オメガのクロノグラフ計測結果を音で知らせる「クロノチャイム」詳細レポート

 By : CC Fan

「スピレート編」
を掲載したオメガプロダクトVPのGregory Kissling氏による技術の詳細解説のレポート。

今回はクロノ計測結果を音で知らせる「クロノチャイム」機構を搭載した「スピードマスター クロノチャイム」と「オリンピック1932 クロノチャイム」を見ていきましょう。
こちらも、「推測」は掲載済みですが、今回よりクリアになったので改めて見ていきたいと思います。



向かって左から初期の作品で今回のオリンピック1932クロノチャイムのインスピレーションの元になった腕時計リピーター、オリンピック1932クロノチャイム、オリンピックの計測で使われた伝説的な10振動スプリットセコンド付きモノプッシャークロノグラフです。
ブランドのアーカイブから取り入れていることが分かります。

さて、クロノグラフに取り掛かる前に見逃していたポイントがあります。


今回、伝説的な10振動スプリットセコンド付きモノプッシャークロノグラフのイメージを再現するにあたり、コーアクシャル脱進機の周波数を従来の8振動から10振動に高める挑戦を行いました。
複雑機構を収めるためのスペースをねん出する目的もあるのか、テンワを小型化すること慣性モーメントを小さくして10振動化しています。
スピレート編でも出てきたハネ-質量系の共振周波数を求める式より、慣性モーメントIを小さくするとf0は大きくなります。

これにより0.1秒と言う10進数として「キリ」がよい単位で時間を測定することができます。
1秒ごとのインデックスはキッチリ10分割され、0.1秒の単位で読みだすことができます。


オリジナルのオリンピッククロノグラフ同様、モノプッシャークロノグラフとスプリットセコンドを組み合わせてメインの計測を始めた後の各イベントはスプリットで測定、測定が終わったら停止、リセットするという使い方になります。
モノプッシャークロノグラフのためコラムホイールは3状態を持ち、リセット(クラッチ切断・すべての針がゼロにリセット)→スタート(クラッチ接続)→ストップ(クラッチ切断)のをプッシャーを押すたびに切り替えます。

このコラムホイールは後述するクロノチャイム機能の安全装置も兼ねており、クロノグラフがストップの状態、すなわち計測結果を音で知らせる必要がある時しか、リピーターを動作させることができないようになっています。
逆にリピーター側の状態ももう一つの安全装置が監視しており、リピーター動作中はクロノをスタートさせたりリセットさせることはできないようにブロックし、機構の破損を防いでいます。



スプリットセコンドもコラムホイールで制御され、動作中にリセット用のハートカムから完全にスプリット車を切り離すアイソレーター機構も備えています。
また、写真を取り損ねましたが、スピレート同様「フレキシブルベアリング」的な造形を用いたレバーを使っているようです。



そして「主役」、クロノチャイムリピーター機能です。
通常のミニッツリピーターが時刻情報を読むのに対し、クロノ分・秒積算計の情報を読み取り音で知らせます。
リピーターはクオータ(1/4時間=15分)単位で動作しますが、クロノチャイムは秒を10秒の位と1秒の位に分けて打ち鳴らすデシマル(10進数)リピーターです。

この方式により、特にエネルギーを必要とする二つのハンマーを動かさなければいけない和音の回数が増えています。



「推測」で使った図です。
通常のリピータ同様スネイルで読んでいるのだろう、という事は推測できますが香箱やマグネットガバナに塞がれてそこまでリピーター機構を見ることができませんでした。



今回、逆向きからの情報が公開されました。
通常のミニッツリピーター同様、測定対象の針に取り付けたスネイルカムで角度の情報を深さ(距離)情報に変換、深さをレバーやラックによって読み取り、ラックが戻る距離に比例した回数だけ、ラックに設けられたラチェット歯がハンマーを弾いて鐘を打ち鳴らす、と言う仕組みです。
防水性のためにスライドではなくプッシャーで巻き上げるようにしたり、無音を実現するためにマグネットガバナ(同グループのブレゲの技術)を採用していますが、リピーターとしてはオーソドックスな構造と読みました。



読み取りのイメージ(緑の丸は元資料から)。
リピータ香箱との連結が一瞬途切れ、レバートラックはスプリングの力によってスネイルカムに突っ込み深さ情報を読み取ります。



10秒・秒スネイルは、通常のリピーターで分針に取り付けられるクオータ・分スネイルに相当するものですが、分針の60倍の速度で回転する秒積算計に取り付けられるためにエネルギーロスを防ぐためか、肉抜きされた形状になっています。
1秒の位は0~9の10レベルが6回繰り返され、10秒は0~5の6レベルです。

またこのスネイルはクロノグラフ機構の垂直クラッチと統合されており、見えにくいですがクロノグラフリセット用のハートカムも取り付けられています。
また、スプリットセコンド機構に接続するための接合部もあります。



垂直クラッチが動作しているアニメーションとスネイル部品の図を並べて見ましょう。
クロノ機能の説明なのでスネイルは省かれて描写されていませんが、後述するスプリットクロノグラフ機構との間に大きな隙間ができていることが分かり、ここに実際にはスネイルが入ります。


スプリットセコンドの説明でもスネイルは省かれていますが、スネイル上部の軸の凸部にスプリットセコンドで追いつくためのハートカムが圧入されていることが読み取れます。
スプリット動作時にスプリットリセットレバーを持ち上げてハートカムとの摩擦を無くすアイソレーターがレバーを持ち上げています。
また、クランプがスプリット車を押さえることで針が動かないようにしています。


スプリットがリセット状態になると、レバーがハートカムあたり、同時にスプリット車を押さえていたクランプが解放されます。
これによってハートカムの一番凹んだ安定点までレバーが移動し、スプリット針が分積算計に追いつきます。
スプリットはクロノ本体の動作とは関係なく独立に動作/リセットできるため、計測を止めることなく任意の点の時刻を記録することができます。


オーソドックスな構成と読んだリピーター本体の構造ですが、無音部(デッドタイム)を抑制するための構造が追加されています。

通常のリピーターでは低音・和音・高音の各セクションは固定のタイミングで動作し、各セクションの時間は一定になっているため、鳴る回数が少ないほど無音が長くなってしまいます。
これに対し、クロノチャイムのラックは「一つ前のセクションの終わりで爪が次のラックをひっかけてスタートさせる」と言う方式でそれぞれのセクションの時間が可変するようになっており、無音部が常に一定の長さになるようにしています。

前回の「推測」の最後に機能がどのように重なっているか?というレイヤ構造を見たときにリピーターが文字盤側にあると予想していました。
前述の通り、スネイルがクロノグラフ垂直クラッチとスプリットセコンドの間にあるのでこの推測は間違いだったことになります。

今回、展開図からより確度を上げたものを最後に掲載します。


実際には立体的な押さえでもっと入り組んではいるのでしょうが、最大限単純化するとこうなるのではという図です。
地板の文字盤側に計時輪列があり、垂直クラッチを経てケースバック側のクロノグラフ機構に繋がります。
クロノグラフからは文字盤側に積算計の軸、ケースバック側にリピーター読み出し用とスプリットセコンド入力軸が出力されています。
スプリットセコンドは折り返してクロノ軸の中心を通して文字盤側最前面のスプリットセコンド針を駆動します。
リピーター機構はクロノ積算計軸に取り付けたスネイルから積算情報を読み出し、文字盤側のハンマーを駆動します、イメージとしてはLというかZみたいな形状で複数のレイヤに機能が分離している…という事を表現したつもりです。

個人的な疑問点もかなりクリアになり、良かったです!


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