シチズン 年差クオーツ技術を探る~クリストロン・メガ からCaliber 0100への道 【第三回】 電波時計の台頭「電波時計と年差技術」

 By : CC Fan

高周波ATカット水晶振動子を搭載したCaliber0100に至る道を「ご先祖さま」クリストロン・メガから改めて辿り、まとめたい、というこの企画。
今回、年差技術開発自体はあまり進まず、使い勝手向上のために周辺技術が進歩した時代を取り上げる、という事でうまくまとまらず、少し時間が開いてしまいました。
第二回では消費電力は少ない音叉型水晶振動子が温度特性を持っているのであれば温度を測定してそれを「補償」する、そして温度補償に必要な温度センサーと補償用の負荷容量スイッチング機能、連続的に補償するのではなく一定時間(シチズンの実装では60秒=1分)ごとの測定で消費電力を抑える、という要素を全て一つの専用IC内に作りこむ「IC内蔵温度補償方式」の時代を見てきました。



1981年のシチズン エクシード Cal.1930でIC内蔵温度補償方式が登場したころは高周波水晶や外付けセンサー方式、ツインクオーツやその発展型のFTカット水晶(マルチモード振動)など、他の方法も開発されていましたが、最終的にはIC内蔵温度センサーや周波数調整機能の実装に多少の差異はあるものの、ほとんどがIC内蔵温度補償技術に集約していき、クオーツ年差を実現するための「正しいやり方」になりました。



1980-90年代には通常の「年差」品で年差±10秒、という数値上も実用上ほとんど充分、と言って良い精度が32kHz水晶でも実現できたこともあり、何が何でも精度を上げるという競争よりも、電池寿命を延ばす、パーペチュアルカレンダーを搭載する、と言った使い勝手の向上、精度は月差でも更なる付加価値をつける、また「時刻系」と言う考え方そのものに立ち返った電波時計の開発競争が1990-2000年代に始まりました。
事実、クリストロン・メガの年差±3秒と言う精度は32kHz温度補償では(少なくとも数字上は)難しく、2018年のCaliber0100で8MHz温度補償を用いて年差±1秒を実現するまで精度向上の記録更新はいったん「お休み」になっています。

では、前回の続きから見ていきましょう。

インタビューのフォーマットとして、前回以前と同様Q(質問:私が質問した内容)、A(回答:シチズンさんからの回答)、C(コメント:私の補足説明・解説)という形で基本的に一問一答に必要に応じて補足を追加する方式で進行いたします。
ただ、今回もCはなるべく平素には書いたつもりですが、更にややこしいので理解できない場合は「そういうモノ」として飛ばしてください。

Q:マイコンを本格的に使い始めたのは年差を実現するための計算処理よりも「多機能」や「電波時計」の実現のためでしょうか?
例えば、現在でもカンパノラで使用されているクオーツコンプリケーションムーブメントなどはマイコンがないとなかなか難しいのでは?と思います。

A:はい、コンプリケーションはマイコンです。
全体を制御しているのはマイコンですが、これには時計用のステッピングモーターを動かすための回路が入っていないため、別途時計ステッピングモーター用の駆動ICを組み合わせ、マイコンから駆動ICへ「モーターを動かせ」という指令を送ることで針を動かしています。
モーターは4つあり、それぞれを独立に動かすことで単純な減速輪列だけでは実現不可能な複雑な動きを実現しています。


エコ・ドライブ コンプリケーション

Q:「パーフェックス」と呼んでいる耐磁機能に加え、衝撃検知と針位置補正を行う機能がついているキャリバーはマイコン制御なのでしょうか?

A:「パーフェックス」を構成する3項目のうち、「耐磁設計」はマイコンとランダムロジックと直接関係なくキャリバーの構造によるものです、「衝撃検知」はランダムロジックで行っているものもあります、「針位置補正」だけはマイコン系しかないはずです。

C:パーフェックスについてはCaliber0100インタビュー記事の【半導体・システム構成編】をご覧ください。

【電波時計の台頭について】

Q:年差技術と入れ替わる形で長波を使った標準電波(JJY)を受信し、自動的に時刻合わせを行う「電波時計」が登場し、主流になりました、ここら辺のお話を伺えれば。

A:電波時計をシチズンが最初に出したのは1993年(多局受信型7400)でした。
最初のものは文字盤の真ん中にコイルアンテナが置かれた特徴的なデザインでしたが、ケースサイドに張り出す形になったものが1994年ごろに登場、その後光発電化され、電池寿命が延びました、このころの電波時計はアンテナが張り出していたり、受信感度のために樹脂カバーを使っていたりと「いかにも電波時計」というデザインでしたが、2003年にフルメタル光発電電波が実現され、通常の光発電クオーツと変わらない見た目になりました。


初代電波時計Cal.7400


アンテナの樹脂ケースがサイドに取り付けられたタイプ


フルメタル電波

C:「電波時計」…今までのクオーツや機械式時計は自律型、すなわち単独で如何に高精度にするか、を追求していて、時刻を上位標準(標準時)に合わせるのはユーザー任せだったのに対し、定期的に何らかの方式で上位標準からの基準信号を受け取りズレる前に自動で合わせる、とすればズレない程度の精度を担保すればいい、と言う考え方。
最初に実用化されたのは情報通信研究機構(NICT)が運用するJJYなどの標準電波を受信して時刻を合わせる長波電波時計。
その後、半導体と省消費電力技術の進歩によりGPS衛星からの時刻情報および位置情報を受信する衛星電波時計が実用化されました。

「時刻系」…時間をどのように表すか、という事を決めたルール。一般的な「時刻」のベースになっている協定世界時(UTC)時刻系は地球の回転を基準したUT1世界時との誤差を1秒以下にするための±1秒の「うるう秒」が挿入されるため、無限に正確な時計があったとしても定期的に修正しない限りいつかはズレる、逆説的に言えば無限に正確にするよりもズレる前に同期させる方法を考える方がより「正確」な時刻を表示しているとも言える。

Q:なるほど、フルメタル化した電波が2003年なのですね。意外と?最近と言いますか、もっと昔からあったというイメージでした。

A:はい、年差キャリバーの開発・拡充を行っていたのがちょうどフルメタル電波が出る直前ぐらいまでで、そこで「ひと段落」と言いますか、年差は充分やったから次は電波を研究しましょう、と電波に注力することになり、年差は2011年のA010(光発電パーペチュアルIC年差)まで新キャリバーの開発は行われなくなります。

Q:フルメタル電波が登場した後、クオーツ時計の潮流としては電波時計が「トレンド」になって年差よりも電波時計の方がより活発に開発されているように見えました。
この中で、2011年のA010が開発されたのはどのような背景でしょうか?

A:その当時のザ・シチズンは電池式でしたが、会社として光発電技術(エコ・ドライブ)を推進していましたので、フラグシップであるザ・シチズンもエコ・ドライブにして然るべき、と考えていました。
技術が進歩し、フラグシップに相応しい文字盤の品格がソーラーセルとの兼ね合いで自信をもって出せるようになった、という事が開発に繋がりました。

Q:電波時計の「ウリ」は「電波を受信していれば時刻がズレない」なわけですが、逆に受信ができない場合、精度は通常の月差クオーツ並みとなり「ズレない」と言うのは看板に偽りありではないか、と言われてしまう事もあるとも思います。

A:はい、そのことから逆説的ですが年差のメリットと言うのは「手がかからない」という事も言えるかと思います。
電波時計は「受信できる環境」に置いておけば、ほぼメンテナンスフリーで時刻が合いますが、強制的に受信させない場合は一定の時刻(シチズンのものは午前2時~午前4時の間)に受信する仕組みになっており、この時刻に標準電波が届かない環境に置かれているとズレてしまいます。
そのため、「ズレない」に「電波が受信できていれば」という「注釈」が必要になってしまいます。
単体で精度を担保する年差時計であればよほど極端な環境(高温・低温)でなければ安定して精度を保つことができます。
また、年差のメリットとして、先程(第二回)も述べたように、小型化できるというのはいまだにメリットと考えます、長波電波も衛星電波も電波信号を受信するためのアンテナはどうしても場所を取ってしまいますが、IC年差であれば不要です。



Q:工学的な「システム」としてみると「正しい」のは電波時計であるとは思いますが、その中で年差の自律高精度を実現することにどのような意義が見いだせるでしょうか?

A:Caliber 0100の前段階になるプロジェクトが始まる時に私(樋口氏)に小峰から電話がかかってきたのを今でも覚えていますが、「この時代に新規開発した光発電高精度年差キャリバーを提案することに意味はあると思いますか?」という相談がありました。
私は今まで年差ICの開発に取りくんできて、この技術が好き、と言うのはもちろんありますが、システムとして正しいのは電波だとしても、「高性能機」として自律型で高精度を実現する挑戦には価値はある、と言う話をしたことを覚えています。
さらに光発電を組み合わせることで定期的な電池交換も不要になり、先程から述べていますように高精度を保つために余計な「注釈」がなく「手がかからない」と言うメリットもより活かすことができます。

Q:これは「結果論」ではありますが、IC内蔵温度補償技術(IC年差)にしても、光発電に注力したことにしても、後年から見ればシチズンが開発した方式は先見の明があったのではと思います。
熱発電(エコ・ドライブ サーモ)などもありましたが…

A:IC年差を発表した時はクリストロン・メガの高周波を含め、他のアプローチの方式もありましたが、紆余曲折があり、各社温度センサーや周波数微調整の方法は異なるものの、IC内に作りこんで外付け部品を最小にするIC内蔵温度補償が最も優れた方法として残ったのではないでしょうか。
充電式の時計も同様に、数多くの方式が試行され、使い勝手の良い方法、として残ったものと考えています。
熱発電そのものは光発電ほど普及はしませんでしたが、熱発電用に作った昇圧回路付きの専用ICは現在でもリングソーラーに使われています(笑)。


エコ・ドライブ サーモ(個人的には大好き)

Q:私は精度至上主義なので年差があると嬉しいですが、「年差が要るの?」と言う話もありますが…

A:同じ質問をされます、それに対する答えは「実用上、より手間がかからなくなる」ではないでしょうか。
個人的には女性向け小型キャリバーの一次電池で2針の年差キャリバーは、私(樋口氏)は大好きでした。
なぜなら、このキャリバーは電池を交換して交換時に時刻合わせをすれば次に電池切れで停止するまで、年差が最悪値で年10秒ズレたとしても、電池寿命3年で30秒であり、二針なら気にならない、すなわち「何もしなくてよい」という利便性が実現できます。
これが光発電になればより使いやすいメンテンナンスフリーウォッチが完成する、と考えたこともあります。

Q:エコ・ドライブ ワンの最薄二針を年差にしません?出してくれたら私は買いますよ。

A:このリングソーラー用のIC使えばできるかもしれませんね(笑)



Q:(シチズン担当者から)それはICの開発なしでできるんですか?

A:たぶんこのICを使えばできるかな?
シチズンの年差IC開発の方法論として、ベースとなる月差キャリバーの設計を活かし、月差ICと互換のICと回路基板を置き換えればそのまま年差になる、と言う考え方で作っているものが多く、これだけのラインナップの年差を作ることができたのもそのおかげがあります。

Q:なるほど、それは魅力的ですね。エコ・ドライブと年差の組み合わせ、はCaliber0100、2011年のA010の前にも存在したのでしょうか?

A:1997年のA735がIC年差と光発電を組み合わせた最初のキャリバーですね。

Q:光発電年差では充電制御とクオーツ発振は同じIC内に作りこんでいるんでしょうか?

A:はい、ソーラーセルから二次電池への充電、二次電池からの放電を制御するパワーマネージメント用の回路も含めた専用ICです。
一次電池に比べると二次電池は電圧変動が大きいため、電圧を安定させるための回路なども含めています。
また、使い勝手を向上させるために年差技術だけではなく、「脇を固める」技術、パーフェックスや月末調整を自動で行うパーペチュアルカレンダーなども組み込んでいます。

【再び0100に】

Q:長波と衛星電波時計がメインストリームのなか、Caliber 0100は「100周年」という記念があったとはいえ、よくぞここまで!と言う集大成を作っていただけたのは本当に素晴らしいと思います。。
また、100周年記念にクオーツを選ぶ、という姿勢も個人的に共感を覚えます。
その後に、Caliber0200も出ましたが…

A:Caliber 0100については、「精度のためにやれることはすべてやった全部乗せ」という姿勢でグループ一丸となって取り組んできました。
ただ、前回のCaliber0100開発者インタビューでもお話させていただいた通り、飛びぬけた革新的な新技術を満載した、というものではなく、効果が分かっているものの「そこまでは必要ない」から使われなかった・省かれていた技術にも取り組んで真面目に、地道に、誤差要因を改善していった結果が年差±1秒、という結果に繋がったと考えています。

Q:43年越しに「高周波水晶」が完成したという事は本当に素晴らしいと思います。

A:クリストロン・メガは温度補償なし、Caliber 0100は精度を高めた源振を温度補償で更に追い込むことで、電波時計のように外部から補正することなく年差±1秒を実現しています。純粋な「振動子」としての性能を高めるためにすべてのリソースをつぎ込むという意味では機械式にも共通する純粋性があるのではないでしょうか?

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色々「オフレコ」もあり最終的にこのような形にまとめることとなった今回のインタビュー。
もちろん、年差だけではなく長波電波、衛星電波、そして機械式にも良い所もあり、悪い所もありますが、まずはどういうモノか知ってほしいという事が原動力になりました。
Caliber 0100インタビューの総論でまとめたのと同様、「クオーツが安価なのは簡単だからではない」という事を改めて確認でき、私としては非常に満足です。

このインタビューの後、より周辺技術を調べるために時計学会誌に発表された当時の論文を調査、また「ふんわり理解」だったキャリバー1930の入力A/Bについてより詳細を樋口氏渾身の解説資料としていただきました、次回以降これを解説していきたいと思います。

「クオーツ専用ICは非同期回路」という事がやっと理解できたので現在鋭意作成中、こうご期待!




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