アーミン・シュトローム 物理現象としてのレゾナンス(共振)について

 By : CC Fan

10/26にイベントが行われる
アーミン・シュトローム(Armin Strom)のレゾナンスシリーズ、個人的には日本に初めて来たときは見られませんでしたが、2017年のSIHHで幸運にも実機を拝見、これは相当すごいのでは…と思い、その魅力を伝えたいとなんども取り上げた次第です。
2018年のSIHHでは"純粋さ"と精度にフォーカスしたピュア・レゾナンスを発表、共振を可視化したメリットを生かて共振現象の確認用のセコンドリセット機能を省き、より純粋なデザインと輪列を軽量化し負荷を減らして精度を向上させることを狙った作品です。

しかし、魅力を伝えるために最大の特徴であるレゾナンス(共振)について説明しようとすると、共振周波数だの品質係数Qなどの物理と数式の話になってどうにも定性的に理解できないというのを悩んでいました。
唐突にWebメディアの利点を生かし、現象の動画を見ればよいのではと思い立ちました。

現象を理解する例として、非線形問題の研究を行っている東京理科大学 池口研究室がメトロノームが同期する実験の様子をYouTubeのチャンネルに公開したものを共有させていただきます。



適当なタイミングでスタートさせたメトロノームがしばらくすると同じ振れ方になり、発するカチコチ音も重なっているのがわかるかと思います。
メトロノームは振り子時計と似た仕組みで、カチコチ音は脱進機の音なので、二つの時計が同期するのと同じ現象がおきています。

ポイントになるのは土台が糸で吊られた板であり、お互いのメトロノームの振動を受けてわずかに揺れていることです。
これによって揺れが相互に伝わり、エネルギーがやり取りされます。
しばらくすると方向と周期が揃っていない振動は打ち消しあって消えてしまいますが、方向と周期が揃った振動は強め合い、どんどんエネルギーが蓄積されます。
その結果、ある一定の振動だけが残り、その振動で全体が揺れるようになる…というのが定性的に捉えた、共振によるメトロノームの同期です。

上記の実験では二つのメトロノームが同じ方向に振れており、同位相という状態です。
条件を変えると逆方向に振れる逆位相になります。



どちらの状態で安定するかは環境に依存します。



途中で吊っている土台を支える板の間隔を変えることで同位相と逆位相の状態を行き来するのがわかるかと思います。

この現象により二つの時計を同期させ、それぞれが単体で動いていた時より特性を向上させるというのがレゾナンスの狙いと言えます。

ホイヘンスをルーツとする、伝統的なレゾナンス機構では"糸で吊られた土台"、すなわち振動エネルギーを媒介する媒体は空気または固定された地板の振動でした。
空気や固定された地板では振動の伝達効率があまりよくないため、共振を起こすために二つの振り子やテンプをなるべく接近させて、さらに共振を起こすために個別の調整が必要です。

これに対し、もっと伝わりやすい媒体を用意すれば効率良く共振が発生するという考え方ができます。
先行例としては、独立時計師のベアト・ハルディマン(Beat Haldimann)が2005年に発表したH2 セントラル・フライング・レゾナンスはセンタートゥールビヨンのケージ上で二つのテンワのヒゲゼンマイを棒状のパーツで繋いでいます。
棒は非対称な形になっており、主従関係があるようです。



これは2018年のバーゼルに出展されているところで拝見させていただいた時の写真。
二つのテンワの間に棒状のパーツが見えます。



同じ香箱からエネルギーが供給され、二つのガンギ車は同じ固定4番車に噛み合っている(=回転速度が強制的に同じになる)ので、どちらかのガンギ車が強制的に回されて壊れてしまうのではと思ったのですが、片方をヒゲゼンマイ経由にすることで瞬間的な回転速度の差を吸収しています(下側のガンギ車に見える青色の部品がヒゲゼンマイ)。
これが主従関係を生んでいる要因のようですが、会場ではそこまで気が付かなかったので詳細を伺っていません。

更に考え方を進めると、力を媒介するだけではなく、共振させたい振動だけを選択的に伝えるようにすればより効率が良くなる…というのがレゾナンス・クラッチ・スプリングの考え方です。
ギターの弦が形状・素材とテンションと長さで決まる特定の音程で鳴るように、レゾナンス・クラッチ・スプリングは形状で決まる固有振動数を持ち、固有振動数近くの振動が伝わりやすくなっています。



レゾナンス・クラッチ・スプリングはヒゲ持ちに相当し、ヒゲゼンマイの端から振動を相互に伝えあう役割を果たします。
この形状はシミュレーション・試作の繰り返し、更には審美性までを含めて決められています。

二つのテンワを独立した香箱で駆動することで主従関係ではなく鏡像反転したものが、同条件で共振するようになっています。

なんども貼っていますが、共振に至る様子のビデオです。





共振状態になるとレゾナンス・クラッチ・スプリングが揺れている現象を通じ、固有振動数で振動が選択的に伝えられていることを視覚的に確認することができます。
先ほどの実験動画で振動を伝えやすい"糸で吊られた土台"が共振を誘発していたのが、レゾナンス・クラッチ・スプリングに置き換わったと考えても良いかもしれません。
レゾナンス・クラッチ・スプリングが強制的に共振状態に持ち込むため、二つのテンワを緩急調整で振動数を近づけさえすれば安定して共振を起こすことができるというのは大きなメリットです。

また、現在は計時側が時分針を動かし、共振側は共振の振動を供給しているだけですが、ある程度は共振側からエネルギーを取り出すこともできる、すなわちコンプリケーションのベースムーブメントとしての可能性もあります。



2017年のSIHHで初めて拝見した時に、"チタンのAIRが出たら"というのは正直、冗談でしたが、結構具体的になってきている気がします…
"21世紀の新境地"という言葉もあながち過言ではないような。



イベント直前には現地のワークショップの様子もお伝えできそうです!

この記事は、とあるコレクター氏とお話した時に気が付いた、テンワが二つあるいわゆるダブルレギュレーターとレゾナンスの違いが主題のつもりだったのですが、長くなったのでいったん区切ります。

最後に、先ほどのメトロノームの動画、より大規模な実験もありますが、つい見入ってしまい、妙に癖になります。









個人的には32個の奴が好きです。

関連 Web Site

Beat Haldimann
http://www.haldimann.swiss/en/

Armin Strom
https://www.arminstrom.com/

Armin Strom YouTube Channel
https://www.youtube.com/user/arminstrom

Noble Styling
http://noblestyling.com/