スイス取材紀行 チャペック・ツアー

 By : CC Fan
スイス取材もいよいよ最終日、本日10月6日は移動のみ、ジュネーブまで戻り、夜便で帰国いたします。
最後の取材は"チャペック・ツアー"、チャペック(Czapek)の水平分業を支えるサプライヤー・アルティザン(職人)を訪れる旅です。

垂直統合(マニュファクチュール)と水平分業(エスタブール)、どちらが優れているかというのはよく議論の的となり、日本ではマニュファクチュールが良いとされている印象です。
議論はすぐに二元論になりがちですが、すべてが社内なわけもなく、どこからどこまでは社内、ここからここまでは外注と嘘偽りなく伝えることが重要ではないでしょうか。
というのを改めて考え直したのは、チャペックの"時計制作の世界"を垣間見たから、それでは始めましょう。



もはや見慣れたオーベルジュ・インの階段。
内側の手すりはロープというダイナミックさ、スーツケースをもっての上り下りは恐ろしいです。



ヌーシャテルの街並みを抜け、チャペックヌーシャテルオフィスことCEOザビエル(Xavier de Roquemaurel)氏の自宅へ。
今回も車で移動ですが、シェアホルダー(決裁権を持つ株主)がご一緒するとのこと、私は居て良いのかと思わなくもないですが、ザビエル氏が良いというなら良いのでしょう。
安宿の私と違い、五つ星のボーリバージュホテルから登場!



"典型的なスイス風景"を抜けて工房へ向かいます。



一件目は文字盤会社メタレム(Metalem)傘下のギロッサージュ(GUILLOCHAGE SA)、ギロッシェ文字盤を専門に取り扱う工房です。



入口にて記念撮影。



チャペックの文字盤を見ながら歴史のお勉強。
ギロッシェはかのアブラアム=ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)がコップなどに使われていた模様から着想を得て開発したそうで、旋盤を応用して幾何学的なパターンを彫り込み、光の反射を抑え、視認性を向上させる手法です。
ギロッサージュは1962年に創業、クオーツ時計によってスイス時計業界が大ダメージを受けた時にギロッシェの技術は途絶えかけましたが、高級時計が見直されるとともに、"重石になっていた"ギロッシェマシンを復活させ、技法を伝えました。
現在使われているギロッシェマシンは古典的なものからコピーしたものが使われているそうで、いわばギロッシェマシンのアダムとイブです。

現在でもギロッシェダイヤルでのシェアは多く、多くは語らないブランドや"自社で工房を持っている"と称するブランドの文字盤も手掛けています。
後者はどういうこと?と伺ったところ、"自社で工房を持っているとは言っているが、プロトタイプと一部のロット、メディアに見せる用だけ作っている、全部自分たちで作っているとは言っていないからセーフ"という理屈らしく、すごく微妙な顔に。
ここが真実の時計製造の世界だ!というのはザビエル氏のお言葉。



聞き入る一同。
しかしフランス語なのでよくわからず、適時聞きます、シェアホルダー氏が訳してくれたりしたんですがいいんでしょうか…?



工房へ。
旋盤に取り付けられたビュラン(のみ)がダイヤルを削る"シュッ"という音と、テーブルのインデックスを進めるためのラチェットの"カチカチ"というおとがリズミカルに聞こえる以外は静寂が支配する心地よい空間。



チャペックのリコシェ文字盤。
素材はスペシャルアロイ(特殊合金)#401と称する、金55%にプラチナ・パラジウム・銀を加えた合金。
金が柔らかさを、そのほかがエッジの立ちやすさを生み出すそうです。



ギロッシェ旋盤。
直径方向のビュランの移動のみはラチェットインデックスによって一定になりますが、円周方向の移動とビュランの押しつけは全く手掛かりがなく、手の感触任せ。
練習用の文字盤で試しにやらせてもらいましたが、ビュランが当たっただけでも凹むぐらい繊細、"まるで適温のバター"という表現は言いえて妙です。



左手で扱う円周方向を回転させるハンドル、半径はラチェットが決めるので、右手で押し付け力を決めながら彫っていきます。
旋盤を使ってはいるものの、限りなく人の感覚に頼った手作業の仕事です。

酷いところはCNC、さらにはスタンプ成型で作っていますが、細かいエッジの立ち方が違うそうです。



休憩を取り、チャペックのタイムピースを披露します。
ここでもザビエル氏のコミュニケーション能力が発揮され、あっという間に打ち解けます。



シェアホルダー氏に求められ、わたしのNo.27をご覧いただきました。
"スーパールミノバが嫌いだから取ってもらったんだ"などインチキっぽい英語で伝えます。
シェアホルダー氏の時計はパテックのアクアノート、さすがのチョイスです。



いい環境ですね…

しばしの談笑後、車に戻り移動します。



続いてはアブ・コンセプト(AB Concept)とアブ・プロダクト(AB Product)、コンセプトはテクニカルデザインを行う会社で、プロダクトはそれを製造する会社です。

コンセプトは撮影厳禁…ですが、一目でそれとわかる大手メゾンのデザインが、伺ったら、公にはしていないけどアブ・コンセプトのデザインだそうです。
まあ、デザインがだれかってのは言わないですが、微妙な気分。



アブ・プロダクトではケースの生産の真っ最中。



ムーブメント部品を作る工作機械に比べると物が大きい分機械も大きめです。



複数台設置された主力はファナック(FANUC)の5軸加工機、ロボドリル(Robodrill)。




素材ごとに使い分けているようです。



切削油の中に沈殿しているのはゴールド!
濾した後専門のリサイクル業者にて素材にリサイクルされます。



最初の切り出しはもはやお馴染みの放電加工機、削りカスになる切削に比べ、あくまで切断するだけなので一つのインゴットから複数の部品をとることもできます。
例えばケースと尾錠を同じインゴットからとっていました。



自動旋盤がネジを連続して作ってる様子。



素材のストック。



最後のポリッシュはやはり手作業です。



チャペックのXOスチールケースを検品中。



プロトタイピングには3Dプリンタも活用。
樹脂の粉をレーザーで焼結させる仕組みで、フィラメントを使うタイプよりも寸法精度が良いです。
ここでも"どこかで見た”プロトが…

そして移動するは…



クロノード!
前回はチャペック部分だけでしたが、今回はクロノード側も見学できました。



仕上げセクション。







紙一枚だった表札がずいぶん立派になってます。



プラス・ヴァンドームの設計図。





久々に再会した時計師のセバスチャン氏。
最終組み立てを行っていました。

シェアホルダー氏とザビエル氏がフランス語で話し込みだしてしまったため、例によってセバスチャン氏にデテント天文台クロノメーター(仮)を見てもらいます。
その結果、非常に興味ぶかい事実が判明、別途まとめます。

話し終わったシェアホルダー氏・ザビエル氏と再度合流、遅めのランチへ。



社員食堂!
正確には建物を所有している工作機械メーカーディクシィ(DIXI)が周辺一帯の会社のために運営しているレストラン、ザビエル氏がクーポンのようなものを渡していたのでなんと2スイスフランで食べられます。
私は問題ないですが、シェアホルダー氏とかはこれで良いんだろうか…

ちなみにシェアホルダー氏はビールを付けていました。
この後、再びミーティングが始まったのでしばしの周辺散策。



労働を奨励する絵画?



舞台のような設備も、学校の体育館のようです。

食後には"サプライズ"、当初予定していなかった訪問が実現しました。



エングレーバー、ミシェル氏の工房!



以前お会いしたよなと思って確認したらお会いしてました。



伝統的な技法でエングレーブを行います。
年季が入った工具は磨きこまれ、どれもピカピカです。



顕微鏡を併用しながら彫っていきます。



氏の娘もエングレーバーで、会社組織としてのアトリエの代表。
机上のレイアウトはそれぞれ個性が出ています。



目の前はエナメルで有名なドンツェ・カドラン。
チャペックのエナメルを作っていますので、"次は行こう"とのこと。



何とかとらえたエングレーブ。
これは金ですが、プラチナもあり、プラチナを彫れる職人は本当に少ないとのこと。
ミシェル氏は技能的にはスイスで10本の指に入るのではないかというのがザビエル氏の評。



リュウズガード兼プッシャーにも。

訪問はこれで終了、ザビエル氏はシェアホルダー氏を送るので私は適当なところでドロップしてもらい、そのままヌーシャテルをブラブラ。







帰りたくなくなりますね…
また来よう!
ひと眠りしたらパッキングです。