グランドセイコー T0 コンスタントフォース・トゥールビヨンの「同軸」コンスタントフォース・トゥールビヨンを推測する

 By : CC Fan
正に彗星の如く登場したグランドセイコー60周年を彩るコンプリケーションコンセプトモデル、「T0 コンスタントフォース・トゥールビヨン」、リリースにも記されているように、トゥールビヨンに加え、コンスタントフォースまで一体化して同軸構造のコンパクトな構造にまとめ上げた力作です。

トゥールビヨンとコンスタントフォースの統合が見事だったため、初見ではどういう構造なのか分からなかったのですが、しばらく眺めていて理解できたのでレポートします。
ダイレクトインパルス脱進機の時同様、公開情報だけからの「推測」です。

百聞は一見に如かず、まずは公式の動画を…



8振動の通常脱進のチクタク音に加え、1秒に1回の鋭いコンスタントフォース脱進音、これが「16ビートのような」リズムなのでしょう。
これを実現しているのが同軸構造によるコンスタントフォーストゥールビヨンです。
その仕組みを追っていきましょう。



6時位置に配置されたトゥールビヨン、ぱっと見では6本のスポークを持つキャリッジを持った「普通」のトゥールビヨンに見えます、初見ではいわゆるハルターが開発しているものと同じようなキャリッジ内にコンスタントフォース機構を入れた(コンスタントフォース機構の重さがコンスタントフォース機構下流にぶら下がる)構造だと思っていました。
しかし、それは間違いでした。



トゥールビヨンのキャリッジはよく見ると同軸二重構造になっており、力が伝達する順に外側キャリッジ・内側キャリッジという二つがあります。
この二つのキャリッジはコンスタントフォースのエネルギーを蓄えるためのトルク蓄積スプリングでつながっており、外側には輪列から力を受け取る入力歯車とコンスタントフォースの脱進制御を行うコンスタントフォース脱進ガンギ車が、内側には一般的なトゥールビヨンの構成要素である通常のガンギ車とテンワ、そしてコンスタントフォース脱進の停止爪が備えられています。

上記の図では、同じキャリッジに取り付けられている物を同じ色で表しており、ここで見えないトルク蓄積スプリングが内側キャリッジを時計回りに外側キャリッジが引っ張っているのを緑の矢印で表現しています。
この矢印は「テンションがかかっている方向」として内側から外側にひきましたが、分かりにくいかもしれません。
トルク伝達としては外側から内側に伝わります。


上面から。
60度ごとのスポーク6本ではなく、120度ごとのスポーク3本のキャリッジが60度ずらして重ねられているという構造です。
通常ガンギ車とコンスタントフォース脱進ガンギ車は天真を中心として180度逆の位置に配置されており、コンスタントフォース脱進停止爪がコンスタントフォース脱進ガンギ車の歯先をロックしています。

コンスタントフォース脱進はどのように行われるのでしょうか?
順を追ってみていきましょう。


先程の図同様、内側キャリッジに関係するパーツは青色、外側キャリッジに関係するパーツは赤色の文字色で表しています。
トルク蓄積スプリングにエネルギーが蓄えられている状態ではそのエネルギーを使って内側キャリッジが回転し、振動・脱進が行われます。
内側キャリッジが動いていてもコンスタントフォース脱進ガンギ車を停止爪が止めているため、外側キャリッジは停止しています。



内側キャリッジが回転を続けると、停止爪も円状に移動していき、ついにはコンスタントフォース脱進ガンギ車の歯先から外れ、停止が解除されます。
停止が解除されたことで輪列上流からのトルクが伝わり、外側キャリッジが回転します。
これにより、トルク蓄積スプリングにエネルギーがチャージされます。


外側キャリッジはずっと回転しているわけではなく、先行する停止爪にコンスタントフォース脱進ガンギ車の歯先が追い付いた時点で再び停止します。
この解除されてから停止するまでの角度は脱進車の歯数で決まるため一定です、この角度が一定であるという事はトルク蓄積スプリングに加わる角度も一定であり、フックの法則からチャージされるエネルギーも一定、すなわちコンスタントフォース(コンスタントトルク)です。

ここまでの動作で、コンスタントフォース脱進ガンギ車が1歯進んだ以外は初期状態に戻りました。
この動作を繰り返すことでコンスタントフォース脱進を行いつつ、トゥールビヨンが回転します。



まとめます。
外側キャリッジは1秒に1回だけ動き、その際にトルク蓄積スプリングに一定エネルギーをチャージします。
内側キャリッジはトルク蓄積スプリングに蓄えられたエネルギーを使って動き、大部分の時間で根元の輪列からは切り離され動作します。
これにより、トルクが安定するとともに、上流の変動は脱進機まで伝わらない…と言うコンスタントフォース動作になります。

外側キャリッジと内側キャリッジは動作タイミングに差があるため最大6度の範囲で離れては追いつくという動作を繰り返します。
これが16ビートの元です。

このコンスタントフォースは特にトラブルを起こしやすいアンクルの往復運動を作るためのカムがなく、回転運動のみで脱進制御ができ、回転運動ベースのためガンギと停止爪の当たり角も90度にして力が変な方向に加わらないようにできるのが優れています。
また、幾何学的に下流を上流が追い越すことがなく、トルク蓄積スプリングにかかっているテンションがすべて抜けてしまう危険性がないため安全のための動作範囲規制ピンも不要です。
これは、同様の回転運動ベースで動作するのアンドレアス・ストレーラのルモントワール・デガリテと同じ特性です。

原理上の優位性に加え、実装上の工夫として脱進車の加工精度を高めること、停止爪の調整ができるようにしてより正確にコンスタントフォース脱進が同じ周期になるようにしているようです。
これは、コンスタントフォースは歯数の多いガンギ車を使うほど歯先がバラつき、更に安全性のためにアンクルを使う場合は2つの停止爪のバラつきによりルモントワール周期がばらつくという問題があり、現に30歯(アンクルの×2で60秒で1周)のカンタロスは耳で聞いて知覚出来るほどのバラつきがありました。
これを嫌ってより正確なタイミングで脱進するための工夫が軽量で頑丈なセラミックを高精度に加工したコンスタントフォース脱進ガンギ車という事のようです。

20歯の通常ガンギが4歯(8振動)進むと、5歯のコンスタントフォース脱進ガンギが1歯進みます、周期が違うだけでトータルの回転量は同じであり、同じ固定4番車に噛み合っているのでピニオンの歯数も同じという事が分かります。

この原理を知ってから、改めて冒頭の動画を見ると二つのキャリッジが異なるサイクルで動いている様子を認識することができるのではないでしょうか。

クロノスの広田氏が書いているように、この構造はストレーラのトランスアクシャルトゥールビヨンに近いです。
私は目指したことは同じに見え、それに対する「やり方」の違いかなと思いました。
すなわち、ルモントワールの下流(安定化されたトルク)にルモントワール自体の重さを加えないようにして、最も接近させるために、ストレーラは上下に重ね、グランドセイコーは内外に重ねたと理解しました。
それぞれの「俺のやり方」です。

トゥールビヨンが分かったのでそれ以外の部分も見てみましょう。



興味深いのはストップセコンドの仕組みです。
内側キャリッジに接続された押さえ用リングが設けられており、それをムーブメント側のストップセコンドレバーで押さえることで止める仕組みを採用しています。
確かにこの方式であればルモントワールで定力化された状態(余計なトルクを捨てた状態)を止めることができるため、止めやすいと考えられます。
また再始動をアシストするためにストップセコンドが「蹴る」仕組みも設けられているそうです。

巻き上げ輪列はケースバック側にあり、古典を思わせるコハゼで逆転が防止されています。
コハゼと巻き上げ輪列のレイアウトから読み取ると、二つの香箱を並列接続したパラレルダブルバレルで、中間の連結部から計時輪列が取り出されていることが分かります。

また、パワーリザーブインジケータと思わしき輪列にはずいぶん歯車がいるな…という印象です。



文字盤側も興味深いです。
おそらく、左右対称にすることを目指して両方の香箱の上に似たような歯車がいますが、向かって右側が時合わせ輪列、左がパワーリザーブ計測用か巻き止め用の遊星差動歯車機構で機能は異なっています。
ユニークなデザインの時分針はムーブメント中心ではなく、オフセットした位置に取り付けられており、2番車もここにあるようです。


最近、個人的なブームの遊星歯車差動機構がここでも登場です。
香箱が出力した回転数(放出量)と角穴車の回転数(巻き上げ量)の差を求め、パワーリザーブインジケーターへ出力していることが分かります。
これを一定の差動範囲に制限すれば巻き止めも兼ねますが、そこまでやっているかは今回分かりませんでした。

非常に野心的な設計をもったT0、全体としても各要素としても非常に興味深いです。

惜しむらくはコンセプトモデルで現時点では非売品という事でしょうか。
実機は「グランドセイコースタジオ 雫石」に展示されるという事で、是非拝見してみたいものです。

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