デテント天文台クロノメーター(仮) オーバーホールと古典的安全装置

 By : CC Fan
詳細とデテント脱進機についての情報を掲載したデテント天文台クロノメーター(仮)、引き取りに伺う10月に向けて関口陽介氏にオーバーホールを行っていただいております。
"考えるより手を動かす"関口氏、本当に仕事が早い!その姿勢は見習わなくてはいけないと思います…

さて、内部の構造にも興味があったのと、"無銘"ですが出自に関わるヒントがあるかもしれないと、作業中の写真の撮影をお願いしました。
ご提供いただいた写真で内部構造を確認したところ、無対策だと思っていた衝撃に対する安全装置が備えられており、それが興味深い構造だったので紹介したいと思います。

まずは、部品の洗浄が終わって組みなおした"ピカピカ"の写真を。



くすみが取れ、素晴らしい輝きを取り戻しています。

1時間で1周する2番車の軸が地板の中心にある以上、香箱とテンワのサイズは最大でも地板の半径までしか広げられません、その制約の中でできる限り香箱とテンワを大きくして高精度を得るという基本に忠実な構造に見えます。
地板サイズに対するテンワの割合では、オーソドックスなレイアウトで拝見した中で1番のモリッツ・グロスマン(Moritz Grossmann)のCal100.1より攻めており、テンワと2番車は見たことがないぐらい重なり、2番車とテンワのブリッジの距離も詰められています。

時分針をオフセットさせるとか、香箱を複数個に分割するとか、テンプだけ別レイヤーに配置する出テンプにするとか、よりテンワを大きくする方法がない訳ではないですが、センター時分針ではほぼ限界ではないかと思います。
ただ、組み立てを考えるとここまで攻めたレイアウトにすると問題が多そうで、腕時計ムーブメントのサイズでは難しいのではないかと思います。
このムーブは厚みのある懐中ムーブメントであることと、なによりとにかく精度を優先したからここまでやったのではないかと。

では、完全に分解した状態を。



左下にある地板、香箱のスペースとテンワのスペースのギリギリさが伝わりますでしょうか?
中央の主ゼンマイもかなり太いものが使われており、それぞれも部品がかなり頑丈に作られているようにも見えます。
ネジも頭部が長く作られており、それが各ブリッジの厚みの半分程度まで埋まり、力を受け止め強固に固定する構造でしょうか。

テンワだけはブリッジからヒゲゼンマイがつながっており、平置きするとヒゲゼンマイとデリケートな天真に負担がかかるため、吊った状態です。



ヒゲゼンマイは巻き上げタイプ、緩急針のレバーは長く調整しやすい形状です。
よく見るとテンワが2色に分かれており、一部が切れているのがわかりますでしょうか?これは温度変化によるヒゲゼンマイの弾性変化を打ち消すために、膨張率の違う金属を貼り合わせ温度に合わせてテンワの慣性モーメントを変化するようにしたバイメタル切りテンプという仕組みです。
調整のためのチラネジはゴールド製。



テンワ以外を組み立てた状態。
この状態からテンワを滑り込ませるのは難しそうです…
デテントのレバーとガンギ車の軸を支えているC型のブリッジの軸近くの色が違うのはここだけ金でできた別パーツをねじ止めしているためだそうです。
アガキの調整用でしょうか?

また中央の2番車の軸石もねじ止めゴールドシャトンで、金が使われています。



ガンギ車とデテントのレバーのアップ。
これは、ピボット・デテントという方式、ピボット(Pivot)は軸という意味、デテントレバーが軸によって支持されていることを示します。
他に板バネで支えているスプリング・デテントという方式もあります。

デテントレバーにはヒゲゼンマイでテンションがかけられており、左側のネジで調整することができます。
ガンギ車の歯を止めているのが止め石、金色の薄い部品がガンギ車と逆方向の動きを素通しさせるパッシングスプリングで、この部品も金でできています。

軸からは止め石、パッシングスプリングの根本の他にもう一つレバーが伸びており、これが冒頭に述べた安全装置のうちの一つです。
この部分はカウンターウェイトを兼ねながら、止め石が解除された時、ガンギ車の歯が通過する部分に侵入するような位置にあります。
止め石が外れた後、次の歯が到達するまでに止め石が戻っていればこの部分は何もしません、しかし止め石が戻っていなかった場合、ここが引っかかることでブロックし、ガンギ車が2歯以上進んでしまうことを防ぎます。
つまり、オーディマ・ピゲ脱進機のアンクルのような動きになりますが、常時働くアンクルとは違いあくまで非常時のみ働く機構です。



テンワ側にも1歯ずつしか進まないようにする工夫があります。
向かって手前側がパッシングスプリングを押して止め石を解除する外し石、奥がガンギ車からの衝撃を受ける振り石ですが、衝撃を受ける振り石は一部が切り欠けた円状のパーツに取り付けられています。
これは、石がある箇所以外では円状のパーツがガンギ車の歯をブロックし、衝撃で解除されたとしてもガンギ車の歯が進めないようにするパーツです。
摩擦が発生しますが、進んでしまうよりはいいはずです。



別角度から、2つの石は異なる高さに取り付けられています。
傷はありますが、もともとはポリッシュされていたであろう仕上げです。



これも安全装置、ヒゲゼンマイにつけられた小さなピンです。
ただ、以前のメンテのミスなのか折れてしまっています。



なので、関口氏が新しく作って取り付けました。
このパーツがどのように働くのでしょうか。



これがヒントです。
如何でしょう。



…これは前回も挙げたデテントのデメリットの一つ、テンワが360度以上回転してしまう問題に対する安全装置です。
ヒゲゼンマイが振動時に直径が変化するのを利用し、通常の範囲ではピンが素通りしますが、振れすぎるとヒゲゼンマイの直径が大きくなり、ピンがテンワ上のピンに接触して停止させ、振れすぎを防止します。
ユニークなのはヒゲゼンマイ自体をショック吸収用のバネとして転用していることです。
クラーレのマエストーゾも歯車を用意するぐらいならこうすればいいのにと思ったのですが、腕時計サイズではヒゲゼンマイが繊細過ぎてつけられなかったのかもしれません。

この手法が一般的かはわかりませんが、検索した限りではジラール・ぺルゴ(Girard-Perregaux)のデテント・トゥールビヨン懐中時計が同じ方法を使っているのが見つかりました。

マリン・クロノメーターのようにジンバルに守られている前提だけではなく、ある程度の安全装置が備えられているということがわかり心強くなりました。
とは言っても、現代的な緩衝装置はないので過信は禁物です。



本邦初公開、文字盤側の構造です。
11時位置のダボ押しボタンを押すことで、レバーによって時合わせ輪列に噛み合う仕組みがわかるかと思います。
香箱に香箱真と香箱の回転の差で香箱を停止させるジェネバ・ストップ巻止め機構が備えられ、主ゼンマイのトルクが安定している部分だけを使うようになっています。



テンワ、デテントレバー、ガンギ車の穴石には別パーツで蓋石がつけられ、油の蒸発を防ぐ構造になっています。
一方、レバーの止め石とガンギ車は無注油だそうです。

真ん中の穴はガンギ車と止め石の噛み合いの確認用です。
メンテナンス記録?が彫られていますが詳細は確認中…



1958?



VII 1948 人名?




19XXがいくつか?



文章?



195X?



西暦と時計師というフォーマットにも見えますが、詳細は調査していただいています。

如何でしょうか、アイディアを練り、シンプルな方法で安全装置を実装しているのが非常に興味深かったです。

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