガバナー部の2か所のブロックを交互に使うことですっぽ抜けを防止し、回転運動だけでうまく間欠動作させ、櫛歯自体には動力をつなぐことなく読み取っている仕組みに感動しました。
もっとも、識者曰く、この仕組み自体はソヌリとしてはスタンダードだそうです。

続いて30分の方。



基本的な仕組みは一緒で、まずは終端部のブロックを解除、その時にはガバナー部のピンが通過する軌道内にレバーが侵入済み。



ガバナー回転。



ガバナー部のピンで停止。
違うのはここからで、正時は更にレバーを押し上げて櫛歯をスネイルカムに突っ込ませましたが、30分の時はここで停止、櫛歯は動きません。



起動用カムが落ち込むことにより、櫛歯に関係なくソヌリ輪列が終端1回転分回転し、1回音を打ち鳴らします。

グランドソヌリでは複数のハンマーがあり、クオーターの時に正時を鳴らさないようにブロック、その逆をする仕組みが必要でややこしくなりますが、シングルハンマーのプチソヌリであれば非常にシンプルです。

仕組み上、夜中も鳴り響くというのが不安でしたが、識者曰く”数日で慣れます”とのことだったので、試してみたら普通に慣れました。
音もそこまで大きくなく、生活に潤いと思えばいいのかなと…

計時・ソヌリともに8日間のパワーリザーブで日曜日に巻けばOK、1週間で1分の進みぐらいと精度も十分です。



巻き上げは香箱芯を直接ボウを使って巻き上げる方式、余計なものがない分ダイレクトに巻いている感があります。
黒い方がソヌリ香箱、金色の方が計時香箱で巻く方向が逆になっているのは機構上の都合だと思われます。
右の開口部は緩急針へのアクセス用、分解することなく緩急が調整できる…そうですが今のところ活躍の予定はなさそうです。


打ち鳴らしはこんな感じです。

クロノメーター×2やセクティコン(未紹介)とともに卓上で生活を豊かにしてくれるでしょう…