クレドールは叡智を超えられるか

 By : Ay&Ty Style
セイコーがクレドールブランドで「叡智」を発表したのは2008年のことだ。

それまでセイコーといえば、実用時計メーカーとして一流であることは誰もが認めていたものの、嗜好品、工芸品として腕時計を作るメーカーではなかった。
しかし、2006年にスプリングドライブ ソヌリが発表されたときもほとんど見向きすらしなかった愛好家ですら、税抜き550万円の値がつけられたそのシンプルウォッチの出で立ちを見て、俄かに色めきだったものである。





当時、究極のシンプルウォッチとして圧倒的な支持を受けていたフィリップデュフォーPhilippe Dufour)氏の「シンプリシティ」を彷彿とさせる、徹底的にフィニッシュのなされたジャーマンシルバーのブリッジ。
これは塩尻のマイクロアーティスト工房の職人が実際にデュフォー氏の薫陶を受け、ジャンシャンの茎で磨いたものだ。
仕上げのレベルを追求したシンプルウォッチは、今でこそ気鋭の独立時計師による作品がいくつか見られるが、それこそ当時は、シンプリシティーを除くとロジェデュブイ(Roger Dubuis)氏の最初期オマージュ(CymaTavannes 507改)、それから今をときめくヴティライネン(Kari Voutilainen)氏のオブセルヴァトワール(Peseux 260 改)といった、かつてのデットストックムーブメントを改良したものしか入手できなかったように思う。

叡智の注目すべきところは、一級の工芸品としての佇まいが、先端技術の結集であるスプリングドライブに与えられた点、しかも、今まで聞いたこともなかったトルクリターンシステムが採用された点であった。

プレスリリースによると、トルクリターンシステムは、
”ぜんまいのトルクが大きいフル巻状態から約35時間の間は、精度と運針に影響のない約30%のぜんまいトルクを使って、ぜんまい自らを巻上げています。限られたエネルギーを有効に使うこの機構により、キャリバー7R08の持続時間は、従来のキャリバー7R88の持続時間(最大約48時間)よりも約25%向上し、約60時間を実現しています。”
とのこと。特許登録(特許第3582383号。関連特許として特許第5050756号)されているため、興味のある方はぜひ特許公報をご覧いただきたい。





そして、叡智のもうひとつの魅力は、透き通るような白磁の文字盤と、明らかに手書きとわかる瑠璃色のインデックス。これは日本の老舗、ノリタケによるものだ。




35mmというケース径は、当時の大型化の潮流に反するものではあったが、シンプリシティに憧れを抱く日本の愛好家層にとってはむしろ適正なサイズであった。

こうしてセイコーは、このシンプルな小型時計の発表によって、嗜好品、工芸品としての腕時計の世界におけるプレゼンスを格段に高めたのである。





叡智は、2014年に発表された後継機種「叡智2」の登場により生産終了となった。しかし、39ミリに拡大されたケース径、パワーリザーブ表示のムーブメントサイドへの移行、白磁文字盤の自社製への切り替えといった変更点について、愛好家の受け止め方は様々であり、初代叡智は、歴史的な意義も含め名機として語られ続けるだろう。


そして今年、セイコーは、新開発ムーブメントに独自の立体彫金と高度な漆芸の技を融合させた自身初のトゥールビヨンモデル「FUGAKU」を発売した。
世界的に評価の高い名作浮世絵「富嶽三十六景」からインスピレーションを得たデザインと彫金、そして、ベース部分の厚さが僅か1.98㎜(キャリッジを含む厚さは3.98㎜)、直径は25.6㎜という世界最小体積のトゥールビヨン、43個のブルーサファイヤが奢られた直径43㎜のプラチナ製ケースとのことである(詳細はプレスリリースをご参照ください)。

果たしてFUGAKUはEICHIを超える名声を得ることができるのだろうか。