ベルナルド・レデラー セントラル・インパルス・クロノメーターのセントラルインパルスエスケープメントを解析する その2 「セントラル」インパルスの中枢、直接駆動と間接駆動による安全機構

 By : CC Fan


「解析」記事
をお送りした、ベルナルド・レデラー(Bernhard Lederer)、セントラル・インパルス・クロノメーター・エスケープメントを搭載したセントラル インパルス クロノメーター。
上記の記事を書いた後、メールにてベルナルド・レデラー本人にコンタクトを取ることができ、私の記事を「確認」してもらうことができました。



その結果、「もちろん(日本語は)読めませんが、表示されている画像やディティールはすべてのコンポーネントの機能をよく理解していることを示しています。」(Of cause I can not read, but the images and details that you show indicate me that you have a great understanding of the function of all the components.)というありがたいお言葉を頂くことができました。
裏付けができましたので、ご安心して読んでください。



さて、前回は「二つの独立輪列による両方向駆動」と「駆動方法によるガンギの動く量が変わる」という特性、10秒ルモントワールについてみました。
これらの特性も素晴らしいのですが、これ自体は、両方向直接駆動脱進機(ダブル・ダイレクトインパルス・エスケープメント)を考案したジョージ・ダニエルズの時点で実現していたもの、10秒ルモントワールはジョン・ハリスンの設計を元にしたもので、セントラル インパルス クロノメーター エスケープメント(以下CIC)の改善点の中枢ではない…という事がレデラーとのメールで理解できましたので、追加でレポートします。



CICの中枢となる改善は、一見すると目立たない共通止め石の部分にダニエルズとも、更に源流となるブレゲとも異なる、レデラー独自の工夫が施され、ダイレクトインパルスの弱点を克服しています。
その工夫を見る前に前提条件を探りましょう。



「ダイレクト」インパルスの「ダイレクト」というのはガンギ車が介在物なしで直接(ダイレクト)にテンワに設けられた振り石を叩くことでインパルスを伝達する、という特性を表しています。
もっともシンプルなデテント脱進機の設計用の図面(デテントの解説本より引用)を元に見てみましょう。
レバーに設けられた止め石がガンギ車の歯を止めています、テンワに設けられた外し石がレバー先端のパッシングスプリングを押すことで止め石が外れ、ロックが解除されるとガンギ車が振り石に追いついてインパルスを伝達するという仕組みです(グランドセイコーの時の解説もあわせてどうぞ)。

スイスレバーと異なるのはロックを解除する場所とインパルス伝達を行う場所が別で、連続していないという事です。
それぞれの動きを見るとテンワは振動中心に近くほぼ最高速に近い速度が出ており、ガンギはロック解除直後なので速度0の状態です。
この状態からテンワの振り石が伝達可能な範囲(円が重なっている範囲)を抜けるまでにガンギ車は追いついて押さなくてはいけません。
効率よく追いついて、なおかつ重なる領域全域で力を伝えるためには、重なる領域に入る直前までにガンギが加速を完了して追いついている必要があり、加速時間を稼ぐための追加角αを設けます。
この角度を大きくするほど加速時間が稼げますが、大きすぎるとガンギが振り石にあたらず先行してしまうため、無限に大きくするわけにはいきません。
この追加角αは調整可能になっており、最後は振り角を見ながらギリギリを調整することになります。

この追加角αは前提条件付きで追い込むものですが、逆にいえばギリギリすぎると外乱によって振り角が等価的に低下した場合、ガンギが先行して振り石にあたらない=加速できないという状態が起こりえることになります。
追加角αを0かマイナスにすればガンギが先行するリスクは無くなりますが、インパルスを与える角度が減るので効率は悪化します。

この、「効率を上げるためには追加角αは必要だが、同時にそれがリスクになる」という問題を解決したのが上記の共通止め石の形状です。


その仕組みはダイレクトインパルスの直接駆動の考え方に加え、アンクル経由で駆動する間接駆動の考え方を取り入れたものになります。
共通止め石には二つの機能を持つ面が設けられており、ダニエルズの設計からある停止面(Lcoking Surface)とレデラーが追加した追加衝撃面(additional LIfting Surface)です。
名前からも分かるように、追加衝撃面が今回のキモです。


停止面は前回も解説したように、アンクルが左右に振れるタイミング以外でガンギ車が回転しないように停止させる役目を持ちます。
スイスレバーの爪石と同様、ガンギ歯先の回転力をアンクルをガンギ車側に引き込む力に変換するドローと呼ばれる角度がついており、多少の衝撃では外れないようにしています。


追加衝撃面は振り角が小さいときだけ作用し、振り角が大きいときは追加衝撃面にガンギが触れる前にアンクルがテンワ側の勢いで振られるため、ガンギ車は追加衝撃面を素通りします。
振り角が小さいときはガンギが衝撃面を押した力がアンクル経由でテンワに伝わり、少なくともアンクルがテンワを追加角α進めるまではガンギ歯先が衝撃面を脱出しないような設計になっており、ガンギが追加角αより先行して空回りするのを防ぎます。

これは間接駆動でガンギの位置を調整していると見なすこともできますし、スイスレバー同様、幾何学的に絶対にすっぽ抜けないような構造にして安全性を確保したと見なすこともできます。
両方向脱進機の止め石の一部を衝撃面にしてすっぽ抜けを回避した設計というのは他にもありますが、レデラーの設計の優れているところは振り角が確保されているときは衝撃面は機能せず、あくまで安全装置として働くことです。

この工夫により、追加角αによって伝達効率を上げることと、振り角低下時にガンギ車が先行するリスクの回避を同時に行うことができました。


追加衝撃面はあくまで共通止め石のみ(順方向の時しか追加角αは作用しない)で、独立止め石はダニエルズ同様停止機能しかありません。
ただ、ドローは設けられており、衝撃対策はなされています。

レデラー曰く、通常時は使用されないが、常に存在するこの衝撃面がセキュリティとして働くことで、クロノメーターエスケープメントの安全性を向上させることができ、腕に載せるダイレクトインパルスエスケープメントを実現でき、A.L.ブレゲから連なる理想的な伝達効率を持つ脱進機を実現できたことを示しているそうです。

この発明がCICの一番のキモであると考えたので今回詳細にレポートしました、過渡的な振り角の変化、すなわち外乱から定常状態への回復も早くなり、結果として精度が向上すると考えているそうです。

このほかに個人的に気になったことをまとめて伺ったので、最後にサマライズします。

パワーリザーブ58時間というのは「ルモントワールが動作する範囲」を示しているそうで、実際にはもっと長く動くそうですが、ルモントワール脱進の音が聞こえなくなったら巻き上げることを推奨しているそうです。

「クロノメーター」を名乗るからには公的機関の認証を取るべきという事で、ブザンソン天文台のクロノメーター検定を受けるための準備を進めているそうです。
また、平均値だけではなく、上記の追加衝撃面による改善効果が役に立つことが分かったため、半周期ごとの詳細を記録する特別な測定器を開発し、それを用いてより詳細な挙動を解析している最中だそうです。

僅かな改善でエレガントに問題を解決したCIC、GPHG2020のクロノメトリー部門の6本の候補にもなっており、なかなか注目です。

追加情報がありましたらまたフォローします。

https://bernhard-lederer.com/