ベルナルド・レデラー セントラルインパルスクロノメーターエスケープメントの2020年から2021年の改善点を「推測」する

 By : CC Fan


今月末から始まるジュネーブウォッチデイズに合わせてセントラル インパルス クロノメーター(CIC)のニューバージョンを発表したAHCI所属の独立時計師、ベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)。



デテント脱進機に迫る高効率と2つの輪列からのエネルギーによってデテント比で最大で2倍のエネルギーを注入することができるジョージ・ダニエルズのインディペンデント ダブル ホイールエスケープメントをさらに進化させたセントラル インパルス クロノメーターの「肝」は振り角の変化、特に振り角が減少した時に「安全装置」として働く追加の衝撃面の存在でした。



正直、2021年バージョンを見た時には動揺しました、「肝」のはずだった追加衝撃面が小さくなっていたからです、しかし解析を行う事で二つの独立したガンギ車という性質を活かし、より最適化が図られたという事が分かりました。
順を追ってみていきましょう。



公式の図を同じスケールにして並べました。
ぱっと見で気が付くのは、
  • アンクル体が肉抜きされ、より慣性が少なくなった
  • 土手ピンが偏心ネジになりより正確に可動域の制限が可能に
  • 直接駆動石の角度が広がった(前回の角度αが増加した)
  • 共通・独立止め石がほとんど別物と言っていいほどの形状変化している

前回同様、各部の動きを見ていきましょう。
まずは2020年バージョンから。



テンワが逆時計回りの時(オレンジの矢印)は向かって左側のガンギが直接駆動振り石を叩き、駆動を行います。
この時は共通止め石が外れ、独立止め石までガンギが回転します。
この、「ガンギの回転と天真の回転が一致する方向」を「順回転」と定義し、順回転の時はガンギが大きく回転します。

反対側のガンギは逆に、独立止め石による停止が外れ、共通止め石による停止まで進みますが、こちらは順回転よりも回転量が少なく駆動に寄与しないエネルギーを「捨てる」量を減らしています。
こちらの駆動に関与しない「ガンギの回転と天真の回転が一致しない方向」は「逆回転」と定義します。

この「順方向」と「逆方向」で回転量を変化させて駆動に使うエネルギーの割合を大きくすることでデテント並みの高効率を、アンクルを使い天真の特定位相以外では停止が解除されず、ガンギに対する二つの止め石はオーバーラップしながらガンギ歯先の軌道に侵入することでガンギは必ず1歯ずつ進むようにすることでスイスレバー相当の安全性を両立させたものがCICの目的です(より正確にはダニエルズのインディペンデント ダブル ホイールエスケープメントがやりたかったこと)。

さて2021年バージョンではどうなったでしょうか?


基本的には同じです。
肉抜きによってアンクルの慣性が減り、土手ピンが偏心ネジに変更されたことによりより正確なアンクル位置決めが可能になりました。
これらも変化ではありますが、あくまで改良というか順当な進化と言ったところでそこまで大きな変化とは思えません。

「肝」はやはり共通止め石で、別物と言っていいほどの変化をしています。
この変化がどのようなものか、2020年バージョンを振り返って機能を見てみましょう。


2020年の共通止め石は一般的なデテント脱進機の止め石が持っている停止機能(停止面)に、スイスレバーなどの間接駆動型脱進機が持っている衝撃伝達機能(追加衝撃面)を足したような形状をしていました。
これはこの中心の石にガンギの停止だけではなく、ガンギからアンクルを経由した間接駆動の役割も担わせることを狙っているものです。


停止面(Locking Surface)はアンクルを土手ピンが規制する範囲の最大位置で固定させておくためのもので、ガンギ歯先に対してドローという角度が付けられています。
この角度によって、ガンギが「押す」ことでアンクルをガンギ側に引き込む力を発生させ、多少の衝撃ではアンクルが動かないようにし、アンクル先端が天真に擦れないように保持する役割を担います。
デテントにもこの面はあり、通常数度の角度が付けられていて安全装置として働きます。



追加衝撃面は振り角が低い、すなわちアンクルの動きが遅いときにのみ作用します。
ガンギがこの面を「こじる」ことでアンクルに対して駆動力を発生させ、ガンギ先端からテンワを押して直接駆動振り石を適切な位置に動かしてから直接駆動を開始する役割を担います。
テンワが充分に振っているときはこの面にガンギが触れず空振りするため、あくまで振り角が停止した時の安全装置です。


独立止め石は停止機能しか持っておらず、ドローによる引き込みのみ行います。

さて、ここまでで考えてみると、停止機能は共通止め石と独立止め石の両方に重複した機能としてあることが分かります。
片方のガンギが共通止め石で止まっているときにもう片方は独立止め石で止まっており、二つの止め石のドローによるアンクル引き込み力は加算されて最終的なアンクル引き込み力となります。

これを片方にまとめれば?というのが2021年の改良と理解しました。



ガンギ歯先の軌道、各石の回転軌道をプロットしたものです。
共通止め石の停止面(仮)はアンクルの回転軌道と一致し、アンクルがどの角度でも同じ角度でガンギ車に当たることが分かります。
この面は「Concave(凹面)」とされていますが、「Convex(凸面)」だと思うのですが…

逆に追加衝撃面が無くなってしまっているように見えますが…


この面そのものが追加衝撃面(と停止面)として働きます。
この面は円形でどの点でもガンギの歯と同じ角度で当たり、かつドロー相当の値が負になっているため常にアンクルを押し出す方向に力を発生させています。
この作用により歯が当たっている限り追加衝撃面相当の安全装置として働きます。



停止機能は独立止め石側に集約されています。
この石が発生させるアンクル引き込み力は追加衝撃面が発生させている駆動力より大きい(ドロー角度に比例し、ドロー角度が大きい)ので、共通止め石と独立止め石両方がガンギを停止させているときは引き込み力の方が勝ってアンクルが動くことはありません。
微妙な差ですが、独立止め石の方が先に外れることでドローの力が無くなり、追加衝撃面の駆動力が有効化、2020年バージョン同様振り角が小さいときに追加駆動を行って直接駆動振り石を適切な角度まで持っていきます。

CICとベースになったインディペンデント ダブル ホイールエスケープメントは見方によってはロビン脱進機(デテントにスイスレバー相当のアンクルをつけて安全化したもの)を鏡像反転して直接駆動を両方向化したものとみなすこともでき、ロビンとしてみると両方の石にドローをつけて引き込み能力を持たせるのは妥当…と思いますが、改めて考えると「協調」して動くのであれば両方に引き込み能力を持たせる必要がない…という「コロンブスの卵」に気が付きます。
これを使って引き込み能力は独立止め石に集約し、その代わり駆動能力を共通止め石により最適な状態で付加したものが2021年の改善…と理解しました。



最早、「CADでやれ」感はありますが、パワポによって軌道円を追加したの図。
これを描くまでは「理解していないものは見えない」状態でした、「作者のキモチ」を感じていただければ…

おそらく今回の改善によって駆動効率も上がった?ようで、より慣性モーメントの大きなテンワに変更されていることも注目です。



3本スポークテンワに、6個の調整用マスロットを搭載したフリースプラングテンワの2020年バージョンに対し…



4本スポークテンワに租調整用マスロット4個、微調整用マスロット4個の合計8個を搭載した2021年バージョン。
色味からするとマスロットは金素材で重さを稼いで慣性モーメントを上昇させていると思われます。

ジュネーブでも注目されて欲しい!

https://bernhard-lederer.com/