山田五郎流、クロノグラフの魅力~10月17日日本橋三越本店本館6階でのスペシャル トーク イベント・レポート by L’Hiro

 By : Guest Blog


ゲストブロガーのL’Hiroさんより、先頃日本橋三越本店で開催されたワールド・ウォッチ・フェア中のイベント、「山田五郎氏 スペシャル トークイベント」のレポートを投稿いただきました。この日のトークはクロノグラフについて語られ、投稿は山田氏の言葉を記録したもので、たいへん興味深い内容となっています。




山田五郎流、クロノグラフの魅力
(10月17日日本橋三越本店本館6階に於いて)  by L’Hiro
 

第23回三越ワールドウォッチフェアの特別イベントで、山田五郎さんの大変興味深いクロノグラフのスペシャルトークショーに参加して参りました! 以下、山田さんのトーク内容です。独特のお話振りで引き込まれてしまいました。



●クロノグラフの歴史

クロノグラフの“クロノ”はギリシャ神話の時の神であるクロノスが由来で、時間を表す言葉につく接頭語です。また、グラフは記録するという意味です。つまり、クロノグラフとは“ストップウォッチのような経過時間を計る時計”のことです。似ていて混同しやすいのが、“クロノメーター”という時計用語です。 “メーター”は“はかる”の意味で、長さの単位であるメートルは、この“メーター”が由来です。したがいまして、クロノメーターは時間を計るということで、時計の正確性の基準を表し、“正解な時計”を意味します。

代表的なクロノグラフ機構は、1821年に、ニコラ・リューセックというルイ18世に仕えた時計師が分と秒の文字盤を回転させて、ボタンを押すと二つの棒が下がって印を付ける機構を開発しました。印を見ると経過時間が分かるという機構です。1821年に審査員としてアブラハム・ブレゲがいたフランス科学アカデミーに特許を申請し、翌年登録しました。このように昔は文字盤に時間を印していたのでクロノグラフといいました。この文字盤が回って針が止まっているタイプをモチーフにして近年作られたのが、モンブランのニコラ・リューセックモデルです。
その後、これとは逆に、計測用のインクのついた秒針が文字盤上にインクの斑点を印すことで経過時間を表すクロノグラフ(Inking Chronograph 〈compteurs-encreurs〉)が、ブレゲと弟子のファットンにより作られました。以上のように、ニコラ・リューセックによって作られたクロノグラフが長らくクロノグラフの起源だと思われていました。

しかし、1816年にブレゲの友人のLouis Moinetが、クロノグラフを既に開発していたことが2013年に分かりました。この時計はCompteur de Tierces(60分の1秒を計れる時計〈Compteurはカウンター、Tiercesは音楽用語で60分の1秒〉)という名前で、現代の開始、停止、帰零の機構がついたクロノグラフと同じもので、当時としてはハイビートな6振動の時計でした。
この事実が判明した時にLouis Moinetは商標登録されました。ちなみに、Louis Moinetは日本ではなぜかルイ・モネと和訳されていますが、正しい発音はルイ・モワネです。

その後しばらくして、1844年にスイスの時計師でアドルフ・ニコルがクロノグラフの針を帰零させる機構であるハートカムの特許をとります。日本が江戸時代の頃にクロノグラフが開発され、懐中時計として使われていたということになりますが、これで現在のクロノグラフの原型が確立しました。

この経過時間が分かるクロノグラフ機構は、複雑時計の中で最も実用的です。なぜなら、経過時間が分かると様々なことができるからです。例えば、速度、生産効率、心拍数を測ることができます。
永久カレンダーは一日でも狂ったら元に戻すのが大変ですし、リピーターは音を聞いてどうするのかと思う人もいるでしょう。
特に腕時計が活躍する時代になり、1910年代に入ると飛行機が普及し、その携帯性からパイロットに大変な人気が出ました。パイロット用の航空時計で活躍したのがブライトリングです。ブライトリングは、開始、停止、帰零ボタンがリューズ位置にあったモノプッシャー型のものから、1923年には2時位置にしたクロノグラフを最初に開発しました。これは右利きの人がクロノグラフを操作する場合には、3時位置より2時位置につけた方がいいだろうという発想からでした。さらに、1934年には開始ボタンとは別に帰零ボタンを4時位置につけて、現在最も普及しているクロノグラフの原型を作りました。
戦後になってもクロノグラフは非常にたくさん作られ、価格も大変安いものでした。スイスの時計ブランドはムーブメントまで自社で作っていることは珍しく、ムーブメントだけ作って時計ブランドに供給するメーカー(エボーシュ)が非常に多くあります。そのムーブメント・メーカーうち、クロノグラフで名を馳せていたのが、ヴィーナス、ヴァルジュー、レマニアです。
ムーブメントの固有の型番のことをキャリバーといいますが、戦後にそのようなムーブメント・メーカーから優秀なクロノグラフ・キャリバーが非常に多く作られるようになりました。しかも、価格が他の複雑機構の時計よりも相対的に安く買えたので複雑時計入門に最適な時計として大変な人気を博しました。

 

●機械式腕時計の衰退と知られざるその理由

機械式腕時計はその潮流に乗り1960年代に人気のピークを迎える一方で、1969年12月25日のクリスマスに世界初のクオーツ式腕時計であるセイコーアストロンが発売されます。この出来事がかの有名なクオーツ・ショックです。20年ぐらい前にスイスに行くと、年配のスイスの方々からスイスの時計産業は日本から壊滅的な打撃を受けたと良く言われました。しかしながら、この理解は正しくなく、機械式時計の衰退は、日本のせいではなく、実はスイスのせいなのです。
なぜならば、日本しか作っていないと言われたクオーツは実はスイスも作っていたのです。開発に至っては日本より、むしろスイスの方が早かったのです。日本がクオーツを最初に開発したからスイスの機械式腕時計産業がだめになったわけでは決してありません。クオーツの競争で日本が勝ったということなのです。更に付け加えると、日本はその前に機械式腕時計の競争で買っているという事実もあります。

なぜクオーツ時計や機械式腕時計の競争でその当時日本が勝ったのかというと、日本の時計産業は垂直統合が進んでいたからです。例えば、セイコーは自社で全てを作ることができる巨大な企業でした。スイスの場合は、ムーブメント・メーカー、部品メーカー、ひげゼンマイメーカーなど作り手が多岐に渡り、それぞれがばらばらに輸出していた状況でした。つまり、スイスの時計ブランドは日本の時計ブランドのように垂直統合で価格を下げられなかったというのが理由の一つでした。

また、それ以上にスイスの時計産業が打撃を被った大きな要因は為替でした。1969年のクオーツ・ショックの後に、1971年にドルショックで為替が自由化され日本でも超円高になった時期がありました。当時、スイスでもスイス・フランがドルに対して大変強くなりました。

これら二つの要因でスイスの時計産業が衰退したのです。これは、産業史が専門の大阪大学にいらっしゃるスイスのラショードフォン出身のドンゼ教授が研究されたものです。

 

●クロノグラフ史上の名機登場

ろうそくは燃え尽きる瞬間が最も明るく輝くように、1969年は機械式腕時計にとって頂点を迎えた年であり、クオーツ・ショックによる機械式の終焉と言われた年ですが、一方で断末魔のように色々な時計が現れた年でした。具体的には、この年にクロノグラフの名機が三つも登場します。

まず、3月にホイヤー、ブライトリング、ハミルトン、ムーブメント・メーカーのデュボア・デプラの四社で共同開発したクロノマティック・キャリバー11が登場します。これは世界で最初の自動巻きクロノグラフです。

次に、セイコーが世界で最初の垂直クラッチを搭載したキャリバー6139を発売します。これは、今のグランドセイコーの時計にも搭載されています。

そして、9月にゼニスとモバドが共同開発したキャリバー3019、通称“エルプリメロ”が発売されます。皆さん、ご存じのとおり、これは初めての10振動のクロノグラフです。

特に、キャリバー11はその後のスイスの自動巻きクロノグラフのベースになっていきます。その延長線上に出てきたのが、非常に安く高性能で汎用性が高い1973年にムーブメント・メーカーのバルジューが作ったキャリバー7750です。
キャリバー11は非常にカスタマイズをしやすかったので、多くのメーカーがこのキャリバーを使ってクロノグラフを作りました。一説によると“機械式時計の復活のきっかけを作ったのがこのキャリバーだった“とも言われています。
その後、全ての時計がクオーツ式になるのではないかと言われるようになり、機械式が空前の灯火だった1984年に、ブライトリングがキャリバー7750を使ったクロノマットを発売します。そしてなぜだか分かりませんが、このクロノマットがイタリアで大流行します。イタリアのファッション誌に登場するなどしてクロノグラフの大ブームが起き、キャリバー7750を使ったクロノグラフが沢山販売されるようになります。
この潮流が、1990年代に機械式腕時計が復活する最初ののろしとなったという証です。このキャリバー7750は非常に優秀なクロノグラフのキャリバーで、バルジューはその後ムーブメント・メーカーのETAに吸収されますが、7750の名前はずっと残り、今でもETA7750というキャリバーがあります。特筆すべきことは、自社ムーブメントを使用していないクロノグラフの8割方がETA7750系を使用しているということです。


●クロノグラフの主要機能とさまざまな論争

このようにキャリバー7750が広く普及したために、マニアの間で興味深い論争が勃発します。というのは、クロノグラフは実用的で価格も手頃で、かつバリエーションが豊富ですので、機械式オタクの方々がこぞって手に入れるようになります。そうすると、クロノグラフの情報が世間にたくさん流れるようになり、色々な論争が起きるようになります。
その論争の最たるものが、コラムホイール式がいいか、カム式がいいかというものです。この論争のお決まりのパターンは、コラムホイール式好きが一方的にカム式好きに仕掛けてくるというものです。この論争が起きた原因はカム式を採用しているキャリバー7750です。

コラムホイール式とカム式の違いは、クロノグラフの発信と停止の制御方式の違いのことをいいます。コラムホイールはピラー(=柱)ホイールとも言われているように丸い円盤に柱が何本か立っていて、ボタンを押すごとに爪が三角柱を押して円盤が回ります。ボタンを押すと一目盛り毎に、クロノグラフを動かすパーツが柱と柱の間だと下がり、柱の上にくると上がることで、発進、停止を繰り返していく構造になっています。
元々のクロノグラフは大概このコラムホイール式でしたが、作るのに手間がかかったり、厚さが出たりするなど色々なデメリットがあったため、上作動するレバーと下作動するレバーを一つのカムが平面的にカチカチと、発進、停止に切り替える方式であるカム式ができました。ただ、うるさい人はクロノグラフはコラムホイール式でないとだめだと言います。理由は手間とコストがかかっていること、コラムが回る機構の見栄えがいいこと、そして何より“押し感”が違うことです。この“押し感”はクロノグラフ好きにとって非常に大事な要素で、具体的には発進ボタンや帰零ボタンを押した時の感覚が気持ちいいか悪いかは非常に大切なのです。バカみたいな話をしますが、機械式腕時計の魅力はそういうものです。手巻き時計好きにとって巻き上げの感触がいいか悪いかが大事なのと同じで、クロノグラフ好きにとって“押し感“は重大事なのです。
さらに言うと、帰零する時に針がピタッと戻るのがいいという人もいれば、戻った最後に少しぶれるぐらいがいいという人もいます。コラムホイール式の愛好家は”押し感“においてコラムホイール式は圧倒的にいいのに対して、カム式は固く、“ガッチン、ガッチン”となるといいます。カム式が固いという神話を作ったのも、キャリバー7750だと私は思います。というのは、1970年代に大量のキャリバー7750が作られ、いわば粗製濫造状態に陥ったからです。
事実その頃に作られたキャリバー7750は押し感が本当に固いものがあります。まあまあ有名なブランドでも固すぎるものがありました。コラムホイール式のようにカチカチと軽妙な“押し感”にならないものが多かったのです。ただ、今はカム式でもそんなに悪いものはありません。また、コラムホイール式でも爪を引いて回すタイプと押して回すタイプでも、“押し感”がそれぞれ違います。まぁ、結論として“押し感“については、好き好き、ということなのだとは思いますが、高い時計にはコラムホイール式が多いことは確かです。

 
コラムホイールと取り巻くパーツ(A. Lange & Söhne社)

同じような論争で、水平クラッチ対垂直クラッチというものもあります。
これはクロノグラフの発進と停止の方法を巡っての論争です。水平クラッチというのは回転する秒針を回す四番車に横からクラッチを噛ませ、中心にあるクロノグラフ車を回します。クラッチは水平移動をするので、水平クラッチといいます。逆にクラッチが水平ではなく垂直方向に動いて、四番車に上からクラッチを噛ませるのが垂直クラッチです。後から登場したということもあり、機能的には垂直クラッチの方が上です。

垂直クラッチには、針飛びを起こしにくいというメリットもあります。横方向からクラッチを当てると、水平クラッチの場合、歯車の山の途中で歯が噛み合うことが多く、噛み合わせが悪いとスタート時にクロノグラフ針が飛ぶ場合があります。一方でよく調整された垂直クラッチでは、決して針飛びが起きません。しかし、水平クラッチがいいという人が多いのは、見栄えがいいですし、誰が見てもクロノグラフであることが分かるからです。やたら、アームがついていて、ごちゃごちゃしていて複雑そうだからです。
また、水平式の中にも、キャリングアーム式とスイングピニオン式があります。キャリングアーム式はアームの先の歯車を、止まっているクロノグラフ秒針に噛み合わせることによりクロノグラフが作動します。スイングピニオン式は、ピニオンギアと呼ばれる小さな歯車が備えられていて、ボタンを押すとこの歯車が少しだけ傾いて、クロノグラフ秒針に触り動かすことで、クロノグラフを作動させます。
ちなみに、7750はスイングピニオン式で、ホイヤーの多くのキャリバーで採用されています。スイングピニオン式は省スペース性に優れているため、スペースを食う自動巻きクロノグラフによく搭載されています。しかしながら、好きな人はたとえ針飛びがあっても、キャリングアーム式の水平クラッチでコラムホイールがいいと言うことが多いです。ですから、皆さんもこのタイプのものを一本は持っていても悪くはないのではないかな、と思うわけであります。ちなみに、自社ムーブメントの値段高めのクロノグラフはこのタイプが多いです。

 
●キャリングアーム式水平クラッチのコラムホイール型キャリバー(Audemars Piguet社)


●その他クロノグラフの興味深い機能

さて、クロノグラフの機能の違いの話しに移りましょう。値段的に一番お手頃感がある機能はフライバックです。この機能は計測中にボタンを押すと帰零してまた計測し直す機能です。もう一つがラトラパント、フランス語では、” 追いかける“という意味で、別名スプリット・セコンドとも言われ、クロノグラフの二本の針が同時に回り、ボタンを押すと一本が止まり、もう一本が回り続けるため、日本では”割り剣“と言われています。これは、ラップタイム計測に役立ちます。裏透け時計の裏から眺めると、ラトラパント・クランプが針を挟んでいることが特徴的で、ラトラパント機構だということがすぐ分かります。1940年代のヴィーナスのキャリバー179がこの機構を搭載していることで有名です。

もう一つクロノグラフでたまに聞くのが、フランス語で電光石火という意味の、フドロワイアントという機能です。これは一秒に一周する計測機がついているクロノグラフで、電光石火のようにクルクル回るものです。ちなみに、今、このフドロワイアントが凄いことになっていて、ゼニスのデファイ・エルプリメロ21というのは、フドロワイアント用の小さなダイヤルではなくて、クロノグラフの針自体が一秒に一周します。百分の一秒の目盛りがついているので、百分の一秒まで計測できます。
さらに、ホイヤーのマイクロ・ガーダーというのはテンプを使わない超高速振動機構で、これクオーツなんじゃない、というものも出てきています。このマイクロ・ダーガーは一秒二千振動、つまり二千分の一秒まで計れます。ただ、秒針が一秒に二十回転し、あまりにも早く回るのでこれ意味があるのかなと。普通にデジタルで出してくれた方がいいんじゃないのかなと思うくらい時間が分からないのです。ビューっ、と回っていて全く分からないのです。そうするとどうなるかというと、すぐゼンマイがなくなるという落ちにつながります。このようにクロノグラフの弱点は、ゼンマイ消費が高いということです。以上、フライバック、ラトラパント、フドロワイアントを覚えていれば、クロノグラフを一通り知っているということになるのではないかなと思います。

あと、クロノグラフの魅力としては積算計があるということです。何分経過したか、何時間経過したかという小さなダイヤルがあります。横二つ、縦二つのタイプがあります。一方で、減算計という残り時間を測るクロノグラフもあります。一番有名なのがヨットタイマーでヨット競技やレガッタ競技に使われ、ロレックスやオメガが出しています。

最後に、外側についている目盛りについてお話ししましょう。
私は換算スケールと言っていますが、この目盛りには色々な種類があります。一番よくあるのが、タキメーターです。タキというのが“素早い“という意味の接頭語ですが、速度が分かる目盛りです。タキメーターには必ずベース100とかベース1000と印されています。ベース1000とはスタートして1000メートルしたらボタンを押すことで時速が目盛りで分かるというものです。他にあるのが、テレメーターです。”テレ“はテレフォンからも分かるように”離れた“という意味の接頭語です。これは離れた距離を測るもので、光速と音速の差を利用して計算しています。例えば、敵が機関銃を打ち光った時にボタンを押して、ダダっと音が聞こえた時に再度押して距離が分かるものです。他にパルスメーターというのは心拍が10回打った時にボタンを押すと一分間の心拍数が分かるものです。アズモメーターというのは呼吸数を測るものです。
ブライトリングのオールドナビタイマーには計算尺がついていて、ちょっとした掛け算や割り算が出来ます。このようにクロノグラフは、機械式腕時計を味わう入門編として非常に手頃で遊べる複雑機構を備えていますので、是非一つは持っているといいと思います。




※日本橋三越本店でのワールドウォッチフェアの期間中、山田五郎さんのイベントは2週にわたり行われ、1週目がここに掲載したクロノグラフについて、2週目がドイツ時計についてでした。掲載させていただいたご本人の写真は同じ日ではないので、ネクタイの色が違っています。あしからず。

以上、お読みいただきありがとうございました。