ハブリング2、 マリア&リチャード・ ハブリング夫妻トークイベントと”モダン”なカム式クロノグラフの話

 By : CC Fan

ハブリング夫妻が来日、プレゼンテーションを行うイベント
、日本橋三越に参加してきました。
手が届き、日常使いもできる、地に足がついた時計作りを信条とし、今年で工房15周年を迎えるハブリング2、記念となる年に来日が実現し、時計作りについて語ってくれました。



だいぶ早めについたのでしばし時間をつぶします。
写真はGPHGを受賞した時のもの、トロフィーも持ってきていましたが、撮り忘れました…



プレゼンテーションの”副読本”として配られた15周年記念で作られた冊子、海外の雑誌などで見かける後半が逆方向に印刷されていて両方から向かって左から右に読むスタイルで、片方にハブリング2のコレクションの紹介、もう片方にリチャードとマリアの出会いからブランド設立、15年間の歩みを漫画化したものが掲載されています。
意訳すると、(それは)キスから始まった…?



ハブリング2はオーストリアのブランドということで、オーストリアと日本の国交150周年記念(1869-2019)でのオーストリア大使館商務部からのスピーチに続き、ハブリング2の15周年を祝って日本橋三越さんから花束が贈られました。



奥様のマリアさんから工房の歴史が漫画を使って紹介されます。
2001年、ドレスデンの電車で出会ったリチャードとマリアは意気投合、12か月後には結婚します。
その後、大手ブランドで働いていたリチャードは独立を決意し、2004年にオーストリアに自信の工房を開きました。
ブランド名にマリア&リチャード・ハブリングは長すぎてダイヤルに入らない…と言う悩みに対してマリアがハブリングに2乗の記号をつけた名前を提案、『これだ!』と決定し、数か月後には最初のモデル”Time Only"が完成。
工業的で数を追った時計作りではなく、工芸的かつ伝統的な時計作りで無理のない数を目指し、急成長ではなく、”ご飯が食べられれば良い”という地道さで時計作りを続け、その品質が認められ世界中の愛好家が彼らの時計のオーナーになりました。



ムーブメントには自身で定めた品質基準を厳格に適用し、妥協はしない、さらに時計である以上、日常使いに耐える信頼性は絶対に必要であるという考えで、三針はもちろん、クロノグラフ・永久カレンダー・5ミニッツリピーターまで日常使いすることを前提にしているし、ぜひ日常使いしてほしい語られました。
現在工房は4人と犬で、ハブリング夫妻、時計師1人、事務1人、それに加えスイスとドイツのサプライヤーが協力することでものづくりが行われています。
年産は去年で200本程度、大部分のラインナップが1本100万円以下の時計としてみると非常に少ないようですが、”余計なコスト”がなければ充分なのかもしれません。

モニターに映っているコミックの下の大ゴマは、2015年のGPHGの授賞式でキスをする夫妻、情熱的です。
独立時計師としてGPHGを4回(2012、2013、2015、2018)受賞したのはハブリング夫妻のほかには、かのヴティライネン先生しかいない…と考えるとすさまじい偉業です。

プレゼンテーションの後は、お客さんの時間なのでプレスとしては一旦退散、お暇になったタイミングで作品を拝見しながらインタビューをさせていただきました。



まずは15周年記念として、1年限定で作られるシリーズ。
一目で分かるように、15分の位置に赤字でXV(X=10,V=5で15)と書かれています、この位置は24時間表記でも15時だ!ということに初めて気が付きました。
これはフェリックス(Felix:ラテン語でHappy=幸福の意)という自社設計ムーブメントのモデル、リチャードは”我らが大社長”ギュンター・ブリュームラインのもとで働いていたこともあり、”現実的”なETA7750チューニングムーブメントを使ってきましたが、ETAがエボーシュ供給を止める、いわゆるETA2020年問題に対し、自社でベースエボーシュを作りました。



フェリックスの右はジャンピングセコンドを追加したアーウィン(ERWIN)の15周年記念モデル。
静止画だとわかりませんが、センターセコンドが1秒ごとにステップ運針します。
曰く、古典ではお医者さんのために作られており、ドクターウォッチと呼ばれていたそうです。

左はもっとも複雑なモノプッシャークロノグラフ・スプリットセコンド、永久カレンダーのパーペチュアル・ドッペル、これも同じ意匠で15周年モデルを作る予定とのこと。



フェリックスのムーブメント。
キッチリと仕上げられていますが、過度な装飾は控えめ、人によって評価は分かれそうです。



こちらはアーウィン、センタージャンピングセコンド用の追加機構が加えられていることがわかります。



美しいカッパーダイヤル。
右はモノプッシャークロノグラフ、左もクロノグラフですがプッシャーがありません。
これは、ハブリング独自のCOS(Crown Operation System)と呼んでいるシステムで、竜頭でクロノグラフをコントロールします。
仕組みはコロンブスの卵ともいうべきシンプルさですが、写真を撮り忘れたので文章で…

巻き芯の歯車がカム・コラムホイールに相当するパーツに直接噛みあっており、竜頭を下向きに回すとストップレバーが外れ、クラッチがつながりクロノグラフが動き出します。
リュウズを元の位置に戻すとクラッチが切れ、ストップレバーが押さえてクロノグラフがストップ、この状態で再び下に回せば再スタートです。
停止状態からさらに上に回すと、リセットレバーが落ちてリセット、竜頭はバネで初期位置に戻るので再び待機状態になります。

写真を見れば一発で理解できそうなので、公式サイトの図を合わせてみてください。



珍しい5分単位で時刻を知らせる5ミニッツリピーター、時間を単音で、5分単位(切り捨て)を和音で知らせます。
これはモジュールメーカーのデュポア・デブラがETAと組み合わせることを前提に作っていたリピーターモジュールをフェリックスに組み合わせたもの。
このモジュール、昔は結構見ましたが消えましたね…

永久カレンダーモジュールもデュポア・デブラということで特に隠してはいないそうです。



デュポア・デプラの”芸風”は文字盤側だけの拡張でOKなので、ムーブメント側は普通のフェリックスと変わりありませんが、テンプ受けにエングレーブが!
これは先週来日したステファン・クドケ氏によるもので、逆にハブリング2はクドケの自社ムーブに協力したり、GPHGへのエントリーを勧めたり、非常に良い関係にある仲間のようです。



ハブリング2と言えば、有名なドッペルクロノグラフ。
2時位置のプッシャーがモノプッシャークロノグラフで、10時位置のプッシャーがスプリットセコンド。
計測と終了はモノプッシャー、ラップタイム測定はスプリットセコンドと、機能が明確に分かれています。
モノプッシャーのシンプルさはあるものの、止めたら再起動できないというデメリットをスプリットセコンドで補っていて同じプッシャー数なら通常クロノより良いのでは?と思います。



輝くカム式~!
ハブリング2と言えばカム式クロノグラフで、7750チューニングだった時はベースムーブメントがカム式だったのですが、自社設計でもカムを続投しました。
ラグジュアリー的な話ではコラムホイールこそがクロノグラフでカムは安物(暴言)というような扱いもされていますが、個人的にはどう考えてもカムの方が合理的だと思っていたので、ぜひ聞いてみたいと思っていました。

『私はカムの方が良いと思っているがどう?』というような聞き方をしたところ、車のアルミホイールを喩えに出し、
”昔のスポークホイールより今のアルミホイールの方がよりモダン(現代的)な製造方法で作っているけど、だからと言ってアルミホイールが劣っているとは言わないだろう? それと同じだ”、という話から始まりました。

リチャード氏は”我らが大社長”、ギュンター・ブリュームラインの元で、某ブランド(一応伏せます)を復活させる作業を行っていた時に、ブリュームラインから”創業者がもし現在に生まれていたら、彼がきっと作っていたであろうような時計を作ろう”と言われていたそうです。
その結果、古典を現代の製造技術でブラッシュアップしたような作品が誕生しましたが、リチャード氏は”あの当時に最先端に取り組んでいた創業者が今にいたら、もっと先進的なものに取り組んだのではないか”と思っていたそうです。
現在で喩えればウルベルクやMB&Fのような作品を作ったのではないかと考えており、自身が作るものはモダン(現代的)な、現在の工業・工芸レベルに最適化し、手の届く時計を作りたいという考えで設計しているそうです。
また、彼は自分で時計を組み立て修理する時計師として、シンプルで信頼性があり壊れにくく、壊れたとしても直すことができるような構造が最も大切であると考えているそうです。

スプリットセコンドレバーをカムで制御する方式は大手ブランド時代に彼が特許申請し、特許権は大手ブランドがもっていたものですが、2012年に特許が切れており、使用に問題はないそうです。
ハブリング2が使っているのはその特許に加え、リチャード氏の知見をさらに加えたものですが、”大手ブランドはまだ私の特許そのままだね(笑)”とも。

ETA7750についての思い出も、1970年代にはじめてコンピュータを使って設計された”モダン”なムーブメントであり、まるで日本(セイコー)のムーブメントのようなインスピレーションを感じたそうで、彼の”モダン”なムーブメント設計の源流にもなったとのこと。
彼は大手ブランド時代に、”7750をベースにトゥールビヨン化・スプリットセコンドクロノグラフを追加・ミニッツリピータープレートと永久カレンダープレートを文字盤側に追加”というグランドコンプリケーションにもかかわっています。

さて、カムがモダンと言ってリチャード氏と意気投合した理由ですが、極めてシンプルでカムはカム側も形状を工夫できるけどコラムホイールはできない点と、コラムホイールは同一の状態が複数の山に割り振られる点です。

まず前者から、クロノグラフは徐々に動かせばよいレバー(中間車やリセットレバー)と閾値を超えたら一気に動かさないといけないレバー(ブレーキやクラッチレバー)がありますが、この動きの差を作るのはコラムホイールではコラムホイール側が固定なのでレバーの歯先の形状で工夫するしかありません、その結果尖ったような形状になり摩耗しやすい形状になったりします。
カムであれば、カム側の形状とレバー側に分けて設計できるので、より最適化して作ることができます。
また、コラムホイールはレバーが落ち込む落差が固定ですが、カムであれば読み取る位置を変えれば落差すら変えることができます。

後者は動きに関係します。
カムは往復運動で一つの状態には一つのカムの山しか割り振られませんが、コラムホイールは回転運動なので一つの状態に複数の柱が割り振られます、これはピラー(柱)のバラつきによって同じ状態でも微妙に異なってしまう(≒調整の手間が増える)、前者にも関係しますが、全てのピラーがすべてのレバーに当たる関係でレバーごとに最適化することができません。

逆に、カム式の欠点とされていたのは、往復運動なので2状態(スタートとストップ)以上の状態は作れないとされていたことですが、ハブリング2は3状態(スタート、ストップ、リセット)のモノプッシャーもカムでやっているので、特に問題がないことがわかります。
具体的には、カムを押すレバー先端の形状を工夫し、片方向に2回進んだ後、逆方向に一気に2回分戻るような動きをするようになっています。
あと、カムは動く量が大きいのでレバーが乱暴に動く?というのも聞いたことがありますが、むしろカムが動く量が大きければレバーのテコ比が小さくなるのでより細かく動かせるので根拠としては弱い気がします。

最後にじゃあ何でみんなコラムホイールなんだろうね?と質問したところ、”ポリティック(政治的)な理由だね”とのこと、でしょうね。
一応擁護すると、”見た目がかっこいい”はメリットだと思います。

そんな話をしつつ、ほぼ全ラインナップを拝見。



フドロワイヤント(1/8秒計、振動数をそのまま表示)つき、センタージャンピングセコンド、ポインターデイト!
個人的には一番惹かれました。



パイロットなテイスト。



ブラックも。



COSクロノグラフ+ポインターデイト。

盛り上がっていたら閉店間際…
恒例となった時計師机へのサインを行います。



マリア氏から…



(書いてる面積が)デカい!



そしてリチャード氏。



ありがとうございました!
自分の考えを確かめられたという意味でも貴重な体験でした。

そして…

編集長にご縁が!

関連Web Site

HABRING² - Exklusive mechanische Uhren aus Österreich.
http://www.habring2.com/index.php/en/

シェルマン
http://www.shellman.co.jp/