2019年あけましておめでとうございますと高振動天文台クロノメーター

 By : CC Fan
あけましておめでとうございます。
おかげさまで、旧年は良い一年となりました、本年もよろしくお願いいたします。

今年も"Buy the watchmaker, not the watch."、時計そのものだけではなく、関わる人々の情熱をお伝えすることができればこれ以上ない幸せです。

というわけで(?)、新年第一弾のネタは高振動天文台クロノメーターです。
こちらも関わる方々、時計師の関口氏、Twitterでお話しさせていただいた三条ネジさん(@vis_vis_vis_vis)から様々な情報をいただき、その正体に近づくことができました。
高振動と呼んでいるのは、現在でも高速な10振動/秒(36,000振動/時)という振動数からで、後述しますが驚くべき精度を実現していました。



"いかにも"な佇まい。
ミニッツ・レールウェイに沿うように曲げられた長針(影に注目)、読みやすいスペード針の短針、高精度をアピールする大きなスモールセコンドダイヤルと極細の秒針。
極めつけは30秒の位置に作られた黒帯とスリット、これは精度測定の際に30秒を通過した瞬間を捉えるためのもの。

以前の記事でいくつかの情報から、"ロンジン(LONGINES)のスプリット・セコンド・クロノグラフムーブメント、Cal.260ベースの改造機"と予想していましたが、三条ネジさんから有力な情報をいただきました。

もともと24リーニュ(約55mm)あるCal.260を調整し、レギュレーションに合致するよう22リーニュ(約50mm)にしたクロノメーターコンクール用のCal.261ではないかとのこと。
この前提を知ったうえでムーブメントを眺めると気が付くことがあります。



お分かりになりますでしょうか…?

そう、ケースに対してムーブメントが偏心しています!
開口部全体(おそらくオリジナルのCal.260のサイズ)に対し、偏心したスペーサーのような部品と一回り小さいムーブメント(Cal.261)が装着されています。
これはまさに"地板・ブリッジをリュウズ側に接する直径約50mmの円に沿ってそのまま削る"という作り方で作っているようで、削る量が最も多いリュウズと逆側のネジがギリギリの位置にあることからもわかります。
クロノグラフ機構が3/4プレート様式の上に乗る前提で24リーニュのサイズのようですが、計時輪列だけならよりコンパクトなのでこのような作り方になったのではないでしょうか。

このケース自体にはレバー機構が入るような隙間がないプレートぴったりなスケルトンバックで、クロノグラフバージョンのムーブメントは入りそうにないので、それだったら直径もムーブメントの直径ぴったりに作ればいいのでは?とも思いましたが、こういう構造にしないと時分針の軸が文字盤の中心に来ないということに気が付いて納得しました。



分解の図、写真提供は関口氏、いつもありがとうございます。
デテント天文台クロノメーター(仮)のオーバーホールでも感じましたが、香箱を地板に対して最大化し、とにかくパワーを注ぎこもうという気合と信念のようなものが感じられます。
地板もブリッジもぶ厚い。



こちらは3/4プレート様式のブリッジの内側、巻き上げ輪列やコハゼはこちら側についていることがわかります。

また、向かって右側の穴が途切れたような跡はサイズを小さくしたときに削られ、欠けてしまった穴でしょう。
おそらくクロノグラフの各種規制バネを取り付けるネジと位置決めピンの穴だと思われます。

地板と噛み合う位置決めピンや穴石のルビーも大きいです。

そして極めつけは…



強力な主ゼンマイ!
デテント天文台クロノメーター(仮)の古典的な螺旋の渦巻き状の主ゼンマイに対し、現代的なS字曲線の主ゼンマイです。
これは素材の技術が進歩し、より曲げられる高弾性素材になったためで、香箱に収める時により大きく曲げるための形状です。
下側で"かえし"のようになっている部分が香箱に引っかかる部分、上側が巻き芯につながる部分です。



再掲、デテント天文台クロノメーター(仮)のゼンマイはゼンマイと聞いてイメージされるようなフォルムの古典的なもの。
デテントは1900年代、高振動は1960年代と予想されるので、およそ60年の差異があります。



香箱には23と読める刻印が、おそらく香箱に主ゼンマイを収めた状態の単体でトルク特性を測定し、管理されていたのではないかと思われます。



計時輪列、2番車から4番車までの3枚の歯車で加速するオーソドックスな構成ですが、歯車が大きく、更にトルクに合わせてなのか、それぞれの歯車の歯形が変えられています。
トルクが大きいほどピッチが広くて全歯丈が高い頑丈な歯を、小さくなるにつれピッチが狭く全歯丈が低いトルク変動が小さい歯を使っています。
歯車の構成をここまで最適化しているのは個人的には初めて見ました。

また、オリジナルのCal.260では2番車の軸はクロノグラフ積算計を通すために中空ですが、この個体では中身が詰まった(Solid)軸になっています。
オークションの個体は光の影響なのか中空にも詰まっているようにも見え、この個体特有なのかはわかりません。



高振動を支えるガンギ車、一見普通の構造に見えますが…



ガンギ車本体は薄く、アンクルの詰石と噛み合う部分だけ段付きで厚い構造になっています。
これは噛み合い部分の強度を保ちながら、ガンギ車の重量・慣性モーメントを小さくするための工夫で、薄くするのと段付けは切削加工で行われているそうです。



平行ではなく、力のかかり方に合わせて作られたと思われる構造を持つ段付き構造。



衝撃を伝える面は力を伝えつつも、こじるように押し上げる摩擦を最小化するためか、凸状の形状になっているようです。



組み合わされるアンクルは応力が集中しやすい鋭角の角を持たない形状で、エッジも丸められています。
バランス取りや仕上げは手作業で相当な時間をかけて行っていたのでしょう。



丁寧に各部のエッジが丸められています。



天真と振り石、もちろん摩擦を最小に抑えるよう鏡面に仕上げられています。
背景に見えるヒゲゼンマイは巻きあげヒゲ、熟練の手作業による調整が行われた跡があるそうです。

クロノグラフムーブメントの基本設計からクロノグラフ機構を抜いて、強力なトルクをすべて高振動化につぎ込んだ所謂"クロノ抜き"ムーブメントですが、3/4プレートがそのままで不要な穴だらけに見えるので、一見するとイマイチに見えてしまうかもしれません。
しかし、機構部品を徹底的に仕上げ、精度を出すための手間を惜しまない姿勢にはとても感動しました。

この仕上げが意味があることを証明するように、洗浄・注油を行ったのち多少日差があったので緩急針を調整したところ…



フル巻きで6姿勢平均、日差は 1秒/日!
テンワのチラネジなどは一切触らず、緩急針を軽く調整するだけでこの精度を叩き出したそうです。

振り角も拘束角を実測して50度だったそうなので、おおむね値通りと見て良いとのこと。

改めて天文台クロノメーターの実力を見せつけられて驚愕しました。

三条ネジさんからはCal.260とCal.261の情報のほか、Cal.261にはムーブメント作成したロンジン名義のものがあるというお話も伺いました。

写真でわかる範囲だと以下の点が異なるように見えるので、私の個体が"Nivaroxカスタム"なのは間違いないのかなと思います。
このムーブは外販したんでしょうか…?
  • ヒゲゼンマイがロンジンのものは青い、Nivaroxのものは銀色
  • チラネジの配置・大きさが異なる(ように見える)
  • 刻印がロンジン名義とNivarox名義
SIHH Weekに受け取れるのが、本当に楽しみです!

今年もこのような調子でやっていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

関連 Web Site

三条ネジさん
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