A.ランゲ&ゾーネが時計技能士育成を始めてから25周年~アドルフ・ランゲの創業精神から紐解く「勤労感謝の日」記念掲載

 By : KITAMURA(a-ls)
今年8月、A.ランゲ&ゾーネが時計技能士の育成を始めて25周年というプレスリリースが届いた。
本社から少し離れた場所にあるランゲの時計師学校には、"ランゲ・アカデミー"を催行した際、受講のためにお邪魔したことがある。そもそもA.ランゲ&ゾーネがその再興時から職業訓練に力を入れてきたのは、始祖のアドルフ・ランゲの精神が根幹にある。アドルフがA.ランゲ&ゾーネを設立したもともとの動機が、19世紀の当時、疲弊にあえいでいた故郷を救済するために時計産業を興すことであり、そのためにまず欠かすことが出来なかったのが、時計師をはじめとする時計製作に関連する専門職人の育成だったからだ。

8月に頂いていたプレスリリースをそのまま載せるのもちょっと不十分に感じ、アドルフ・ランゲがグラスヒュッテに工房を開いた時代の、そうした歴史的な事項を少し補って掲載しようと保留にしていたのだが、たまたま本日が「勤労感謝の日」ということもあって、職業と勤労にという切り口から、A.ランゲ&ゾーネの創業からを簡単ではあるが、まとめてみた。


19世紀、かつてザクセンを潤わせたエルツの鉱脈はすでに枯渇し、その基幹産業は毛織物となっていたが、1812年にナポレオンの大陸封鎖令が解除されると、早々に産業革命を完成したイギリス製の毛織物が安価で流入し、エルツの毛織物産業を圧迫、村々には失業者があふれていた。これに加え、1842~3年と2年にわたって異常気象で農作物も壊滅、エルツ山地の人々は飢えと貧困の極みにあった。
1841年に4年間のヨーロッパ留学から戻ったアドルフ・ランゲは、師匠であるグートケスの娘と結婚しグートケス工房の共同経営者としてドレスデンに新たな工房を開いたばかりであったのだが、アドルフはそんな順風満帆の生活を捨て、困窮するエルツ山地の人々を救うために動き出すのだ。

●フェルディナンド・アドルフ・ランゲ(1815-1875)


孤児に近い身分だった自分が、様々な人たちの厚意に恵まれて教育を受けることができ、精密時計製作という技術を得られ、さらには国費による留学まで果たしたいま、アドルフ・ランゲの心の中には祖国への感謝と恩返しの念が湧きあがっていた。彼は疲弊したエルツ山地の小さな町グラスヒュッテを、高級機械式時計の生産地とする工業化計画を立案し、ザクセン国からその融資を取り付ける交渉を開始するのである。

アドルフには勝算があった。グラスヒュッテの特産品に木彫り人形があるが、それを正確に彫る技能は時計製作にも充分に通じること、そして、留学修行の旅の最後にイギリスとスイスの先端的な時計生産地域を視察し、機械化と分業制という時計製作の明確なビジネスモデルを理解していたことだ。
そして1843年、アドルフ28歳の年、彼は枢密院議員ウェッセンバッハにあて、ザクセン政府のエルツ山地企業誘致案を送るのである。
その後いくつかの紆余曲折はあったが、最終的にザクセン王国内務省は、アドルフ・ランゲの地域振興事業計画を承認する。1845年5月21日のことだった。

王国が承認したその内容は、貧困に陥っていたエルツ山地の救済事業として、
①エルツ山地内のグラスヒュッテの町に時計製作の工房を作ること。
②同地で15人の若者を見習工として雇用し、3年間のうちに時計師として育成すること。
➂上記2点を最低条件に、5580ターラーを貸付ける。
④返済は1848年から始まり、1854年までに7回に分割して返済すること。
⑤上記とは別に、15人の見習工の時計製作工具および機械を購入するため、別途1120ターラーを給付する。
※ターラーはダラー$の原語であり、1ターラー銀貨は純度900の銀で18.5グラムに相当した 

こうして1845年12月7日、A.ランゲ&ゾーネの前身となる時計工房「アドルフ・ランゲ工房」が、まさに"15名の職業訓練のための工房"としての側面を託されつつ、グラスヒュッテに設立されたのである。


●最初の工房建物

アドルフ・ランゲは、グラスヒュッテをジュネーヴやジュウ渓谷のような時計産業地帯とするため、育成した職人を労働者として抱え込むのではなく、次々と独立させ、作業の分業化・工業化を進めた。
政府への借入金の返済が始まる1848年には、3年間訓練した地元の見習い工15人のうち4人を、それぞれ筒カナ師、脱進器と歯車担当の時計師、香箱師、青焼き針業者として独立させているほか、工房で雇用した多くの職人を積極的に独立させ、必要な知識も技術も利権も分け与えた。


●創業当時の工房

そしてある者は独立した時計工房を開き、時計師に向かない者でも得意分野の工程を担当する専門職としての独立を助けた。こうして、エルツ山地の地域振興策として開かれたA.ランゲ工房は、彼の信念の通りこの地の人々を困窮から救っただけでなく、人々に労働と職業訓練の機会を与え、新たな可能性と豊かな生活の道を拓いたのである。

これらのことを踏まえて、以下、A.ランゲ&ゾーネからのプレスリリースに目を通していただくことで、この「勤労感謝の日」に、ランゲの哲学や精神の根幹のようなものをより理解する助けになれば幸いである。


伝統と将来性が共存する職業~A.ランゲ&ゾーネにおける時計技能士教育25年

A.ランゲ&ゾーネは、1990年に再設立されたわずか数年後には、職業教育企業としてドイツ・ザクセン州にある工房で時計技能士の育成を始めました。当社は、1997年8月25日以来、意欲あふれる若者を時計製造のプロフェッショナルに育て、将来にわたって職人を確保することを使命としています。この職業教育では、専門知識と技能の指導はもとより、教育支援の質の高さも重要視しています。それでこそ、非凡な機構の傑作が生まれるのです。


●2022年7月に技能士認定書を取得したネーレさん(25)とエリアスさん(21)


A.ランゲ&ゾーネでの職業教育を修了したばかりのエリアスさんは、「時計技能士になろうと思ったのは、充足感を得られる仕事だからです」と言います。この21歳の青年は、自分のことについて「小さいときからちょっと完璧主義者の傾向があって、少しでも狂いがあると満足できないのです」と言葉を続けました。最高に気分がいいのは、「最後に、時計があるべき姿に仕上がって、それがしかもすごくクールに見えるとき」だと言います。ネーレさんにはその気持ちがよく分かるようです。彼女は、ドイツの大学入学資格試験に合格し、大学で生化学を勉強してから、A.ランゲ&ゾーネでの職業教育を始めました。彼女もずっと、「小さくて繊細なもの」に関心があったそうです。「時計技能士というのはニッチな職業ですが、生半可な気持ちではできない仕事です」と言葉に力を込め、「だから私にとっては、所在地以外でも知名度が高く、社員がその仕事をよく理解している会社で働くことが重要でした。それで、グラスヒュッテにあるA.ランゲ&ゾーネを選んだのです」と語るネーレさんは、新生A.ランゲ&ゾーネが職業教育を開始した年に生まれた25歳です。

当社が第一期生として2人の訓練生を受け入れ、間に合わせの建物で職業教育をスタートしたのは、1997年8月25日のことでした。当初は小規模でしたが、25年の間に、世界各地から若い才能が集う国際的に高い評価を受ける職業教育・研修機関に発展しました。


●ベアト・サロモン教育部長(2列目左から1人目)と時計技能士および工具製作技能士の卵たち(本社前にて)


基礎をしっかり
職業学校の座学と企業内での実習を組み合わせた3年間の二元職業教育で、社内の人材育成プログラムにそって時計技能士になるために必要なすべての知識と技能を身に着けます。訓練生たちは、ムーブメントの部品の製作技術を習得し、A.ランゲ&ゾーネの腕時計の製作に必要な設計から組立てまでのすべての工程、そして修理作業を理解します。



それだけでなく、大きな時計、クォーツ時計、懐中時計、目覚まし時計のからくり、さらには仕上げ装飾技術も学ぶことができます。また、ランゲ自社製キャリバーを使っての実習もカリキュラムに含まれています。



訓練生たちに勉強の中で特に楽しかったことを尋ねると、全員が自分のプロジェクトだと答えます。これは、自分の腕時計を製作あるいは修理したり、動かなくなってしまった大きな時計を動くようにしたり、各人が好きな課題を選んで実行するものです。



この職業教育ではさらに、若い人々がもつ能力や創造力を引き出すことにも重点を置いています。私たちは職人気質、忍耐力とディテールへのこだわりといった昔ながらの職業上の美徳も大切にしており、創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲが1845年にグラスヒュッテに時計工房を設立し、初めて雇い入れた15人の見習工に工芸としての時計作りを教えた当時と同じ精神で指導しています。
F. A.ランゲは青春期に見習いを終え、修業の旅に出てアイデアを蓄積した後、1845年12月7日にザクセン地方の山間の町グラスヒュッテに最初の工房を設立し、「世界最高の時計を作る」ことを目標に掲げました。ひたむきさ、熱意、そして完璧を追求し続ける姿勢は、今でもA.ランゲ&ゾーネの原動力となっています。




訓練生から職人へ
毎年7月、職業教育のいわゆる卒業式が厳かに執り行われます。商工会議所の試験に合格した3年生の訓練生たちは、その席上で技能士認定書を受け取り正式に職業教育を修了します。この式典は、技能士になりたての若者たちにとっては喜ばしい瞬間であり、私たちのマニュファクチュールにとっては毎年恒例のクライマックスです。ネーレさんとエリアスさんは今年、そのお祝いをすることができました。



早くから時計技能士になろうと思っていたエリアスさんと、どちらかというと偶然にその職業を見いだしたネーレさんですが、二人とも優秀な成績で卒業しました。ランゲCEOのヴィルヘルム・シュミットは、「2022年には、当社で3年間学んだ10人がA.ランゲ&ゾーネの時計を作ることになりました」と誇らしげに発表し、「私たちは、1997年以来、社内の人材育成への投資を惜しんだことはありません。訓練生の皆さんと教育担当の社員の努力には、感謝してもしきれないほどです。また、皆さんが私たちと一緒に働きたい、そしてA.ランゲ&ゾーネのサクセスストーリーを一緒に綴りたいと思ってくださるのを大変うれしく思います」と言葉を続けました。

技能士認定書は、最も優れた"Made in Germany"の裏付けです。つまり、良質な職業教育を受け、技術的ノウハウおよび実務経験を得たことを証明するだけでなく、人生の大切な時期を努力と勤労精神一色で過ごしたことの証しでもあります。これについて、ヒューマンリソース・ディレクターのクリスティーネ・ランド-シュプライツァーは次のように語っています。
「当社は、職業教育を行うにあたり、その初日から総合的な支援を提供するように心がけています。最新鋭の設備が整った社内の教育施設、教授法の訓練を受けた講師たちの指導、そして定期的な工房での実習を通じて、最高水準の専門教育を受けることができます。また、訓練生が最初からお互いに励まし合い連帯感を醸成することも重視しており、そのためにチームを作り、修学旅行やスポーツ行事を実施しています。その中で訓練生は、会社での日常業務を経験し、将来の同僚と知り合うことができます。」


将来への重要な投資
当社の創業者フェルディナント・アドルフ・ランゲの曾孫であるウォルター・ランゲは、1990年に会社を再設立すると間もなく、高級腕時計を製作できる人材を育成しようと決意しました。彼は早くから、企業の長期的な成功と成長は、優れた専門教育による人材育成を通じてこそ実現できるということを知っていたのです。


●1998年4月30日、最初の校舎の開校式でテープカットを行う会社の再建者ウォルター・ランゲと2人の第一期生。

1997年8月25日に職業教育企業としてスタートしてから今日までに、228人の訓練生が時計技能士課程を修了し、そのほとんどが引き続きA.ランゲ&ゾーネでキャリアを積んでいます。現在A.ランゲ&ゾーネは再び、グラスヒュッテ最大の雇用主となっています。2014年、2018年、2021年には、当社の卒業生がドイツ商工会議所から時計技能士分野の最優秀訓練生として表彰されています。これまでに5回、商工会議所から「最優秀職業教育企業」の称号を授与されている当社は、年々、大きな発展を遂げてきました。そして今では、工具製作技能士、機械加工技能士、人事および経理事務士、さらにはシステムインテグレーション専門ITエンジニアの育成も行っています。



ささやかな規模で始めた職業訓練は、若さにあふれ、革新性に富む優秀な職業教育企業へと発展を遂げ、訓練生たちは熱心な講師陣と社員の指導を受け、最高の条件のもとで将来の職業生活に向けて準備をしています。これもひとえに、ウォルター・ランゲのイニシアチブと絶え間ない助力のおかげで成し得たことです。
彼は2017年に他界するまで、時計技能士の育成を常に気に掛けていました。その熱意に対する特別なオマージュとして、この秋、当社の教育・研修施設を「ウォルター・ランゲ教育・研修センター」(Walter Lange Aus- und Weiterbildungszentrum)と名づけることになりました。

高い価値の創出と持続可能性の代名詞とも言える手作業による時計作り。その技術を訓練する教育の質の高さは、世界で事業展開する伝統豊かなマニュファクチュール、A.ランゲ&ゾーネの成功に反映されています。その時計はかつてフェルディナント・アドルフ・ランゲが製作した懐中時計と同じように、時計をよく知る人の間で人気を博しています。ネーレさんに、自分が選んだ職業教育は正しかったと実感したのはいつかと尋ねたところ、勉強を初めたばかりのときに体験した特別な瞬間のことを語ってくれました。「製品研修の一環で、A.ランゲ&ゾーネの時計を腕に着けさせてもらった瞬間に、『うわぁ、ここを選んで大正解!』と思いました」。




A.ランゲ&ゾーネの教育・研修プログラムの概要
• 現在、A.ランゲ&ゾーネでは37人が職業教育を受けています。内訳は、工具製作技能士が31人、機械加工技能士が1人、事務士が2人です。
• 過去25年間に商工会議所の技能試験に合格して卒業した244人のうち、228人が時計技能士です。
• そのうち3人の時計技能士が、2014年、2018年、2021年に1人ずつ、商工会議所から「全国最優秀訓練生」として表彰されています。
• それ以外のプロジェクトとして、地方で開催される教育・研修見本市、大学生を対象とした講義、新入社員および長く勤続している社員を対象とした時計作りワークショップを実施するほか、時計師課程の指導をその教育期間中および試験委員会の一環で行っています。
• 2022年10月に、教育課程の訓練生と卒業生、講師およびその他関係者を集めて社内で記念式典を執り行う予定です。



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A.ランゲ&ゾーネ
TEL.0120-23-1845