ヴァシュロン・コンスタンタンの新レディース・コレクション "エジェリー”にみる メゾンと女性たちのフェミニンなヒストリー

 By : KITAMURA(a-ls)

予期されていなかった感染の拡大によって、2020年新作はどのブランドも混乱の渦中にあるようで、通常の年であればかなりのプレ・モデルが発表されているはずのタイミングの今にあっても、例年と比べると、その数はあまり多くはない。

そんな中、グランメゾン・クラスのブランドにあって、コレクションと呼べる単位で発表された数少ない実例が、ヴァシュロン・コンスタンタンのエジェリーである。
「え、でも、エジェリーはレディースのラインでは」という声もあるだろうが、実はそこがポイントなのだ。

昨今の高級時計ブランドがこぞってレディース・コンプリケーション・モデルに注力しているのはご存知のところだろう。
中でもヴァシュロン・コンスタンタンは、パトリモニー、トラディショナル、オーヴァーシーズ、ハーモニー、ヒストリークといった、メインとなるコレクションのほとんどで魅力的なレディース・モデルを製作しており、グランメゾンの中でも最も女性を重視してきたブランドであることは間違いない。ただ現状では、パテック・フィリップにおけるTWENTY~4、オーデマ ピゲにおけるミレネリーのような、レディース専用のコレクションがない。
三大ブランドと言われるメゾンにあって、ヴァシュロン・コンスタンタンは唯一レディース・ラインを持たないブランドであり、レディース・レクションといえば「コレ」と言えるような"代表顔"が、長く不在だったのだ。

さかのぼること108年前の1912年。ヴァシュロン・コンスタンタンは先駆的なトノー・シェイプの腕時計を発表し大きな話題を集めた歴史を持つ。そして、今から17年前の2003年、そのトノー・シェイプのヒストリーは新たなレディース・モデルへと生まれ変わった。実はそのコレクション名がエジェリーだったのだ。
エジェリーとはギリシャ神話に描かれる泉の女神(フランスでのミューズと同義)の名であり、人々に創作のインピレーションをもたらす知性をそなえた美しい女性へのオマージュであるとる同時に、優雅で女性的な曲線を描くケースデザインとをオーヴァーラップさせたものだったが、2020年の今年、エジェリーはアシンメトリックなラウンド・ウォッチとして"再生"を遂げたのである。

つまり、ここがポイントなのだが、エジェリーは、ヴァシュロン・コンスタンタンがグランメゾンの威信をかけて世に問うたレディース・コレクションに他ならないのだ。




まずはヴァシュロン・コンスタンタンが作成したリリースから、ブランドと女性たちとの3世紀に近いヒストリーを振り返ってみよう。

 

ヴァシュロン・コンスタンタンと女性たち

長年に渡り、ヴァシュロン・コンスタンタンは常に、美的感性とトレンドに完璧に対応することにより、女性たちの期待に応えることを重視してきました。18世紀初頭から19世紀にかけては特注品として、20世紀には少数の限定品として腕時計の製作が行われてきました。スポーティなモデルであれ、エレガントなモデルや宝飾モデルであれ、メゾンが製作するレディスウォッチは、スタイルと正確さを組み合わせることにより、最善を尽くして女性たちに寄り添い続けたいという強い切望を表しています。その切望をまさによく表しているのが、2020年に発表された「エジェリー」コレクションであり、ヴァシュロン・コンスタンタンによると、このコレクションは腕時計製作における女性らしさの新たな側面を象徴するものとなっています。
女性のためにイメージされたオートクチュールの世界からインスピレーションを得ているこのコレクションは、200年以上に渡るメゾンによる女性向けの作品の一つ一つがまさにそうであるように、その時代の精神を捉えているのです。




ヴァシュロン・コンスタンタンの「美しい高級時計づくり」は265年間、一度も途切れることなく時を刻んでおり、男性向けと女性向けの両方のタイムピースが製造されています。
18世紀に初めて発表された女性用ポケットウォッチから現代のリストウォッチに至るまで、メゾンのヘリテージは女性たちの期待に応えると共に、時代の精神を捉える優れた能力を証明しています。機能的なものであれ、儀式的な装飾品としてであれ、ジュエリーウォッチであれ、スポーティウォッチであれ、ヴァシュロン・コンスタンタンのフェミニンな作品は、芸術的感性、服飾のトレンド、社会的ルールや習慣の変化を具現化しています。
美的創造性と技術的創造性は、女性たちからインスピレーションを得ながら、女性たちのために絶えず更新され続けています。

ヴァシュロン・コンスタンタンのアーカイブを徹底的に調べてみると、18世紀の変わり目に女性たちのリクエストに応じて比類のない時計を製造したことが明らかになります。当時、ヨーロッパ宮廷の様々な貴人たちは、機能的な目的で時計を着用していました。シャトレーヌと呼ばれる留め具の付いた長いチェーンに吊り下げて着用されることが多かったのですが、時計は話題の一つであるとともに、高い社会的身分を証明する儀式的な装飾品でもありました。



18世紀への変わり目、初の複雑機構の機が熟す

メゾンのアーカイブに保存されている資料から、リュシャプト伯爵夫人やルーマニア王妃エリーザベト・パウリーネ・オッティリーエ・ルイーゼ・ツー・ヴィートなどの女性たちが、要求水準の高い顧客であったことは明らかです。当時、時計は時を告げるジュエリーとみなされており、一例が、高価な正装に調和してその価値を高めてくれる金細工や銀細工でした。
典型的な例は1815年に発表されたヴァシュロン・コンスタンタンのイエローゴールドのポケットウォッチで、そのケースミドルにはガーネットのモチーフを際立たせた花模様の精巧な彫刻が施されています。

●1815年 イエローゴールド製懐中時計

このような要求水準の高い顧客たちはまた、ハンマー打ち機構などの便利な複雑機構を好みましたが、複雑機構はヴァシュロン・コンスタンタンがすでにその名声を十分に確立していた分野でもありました。
歴史的にメゾン最古のモデルの一つには、1838年のイエローゴールドウォッチがあります。これは、貴婦人たちがドレスのポケットに入れたり、ペンダントとして身に付けたもので、クオーターリピーターの複雑機構と、花のモチーフの彫刻が施されたギヨシェ彫りの文字盤上にあるオフセンター表示のスモールセコンドがその特徴となっています。


19世紀に入ると、腕時計が貴婦人たちの手首を席巻

19世紀後半、ドレスに完璧にマッチする半透明(通常はモノクロ)のエナメルで装飾が施されたカラフルなハンタータイプのケースが登場しました。1887年に発表されたヴァシュロン・コンスタンタンのこの時計がその例です。ケースのカバーには、宝石や真珠の装飾、エナメルの渦巻き模様、アラベスクの彫刻が施され、注文者の好みによっては、花のモチーフが取り入れられることもよくありました。ウォッチはポケットに入れられるのではなく、ペンダントやシャトレーヌネックレス、あるいはブローチとして身に付けられました。

●1887年 懐中時計


19世紀末になると、女性たちの見掛けは変化し始めましたが、ヴァシュロン・コンスタンタンはすでにパリの服飾家からインスピレーションを得ながら、時代とトレンドに熱心に対応しました。

20世紀初頭、女性が腕時計を身に付けることはまだあまり一般的ではありませんでしたが、ドレスの袖は短くなり、腕が素肌のままあらわにされることも多くなってきました。つまり、最初のリストウォッチ導入の機が熟したということです。注目すべきことは、19世紀末にはすでに、ヴァシュロン・コンスタンタンのタイムピースの中に、ブレスレットに取り付けられた非常に珍しい女性向けモデルがいくつか登場していたという事実です。
1889年に製作され、おそらくパリの世界博覧会に出品されたと考えられるモデルを見てみましょう。

●1889年 翼の生えた2人の女神を象ったデザインの腕時計


20世紀初頭に大いに発揮された創造性

20世紀初頭、女性向けウォッチはパリの人々から自然に普及していきました。
真珠のモチーフとレースのような彫刻、宝石やヒスイと組み合わされた真珠層、ラッカーや多色のエナメルが用いられ、アール・ヌーヴォースタイルの数々のペンダントウォッチがより魅力的なものになりました。1879年からヴァシュロン・コンスタンタンと一緒に働いてきたフランス人業者フェルディナンド・ヴェルガーの影響を受け、時計は、アジアの芸術や古代ギリシャに触発された素晴らしいカメオ絵画を特徴とするジュエリーへと変貌していったのです。

1920年代、ヴァシュロン・コンスタンタンは、アール・デコ様式も取り入れました。ケースが純粋で正確なラインのものから、楕円形、長方形、正方形、アシンメトリーな形状に彫刻されたものなど、腕時計の形はますます多様になり、通常は異なる2色のストーンが施されました。独創性が大いに発揮されたのです。

1923年に発表されたヴァシュロン・コンスタンタンのタイムピースが、このトレンドを示す典型的な例であり、ホワイトゴールドのケースとダイヤモンドとサファイアが配された六角形のダイヤルを有していました。

●1923年 ダイヤルが六角形の腕時計

●1929年18カボション・カットのルビーを施したホワイトゴールド製の「サプライズ」ウォッチ(右)

これらのジュエリーウォッチを補完したのが、日常的あるいは華やかなイブニングのあらゆる場面で時間を知ることを望む女性のニーズに応える控え目なモデルでした。それゆえに、ヴァシュロン・コンスタンタンは、18カボション・カットのルビーを施したホワイトゴールドの1929年「サプライズ」ウォッチに代表される、数種類のポケットウォッチを作り続けたのです。
1930年代には、1929年に起こった株式市場暴落の影響による厳しい経済状況と社会の重苦しい雰囲気にもかかわらず、ヴァシュロン・コンスタンタンは、1937年モデルなど、素晴らしいジュエリーウォッチを生み出し続けました。
ブリリアントカットやバゲットカット、あるいはひし形カットのダイヤモンドを施し、ケースとブレスレットは、その現代的な外観で当時非常にもてはやされた素材であるプラチナで製作されました。時針と分針は、小さな楕円形のムーブメントで駆動されました。


●1937年 ダイヤモンドがセットされたプラチナ製ジュエリーウォッチ

この当時、様々な形状の時計への需要が高まったため、ヴァシュロン・コンスタンタンは、上品なケースに適した小型のムーブメントを開発しました。メゾンは、いわゆる「バゲット」キャリバー7(21.5 x 6.5 mm)を導入し、主にジュエリーウォッチに用いました。このバトンタイプのムーブメントには、バランスを衝撃から保護し、より頑丈なものにするよう設計された特許取得のシステムが装備されました。


美しく高度な時計製造における女性らしさ

1940年代以降の女性たちは、手首のみに時計を身に付けるようになりました。
アール・デコ時代の幾何学的なラインは、次第に官能的な形状へ取って代わりました。時を告げる宝飾品としてデザインされた「シークレット」ウォッチが特に好まれ、ヴァシュロン・コンスタンタンは、現代を生き生きと描き出すようなデザインを通じ、圧倒的でスタイリスティックな創作力を発揮しようと努力しました。腕時計のデザインは大胆になり、ディテールまでこだわったラグをデザインすることができたことにより、ケースは一般的にブレスレットとシームレスに一体化したものとなりました。

●1946年 18Kイエローゴールド製腕時計(左)と1976年「1972」と名付けられた腕時計(右)

ジュネーブのモントル・エ・ビジューショーで1942年以降に発表されたいくつかのタイムピースは、1946年に発表されたモデルをはじめ、幅広のゴールドリンクが付属したブレスレットにより、このクリエイティブな大胆さを表しています。
このような大胆でオリジナルな形状の登場をきっかけに、ワイルドな1970年代もメゾンにとっては大いなるインスピレーションの源となり、その作品の一つが1972年にプレステージ・デ・ラ・フランス賞を受賞しました。この賞は、工業分野におけるデザイン関連の革新を称えるものです。この時計は「1972」と命名されたのですが、ケースの形状がアシンメトリーというだけでなく、ミドルケースと一体化したゴールドのブレスレットが特徴となっています。それは、女性用ウォッチが複雑なダイヤモンド、台形の形状、楕円形の幾何学的効果を特徴とする傾向があったこの時代の美的コードを完璧に表現しています。

この10年間に、カラーは多彩になり、宝石セッティングが流行しました。1970年代の終わりには、ヴァシュロン・コンスタンタンは、1.2〜4カラットのエメラルドカット・ダイヤモンドが118個あしらわれた信じられないほど素晴らしいカリスタ(「最も美しい」という意味のギリシャ語)ウォッチを発表しました。この時計は、デザイナーであるレイモン・モレッティとのコラボレーションから生まれたものです。


●1979年「カリスタ」と1981年「222」

その後の10数年間で、ヴァシュロン・コンスタンタンのフラッグシップ・コレクションが生み出され、たちまちユニセックスなコレクションとなりました。旅行に適した「オーヴァーシーズ」コレクションのスポーティなデザインは、女性向けバージョンでは細い手首に合わせたケース径を特徴としたデザインとして解釈されました。


●2003年に発表された初代のエジェリー・コレクション

「トラディショナル」コレクションと「パトリモニー」コレクションの技術的精巧さと美的洗練さもまた、希少性の高い繊細な外観に反映されました。真珠層やダイヤモンドが用いられ、特に女性に人気のムーンフェイズ複雑機構を含む手巻きあるいは自動巻きの自社製ムーブメントが装備されたこれらのモデルには、フェミニンなエレガンスのオーラを漂わせます。これは、これらの時計がそれぞれ、スタイルと正確さを組み合わせることにより、最善を尽くして女性たちに寄り添い続けたいというメゾンの強い切望を表していることを意味しています。
この切望は今、新しい「エジェリー」コレクションを通じて表現されています。オートクチュールの世界とヴァシュロン・コンスタンタンの歴史に深く根付いた美的コードにインスピレーションを得たこのコレクションは、カリスマ性があり、時計製作の技術に魅了された「one of not many(少数精鋭の一員)」である女性たちへの賛歌です。過去2世紀以上に渡りメゾンが生み出してきたフェミニンな時計の各々についても、まったく同じことが言えます。
(以上、ヴァシュロン・コンスタンタン発行のプレスリリースより)







2020年のヴァシュロン・コンスタンタンの幕開けを飾ったエジェリー。
ドレープやプリーツといった柔らかな素材感に包まれたオートクチュールの世界と、18世紀から連綿と続く時計&工芸技巧とを縫い合わせたかのような、この新しいフェミニン・ウォッチの冒険は、ヴァシュロン・コンスタンタンが260余年にわたって大事にしてきたブランドのスタンスを改めて明確に位置づけている気がする。



高級機械式時計としての約束事をしっかりと踏みながら、時分秒針、インデックスのフォントまでゼロから起こすなど、デザイン的にも突き詰められていて、実に洗練された気品を放っている。



また、"着替え感覚"で付け替えられるカラフルなストラップを取りそろえるなど、使用者となる女性を想定した実用性、使いやすさも大きなポイントだ。








【参考記事】
https://watch-media-online.com/news/2952/
https://watch-media-online.com/blogs/2984/
https://watch-media-online.com/news/3046/




エレガンスを極めたエジェリーはヴァシュロン・コンスタンタンの正規取扱店で実機を見ることができるので、この鬱陶しい外出自粛が解けたら、ジェントルマンはぜひパートナーを連れて、この華やかなオートマニファクチュールの世界を堪能していただきたい!