SIHHとバーゼルワールドに寄せるエンドユーザーの初詣

 By : a-ls

さて、そろそろ正月気分も醒め、気がつけばSIHHが一週間後に迫っている。
で、今年初のブログだが、何から書くべきなのか、しばし考えたが、まずは何だろう・・・。

やはりSIHHとバーゼルワールドだろうか。

両陣営ともに、いくつかのブランドやグループが撤退を発表したことが昨年の大きなニュースとなったのは記憶に新しい。
(他にも複数のブランドが動いているが、主なものは以下を参照)

 ●バーゼルからスウォッチグループが撤退 https://watch-media-online.com/blogs/1636/
 ●SIHHからリシャール・ミルが撤退 https://watch-media-online.com/news/1716/
 ●オーデマ ピゲがSIHHとのコラボの終了を発表  https://watch-media-online.com/news/1717/

今、何が起きていて、それはわたしたちエンドユーザーにどういう影響を及ぼすのか、端的に言えば、これらによってメリットを享受できるか、はたまた不便になるのか・・・。まずはこの見本市というものの構造から、思いつくままに書いてみる。




同じ業界の競合各社が自社の製品を持ち寄る大きな見本市は、時計に限らずほとんどの業界に見られるが、そのメリットは、ブランド、小売り・問屋、そしてメディアのそれぞれにあった。

自社単独では難しいが、業界全体が結託した展示イベントであれば、全世界のメディア、全世界の問屋や小売業者を一堂に集めることができる。
参加ブランドはそれぞれに工夫を凝らして顧客(問屋・小売り)を接待し、出来る限り多くの注文を取ることに励み、自社製品に好意的なパブリシティーを得られるよう、メディアをもてなし彼らにギフトを配る。



見本市の主催者に支払う多額の出展料など、コストは莫大だが、この見本市期間内に年間売り上げの50~60%が決定するとあれば、それだけの費用をかけるだけの価値はあったのである。

問屋・小売り、そしてメディアも、年に一回の出張でほぼすべてのブランドの新作情報に触れられることは、個々の業務にとってもたいへんに効率が良い。こうして大規模見本市は、20世紀後半の経済成長とともにその規模を拡大していった。

この合理的であった形態が、いまなぜ転換期を迎えているかというと、最も留意すべき点は、これらの展示会の主たる登場人物に、エンドユーザーがいなかったということだ。ブランド(製造元)にとっての顧客とは消費者でなく、問屋や小売業者であるし、インターネットが出現するまで、ブランドは自社の製品情報を効率よく消費者に伝達する方法も持っていなかったから、これも仕方のないことではあった。

かつては販売と宣伝ための最有効手段だったハズの大規模見本市だが、ネットという情報革命によって、今や各ブランドが、エンドユーザーに直接に販売や宣伝のできる選択肢を手にした。

これらの選択肢をどう選び、宣伝費をどう使い、どういう販売方法を主力にしていくのか、その方針を決めたいくつかのブランドの動きが、冒頭のニュースで具体化されたというわけだ。

もちろん、見本市に残ることを選択するブランドも多いだろうし、将来に対して危機感を感じるSIHHとバーゼルが共同歩調をとるなど(https://watch-media-online.com/blogs/1891/)、事態はいまだ流動的ではあるが、ここまでの動きをすごくザックリ大別すると、変化を選んだブランドにも、2つのパターンがあるように思う。

ひとつは、出展コストの高騰や主催者のサービスや施設の不備など、見本市主催者に対する不満が根底にあるもの。
見本市に費やす経費が売り上げ実態と見合わなくなっていると感じ、撤退によって浮いた予算を、インターネットをバックグラウンドに、顧客およびエンドユーザーに直接還元しようとする方針の転換。

もうひとつは、ネットや直営ブティックの拡充などによって、エンドユーザーにダイレクトに働きかけられる発信力と販売力が整備され、それが見本市の効果を上回る環境に至った判断したことによる方針の転換である。

いずれにしろ、この2019年、そして来年2020年と、時計ブランド各社の宣伝・販売の構造の変化はさらに加速するだろう。その過程で生じるに違いない、発信力と販売力を整えたブランドと、そうでないブランドとの格差を、見本市という旧スタイルは埋めることができるのだろうか。



一方で、撤退を表明したブランドのほとんどが、その理由のひとつに"エンドユーザーのため"という御旗を掲げている。それがどのような具体的メリットに還元されるのかは、これからの数年、エンドユーザー自身がしっかり見極めなければならない。特にネットに関する限り、時としてエンドユーザーの発信力は製造者の意図を凌駕した新たなコミュニケーションを構築してしまうことさえあるので、ポスト巨大見本市の中に、エンドユーザーが思いもよらない居場所を占める可能性だってある。

さて、SIHHとバーゼルであるが、とりあえず既存のクライアント(小売り・問屋・メディア)の利便性をはかって、2020年からの連続的な開催を打ち出し、年に一回のスイス出張ですべてがフォローできることは関係者すべての利便性を高めると表明しているが、対エンドユーザーに向ける具体的な施策はまだ明らかにはなっていない。

一般消費者が参加するためにはバーゼルではけっこうな入場料が必要だし、SIHHでは10年ほど前からようやくブランドからの招待客数名の入場が認められ、最終日のみの一般有料入場が認められたのはわずか3年前のことだった。確かに少しずつではあるが、消費者に向けたアプローチを増やしてはいたものの、世の中の動きや情報革命は、その歩みを呑み込んでしまうほど急速だったということだろう。



出展ブランドが減ることは収入の減を意味する。それに対してバーゼルは2018年に展示スペースを(最盛期比で)3分の一を縮小、会期を2日間短縮した。スウォッチ・グループが撤退した今年の収支はさらに厳しいものとなるだろうし、今年のSIHHも会期が一日短縮されている。
つまり、メディアや業者の絶対数は前年と変わらないのに、個別取材や商談に対応する時間が一日分削られるわけで、この影響は意外と大きく、わたしたちもいくつかのブランドから「時間がない」との理由で取材を断られている。ホームページとネット・メディアがあれば情報は伝わっていくので、現場で対応する時間を、メディアからエンドユーザーへのセールスに置き換える方向性も、今後は増えていくに違ない。

いずれにしろ、こうした大きな変革が、エンドユーザーという本来の主役に正当な環境を整える方向へ進んでいくことを、切に願う2019年、ウォッチ・インダストリー変革元年の年頭であった。