A.ランゲ&ゾーネ ヴィンテージ懐中時計"訳あり品"博物館・第ニ夜~ムーブメント規格と真贋鑑定

 By : KITAMURA(a-ls)

A.ランゲ&ゾーネ ヴィンテージ懐中時計"訳あり品"博物誌・第二夜




一週間のご無沙汰でした。第一夜(https://watch-media-online.com/blogs/3921/)からの続きなので、初めての方は、この特集の趣旨なども含め、ぜひ第一夜からお読みください。


まずは忘備録がわりに、ALSを含むランゲのクォリティー・カテゴリーについてまとめておこうと思う。


■1A(ALS)クォリティーの定義

ランゲ&ゾーネの創業者フェルディナンド・アドルフ・ランゲは、高品質・高精度の時計製作を目指して1845年にグラスヒュッテに工房を開く。そして1864年、精度を安定させるためのブリッジである3/4プレートを発明。1868年には自社の時計の高品位規格を明文化し、その条件をクリアした時計を1Aクォリティーと名付け、品質保証の基本とすることを始めた。
すなわちランゲは自社のユーザーに対し、“1A規格”として以下の項目を保証したのである。

●ケース:18金もしくは純銀であること。
●ムーヴメント:ガンギ、アンクルに純金を使用、他はジャーマンメタル(洋銀)による仕上げ。ビス止め式ゴールドシャトンで受け石にはルビーもしくはダイヤモンドを使用、青焼きネジ3点止め。エングレービング入りテンプ受け。金のチラネジを使った大型のバイメタル切りテンプ。
●精度:高・中・低温という3つの温度帯環境で5姿勢による精度調整が行われていること。

こうした企業努力により、アドルフ・ランゲが完成させたプレートの一体化した特徴的なムーブメントは“グラスヒュッテ様式”と呼ばれ、壊れにくく、高品質という知名度を欧州各国で徐々に確立していく。


1B、1Cクオリティーとは
19世紀後半、いわゆる市民階級の台頭に伴い、もっと入手しやすい価格帯のランゲ懐中を求める声も高くなってくる。そこで1Aから、シャトンの受け石や3点のネジ止めやテンプ受けのエングレーヴを省略するなど、さほど精度に関わらない部分で形式を省略してクオリティーを下げたムーブメントの注文も現場判断的に行われるようになり、低価格で頒布可能なランゲ懐中の仕様が登場する。
これらダウン・グレードされたALS懐中は、ブランド公認の"B品"というニュアンスで、後年1B、1Cと呼ばれることになるのだが、もともと当時の正式呼称ではなかったためその分類基準はあいまいで、今も各人各様な分類がなされているが、大まかにまとめると、だいたい以下のような傾向にある。
1B=シャトンの青ねじの止め穴数が少ない。14金(585)ケースも可とする。あまり存在が確認されない。
1C=14金か銀ケース。受け石のダイヤがルビーで統一され、3点青ネジ止めを省略。ガンギ、アンクルは真鍮。


■DUF規格の導入
これは想像だが、創業者のアドルフ・ランゲはあくまでも高品位の1A(ALS)クォリティーにこだわり、ランゲ懐中のデイフィージョン(普及品)・ラインを出すことに反対の立場だったのではないだろうか。
その証拠に、1875年12月にアドルフ・ランゲが逝去すると、それから3年も経たないうちに新たな規格であるDUFラインが登場する。
これは、ランゲ&ゾーネの経営にも関与していたヨハネス・デューレンスタイン(ユニオン・グラスヒュッテの創設者でもある)の発案によるもので、ランゲ懐中の普及品ともいえる新ラインを正式に以下のように規格化したものである。

●ケース:14金もしくは純銀を使用。
●ムーヴメント:エンドストーンはルビーで15石。ジャーマンメタルによる仕上げ。
●精度:高・低温の2つの温度帯環境で2姿勢による精度調整。
※前項で解説した、今日1Cクオリティーと呼ばれるALS懐中の仕様に限りなく近いものとなっている。

この規格のムーブメントには「Deutsche Uhrenfabrikation Glashutte」の銘が彫られ、文字盤上にも同様の表記を入れたことから、DUFマークもしくはDUFクォリティーと呼ばれることになる。
第一夜でも紹介したが、これによって、ムーブメント上に「A. LANGE & SOHNE GLASHUTTE b. DRESDEN」の銘があるものをALSマークもしくはALSクォリティーと呼び、ALSとDUFという2つの品質が正式に区別されるようになったのである。

そして、費用対効果――今で言うコスパが高かったDUFはセールス的に大成功を収める。1880年代にヨーロッパ各地の販売網を整えたA.ランゲ&ゾーネは、世界各国からの発注を倍増させ、その知名度と評価を一気に広めることになる。
しかしDUFが登場したのちも、1Aをダウン・グレードしたALSクォリティー(1B、1C)はある時期まで共存していた。

"訳あり博物館"の第4例目がまさにそれだ



❹ランゲ懐中ALS・1Cクォリティー・マリアージュ Ref.18358
ケース素材: スティール
サイズ: 径47mm(リューズ含まず)



これは、1884年製のALSクォリティー(1C)の懐中時計を腕時計に改装したもの。



ブリッジ上には「A. LANGE & SOHNE GLASHUTTE b. DRESDEN」の銘があるが、シャトン周りの3点止めなどは省かれている。



というわけで、この時計はALS・1Cに分類されるものだが、訳ありポイントは、オリジナルのエナメル文字盤がメタル製文字盤になっていること。



製作された1884年当時は金属製の文字盤のほうが貴重で高価だったらしいが、オリジナルと約束事が異なっている部分はマイナスポイントになる。しかしながら、サンバースト仕上げや、テンプ受けのエングレーヴィングは素晴らしい。



こちらにも、グラスヒュッテ時計博物館からのアーカイブ(ZERTIFIKAT=ミュージアム発行のクォリティーの認定書)を取得ズミで、ランゲ社からの出荷された際の台帳のコピーも付属する。







現状は日差±1分程度。頒布可能品。ご興味ある方のご連絡お待ちします。




ランゲ懐中ALS・1Cクォリティー・マリアージュ Ref.34745
ケース素材:スティール
サイズ: 径49mm(リューズ含まず)



1896年製、18Kのケースを失ってい待ってはいるが、比較的状態の良い腕化改装作品。





裏スケを通してALSクォリティーの要素や、仕上げ、ジャーマンシルバーの経年変化、スワンネックなどが楽しめる。



訳ありのマイナス・ポイントとしては、分表示を朱で描いた2色焼きのエナメルダイヤルの、12時位置・縦方向にルーペで観ないとわからない程度の薄さのキズがあること。





こちらにも、グラスヒュッテ時計博物館からのアーカイブ(ZERTIFIKAT=ミュージアム・クォリティーの認定書)と、ランゲ社からの出荷台帳のコピーが付属。



現状は日差±30秒程度で、頒布可能品。



これは雑学。
傷つきやすいエナメル文字盤が100年以上無傷を保つのはとても難しいが、特にランゲ懐中の場合、5時と10時に位置にある干支足が外からは見えずらいカンヌキ状のビスで固定されているので、それを知らずに無理にこじ開けようとするとエナメルは確実に破損する。



ランゲ懐中の文字盤の破損個所を見ると、10時、5時位置にダメージがあるものが多いのはそのためである。


さて、ここまでの訳あり博物館はALS・1CとDUFが中心だったが、最後にランゲ懐中の最高峰、1Aクォリティーの逸品をご紹介しよう。



❻ランゲ懐中時計 ALS・1Aクォリティー Ref,43527
ケース素材: シルバー800
サイズ: 径55mm(リューズ含まず)



シャトン数やその仕上げなど、ムーブメントの外装面は問題なく合格である。





加えてテンプ受けのエングレービング、スワンネック、サンバースト仕上げのギア、ジャーマンメタルの枯れ具合など、どれをとっても申し分のないクォリティー。







針の曲がり具合もいい。



だが、この作品の"訳アリ"ポイントは、ケースの約束事を違えてしまっているところ。
もともとは18K ケースだったのだが、残念ながらシルバー800のケースにリケースされている(リューズのみはオリジナルの18Kのままと思われる)。



これによって評価価値は半減から3分の一ほどになってしまうのだが、業者によっては、そうした瑕疵に触れず相場に近い価格で販売しているので、ヴィンテージ購入の際には、見極め力がとても大事である。



この作品は、銀ケースでも142gという重厚さで、二層のエナメルダイヤルもたいへんに美麗な状態だけに、もしこれがオリジナルのままであれば、現在のマーケットでも150万円以上の評価を受けられる名品だったと思う。






こちらにもグラスヒュッテ時計博物館のアーカイヴと、ランゲ社からの出荷台帳が付属。







この逸品は、有り難くも落札していただいた。


第一夜で、『某フリマアプリやオークションサイトなどにも、三大ブランドやランゲ、ブレゲなどの懐中時計を腕時計に改装したものが、"アンティーク品"という名目で多数出品されているが、9割方がフェイク(贋物)という残念な事態になっているので注意して欲しい。』と書いたが、ここでは最後のオマケとして、ヴィンテージ懐中の簡単な真贋見極め法を残しておこう。

いくつかの例外はあるものの、最もわかりやすいのは、ムーブメント裏のロゴやブランド名のエングレーヴである。
三大ブランドやランゲ、ブレゲなどの懐中時計は、それらエングレーヴをほぼ手彫りで行っているが、最近作られた贋ムーブメントは、手作業などコストの掛かる細工はせず、そこをすべて機械彫りで済ませている。

画像で比べてみよう。
こちらが手彫り、間違いのないブランド銘のもの。



こちらが機械彫りのニセモノ。


このタイプの銘を持つムーブは、2005年頃、復興したA.ランゲ&ゾーネが一定の評価を得た頃から、e-bayなどのサイトで多く見かけるようになった。出品地の大半がイタリアだったのも不自然で、その辺りのシンジケートの悪行と推定するが、かなりの数が出回ったようで、日本のフリマアプリやオークションサイトに出てくるものの多くがこのタイプだ。最近はこの機械彫りの印象を薄めるためか、ブリッジ全面にパターンをエングレーブしたり、スケルトン化したりする改造版も出現している。
下はその一例。


彫りも独創性のない単調な機械彫りなので絶対に騙されていただきたくない。実際、ランゲ懐中でスケルトンや、裏面全体にエングレーヴィングを施されたものは非常に少なく、そんなに簡単にフリマアプリとかに出てくる代物ではない。

参考までに、裏面エングレーブ品の画像を掲載して、この博物館の締めくくりとしたい。
もちろん手彫りである。




ヴィンテージ・ランゲに関して、なにかまとめて欲しい企画などありましたら、ぜひコメント欄にてリクエスト下されませ。
あ、後に記事に画像掲載とともに記事化してよいのであれば、真贋鑑定なども承りましょう(笑)。


さて、次はいつになるかわからないけれど、
また近いうちに、「ランゲ"訳アリ博物館"」、第三夜でお会いしましょう!!