ユリス・ナルダン フリークのフライングカルーセルを探る

 By : CC Fan

ブレゲの「クラシック ダブルトゥールビヨン 5345 “ケ・ド・ロルロージュ”」を拝見してから「オービタル(公転運動)ムーブメントブーム」が唐突に到来、オービタルで有名なユリス・ナルダン(ULYSSE NARDIN)のフリーク(Freak)はそういえば理解がふんわりで、この機会に理解しよう!と思い立ちました。

WMO読者の協力を得て、フリークを触らせていただき、理解できたのでレポートします。



今回触らせていただいたフリークの最新作、フリーク・ヴィジョン(Freak Vision)。
オーナー氏曰く、「シリコンテクノロジーをフルに活かすとどうなるか自身で体験するため」に「買って試した」そうです。
シリコンの物性とフォトリソグラフィの寸法精度を活かしたユリス・アンカー脱進機、シリコンひげゼンマイ・テンワと「グラインダー」自動巻きシステムを持つモデルです。

5振動/秒ながら慣性モーメントの大きいテンワにより、「極めて良い精度」と「すぐに巻き上がる」とのことでした。

さて、機構を見ていきましょう。


片持ち式のフライング構造で、輪列全体が回転するカルーセル(回転木馬)と呼ばれる方式になります。
機構は良い意味でシンプルでとても分かりやすいです。

ムーブメント直径に近い香箱から中心軸に時計回りにトルクがかかっており、これによってカルーセルは時計回りに回転しようとします。
回転しようとすると外周の内歯車に噛み合った中間車を起点とした加速輪列により脱進機にトルクが到達、終端のユリス・アンカー脱進機とテンプの脱進作用によって輪列の速度が制御され、カルーセルは60分(1時間)で1周する速度で回転します。

香箱が回転体に載ってないという点をはじめとした細かい差異を除けば、基本的なシステムはブレゲと同じと言えるでしょう。



斜めから見ると加速輪列の構造が分かりやすいです。

カルーセル自体が60分で1回転するため分針の役割をし、ブレゲとは逆にこれを12:1で減速することで時針を作り出します。
ここに遊星歯車機構が使われています。



カルーセルが太陽歯車に相当し、60分で1周、遊星キャリアに取り付けられた遊星歯車を経て固定された内歯車に噛み合うプラネタリー型遊星歯車機構で、太陽歯車と遊星キャリアは同方向回転で12:1に減速されるように設計されています。
カルーセルが分針、遊星キャリアが時針に相当し、カルーセルの先端と遊星キャリアに取り付けられた三角のインデックスが分と時を指し示します。

時合わせの方法もやはり同じく、「通常は固定されている歯車を動かして基準位置をずらす」という方法です。



ベゼルがカルーセル用の内歯車と繋がっており、回転させることで時合わせを行います。
通常時には間違って動かないようにFREAKと書かれた部品を倒すことでベゼルをロックし、写真の状態ではそれを引き出してロックが解除された状態になっています。

原理から考えると、時合わせによってカルーセルが動くことでゼンマイが巻きあげられるか解けるため、わずかにパワーリザーブ残量が変動するはずですが、そこまで気にすることではないのかもしれません。
これは香箱が回転側にあるブレゲとは違うポイントです。


脱進機はシリコンの物性とリソグラフィによって平面的であれば複雑な形状を一気に作ることができるという特性を活かしたユリス・アンカーエスケープメントです。

アンクルは通常の軸受けを持たず、複数のスプリングで宙に吊られた状態になっています。
このスプリングの張力がうまく釣り合うように設計し、軸が無くても回転運動と同じ動きをする仮想回転軸を作り出しています、これは、本物の軸受けと違い遊びによるガタがなく、摩擦も発生しません。

更にスプリングの原型を厳密に設計することで、バネにかかる力と変位が非線形かつ急激に変化する座屈現象を利用してガンギの力を直接テンワに伝えるのではなく、一度、座屈による変形に蓄えてからテンワに伝わるようになっています。
座屈による変形量が等しければ蓄えられるエネルギーも等しいため、ガンギのトルクが変動しても過剰なエネルギーは捨てられ、テンワに伝わるエネルギーは一定になります。
これは、まさにテンワを叩く衝撃そのものの定力化、すなわちコンスタント・インパルス(一定の衝撃)を実現していることになります。

テンワもシリコンによって精密に作られ、ニッケル製の緩急調整用の可変慣性錘が付けられた構造で、大きな慣性モーメントを持ちます。



時合わせをベゼルを回して行うように、巻き上げはケースバックを回して行います。
ケースバックをTO WINDと書かれた矢印の方向に回転させると香箱を直接回転させて巻き上げを行います。

通常のフリークは手巻き上げのみですが、ヴィジョンでは「グラインダー」と名付けられたクラッチ・コハゼ・自動巻き機構を一体化したような機構がケースバックと香箱の間に挿入されています。
グラインダーというのは見た目と動きが似ている粉ひき機の意味だと思われ、片巻きで手首の動きを拾って香箱を巻き上げます。
手巻きしたときはグライダーごと香箱が回転して巻き上げられます。

冒頭に紹介したように自動巻き効率も良いそうで、この機構の複雑な形状もシリコンによる一体成形によって作られています。

ムーブメントUN-250の部品数は残念ながら公開されていないようですが、シリコンによる一体成型のおかげで少ない部品数で複雑な機能が実現されているのではないかと考えられます。
部品が多いほど良いというわけではないと言う事だと思います。
いつもの結論ですが、それぞれの「俺のやり方」かなと。

私はシリコンが嫌いなアンチシリコンですが、これはシリコンでないと作れない作品と考えており、好意的に見ています。
活かしているのは良いけど、置き換えただけは嫌いという事かもしれません。

今回、改めて構造を理解することで非常に興味深い作品という事を再認識しました。
協力いただいた読者の某氏にも改めてお礼申し上げます。


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