アーミン・シュトローム テクニカルディレクター クロード・グライスラー氏インタビュー

 By : CC Fan

イベント、"レゾナンス・イン・ギンザ"が間近に迫るアーミン・シュトローム。
(※イベントの詳細に関しましては、記事末をご覧ください)

イベントに向けて連載的にお届けしているレポート、今回は、スイス紀行で軽く触れたテクニカルディレクター、クロード・グライスラー(Claude Greisler)氏から伺ったレゾナンスに至るまでのストーリー・バックグラウンドを説明いただいたインタビューです。

グライスラー氏はテクニカル・ディレクターという肩書のほか、Co-Founderすなわち、"共同創業者"でもあります、創業者のセルジュ・ミシェル(Serge Michel)氏とグライスラー氏は同い年、家も近くで一緒に育った"幼馴染"です。
ミシェル氏を通じ、ブランドの創設者であるアーミン・シュトローム氏との交流を深めていた彼はブランドを引き継ぎ発展させるチャンスに飛び込む決意をした…というのはノーブルスタイリングギャラリーさんのSHOP NEWSにも掲載されたヒストリーです。

個人的には技術職が"雇われ"や"大人になってからの知り合い"ではなく、"竹馬の友"の友情で結ばれた共同創業者として積極的に引っ張っていくという姿勢は製品開発にとても良い影響があるのではないかと思っています。
2年前のKIHさんのレポートでもありましたが、いきなり自社ムーブの開発に取り組み、ある程度は共通とはいえ、1年に1個以上のペースで新型を開発し、10年弱で16個のムーブメントバリエーションを誇るマニュファクチュールに進歩させたのは彼のイニシアチブなしには不可能だったでしょう。

そんな彼が満を持して送り出した新機軸がミラード・フォース・レゾナンスから始まる”21世紀の新境地"を標榜するレゾナンスシリーズです。



ミーティングルームでプレゼンテーションを映しながら話すグライスラー氏、まずはレゾナンス現象について。



ピンボケですが、レゾナンスのイメージ。
左側は二つの波形の大きさ(振幅)も位置(位相)も揃っていません、これはレゾナンスしていない状態、右は大きさも位置もそろっています、これがレゾナンスです。



立ち上がり、情熱的に身振り手振りを交えて説明するグライスラー氏。
最初は全く揃っていない状態からまずは振幅(ΔV)が揃い、次に周波数(ΔF)が揃い、そして位相差がなくなり最終的には完全に重なる…という概念の説明。



歴史の説明。
時計の歴史をたどるように、置時計・懐中時計・腕時計と取り組まれてきましたが、他社の単純な模倣ではなく、"共振がなぜ起こるか・どのように安定させるか"ということについて改めて考えた結果、アンティド・ジャンヴィエ(Antide Janvier)制作のクロックに注目しました。
このクロックでは共振を発生させるためのきっかけを微小な振動(マイクロバイブレーション)と考え、伝えやすくするために二つの振り子の取り付け部をサスペンションによって吊った構造を持っていました。
これにより、強固な取り付け部を持ち、空気だけで伝える構造よりも振動を伝えやすく、安定に共振を起こすことができました、アーミン・シュトロームではさらに一歩進み、"共振エネルギーを物理的接続で直接かつ効率よくやり取りさせる"という考え方に至り、レゾナンス・クラッチ・スプリングを開発しました。



ちょっと被さってますね…
二つのテンワに取り付けられたヒゲゼンマイの終端、通常はブリッジに固定されるヒゲ持ちがレゾナンス・クラッチ・スプリングに置き換えられています。
これによりヒゲゼンマイの終端を入出力として振動をやり取りさせ、共振を発生させます。

レゾナンス・クラッチ・スプリングの複雑な形状は特定の方向のみの振動を通す方向性を持ち、ヒゲゼンマイの円周方向に平行な方向、すなわちヒゲゼンマイの伸縮方向の力のみ通すようになっています、それ以外の方向には動きにくくしてあり、固定のヒゲ持ちと変わりません。
これによりヒゲ持ち本来の役割である終端の固定と共振エネルギーの入出力という相反する二つの機能を両立しています。



一言で言ってしまえば"二つのムーブメントを一つに"したものがレゾナンスムーブメントです。
正回転の片方が計時輪列を動かし、もう片方は共振現象を起こすためだけに用いられる逆回転です。



"ミラード"の名の通り、まさに鏡に映した鏡像のように線対称になっている二つの輪列。



レゾナンスによるアドバンテージ、こちらはプレスリリースから引用します。
  1. 動作が安定する(精度が上がる)
  2. パワーを温存できる(プロの自転車競技選手がレース中、別の選手のすぐ隣を走るようなもの)
  3. バランススタッフ(テン真)への衝撃など、外的な衝撃による時計の精度への悪影響が減り、歩度の安定性が保たれ、精度が上がる
差別化のために奇を衒った機構ではなく、あくまで精度を最優先した結果たどり着いた機構です。
その姿勢を示すようにアーミン・シュトロームの出荷検査は高級時計の標準とされる5姿勢ではなく、6姿勢、5姿勢であれば測定しない1姿勢を捨てて調整できたりしますが、6姿勢では逃げ場がなく、ムーブメントの実力が問われます。
今回のスイス紀行ではグルーベル フォルセイも6姿勢での出荷検査を行っています。



レゾナンスがいまいち理解されにくいのは"分かりにくい"ことに加え、"本当に起きているかがわからない"と言うことが原因と考え、"作りっ放し"・"言いっ放し"ではなく、実証のためスイスの研究機関CSEMとの共同研究を行っています。



CSEM社, Centre Suisse d’Electronique et de Microtechnique (“Swiss Center for Electronics and Microtechnology”)は、1984年に設立されたスイスの企業をサポートするための科学技術研究開発機関で、純粋な科学と産業利用の間の技術移転に特化した応用および産業委託の研究開発を追及しています。
"スイスの頭脳"とも呼ぶべき組織は200人の優秀なスタッフ、豊富な資金、最先端の製造・計測機器を備え、企業と共同でR&D(Resarch and Development:研究開発)を行っています。

ミラード・フォース・レゾナンスの開発はアーミン・シュトロームが単独で行い実用化しましたが、さらなる実証と改善をCSEMと共同で行うというスキームです。
CSEMのと共同研究には当然それなりの費用が必要ですが、この技術に可能性を感じたスイス連邦政府から実に総費用の80%の投資が行われ、アーミン・シュトロームの負担分は20%のみ。
政府としてもこの研究がスイス輸出産業で大きな割合を占める時計産業に有益であり、機械式時計に新たな価値を加えることができる研究だと考えて投資に至ったそうです。

更に、CSEM社はアカデミックな一面も持つため、この研究結果は論文投稿・査読や発表といった学術プロセスを経てペーパー(論文)として発表され、科学的な裏付けがあると証明されます。
まだペーパーにはなっていないそうですが、パブリックになり次第、提供いただけるそうです。

また、残念なことに新技術にありがちなことではありますが、"レゾナンスではない"や"インチキだ"というクレームが各所から届いたそうです、これに対してもアーミン・シュトロームの主張だけではなく、CSEMの研究結果を基に”物理学・時計学・歴史・用語的にこの現象は間違いなくレゾナンスである"という証明が成され、クレームへの返答とされたそうです。





CSEMとの共同研究の様子。
アーミン・シュトロームは独立系としては珍しいほど設備投資を行っている方ですが、最先端の測定器や解析用のコンピュータープログラムなどは高価すぎ、大企業でもないと単独で導入するのはコスト的に難しく、使用頻度的にも遊ばせてしまう時間が多くなってしまいます。
CSEMの施設を使えば使用時間分だけの負担で他の利用者と分割して使えるためコストを抑えることができます。



コンピュータによるFEM(Finite Element Method:有限要素法)による解析結果。
複雑な三次元形状を細かいメッシュに分割し、メッシュ間の微分方程式を解くことでレゾナンス・クラッチ・スプリングの動きの近似解を求めます。
これにより各部の変形・力のかかり方などを可視化し、どのような形状が最適であるか探ることができます。



3次元的に最適化を行います。
スプリング無しで共振しない状態からスタートし、25パターンほどの様々な形状を試し、現在の形に落ち着きました。
もちろん、コンピューター上のFEMだけではなく、都度試作を行い、高速カメラによるシミュレーション結果との比較検証も行っています。



理論上はどれだけ素晴らしい形状ができたとしても、それを安定に生産できなければ"絵に描いた餅"に過ぎません。
部品の97%を内製するアーミン・シュトロームは当然自社内で製造しています。

時計業界のトレンドではこのような複雑かつ精度を要求する形状を作る場合シリコン(シリシウム)を使い、光学的にパターン形状を投影し、化学処理で型を作るフォトリソグラフィを使うのが"定石"ですが、それに反し、伝統的なスチール素材を、ワイヤー放電加工機で切り抜いて作っています。

CSEMはシリコンの研究も行っており、シリコンでレゾナンス・クラッチ・スプリングを作る試作も行ったそうですが、"スチールなら将来的に直すことはできるが、シリコンは直せない"というグライスラー氏の考えから伝統的なマテリアルであるスチールにこだわっているそうです。

この日訪れたシュワルツ・エチエンヌのCEOマウロ氏と並び、グライスラー氏は強力な"アンチシリコン"、素材としての一定の有用さは認めるものの、自身が作る時計には使いたくないそうです。
特に、新型脱進機などシリコンの物性を活かした機構はまだわかるが、既存のスイスレバー脱進機の部品をシリコンで作り替えただけの機構は”Stupid(愚か)"であると断言しています。
シリコンも大手企業やメディアが言うほど夢の素材ではないというのは薄々感じているのと、本業で嫌というほど使っていて趣味である時計でまで見たくはないので、個人的にはグライスラー氏を支持します。



メモで話しながらディスカッション。
グラフのようなものは瞬間的にズレが発生したとしても、反対側が補正することで影響を押さえるという説明。
時計のようなものはスモールセコンドは必要かを歴史的経緯から討論。
一番上は何だっけ…

自身の信じる道を情熱的に伝えてくださったグライスラー氏、"レゾナンス・イン・ギンザ"イベントでも熱弁をふるって下さることでしょう。



受付に掲げられたレゾナンスと力強いメッセージ。

An improvement so obvious, that you can see it.
(意訳:改善は明白です、あなたはそれを見ることができるのですから)

グライスラー氏はレゾナンスを一つのバリエーションで終わらせるのではなく、今までのムーブメント同様、今後さらに進化させ、"アーミン・シュトロームと言えばスケルトン"から"アーミン・シュトロームと言えばスケルトンとレゾナンス"という代名詞になるまで拡大するつもり。
とても楽しみです!




アーミン・シュトローム
WATCH MEDIA ONLIN 読者、もれなくご招待の
"レゾナンス in GINZA"初日イベントに向けて


会期は10月26(金)~28(日)日の3日間。
WATCH MEDIA ONLINE読者のご招待は26日です。17時より内覧可能、プレゼン開始は19時からになります。

【展示】
26日の当日、アワーグラス銀座は定時から営業していますが、夕方17時にはイベント関連のセッティングが完了。この時点から「ミラード・フォース・レゾナンス・アワーグラス銀座限定」が本邦初公開されます!

【プレゼンテーション】
そして、19時より、スイスから来日した技術陣によるプレゼンテーションがスタート。
このプレゼンには、今月初頭までスイスで現地取材していたCC.Fan氏も参加して、レゾナンス機構のポイントや、スイス時計産業におけるレゾナンス機構の立ち位置など、ホットな最新情報を提供してくれます。
※プレゼンが公式に行われるのは26日のみです。

時計史においても重要な提起であるアーミン・シュトロームのレゾナンス機構を、ぜひ間近にご覧ください!


そこで前回に引き続き、ちょっとしたお願いです! 
読者のみなさまをもれなくご招待ではありますが、当日のご用意のため、おおまかでも人数を把握しておもてなしに反映させたく、ご参加をお考えの方は、できましたら、このブログのコメント欄にご投稿いただけますと有難いです。

もちろん匿名での投稿も可能ですし、非公開コメントでも構いません。投稿文を書くのが面倒という方は、
①参加を決めています。
②参加を前向きに考えています。
③時間があれば参加するかもしれません。

という[①]、[②]、[③]の数字だけでも結構です。みなさまに寛いでいただけるような椅子の用意やケータリングなどのための目安が必要でして、ぜひともご協力をお願いいたします!!

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