イエンス・シュナイダー銘の電磁クロックが日本に到着!

 By : CC Fan

先月来日したラング&ハイネの開発部長イェンス・シュナイダー氏
、ノーブルスタイリングギャラリーでのイベントのほか、カミネ旧居留地店でのイベントも行われました。
これには表向きはラング&ハイネの仕事としての来日でしたが、実は裏(こちらが表?)の目的がありました。

2年前の「ドイツ時計とスチームパンク」イベントで披露され、その場でオーダーされたというイエンス・シュナイダー銘のクロックがいよいよ完成、本人自ら設置するための来日です!
注文としては2番目だったそうですが、1号機はイエンスの”凝り性”で新開発の脱進機構を試行錯誤中、2号機のこちらの方が先に完成したので先のデリバリーとなったようです。
こちらも地震が多い日本にあわせて振動に強い構造にしたり、ベースを重くして安定度を高める工夫がなされているそうです。



ドイツの工房で組みあがったクロック。
2年前のイベントで披露されたプロトタイプに比べ、ベース部分が大きくなり安定度を向上させ、振り子にエネルギーを与えるコイルもがっちりと固定された形になっています。

”コイル”でわかるように純粋な機械式ではなく、振り子の接点によってコイルに電流が流し、振り子を励振(エネルギーを与える)する電池をエネルギー源とする電磁式(電気式)と呼ばれる分類の機構になります。
エネルギー源は電池ですが、振動(共振)自体は機械振動で作るという、乾電池が普及してから、クオーツが普及するまでの時期に実用時計として使われた方式でしたが、クオーツが普及し実用はクオーツ、高級は純機械式となった今はあまり顧みられることのない機構です。
電池による日常メンテナンスの容易性(パワーリザーブが年単位)と、機械式の様に仕組みが目に見え、修理もしやすい(半導体は”ほとんど”使っていない)というある意味いいとこどりなのでもっと注目されればいいのにとは思います。
腕時計でも電磁テンプと呼ばれた、テンプを共振器兼モーターのような動作として使うタイプがクオーツの実用前には使われていて、電池を使った時計の普及に一役買ったという話も聞きます。



カバーを外した状態。
安定度のため、大理石のベースにコイルと機構ががっちりと固定されています。



興味がある方はあまりいないかもしれませんが、一応の仕組みを解説します。
振り子は初速を与えると重力加速度と振り子の長さで決まる固有振動数で振動しますが、摩擦や空気抵抗によるロスがあるためそのままではエネルギーを徐々に失って止まってしまいます。

そこで、振り子の角度によって閉じる接点(スイッチ)を設け、振り子がある角度になったら電気回路が閉じるようにします、これによりコイルに電流が流れることで、磁力が発生、振り子に設けられた鉄片をコイルが引き寄せることで、振り子にエネルギーを与えます(ざっくりというとモーターと同じ原理)。
回路が閉じるタイミングとコイルのパラメータを適切に設定することで、機械的ロス失われるエネルギーとコイルによって与えられるエネルギ―が等しくなれば電池エネルギーが無くなるまでずっと動き続けます。
また、コイルが引き寄せているときは駆動力が強いためラチェットのような機構で振り子の動きで送るようにすれば運針も振り子から行うことができます。

半導体を”ほとんど”使っていない、と書いた理由は接点が開くときにコイルから発生する発生する高い逆起電力(フライバック電圧)を抑制するためにコイルと並列に還流ダイオードが必要で、これは増副作用を持っていないとはいえ半導体なので”ほとんど”と表現しました(上の写真左下の図)。
ただ、ICなどと違い、これは普通に”同等品”に取り換えることができる部品なので、万が一破損しても容易に修理可能です。

駆動用のコイルは改造のベースにしたフランス製電磁クロックエボーシュに含まれていたそうですが、納得がいかなかったイエンスは自分で手巻きすることにして、治具なども作って特性に合ってなおかつ美観も満足のいくコイルを作ったそうです。

…これは接点式ですが、更に接点レスとかいろいろ種類があるという事を書くといつまでたっても終わらなそうなので、要望があればさらに書きます。
個人的にはインパルス状の力を加えられるという点で機械式脱進機よりも理想動作するのでは…と思っています。



ドイツからは完全に分解し、厳重に梱包した状態で配送、更にイエンスの工具や測定用のウィッチ(WITSCHI)と専用のセンサーも持ち込まれました。
それを自ら組み立てること、そしてオーナー氏がメンテンナンスをお願いする予定の日本の凄腕時計師に技術移転(テクノロジートランスファー)を行うためにイエンスも来日したというわけです。



機械をチェックしながら注油を行うイェンス、もちろん腕時計はラング&ハイネです。



細かい調整を…



振り子とコイルは大理石と木製のベースにがっちりと固定されおり、輸送時もそのまま運ばれてきたようです。
振り子の支点は板バネで振り子の中央付近にムーブメントと相互作用するための部品があります。
錘に刻まれたその上にある十字状の部品は錘の位置を微調整して緩急調整を行うためのものです。



ムーブメント側。
電気接点接続用のコードがついているのが特徴的です。
動力は振り子から伝達されるので、ゼンマイを収めた香箱はありません。

奥側に見える2つのネジで振り子が取り付けられているベースと結合します。



輸送用治具から外します…
そういえば、こういう治具まで全部一個作り!?



ムーブメントと振り子を合体させて調整を行います。
接点が適切なタイミングで接触し、振り子にエネルギーが与えられるようにします。



調整が完了。



電池ボックスが登場。
単1電池1本で動き、パワーリザーブは1年以上とのこと。
エボーシュの部品をイエンスが軽量なチタンなどを使って作り直したこと、当時より電池の性能も上がっているのでもっと持つかもしれません。
電池ボックスは一見しただけではわからないように引き出し型になって、木製のベース部分に格納されます。

大理石のベースの裏に配線が通っており、電気回路はそこで配線されます。



ウィッチが登場し、歩度調整を行います。
分解して輸送して組み上げ、そして厳密にいえば重力加速度は場所によって違うので調整は必要でしょう。
専用のセンサーとスタンドも持ち込まれました。



Chronoscope S1(G2)ってクオーツも測れるかなりいい奴では…



調整後、外装ケースを被せて完成!

針の動きも動作の音も機械式時計そのもので、注意深く見てコイルや配線に気が付かないとこれが電池で動いているとは気が付かないのでしょうか。
イベントでのプロトタイプ同様、イエンスが徹底して手を入れたムーブメントは、同時に”彼らしさ”を思わせるところもあります。

編集長がインタビューしたムーブメント仕上げに対するスタンスを再掲します。

「もし大きな倍率のルーペでみれば、たぶん私の手仕事の痕跡がわかると思います。そこには皆さんが普段見慣れている高級時計ブランドのムーブメントのような完璧さはないかもしれません。曇りもキズもない完璧さ。実は個人的にはその完璧さに冷たさを感じて好きではないのです。どこか力を抜いているような自由なところがあっていいと思う。自分の人生もそんな感じが好きなので、それが表れているかもしれません。逆にいえば、私の手で仕上げた跡というものを、よくご覧になって、それを愉しんでいただきたいです」

機械式時計としての動きの面白さと高精度、電池式による長寿命を両立し、まさに使うためのクロックといえる作品が完成したのではないでしょうか。
この設置には1号機のオーナー氏も同席され、実に和気あいあい、参加させていただきありがとうございました!

何より、1か月ほど記事の掲載を伸ばしてしまったのが一番反省するところかもしれません…
今回の記事の写真は、一部オーナー氏提供のものを使用させていただきました、ありがとうごさいます。