ウルバン・ヤーゲンセン 現代のデテント(クロノメーター)脱進機

 By : CC Fan
整備・調査が進むにつれ、正体不明のムーブメントが当初想定していたより素晴らしいものであると判明、にわかに個人的デテント脱進機ブームが到来し、いくつかの記事を掲載いたしました。

デテント脱進機について
の記事ではデテント脱進機の仕組みから、利点と欠点、"古典の見た目"で安全のための補助システムを組み込み腕時計化したクリストフ・クラーレ(Christophe Claret)のマエストーゾ(Maestoso)、ブルガリ(BVLGARI)のアミラリオ・デル・テンポ(AMMIRAGLIO DEL TEMPO)、構造を変えることで安全性を向上させたオーディマ・ピゲ脱進機、コーアクシャル脱進機を見ました。

オーバーホールの記事では分解してわかった各部の作りの良さ、そして古典的な安全装置を見ました。

オーディマ・ピゲ脱進機やコーアクシャル脱進機は別の方式名が付くほど改良されていますが、"デテント脱進機の範囲"で改良するとどのようなものができるのでしょうか?
クラーレのものは古典的な見た目をそのまま見せることを目標にしていたので追加デバイスはできるだけ目立たないようになっていました、別の方向性としてウルバン・ヤーゲンセン(Urban Jürgensen)のデテント脱進機を見てみたいと思います。

個人的には初参加となった今年のバーゼルで初めて実機を見ることができました。



いきなりムーブメント側から、同じムーブメントに見えますが、実は異なります。

ウルバン・ヤーゲンセンの特徴として、ほぼ同じ構造のムーブメントで、デテント(C=クロノメーター)脱式機とスイスレバー(L=レバー)脱進機を選ぶことができます。
また、デテントとスイスレバーとは独立にセンターセコンドとスモールセコンドも選ぶことができるようです。

向かって左がデテントのP8ムーブメント、右がスイスレバーのP4ムーブメントになりますが、テンワの下に埋まっている脱進機構を見分けるのは難しいでしょう。
P8の方には控えめにPatented Chronometer Escapementというレターが追加されています。
ただ、静止画ではわかりませんが、後述するように極めて簡単に見分ける?方法があります。

ではP8ムーブメントを、見てみましょう。



デテントのメリットである高精度を最大限活かすため、テンワは安定度を上げる両持ちのブリッジで支持されています。
ムーブメントの製作にはチャペック(CZAPEK)のムーブメントも作成している、クロノード(Chronode)のジャン・フランソワ・モジョン(Jean- François Mojon)が参加しており、現在のものは改良を重ねた第4世代、衝撃に弱いとされるデテントでも過酷なクロノフィアブル(Chronofiable)テストを通過する堅牢性を誇ります。
テンプの振動数は6振動/秒、デテントとスイスレバーで共通です。

KIHさんがモデレーターを務めるPuristSのYouTubeチャネルにウルバン・ヤーゲンセン公式?のデテントとスイスレバーの比較動画がありましたので引用させていただきます。



ブリッジの形が異なりますが、恐らく世代が前のものでしょう。

テンワの回転方向がガンギ車と逆方向の時はパッシングスプリングが素通しさせ、順方向の時はレバーが解除され、ガンギ車が直接テンワ軸の振り石を叩いて衝撃を与えるという基本は同じです。
では何が違うのでしょう?

それはレバーのジオメトリ(幾何形状)、特にガンギ車を停止させるための石の位置です。
もう一度デテント天文台クロノメーター(仮)の該当部分を見てみましょう。



ガンギ車を停止させる石はテンワの軸から離れています。

ウルバン・ヤーゲンセンのものが近づけているのは安全装置のためです。
テンワ軸の振り石が取り付けられている階層がカム状に成型されており、解除のタイミング以外で衝撃が加わってレバーが動いたとしても、カムが石をブロックします。
そもそも離れている理由は石の調整のためだと思うので、近づけると調整は大変そうですが、クラーレのように追加デバイスをつけるのではなく位置と形状の変更だけで問題を解決しています。
柔軟な発想と設計通りの部品を作ることができる工業力があってこそ実現できた機構ではないでしょうか。

更に、この動画には静止画ではわからない簡単に見分ける?方法も同時に説明されています。

それは音、スイスレバーは複数個所で衝突が発生し、順方向と逆方向で条件が違うため、"チクタク"と表現される2種類の音が交互に鳴っているような音です。
対してデテントはガンギ車が直接テンワ軸を叩く音のみで順方向でしか音が鳴らない、より正確にはパッシングスプリングを通り抜ける音がするがほとんど聞こえないため、"チッチッ"という鋭い1種類の音が鳴っているような音になります。

クラーレのものも同様。



これはCGですが、実機もほぼ同じでした。
個人的にはこの特徴的な雑味の少ない澄んだ音もデテントの大きな魅力だと思います。

デテントは順方向の時しかガンギ車が回転しないため、両方向で回転するスイスレバーに比べると振動数が半分になったように見えます。
この現象により、"デテントだからステップ運針する"という説明を見たことがありますが、"正確には振動数が半分になったように見えることによってステップ運針に見える"というべきではないでしょうか。
スイスレバーでも振動数が半分になれば条件は同じように見えるはずです。

ムーブメント側ばかり見ているのもアレなので、文字盤側を。



海洋時計を思わせるシンプルなデザインで、緻密なギロッシェダイヤルとブルースチールとゴールドを組み合わせた特徴的な針を持ちます。
12時位置にはパワーリザーブインジケーター、このモデルはセンターセコンドで、6時位置のスモールセコンドのモデルもあります。



こちらんはスイスレバーのP4ムーブメント。
ガンギ車がテンワ軸から離れていることで、スイスレバーだとわかります。
さらに言えばガンギ車の形状でも区別できます。



ムーブメントの立体感は伝わりますでしょうか…



こちらはスモールセコンド。
ダイヤルごとにギロッシェパターンを変え、視認性を良くする試みです。
特徴的な針はこちらにも使われています。



ブレゲ数字のモデルも。

a-lsさんとアポなしで押し掛けたのですが、"Mr.Detent"を名乗る担当者に"デテントは私の聖杯(Holy Grail)なんだ!"と離したり、妙な話題で盛り上がったのが懐かしいです。



取材しておいて、掲載が遅れて大変申し訳ない…

関連 Web Site (メーカー・代理店)

Urban Jürgensen
https://www.urbanjurgensen.com/

Les Artisans
http://www.lesartisans.jp/