A.ランゲ&ゾーネ 「ツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーター」のルモントワール機構を解析する+「噂」の真相

 By : CC Fan




2020年の新作としてディープブルーダイヤルが発表されたツァイトヴェルク・ミニッツ・リピーターですが、ツァイトヴェルクは60秒ルモントワール機構を使い、分単位のデジタル表示を実現したユニークなピースです。 

個人的に興味深いルモントワール機構を備えていることもあり、いい機会なので、まずはルモントワールにフォーカスしたレポートをしてみます。



ルモントワール解析のために、A.ランゲ&ゾーネに図版の提供をお願いしたところ、二つの図版が送られてきました。


CAD図によるものと…



線描によるものです。

この二つは非常に興味深く、ツァイトヴェルクシリーズはムーブメント番号こそ「L043.X」と言う枝番処理で1つのムーブメントから派生している扱いになっていますが、途中で設計がガラッと変わっているという「噂」があり、この二つのルモントワールの図は計らずともそれを証明する形になっているのです。

CAD図の方がおそらく初期?型、すなわち初期の追加コンプリケーションのない、シンプルなツァイトヴェルクに使われたもの、線描の方が現行?型、少なくともミニッツリピーターとツァイトヴェルク デイトに使われている機構です。

実は、追加コンプリケーション無しのシンプルなツァイトヴェルクも今は現行?型に改良されているらしく、今回のレポートで、機構と実機の調査を行い、こうした「噂」についての説明ができそうです。

2つの図の差異は後から見ていくとして、まずは根幹となるルモントワール機構の動作を見ていきます。



分かりやすいので色がついている初期?型CAD図をベースに説明します。

本来の輪列における3番車を、2番車からトルクを受け取る3番入力車と4番車にトルクを渡す3番出力車の2枚に分割し、その間をトルク蓄積用ヒゲゼンマイで繋いだ構造が中心になります。
4番車相当の歯車は3つあり、3番出力車に噛み合う本来の4番車と動作タイミングを制御するアンクル駆動機構、3番入力車に噛みあい、入力車の停止・解放を行いトルク蓄積動作を行うための2つの停止爪です。

60秒周期でアンクル駆動機構が1回転することで、アンクルが左右に振れ、第1停止爪と第2停止爪が交互に解放されます、これにより3番入力車は60秒に2回解放され動きます。
第1停止爪が1回転のほとんど(340-350度程度)を担当し、第2停止爪は第1停止爪の爪部分を乗り越えるときのすっぽ抜けを防止するためだけ(10度-20度程度)を担当するため、脱進時の衝撃のほとんどは第1停止爪にかかります、そのためか第1の方が衝撃を受け止めるバネっぽい形状に成形されています。
第2停止爪の先にはさらに空気抵抗で回転速度を一定で制限するエアガバナが設けられており、3番入力車の速度が設計値よりも上がらないように制限しています。

この60秒に1回、60秒分一気に動くという性質を使い、表示用の機械式デジタルカウンターを1分(60秒)ごとに送る…と言うのがツァイトヴェルクの基本原理です。
ルモントワールでデジタル表示の大きなトルク変動を脱進機まで伝えない…と言うのは30秒程度のルモントワールを外乱(露出している文字盤にあたる風雨など)から振動子である振り子へのトルク変動の防御に使っていた時計塔にも通じるものがあります。


同じ名称を線描の方にも入れるとこんな感じです。
細かいところがいろいろと違うというのは、分かるかと思いますが部分ごとに見ていきましょう。



まずはタイミング調整機構。

アンクル駆動機構に対するアンクルの角度は固定ですが、各停止爪とピニオンの間は円形長穴とネジ止めになっており、位相調整ができるようになっています。

これは、初期型のツァイトヴェルクは元ネタであるゼンパー・オーパーの5分間時計(アウトサイズデイトの元ネタでもある)と同じく、切り替わる直前(55秒付近)にディスクがわずかに動く「予備動作」があり、その後切り替わるという動作をしていましたが、最近のモデルではその動作が無くなりいきなり動くようになったという事実の裏付けになります。

より正確にいえば、最近モデルも「予備動作」自体はしているのですが、第2停止爪側の角度を最小にして動いていることが分からないようにしている、逆にいえば初期モデルでは「演出」としてよりディスクが派手に動いているように見える位相を選んでいたのではないでしょうか。



上記の「予備動作の有無」を裏付けるもう一つの根拠がこのアンクルの構造の違いです。

初期型はディスクに設けられたルピーのピンがアンクルの凹部に入り込んで第1停止爪の解除と第2停止爪の停止を行う構造でした、そして逆方向の第2停止爪の解除と第1停止爪の停止はアンクルの凹部からピンが外れたときにバネのテンションで行う構造です。
これは60秒付近の20秒程度しかアンクルが動かず、2つの解除が60秒付近に集中、それ以外の大部分の時間は第1停止爪で停止し続けているような構造です。

対して、現行型はよりオーソドックスな偏心カムを平行なルビーで挟んだ構造で60秒かけて左右に振る構造になっており、この構造だとタイミング設計にもよりますが、第1停止爪の解除は30秒付近、第2停止図めの解除は60秒とほぼ均一になるため「予備動作」を行ってしまうと30秒の時点で動くため不格好になり、最小の動きしかしないようにしたと考えられます。

ルモントワールの別目的である、コンスタントフォース(一定の力を出力)と言う目的で考えると、制御トルクが変動する初期型よりも現行型の方が理には適っていると思います。
また、第1と第2の開放のタイミングが離れているほどすっぽ抜ける危険性は下がるため、やはりこちらも理に適っているのは現行型です。

これをA.ランゲ&ゾーネブティックの協力を得て実機で調査しました。



編集長の私物、ツァイトヴェルク ハンドヴェルククンスト(初期型)とランゲブティックで販売中の最新のコンプリケーションを備えないシンプルなツァイトヴェルク(現行型)との比較です。
最も分かりやすい差異は、初期型にはアンクルに戻りテンションをかけるためのバネとテンションを調整するための偏心ネジのようなものが見えますが、現行型ではなくなっています。

軸位置は共通、アンクルやアンクル駆動部の部品互換性はあるように見えますが、バネ自体が無くなっているため地板そのものの設計も変更されており、別ムーブメントと言ってもいいような構造に見えます。
確かに「噂」で伝えられているように、ツァイトヴェルクはムーブメント番号は同じながら改良が施されていることが分かりました。



ルーペで何とか撮れないか…と挑戦した図です。
透明のサファイアの下にアンクル駆動機構があり、これは現行型なので偏心カムを平行なルビーが挟んでいます。
これはルーペを使って肉眼で見れば確認しやすいので、是非ご自分で確かめてみてください。


反対に、機構としてほとんど変わっていない部分もあり、それがこの予備テンション調整機構です。
3番入力車に対しヒゲゼンマイの位相を調整してテンションの変化範囲をちょうど良い値にできるように調整します。
タイミングやこの予備テンションなど、とにかく調整箇所が多く、調整範囲も広いです、初期組み立て時の調整だけではなく経年変化にも対応でき、同じ部品をできる限り使い続けるという「念には念」の設計思想で作られていると感じます。
これは、当時のスター設計者イェンス・シュナイダーによるものと聞いてなるほどと納得しました。


エアガバナーも少し変更されており、初期型は直接羽根状の部品が取り付けられていましたが、現行型はバネ経由の1種のクラッチで駆動する仕組みになっています。
バネの方向的に、動き始め時はガバナを一瞬無効化して素早く加速し、停止時に羽根の慣性によるルモントワールへの衝撃の逆流を抑える役目を果たしているのではないかと予想されます。




そして図として一番分かりやすい差異がこの軸配置です。
2つの停止爪とアンクルの軸が一直線に並んでいるのは変わらないのですが、エアガバナーの軸位置が大幅に変わっています。
これはルビーの位置と言う形で表に現れるため、非常に分かりやすいかと思います。

しかし、先に見たようにシンプルなツァイトヴェルクではガバナーの構造はともかく、軸位置は変わっていません、したがってこれはミニッツリピーターでリピータ機構を収めるための変更として行われた可能性が高いと考えられます。



同じく、編集長のハンドヴェルククンスト(初期型)とミニッツリピーター(現行型)で実際に比較してみると、このようになり、明らかにエアガバナーの軸位置が違うことが分かります。
また、先程同様アンクルを押さえているスプリングの有無も分かります。

また、初期型は遊星歯車機構による巻き止めが付いた香箱を外周から押さえる構造でしたが、ミニッツリピーターは中央の軸で支えるより一般的な構造になっています。
先程のシンプルなツァイトヴェルクでは同様の遊星歯車機構巻き止め付きでしたので、この香箱の変更もミニッツ・リピーターからでデイトも同じ方向性の巻き止めのない香箱を使っています。

ミニッツ・リピーターはリピーター動力を巻き上げ機構から分岐して取る設計になっているため巻き止めが邪魔だったのかもしれません。


ここからは、ツァイトヴェルクのミニッツリピーターとしての機構を見ていきます。


ツァイトヴェルクミニッツリピーターはとても珍しい「時打ちと表示が常に一致する」と言う機能を持っています、これはリピーターが方式によっては鳴っている最中に時・クオーター(ツァイトヴェルクでは10分)・分が変わると不正確な鳴り方をしてしまうという問題を根本的に解決したもので、ツァイトヴェルクのデジタル表示はリピーターの最小単位である分と同じ粒度であるため、鳴っている最中にデジタル表示を送らなければ、ズレることは無いという原理に基づいています。

具体的には第1停止爪の軌道に割り込む追加の停止レバーが設けられており、リピーター動作中はこのレバーが第1停止爪を押さえるため60秒のディスク送りをブロックします。
この爪の停止位置は第1と第2停止爪と干渉しない位置になっており、鳴り終わったら即座にディスク送りが行われます。
本来のルモントワール動作としてみるとリチャージが遅れる分、多少トルクが低下しますが、設計時にちゃんと意図した予備テンションを与えていれば問題はないでしょう。

リピーター部分はディスクを直接時間カムにし、10分と1分も軸から読み取るデシマルリピーターです。



時打ち機構に必要なトルクをその都度巻き上げるのではなく、あらかじめ巻いてある香箱から取るという意味では手動起動のソヌリに近い構造と言えます。
また、時打ち専用の香箱を設けるスペースがなかったため、計時輪列用の香箱の巻き上げ輪列から分岐させて動力を取るというユニークな構造です。

このため、リピーター機構を使い続けると計時輪列のパワーリザーブがどんどん減っていき、最後には途中で止まってしまう危険性が考えられます。



もちろんランゲにそんな抜かりがあるわけもなく、パワーリザーブインジケーターと連動したブロック機構によりパワーリザーブが一定以下ではリピーターが起動できないようにブロックする機能が備えられています。
パワーリザーブの赤丸の位置がブロック機構の動作ポイントで、これ以下ではリピーターの起動プッシャーが押せなくなります。

ブロック機能により、リピーター動作中にもう一度起動させる、「二度引き」と呼ばれる狼藉も当然行えないようにされており、起動中にリュウズも引けなくなります。
リピーターやソヌリは本質的に壊れやすく、内部構造を理解して壊さないようにするか、壊れても気にしないとするしかないかと思っていましたが、少なくとツァイトヴェルク ミニッツ・リピーターは本気で壊されないような対策を講じていると感じました。

さらに、ツァイトヴェルクのぎちぎちの構造によくリピーター機構入れたな…と。



「パワーリザーブ残量が少なくなったら警告する」という表示の初出はツァイトヴェルク・ハンドヴェルククンストのようです。
ちょっとわかり辛いですが、AB(Down)側が赤くなっています。



既にL043.1が現行型に変わっていることは実機で確認しましたが、最後に公式のムーブメント写真を追ってみましょう。
編集長のムーブメント番号解説もあわせてどうぞ。


ツァイトヴェルクのL043.1、当然初期型のアンクルのバネが見えます。


ストライキング・タイムのL043.2、ストライキング・タイム機構はムーブメント側、ディスクの駆動力から力を横取りして蓄積した力でハンマーを叩くという機構なので地板が少し大きくなってゴングの取り付け部が見えている以外はムーブメント側はほとんど変化がありません。
アンクルのバネは相変わらずあります。

L043.3は欠番、L043.4はハンドヴェルククンストと続き…



大物、L043.5 ミニッツ・リピーター!
オフィシャル写真では初めてここでアンクルの構造が現行型になりバネが消え、香箱からも巻き止めが無くなりました。
更に狭いスペースに巧みに巻き上げ機構からリピーターに動作を伝えるワンウェイクラッチのような構造や調速用のガバナーを押し込んでいるのが分かります。

L043.6は再び欠番、そしてリピーターの「デシマル(10進数)」という特徴を受け継いだのが、


L043.7、デシマルストライク。
15分単位、すなわちクオーター単位だったストラインキングタイムの分のパッシングストライクを10分単位にしたものです。
こちらもストライキング機構は文字盤側にあるため、ノーマルのムーブメントとほとんど差を見つけることはできません。
アンクルも初期型のバネ付きですが、実機はどうなのでしょう…?


そして最新作、L043.8、ツァイトヴェルク・デイト。
10周年記念で今まで同じだったブリッジの構造まで完全に変えた新設計ムーブメント、ダブルバレルにより72時間パワーリザーブを実現しています。
アンクルは現行型のバネなしです。

カタログ写真だけではわからない細かい変更を今回機構の面から追ってみました、「噂」としてツァイトヴェルクの中身が変わっている「らしい」と言う話は編集長から聞いていましたが、機構としてみるとそれがよくわかりました。


今回の記事を書くにあたり、A.ランゲ&ゾーネならびに銀座ブティックのスタッフからの多大なご協力を受けましたことを、感謝いたします。ありがとうございました。






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