独立系メゾン訪問 : チャペック ヌーシャテル & ル・ロックルオフィス

 By : CC Fan
2017年7月21日追記:見返すとBBQ食べてるだけのレポートになっているような気もしたので、精度の測定とXOスチールの正体を探るレポートを文末に追記しました。

ラング&ハイネのレポートで予告した独立系メゾン訪問のレポートをお送りします。
まず、メゾン訪問自体のレポートを訪れた順に掲載、その後タイムピースを順不同(私の興味順)で紹介するという方法を取らせていただきたいと思います。

第一弾はチャペック(CZAPEK)のヌーシャテルとル・ロックルのオフィスを訪問したレポートをお送りします。
最初にネタばらしをしてしまうと、ヌーシャテルのオフィスというのはCEOのザビエル・デ・ロックモーレル(Xavier de Roquemaurel)氏の自宅内SOHO、ル・ロックルのオフィスはムーブメントメーカーのクロノード(Chronode)社内に間借りしている部屋です。

今回はジュネーブ(SIHH)の時とは異なり、新作公開イベントと言う訳ではなく、"私がスイスに行く用事(主にクラーレ)があり、良い機会なので招待"という形になります。

まず、ヌーシャテルのオフィスの様子です。



ザビエル氏は家族と共に一軒家に住んでおり、数部屋がオフィスとして機能しています。
ここは経理・法務の管理を行う場所だそうです。



壁に掛けられた書は日本文化に造詣が深く、禅の心得も持つChairmanのハリー・グール(Harry Guhl)氏の作品だそうです。
ハリー氏は日本に来るたびにお寺に立ち寄り、座禅を組むとのこと。



ザビエル氏自身のデスクは天窓から太陽光を取り入れることができる最上階に設けられています。
現在はジュネーブのオフィスや、ル・ロックルのオフィスで仕事をすることが多くなっているそうですが、ブランド復興直後はこのオフィスにて準備を進めたそうです。



GPHG2016 Public Prizeのトロフィーが各種サンプルと一緒に置かれていました。

オフィスを一通り案内していただいた後、昼食として庭でBBQをご馳走になりました。



ザビエル氏自ら火を起こして鴨肉を焼いていきます。
曰く、"我々はブランドとしては小さく、レストランを貸し切って大々的なパーティーを開くようなことはなかなかできない、ジュネーブのイベントや今回のようにオーナーやクラウドファンディングの投資家、興味を持っているオーナー候補とこのようなコミュニケーションをとっていきたい"とのこと。



鴨肉、ソーセージ、グラタン、とても家庭的な味で美味しかったです。

食事のあとはチャペックの現在・未来についてザビエル氏と取り留めも無く話しました。
まず、ケ・デ・ベルクは好調で、42.5mmに加え、38.5mmも各地で引き合いがあるそうです。
コンプリケーションのプラス・ヴァンドームも少なくとも今年の出荷分については既に完売と非常に幸先のいいスタートが切れているようです。

作品名に"初代"チャペックの所縁の地の名前を付けるルールに従い、ケ・デ・ベルク(QUAI DES BERGUES:工房を構えたジュネーブの通りの名前)、プラス・ヴァンドーム(Place Vendôme:ブティックを構えたパリの広場の名前)に続く、ブティックを構えた"ワルシャワ"の名を持つ作品を計画中とのことでした。

印象に残ったのは、"ケ・デ・ベルクやプラス・ヴァンドームの元となったNo.3430の意匠を次の作品でも使うのはどう思う?"と言う質問でした。
"個人的には、No.3430の意匠はシンプルながら似ているものがなく、素晴らしいと思うが、一つのデザインに固執してしまい、結果的に発展性がなくなってしまう例は多くのブランドでも見られるので難しい…"と正直に述べたところ、"隠し玉"として別の"初代"チャペックの作品を発見済みで、それを生かすことも考えているというプランも伺うことができました。

食休み後、ザビエル氏の家族サービスを兼ねてヌーシャテル湖に泳ぎに行くことになりました。



今年のヨーロッパは記録的な猛暑だそうで、私も泳ぎたいぐらいでしたが、残念ながら水着がなく…
来年は水着を忘れないようにしたいです。

夕方は地域(通り?)のお祭りで住人が集まってBBQを行うイベントにご一緒させていただきました。



近所の結びつきが強く、ここまでのイベントを行うのはスイスでも珍しいとのこと。



ソーセージ、卵焼き?
お仕事の話も少ししましたが、皆さん様々なお仕事でとても興味深かったです。



ワインとシガーで完全に出来上がっているザビエル氏。
名残惜しかったですが、この日はヌーシャテルからラ・ショー=ド=フォン(La Chaux-de-Fonds)まで移動してホテルにチェックインしないといけなかったため、22時の列車で移動しました。



夏のヨーロッパは日が長く、22時でも完全に日が暮れません。

日を改め、ザビエル氏からお誘いがあったのでクリストフ・クラーレ(Christophe Claret)からの帰り道でル・ロックルオフィスにお邪魔しました。
この日は元クラーレの関口陽介氏が送ってくれたため、フランス語で何を言っているか訳していただけるのが心強かったです。



ザビエル氏から指定されたビルの入り口にはチャペックの文字はありません…



ジュネーブオフィスと同様、プリンタで作った感のある表札。



部屋の中です。
このオフィスはロジスティクスも担っており、微妙に見切れているテーブルの上の箱は水平分業のサプライヤーから届いた部品類です。
いずれは金庫を兼ねたストッカーを導入する予定のようですが、現在は結構危ないことをやっています。



このオフィスのザビエル氏の席です。



滞在中にリューズガードにハンドエングレーブを入れたプラチナのケ・デ・ベルクのパネルとケースがちょうど到着しました。
ザビエル氏の隣の女性はエングレーブを行うエングレーバーです。



隣の部屋では時計師のセバスチャン(Sébastien Follonier)氏が最終組み立てを行っていました。



同じ部屋の奥の方ではプレス写真?の撮影も。

この日は"ボトルネック"だった部品が入荷し、"ノリミチ(日本代理店のノーブルスタイリング葛西憲道氏)から矢のような催促を受けている"38.5mmがやっと組み立てられるということでフル稼働でした。
ザビエル氏は日本からのメールを印刷したものにペンで書き込みしながら確認を行っていました。
流石に忙しそうなので、あまり長居せず、ザビエル氏に再会を約束し別れました。
この後、38.5mmは無事に出荷されたようです。

単なるオフィス見学にとどまらず、大変ユニークな体験をすることができました。
ありがとうございました!

追記1 精度についての測定
感覚的には1ヵ月程度は無調整でOKと感じる精度を誇る我がケ・デ・ベルグですが、クリストフ・クラーレ社のアフターセールス部門を見学していた時にセバスチャン氏の友達という時計師の方からウィッチ(Witschi)社の歩度測定器Watch Expert(G4)をお借りできたので測ってみました。



パワーリザーブが5日分残っている状態で、文字盤上で±0秒/日かつビートエラーがほぼ見えず、打点が一直線になるという優秀な結果でした。
これは同席していた時計師の方と関口氏も驚いていたので、かなり高レベルのようです。
姿勢差についても最大でも 5秒/日というレベルで所々マイナス方向も観測され、"マイナスがあることによって打ち消されているのだろう"という推測を裏付ける結果が得られました。

我が個体が"当たり"なのか、SXH1自体が良い設計なのかまではわかりませんが、結果は非常に満足できるものでした。

クラーレ社にはパワーリザーブが切れるまでの精度変化をプロットするオプションを装着したウィッチもあり、今回カンタロスについてはその情報も教えていただきました。
7日パワーリザーブなので時間がかかりますが、いつかはケ・デ・ベルクも測ってみたいです。

追記2 XOスチールの正体を探る
ザビエル氏がXOスチールについてのヒントを教えてくれました。
XOスチールというのは"Duplex"ステンレススチールだそうです。

私は金属冶金は素人なので、グーグル先生頼りで調べてみたところ、一般的な304や316と呼ばれるステンレスはオーステナイト系ステンレスと呼ばれ、結晶が面心立方構造を取るのが特徴だそうです。
別にフェライト系ステンレスと呼ばれるものもあり、こちらは結晶が体心立方構造をとることが特徴だそうです。
この二つは高温で溶解した時から固まるときにできる微細構造が異なり、それに由来する別の性質を持つそうです。

Duplexというのは二相という意味で、添加物を調整することで、オーステナイトとフェライト両方の微細構造が表れる(フェライトをベースに一部がオーステナイトに変化する)ようにし、両方の性質の"良いとこ取り"を行うもののようです。
悪いところも一部引き継ぐのですが、デメリットよりもメリットのほうが多いため使われていると理解しました。

この二相ステンレス鋼(Duplex Stainless Steel)のうち、"ハイパー二相鋼"と呼ばれるものの"上から2番目"とのことなので、S32707と呼ばれるものではないかという結論に達しました。

時計的にメリットになりそうなのは、
  • 靭性が304や316よりも高い(頑丈)
  • 耐食性が304や316よりも高い(錆びない)
  • 金属アレルギーの原因になるニッケルが含まれる割合が304や316よりも少ない(ただしクロムは多い)
  • フェライト相に由来する弱い常磁性を持つ
最後のものはメリットなのかデメリットなのか微妙ですが、軟鉄製のケースでガードするようにムーブメントに磁力線を通さないようにする効果があると考えると耐磁性が上がります。
以前ザビエル氏が、"XOスチールのケースでは磁気帯びは発生していない"という発言をしていたのはこの性質のおかげかもしれません。

この推測に使った資料も関連Web SiteにURLを載せておくのでよかったら見てみてください。
分野は素人なので、識者の方のコメントをお待ちしています。


関連 Web Site

CZAPEK Geneve
https://czapek.com/

Noble Styling
http://noblestyling.com/

Duplex stainless steel
http://www.imoa.info/molybdenum-uses/molybdenum-grade-stainless-steels/duplex-stainless-steel.php

二相ステンレス鋼加工マニュアル(PDF)
http://www.imoa.info/download_files/stainless-steel/Duplex_Stainless_Steel_2d_Edition_Japanese.pdf