シチズン 前人未踏の年差±1秒の精度を実現したCaliber 0100 開発者インタビュー/第三回【機械編】

 By : CC Fan

改めて「クオーツ時計のスゴさ」をお伝えするコンセプトで、前人未到の年差±1秒という外部情報に頼らないアナログ式光発電時計として初めて実現した超高精度エコ・ドライブムーブメントCaliber 0100開発者テクニカルインタビュー。

初回は高精度のコア技術である8MHz ATカット水晶について、第二回は水晶振動子と組み合わさることで年差±1秒を実現するための半導体とシステムの構成とそれを確認する測定器についてお伝えしました。
第三回の今回は、実際に「1秒の美しさ」を表現するために60個のインデックスに秒針の先をぴたりと合わせるための機械(機構)について伺った内容をお伝えします。

いつもと同じく、Q(質問:私が質問した内容)、A(回答:シチズンさんからの回答)、C(コメント:私の補足説明・解説)という形で基本的に一問一答に必要に応じて補足を追加する方式で進行いたします。



Q:モーターの構成はクオーツ時計で一般的な構造のステッピングモーターで秒を駆動→分→時を減速して動かす単一ステッピングモーター方式でしょうか?

A:そうです、単一ステッピングモーターで減速輪列を動かす方式です。

C:回転が最も遅い香箱がエネルギー供給のスタート地点になり「加速」して脱進機にトルクが伝わり、通常停止している脱進機が一定周期ごとに解放され、輪列が所定の速度で回転する機械式時計に対し、クオーツ時計では機械的に一番速く回転しているモーターがエネルギー供給のスタート地点となり「減速」して表示用の輪列に伝わるため、トルクの伝わる方向が逆になります。
また、機械式時計は香箱からのトルクが常に輪列にかかっていますが、クオーツ時計ではモーターが回転する瞬間しか回転トルクが発生せず、それ以外のタイミングでは歯車にトルクがかからず「噛み合っているだけ」の状態になります。

歯車の歯が回転するためには、ある種の「遊び」または「ガタ」が必要でこれをバックラッシと呼びます。
機械式の場合、常に香箱からのトルクがかかって一定方向に押し付けられているため、この遊びは埋まり、外乱によって歯車が動くこともありません。
しかしクオーツは駆動していないときはトルクがかかっていないため、この遊びの範囲で外乱によって歯車は動くことができてしまい、これによって秒針の位置決めが目標であったインデックスに寸分違わず載せるという事が出来なくなります。
これがバックラッシによる針位置がブレてしまう問題で、クオーツだけの問題ではなく、オフセット輪列で表示用と計時用の輪列が別になっているような機械式時計で表示用輪列が「噛み合っているだけ」でトルクがかかっていない構造の場合も同じ問題が発生します。
3番出車式センターセコンドなどが代表的な構造です。

Q:時差補正機能は機械的に1時間単位で短針を動かす機能でしょうか

A:はい、リュウズ一段引きにて、時計が停止しない状態で1時間ずつ進み・戻しをすることができる機能です。
時計が停止せず、分・秒の運針を保ったまま、時だけ修正することができるので、時差のある海外渡航などに便利に使うことができます。

Q:例えば電波時計のように独立してそれぞれの針を自由に制御できるステッピングモーター3個に分割すると相対的に負荷は軽くなる上により自由に動かせるようになると思いますが、伝統的な1個のステッピングモーターに拘った理由は運針の美しさでしょうか?

A:いくつか理由があります。
ステッピングモーターを複数配置すると1つのモーターで構成する場合よりも全体のサイズが大きくなってしまうため、同じムーブメントサイズに納めるのが難しくなってしまいます。

また減速比の関係で、例えば秒針だけ従来と同じ方法で動かし、時分針は別モーターで動かすという構成ですと時分針用のモーターの減速比が小さくなってしまい、1モーターよりもトルクが小さく、時分針に重量のある針を使う事が出来なくなります。
今回、Caliber 0100にふさわしい外観を持つ針を動かすためには1モーター式が最適、と判断しました。
また、先程の時差修正機能で操作した時の操作感も1モーター式の方が優れていると考えています。

Q:独立モーターだと機械的に動かすのではなく、リュウズもいわゆる「電子」リュウズで機械的にはつながって無い方式になりそうですね。

A:はい、電子的な制御の場合、リュウズを通して機械を操作している感触を感じるのではなく、感触が無いリュウズを回すと突然針がカチッと動く、変な言い方かもしれませんが「電子的な感触」になってしまうと思います。

C:一つの針にいくつもの機能を持たせている電波時計やGPS時計のような多機能時計や、電子式クオーツクロノのように状態に合わせて動いたり止まったりする機能が必要な場合、単純な固定比率の減速輪列ではなく、針が独立して動く必要が生じます、そのような要求を最も「素直」に実現する方法は針ごとに独立して回転することのできるモーターを用意し、マイコンのプログラムでそれぞれを独立に制御することです。

分かりやすいのは電子式クオーツクロノでしょう、機械的に動力を接続・切断するクラッチの代わりに積算計針のモーターを動かす・止めるという方法でクロノのスタート・ストップを行い、ハンマーとハートカムによるリセットの代わりに「早送り」でゼロまで戻す、という方法を取ることで機械部分は各積算計に必要なモーターのみでクロノグラフを実現でき、更に機械式では基本的に「ご法度」の秒積算計をセンターセコンド代わりに使うこともお手の物です。

同じ考え方をリュウズにも適用すると、リュウズから時刻合わせ構まで機械的に繋げるのではなく、回転量センサでリュウズの回転だけをマイコンから読み取り、それに対応した分だけモーターを動かせばそもそも独立した機械的な時合わせ機構が要らない時合わせが実現できます。
電波時計やGPS時計では時合わせを行うのは人間だけではなく、マイコンが上位標準から受け取った時刻情報によって針を動かさないといけないため機械的な時合わせ機構はむしろ「邪魔」ですらあります。

このように、特に多機能時計では、「機械はできる限りシンプルに、コンピューターで多機能化する」というコンピューターが主、機械が従という方向性で進歩していますが、Caliber 0100は昔ながらの機械が主で、コンピューターはそれを補助する役目、あくまで「機械」の感触を大切にしていると感じました。

Q:パワーセーブ機能が解除された場合、停止時間/43200秒(12時間)の余り(余剰)だけ進み方向に回転させ、「現在時刻」に追いつく…と考えてよろしいでしょうか?

A:そのとおりです。
しかし、停止時間を測定した結果、マイコンが「正転」ではなく「逆転」した方が早く追いつける、と判断した場合は逆向きに回転させます。
ステッピングモーターはローター磁石による安定位置とコイルによって生じる磁気の向きをずらすことで特定の方向に回転しやすいようにしていますが、逆転時は、一度正転方向に反動をつけた後に逆転するようなパルス波形を印加しています。

Q:LIGAプロセスによる歯形成型は全ての歯車に適用されているのでしょうか?

A:全てではありません。
ただし、少なくとも秒針の運針に関わる歯車・バネは全てLIGAプロセスによるものです。

C:LIGAプロセスはフォトリソグラフィ(Lithographie)、電解めっき (Galvanoformung)、形成(Abformung:すべてドイツ語)を組み合わせて超高精度の機械加工を実現する技術です。
ザックリと説明すると、まず作りたい形状(マスク)を写真と同じような方式で光に反応する樹脂に光学的に転写、現像して凹型を作ります。
この凹型に厚い電解メッキをかけることで型の形状を高精度にトレースした金属部品を作り、機械的に厚みを整えたのち、型と支えを兼ねている樹脂を融かせば、複雑な形状を「設計通り」に作ることができます。
マスクから型への転写も高精度、型から実際の部品への成型も高精度に行われ、細かい制約はありますが切削や放電加工よりも細かい形を高精度に成形することができます。

Q:公式のCGムービーなどを拝見させていただくと、歯車に「星」と「クリスタル」のお洒落な意匠が施されたものが見えました、これがLIGAプロセスによるものでしょうか?
これは裏蓋がシースルーバックの初代モデルのみの仕様なのでしょうか。

A:はい、LIGAプロセスによるものです。
この仕様は全モデル共通で、ソリッドバックのモデルでも同じく意匠が施されています。



Q:バックラッシ抑制機構ですが、このスプリングの逆端は自動巻きの香箱がフル巻きでスリップするように輪列にある程度のバックラッシ抑制トルクがかかったらスリップすると考えてよろしいでしょうか?固定だとすると無限に締まってしまい、動作が破綻するように思えます

A:はい、逆向きのトルクが一定以上になるとスリップする構造になっています。
更に、先程説明させていただきましたようにパワーセーブ機能で「逆回転」することもあるため、両方向の回転に対応するために新たなバックラッシ抑制機構を開発しました。



ローターが回転すると各歯車が赤い方向(正転 Forward rotation)に回転し、5番、4番(秒針)、3番と回転が減速して伝わり、3番の先に戻し車を入れています。
この歯車が回されるとバネによって逆向きに力が発生し、この力(バックラッシ抑制トルク Backlash suppression torque)が輪列に正転方向とは逆方向の力をかけることでバックラッシを埋める仕組みになっています。



水色のバネと灰色のバネは一体構造で、灰色のバネが黄色の歯車に押し付ける力をかけることで一定の力以上ではスリップするクラッチのような仕組みになっています。
輪列が回転すると水色のバネが徐々に締まってバックラッシ抑制トルクを発生させ、水色のばねがこれ以上たわむことができない状態になると黄色の歯車がスリップしながら回転を続けます。
逆回転した時も水色のばねがこれ以上解放することができない状態になると黄色の歯車がスリップしながら回転し、その後正転に戻ると同様のプロセスでバックラッシ抑制トルクを発生させます。

C:先だって、クオーツでバックラッシが問題になるのはモーターが回転するとき以外は回転トルクがかからないため、そして機械式(の非オフセット輪列)で問題にならないのは常に香箱からのトルクがかかっていてバックラッシが埋まるから、という事を説明しました、
このことから考えるとクオーツでも機械式の香箱「相当」の位置に適切なトルクを発生させる機構を設置し、モーターが停止している時もローターを逆回転させない程度の逆方向のトルクをかければ機械式と同じ理由でバックラッシが埋まると考えられます。
この考え方で輪列を見るとクオーツではトルク下流のバックラッシ抑制用戻し車が機械式ではトルク上流の香箱と同じ役割をしている、という理解ができると思います。

Q:LIGAによる歯形成型で均一な噛み合いとガタの最小化が行われていると理解していますが、それであっても非駆動時にトルクがかからないクオーツ輪列では「揺れ(バックラッシによるふらつき)」が発生しているため、最後にバックラッシ抑制機構で押さえるという認識でよろしいでしょうか?

A:はい、この機構が無いと60個のインデックスにぴったりと針を重ねることは不可能でした。

Q:このバックラッシ抑制機構は主に秒針の動きをキッチリと規定しているものと認識していますが、ここから先の時分針はまた別でしょうか?

A:このような戻しトルクを発生させる機構は入っていないのですが、針座と呼ばれる板ばねを入れて針がズレにくくする工夫を施しています。

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技術的には極めて高度ながら目に見えない年差±1秒という電子回路の性能を、目に見えるブレなくインデックスに重なるステップ運針の秒針にて「1秒の美しさ」として表現するための要となる機構についてお話を伺いました。

連続的(正確には振動数ステップ)に動いている機械式の秒針では問題になりにくいインデックスと秒針の先が微妙にズレている現象も、1秒ステップ運針で動いているクオーツではより目立ってしまうため、気が付いてしまうと何か抜けているような印象になります。
もっともシンプルな方法はインデックスまで届かない針の長さにしてしまえばほとんど気にならなくなりますが、それが許されない、Caliber 0100では直球な対策である「工業」であるLIGAによる歯車の精度向上、そして抑制トルクを発生させることで針の遊びを無くすバックラッシ抑制機構を搭載しました。

単体ではなかなか分からないですが、比較すると一般的なクオーツ時計は確かに針先が遊んでいるな…という極めて細かい差が分かるのが面白いです。
水晶・半導体・機構と各部分に並々ならぬ工夫が凝らされたCalber0100、最後はいよいよ全体についての話とこれからのシチズンとクオーツについて伺います。




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