青色(ブルー)文字盤の魅力~A. ランゲ&ゾーネを例にとって by N. Kida

 By : Guest Blog


青色(ブルー)文字盤の魅力~A. ランゲ&ゾーネを例にとって  by N. Kid


何故、我々は青色に惹かれるのでしょうか。青色の持つ不思議な魅力は測りしれません。このエッセイでは、私の好きなブランド、A. ランゲ&ゾーネの腕時計の青色(ブルー)文字盤に関わる雑感を述べたいと思います。さらに、2024年5月11日、12日に開催される予定のフィリップス・オークションに出品されているランゲ1のブルー文字盤に関する情報をご紹介します。


ある晴れた日に海辺の断崖に立つことを想像してみて下さい。ふと空を見上げると、澄んだ薄い青色が見えます。次に、海を見下ろすと、吸い込まれそうな深い青色が見えます。現代の人々と同様に古代の人々も、空と海で異なる青色が見えることを不思議に思ったに違いありません。空は何故青いのか?現代の子供も、古代の子供も同じように疑問に思うこのシンプルな問いに、最終的な答えを与えたのはレイリー卿(英)で1899年のことです。太陽光は赤色、緑色、青色など様々な光を含んでいます。この太陽光が大気中を進むとき、空気中の気体分子や“ちり”などにぶつかると散乱されます(これをレイリー散乱と言います)。波長の短い光ほど多く散乱されるので、波長が短い青色の光が良く見えるというわけです。では、海の深い青色はどうでしょうか。こちらは太陽光の散乱ではなく、太陽光の吸収が原因です。太陽光が海を進むとき、赤色など波長の長い光は吸収され、比較的吸収されなかった青色の光だけが反射してくるのです。よって水深が深いと、深みがかかった青になるというわけです。このような、何故?から始まる自然現象の理解とその応用は、研究の醍醐味の一つといっても良いのではないでしょうか。

青色は自然科学のみならず、芸術の分野においても古くから研究されてきました [参考文献1]。17世紀、フェルメールがよく使った青色の原料は、宝石のラピスラズリから採取されるウルトラマリンで、フェルメールブルーとも呼ばれています。絵画「真珠の耳飾りの少女」の頭に巻かれたターバンの青色に目を奪われた方も多いのではないでしょうか。一方で、ウルトラマリンは希少価値が高いため、それほど普及しませんでした。しかしながら、18世紀に入ると、天然に存在しないプルシアンブルー(別名ベルリンブルー)と呼ばれる深い青色の人口顔料が開発され、多くの芸術家がこぞって用いるようになりました。日本においても葛飾北斎の「冨嶽三十六景」に使われています。また、19世紀に開発されたコバルトブルーは、モネが多用したことからモネブルーとも呼ばれています。このように、青色は多くの人を魅了し、青色一つといっても数々の発色やバリエーションが存在しています。

青色は、各腕時計ブランドの文字盤でも人気の色の一つでしょう。
私の好きなブランド、A. ランゲ&ゾーネの今年、2024年度新作の一つは、ダトグラフ発表25周年を記念したダトグラフ・アップ/ダウンのブルー文字盤でした [図1(a)、参考文献2]。過去、2017年に発表されたランゲ1のブルー文字盤 [図1(b)、参考文献3]は、スターリングシルバー(シルバー無垢)にブルーの亜鉛プレート加工を、2020年発表のツァイトヴェルク・ミニッツリピーターのブルー文字盤 [図1(c)、参考文献4]は、シルバー無垢にPVD加工が施されていたようです。
今回のダトグラフ・アップ/ダウンのブルー文字盤はどちらの加工なのでしょうか。従来、亜鉛は青みがかった金属であり、PVDとは蒸着することによって基板上に堆積させる技術です。よって、両加工とも、光の吸収の差、すなわちシルバー無垢上の媒質の厚みの違いや構成元素の濃度によってブルー文字盤の濃淡を調整していると考えられます。前述したように、海の深い青の起源は、光の吸収の違いによるものですから、A. ランゲ&ゾーネのブルー文字盤は、海の深い青を体現している、ともいえるかもしれません。

先日、高名なランゲ愛好家の方から、ランゲ1のブルー文字盤を見せて頂く機会を得ました。写真 [図1(b)]ではあまり判別できませんが、実機の時分針と秒針のサークル部分は、文字盤の青色よりも、かなり深い青色でした。まるで、その部分だけ深くなっているように錯覚し、深海に導かれたような感覚に陥ったことを思い出します。他のモデル、1815、サクソニア、カバレット、アーケードなどのブルー文字盤も秒針のサークル部分は文字盤に比べて深い青色となっています。こう思うと、他のモデルと同様、ダトグラフ・アップ/ダウンのブルー文字盤の秒針と積算計のサークル部分が深い青色となっているバージョンも見てみたいものです。

次に、ランゲ1のブルー文字盤に関する新たな情報についてご紹介します。先日、2024年5月11日、12日開催予定のフィリップス・オークションの出品リストを眺めていますと、ランゲ1のブルー文字盤が掲載されていました [参考文献5]。ほう、やはりブルー文字盤は綺麗だなとうっとりしていたのですが、エスティメートがなんとCHF150,000 - 300,000。ブルー文字盤は人気だといえ、このエスティメートは強気すぎませんか。クリックして、タイトルを見たところ。

「A scholarship changing stainless steel wristwatch with small seconds, oversized date, power reserve indication, deep blue dial, guarantee, presentation box, the only one known in this combination」と書かれています。なんとケース素材(と尾錠)が、ステンレススティールではありませんか!


フィリップス オークション カタログより ©phillips

オデュッセウスが発表されるまでは、ステンレススティールケースの存在を公式に認めていないメーカーとして知られていたA. ランゲ&ゾーネ。ランゲ1のステンレススティールモデルを通常の販路を使って販売していたことが判明したのが、2013年5月のクリスティーズ・オークションでした。Watch Media Onlineでも数回にわたって記事が発表されています [参考文献6]。度々オークションに出品される個体や識者による情報を総合すると、リテイラーのPissa Orologeria(イタリア)のために20本が作られ、そのうち17本がシルバー文字盤(ブルー針、プリントインデックス)、3本がブラック文字盤(シルバー針、アプライドインデックス)のようです。また、Pissa Orologeriaだけでなく、少なくともCellini(アメリカ)において4本、Rüschenbeck KG(ドイツ)において2本のシルバー文字盤の存在が確認されています。
今回の個体は、それらとは異なる青文字盤です。従来、ランゲ1のステンレススティールケースのレファレンスナンバーとしては101.026が知られていましたが、今回の個体のレファレンスナンバーは、それの末尾にXがついた101.026Xです。ただし、A. ランゲ&ゾーネ本社によって、オリジナルのシルバー文字盤から青文字盤に交換されたとの但し書きが付属しているようです(いつ交換されたのかの記述があるかは不明です)。律儀なことに、針もブルーからシルバーへ、インデックスもプリントからアプライドに変更されています。ということは、以前、Watch Media OnlineでKitamuraさんがご指摘されていたホワイトゴールドケースのシルバー文字盤(101.027X)とブルー文字盤(101.027)の対称的であった関係が、ステンレススティールケースでも実現されているではありませんか! 2つのモデル(101.026Xと101.026)を並べたところを見たいですよね。かなり情報が込み入ってきましたので、表1に関連するランゲ1のレファレンスナンバーや情報をまとめておきます(ステンレススティールケースの方は、末尾Xがブルー文字盤、ホワイトゴールドケースの方は、末尾Xがシルバー文字盤です)。




今回の個体は、1999年にOeding-Erdel(独)[参考文献7]で販売されたようです。ステンレススティールケースの販売店が新たに追加され4店舗まで増えたことから、他にも販売した店舗がある可能性が出てきたのではないでしょうか。A. ランゲ&ゾーネと結びつきが強く、過去に店舗限定の時計を販売したことのあるリテーラーとして、例えば、Wempe(ドイツ)、Leon Martens(オランダ)やSincere(シンガポール)などが知られています。実はまだまだステンレススティールケースのランゲ1が眠っている気がしませんか。

今回の個体で不思議なのは保証書に書かれていたレファレンスナンバーの101.027Xです。このレファレンスナンバーについてですが、101.026Xが正しいと、ランゲ本社から訂正があったと記載されています。101.027Xとは、Blaues Wunder(独) [Blue Wonder(英)]と呼ばれるホワイトゴールドケースにシルバー文字盤(ブルー針、プリントインデックス)のモデルを指します。この由来については、Kitamuraさんの詳細なレポートがWatch Media Onlineで発表されていますので、是非ご覧ください [参考文献8]。

このモデルが登場したのが、2001年頃ですから、今回のステンレススティールの個体が販売された1999年より年代が遅く、辻褄があいません。一方、ホワイトゴールドケースにブルー文字盤(シルバー針、アプライドインデックス)のモデルは、101.027として知られており、こちらは1997年に登場しています。以上のことから想像するに、1999年、101.027と同じフェイスに交換された今回の個体を101.027Xと名付けたものの、2001年頃に同じレファレンスナンバーとして、101.027Xを使ってしまったというのが実情ではないでしょうか。では、101.026XのXの意味はどう考えましょうか。過去のシルバー文字盤とブラック文字盤はともにレファレンスナンバーが101.026であり、文字盤の色でレファレンスナンバーは変わっていません。よって、今回の個体のXの意味は、文字盤が交換されたという意味のように思います。

いずれにせよ、保証書に書かれているレファレンスナンバーが信頼できないことは明らかですよね。ということは、保証書に101.027Xと書かれた、もしくは保証書が紛失していて、見た目から101.027Xや101.027と思われている101.026が存在しているかも知れません。では、どのように判別したら良いでしょう。重さを測るのは一つの方法ですが、この場合、比較する対象が必要です。最も簡単な方法は、貴金属であるゴールドを証明するホールマークを探すことでしょうか。ステンレススティールケースの場合、当然ながら、ケースの裏側にホールマークがついていません。
2次流通市場を通して101.027Xや101.027を購入された方は、念のため、ケースの裏側にホールマークがあるか、確認しては如何でしょうか。ホールマークがないようでしたら、もしかしたら、ステンレススティールケースかもしれません [注意1]。ステンレススティールケースがホーリーグレイルかどうかは人によると思いますが、A. ランゲ&ゾーネは、このような宝探し(?)も用意していてくれたのでしょうか。隠れた個体が見つかったらいいな、とワクワクしてしまいます。


フィリップス オークション カタログより ©phillips

以上、A. ランゲ&ゾーネのブルー文字盤に関わる雑感と最近の話題について述べてきました。自然界に現れる青色は、今日では科学的に解明され、さらにその原理は、我々の生活に一部応用されています [今回お伝えした散乱や吸収の他に、有名な現象としてモルフォ蝶の青色に代表される構造色が知られています。参考文献9]。しかしながら、何故、我々は青色に惹かれるのか、決定的な答えを出せそうにありません。A. ランゲ&ゾーネのブルー文字盤、特にランゲ1に限って言えば、時分針と秒針のサークル部分の深い青色が深さ方向に奥行きを出し、文字盤上になんともいえぬ立体感が現れるから、だと私は思っています。図1で比較してみたように、物理的に文字盤内の凹凸の差が大きく、一目で3次元的なダトグラフやツァイトヴェルクと比べてみても、サークル部分に深い青色を有するランゲ1の方が、文字盤に吸い込まれそうな立体感を出しているように見えないでしょうか。従来、平面(2次元)でしか表現できなかったデザインが、青色の濃淡を追加することのみで、立体(3次元)で表現できるなんて、なんて素敵なのでしょう。大変残念ながら、A. ランゲ&ゾーネのブルー文字盤は、今回のダトグラフ・アップ/ダウンのブルー文字盤のような限定品を除けば、すべてディスコンのようです。コロナ禍時より落ち着いたとはいえ、例えば、ランゲ1のブルー文字盤である101.027や191.028の2次流通市場における(希望)販売価格は、依然、高値で推移しているように思います。2019年夏にA. ランゲ&ゾーネを初めて知った私は、101.028(イエローゴールドケース)や101.057を2次流通市場においても見たことすらありません。是非、ブルー文字盤を、ホワイトゴールドケースが駄目なら、ピンクゴールドケースで(ワンロットでも)再販頂ければ、と思ってしまう今日この頃です。

 

注意[1] これだけで真贋を判別することができませんので、念のため、ご注意頂ければと思います。オークションでは、当時の販売価格より10倍以上の価格で落札されています。大変悲しいことですが、2次流通市場にて販売された場合、偽造の可能性を考慮する必要が出てきているように思います。例えば、ケースのみをステンレススティールに交換する、ホワイトゴールドケースのままホールマークを削りとる、などの可能性も捨てきれません。最終的には、ランゲ本社の真贋証明書を取得して頂き判断されるべきだと思います。

参考文献

[1] 色の物語 青、ヘイリー・エドワーズ=デュジャルダン 原著、丸山 有美 翻訳、翔泳社 (2023).

[2] https://www.alange-soehne.com/jp-ja/timepieces/saxonia/datograph-updown 

[3] https://www.alange-soehne.com/jp-ja/timepieces/lange-1/lange-1/lange-1-in-18-carat-white-gold-191-028 

[4] https://www.alange-soehne.com/jp-ja/timepieces/zeitwerk/zeitwerk-minute-repeater/zeitwerk-minute-repeater-in-18-carat-white-gold-147-028   

[5] The Geneva Watch Auction: XIX featuring the Guido Mondani Collection Geneva Auction 11 - 12 May 2024, Lot No. 29.
 https://www.phillips.com/detail/a-lange-sohne/CH080224/29?fromSearch=lange&searchPage=1 

[6] ランゲ&ゾーネとステンレス・ケース 2016年11月9日 By : KITAMURA(a-ls)
https://watch-media-online.com/blogs/249

[7] 某通信販売サイトで一度だけ見たことがあるのですが、Oeding-Erdelは、ブルーシリーズの1つ、デイマテックのブルー文字盤、裏側がハンターケースになっている限定モデルを販売していました。また、1815 “Cuvette” のシリーズも有名です。

[8] ランゲ1をめぐる25年の軌跡 【#2】~25周年モデルの幻のオリジナル作品と個人的ランゲ1妄想By KITAMURA(2019年8月19日)https://watch-media-online.com/blogs/2491/ 

[9] 今回はお伝えできませんでしたが、自然界に現れる青色の有名な例として、南米原産のモルフォ蝶の羽の青色が知られています。この色は構造色と呼ばれています。モルフォ蝶の羽の内部には、同じ構造物が光の波長程度の周期で並んでいます(超構造と呼びます)。そのため、特定の光のみを反射することができるのです。この超構造物の原理を用いた青色のカラーリングが、ToyotaのLexusに応用され、特別仕様車として販売されています。https://global.toyota/jp/newsroom/lexus/21980565.html 

 

[編集部註]
本記事で言及されている「Lange1 Ref.101.026X」のオークションは5月13日に、フィリップスのジュネーブのオークションで、 CHF330,200(約5700万円)で落札されました。