グランドセイコー 「Kodo」 9ST1のコンスタントフォース・トゥールビヨンを「理解」する (Kodoリマスター)

 By : CC Fan

実機レポート
もお送りした、グランドセイコー Kodo(鼓動)に搭載された新設計コンスタントフォース・トゥールビヨンムーブメント9ST1。



WMOでは原型となる、T0 コンスタントフォース・トゥールビヨンが発表された時には、「推測」記事としてそのコンスタントフォース・トゥールビヨンを読み解きました。
その後、開発者インタビューにて、「何も言うことは無かったです(笑)。」というお言葉を頂くことはできましたが、ちょっと気になる点などがあったのも事実です。
良い機会なので図版をKodoに置き換え、各部をグランドセイコーの資料に合わせたうえで、「リマスター」して説明を試みようと思います。
前回はプレスリリースの資料と動画から私が勝手に読み解いたので「推測」としていましたが、今回は開発者の川内谷さんにまで話を聞いた後なので、「理解」するとしました。

それでは2年前と同様、動きを理解するための動画から見ていきましょう。



8振動の通常の脱進音に加え、1秒に1回の鋭いコンスタントフォース脱進音が加わり、「16ビート」のようなリズムを刻んでいます。
これによりトゥールビヨンキャリッジに供給されるトルクが一定になる(≒コンスタントフォース)ため、上流凛冽のトルク変動に影響されないトルク一定条件での脱進動作が可能になります。

コンスタントフォース脱進機構と通常のトゥールビヨンを同軸配置した同軸構成のコンスタントフォース・トゥールビヨンです、仕組みを見ていきましょう。


トゥールビヨンキャリッジは2種類、コンスタントフォース脱進を担当する外側キャリッジ(輪列上流)と、通常のトゥールビヨン相当の内側キャリッジ(輪列下流)が同軸に重なっています。
この2つが共通の固定4番車を共用し、コンスタントフォース脱進と通常の脱進をそれぞれ行う事で、全体としてコンスタントフォース・トゥールビヨンとして動作します。
前回と同じように、同じキャリッジに取り付けられているものごとに色分けし、外側キャリッジに取り付けられている物を青色、内側キャリッジにとりつられている物を赤色としました、これはグランドセイコーの公式資料に習いましたが、前回の記事とは逆になっていることにご注意ください。



重ねた状態でそれぞれの部位に名称をつけました。
外側キャリッジからトルク蓄積スプリングを経由して内側キャリッジが引っ張られています。
前回の記事では「テンションがかかっている方向」の矢印でしたが、今回はトルク伝達の方向として矢印が逆向きになっています。
この点は川内谷さんからも、「ちょっと微妙かも」と指摘を頂いたところでした。



外側から見ていきましょう。外側キャリッジのケージ外周に切られた入力歯車(4番車相当)からトルクが入力され、このキャリッジは回転します。
キャリッジの回転は固定4番車に噛みあうコンスタントフォース脱進ガンギ車によって制御され、このガンギが停止されている間はキャリッジは動きません。
センターには内側キャリッジにトルクを伝えるためのトルク蓄積スプリングが設置され、外周側がヒゲ持ちでキャリッジに固定されています。
トルク蓄積スプリングの中心には内側キャリッジと結合するためのコレット(凹部)があります。



内側キャリッジはトルク蓄積スプリングと噛みあうスタッド(凸部)でトルク蓄積スプリングからトルクを受け取ることによって動作します。
通常ガンギ車は固定4番車に噛みあい、トゥールビヨンが回転することによってテンワを振動させ、通常の脱進動作を行い、トゥールビヨンとして回転します。



上側から見ます。
一見すると60度ごとのスポークが6本あるキャリッジにに見えますが、120度ごとのスポーク3本のキャリッジが60度ずらして重ねられているという構造です。
外側キャリッジは輪列から直接トルクを受け取りますが、内側キャリッジはトルク蓄積スプリングのトルクのみで動作し、ほとんどの時間上流とは直接つながりません。
順を追ってみていきましょう。


先程までと同様、内側キャリッジに取り付けられた部品は赤色、外側キャリッジに取り付けられた部品は青色に文字色をハイライトして示しています。
内側キャリッジはトルク蓄積スプリングに蓄えられたバネ(ポテンシャル)エネルギーによって回転方向に引っ張られており、このエネルギーによって通常ガンギ車とテンワの振動と脱進が行われます。
外側キャリッジに取り付けられたコンスタントフォース脱進車を内側キャリッジに取り付けられたコンスタントフォース停止爪石が止めることによって、外側キャリッジは停止しています。
外側キャリッジが停止しているため、輪列からのトルクは外側キャリッジで遮断され、内側キャリッジはトルク蓄積スプリングのバネエネルギーだけで動作していることになります。


通常ガンギ車とテンワの振動・脱進が継続すると内側キャリッジが徐々に回転し、内側キャリッジに取り付けられたコンスタントフォース脱進停止爪石が円状に移動していきます。
ついには、コンスタントフォース脱進ガンギ車の爪から停止爪石が外れ、外側キャリッジの停止が解除され、輪列上流からのトルクで外側キャリッジが回転します。



外側キャリッジが回転し、コンスタントフォース脱進車が先行する停止爪石に追いつくと再び脱進車が引っかかり外側キャリッジが停止します。
外側キャリッジが回転することでトルク蓄積スプリングが巻き上げられ、バネエネルギーがチャージされます。
1回の解除から再び停止するまでの外側キャリッジの移動角度はコンスタントフォース脱進車の歯数で決まるため一定です、この角度が一定であるという事はトルク蓄積スプリングの巻き上げ角度も一定、フックの法則からチャージされるバネ(ポテンシャル)エネルギーも一定となり、すなわちコンスタントフォース(コンスタントトルク)が実現できることになります。

ここまでの動作で、コンスタントフォース脱進ガンギ車が1歯進んだ以外は初期状態に戻りました。
内側キャリッジはトルク蓄積スプリングに蓄えられたコンスタントエネルギーを使って通常の脱進を行いながら回転し、外側キャリッジはその蓄積スプリングに1秒に1回上流からエネルギーをチャージするコンスタントフォース脱進を行う、という機能分担により、全体としてコンスタントフォース・トゥールビヨンとして動作します。



改めてまとめてみましょう。

外側キャリッジは1秒に1回だけ動き、その際にトルク蓄積スプリングに一定量のエネルギーをチャージします。
内側キャリッジはトルク蓄積スプリングに蓄えられたエネルギーを使って動き、大部分の時間で根元の輪列からは切り離され動作します。
これにより、トルクが安定するとともに、上流の変動・外乱は脱進機まで伝わらない…と言うコンスタントフォース動作になります。

外側キャリッジと内側キャリッジは動作タイミングに差があるため最大6度の範囲で離れては追いつくという動作を繰り返します。
これが16ビートの元です。

このコンスタントフォースは特にトラブルを起こしやすい往復運動を作るための(ルーロー)カムがなく、脱進制御は回転運動のみで構成されています、回転運動ベースのためガンギと停止爪の当たり角もほぼ90度にして力が変な方向に加わらないようにできるのが優れています。
また、幾何学的に下流を上流が追い越すことがなく、トルク蓄積スプリングにかかっているテンションがすべて抜けてしまう危険性がないため安全のための動作範囲規制ピンも不要です。
これは、同様の回転運動ベースで動作するのアンドレアス・ストレーラのルモントワール・デガリテと同じ特性です。

原理上の優位性に加え、実装上の工夫として脱進車の加工精度を高めること、停止爪の調整ができるようにしてより正確にコンスタントフォース脱進が同じ周期になるようにしているようです。
これは、コンスタントフォースは歯数の多いガンギ車を使うほど歯先がバラつき、更に安全性のためにアンクルを使う場合は2つの停止爪のバラつきによりルモントワール周期がばらつくという問題があり、現に30歯(アンクルの×2で60秒で1周)のカンタロスは耳で聞いて知覚出来るほどのバラつきがありました。
これを嫌ってより正確なタイミングで脱進するための工夫が軽量で頑丈なセラミックを高精度に加工したコンスタントフォース脱進ガンギ車という事のようです。

20歯の通常ガンギが4歯(8振動)進むと、5歯のコンスタントフォース脱進ガンギが1歯進みます、周期が違うだけでトータルの回転量は同じであり、同じ固定4番車に噛み合っているのでピニオンの歯数も同じという事が分かります。

この原理を知ってから、改めて冒頭の動画を見ると二つのキャリッジが異なるサイクルで動いている様子を認識することができるのではないでしょうか。

クロノスの広田氏が書いているように、この構造はストレーラのトランスアクシャルトゥールビヨンに近いです。
私は目指したことは同じに見え、それに対する「やり方」の違いかなと思いました。
すなわち、ルモントワールの下流(安定化されたトルク)にルモントワール自体の重さを加えないようにして、最も接近させるために、ストレーラは上下に重ね、グランドセイコーは内外に重ねたと理解しました。
それぞれの「俺のやり方」です。

トゥールビヨンが分かったのでそれ以外の部分も見てみましょう。



興味深いのはストップセコンドの仕組みです。
内側キャリッジに接続された押さえ用リングが設けられており、それをムーブメント側のストップセコンドレバーで押さえることで止める仕組みを採用しています。
確かにこの方式であればルモントワールで定力化された状態(余計なトルクを捨てた状態)を止めることができるため、止めやすいと考えられます。
また再始動をアシストするためにストップセコンドが「蹴る」仕組みも設けられているそうです。

巻き上げ輪列はケースバック側にあり、古典を思わせるコハゼで逆転が防止されています。
コハゼと巻き上げ輪列のレイアウトから読み取ると、二つの香箱を並列接続したパラレルダブルバレルで、中間の連結部から計時輪列が取り出されていることが分かります。
片方の香箱上の差動歯車機構から巻き上げ量と放出量の差を取り出し、パワーリザーブを表示します。



左右対称的な意匠にするための香箱上の歯車は向かって左側がパワリザ計測用の遊星差動歯車機構で巻き上げ量と放出量の差を測定、向かって右側は時合わせを行う時合わせ輪列の一部のようです。
文字盤はムーブメント終身ではなくオフセットされた位置に取り付けられており、2つの香箱の中心に配置された2番車に時分針が取り付けられています。


実機レポートでも触れた、パワーリザーブ計測・表示輪列の違いは実際に並べてみると分かりやすいです。
基本的な構成は一緒で回転方向も同じですが、インジケーター軸位置の都合で表示付近の穴石のレイアウトが変化しています。



巻き上げ輪列の「巴紋」の意匠がより強調されているのも並べると分かりやすいです。

「リマスター」でお送りした今回のレポート、前回よりも伝わりやすくはなったと思いますがいかがでしょう?
是非、「理解」の一助になれば幸いです。


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