アーミン・シュトローム レゾナンス(共振)とデュアル・レギュレーターの違いについて

 By : CC Fan
機械式時計に何を求めるかは人それぞれでしょうが、個人的には機械だけでここまでできるという機構の発明こそに価値があり、紹介したいと思っています。
最近だと、日の出と日の入りという自然現象にフォーカスし、使いやすさも兼ね備えたクレヨン(Krayon)はとても感動し、"総力特集"としていろいろお伝えしてきました。

一見すると地味ですが、詳細を知ると相当凄いのでは…と思うアーミン・シュトローム(Armin Strom)のレゾナンスシリーズも是非知っていただきたいと思うものです。
先だってなるべく定性的にレゾナンス(共振)を説明しようとした記事を掲載いたしました。
本当はもう少し先まで書こうと思っていましたが、長くなったので分割し、第2回です。



まずは前回の補足的なことから。
前回、二つのメトローム(振り子時計に相当)が影響を及ぼしあい、共振によって同期する様子を動画で見ました。
二つのメトロノームの条件が等しければ、共振に至るというのはわかります、では二つのメトロノームの振動やゼンマイのトルクが異なっていた場合、どのようなことが起こるのでしょうか?
完全に理解するためには運動方程式を解く必要がありますが、あくまでイメージでお伝えすると下記のような状態を取りえます。
  • 条件がほぼ等しい→振動数・位相・振幅がほぼ等しくなる共振状態
  • 条件がやや異なる→振動数のみ二つの振動数の間に落ち着き、位相と振幅はそろわなくなる
  • 条件がさらに異なる→条件によって下記の状態に分岐
    • 互いの影響が届かず、勝手な振動を続ける(媒介が上手く力を伝えない場合)
    • 互いの影響で特定の周波数を行ったり来たりする(周期的な発振)
    • 互いの影響で非線形な動きを起こす(カオス力学)
2番目までは共振の恩恵がある状態、3番目の各項のうち1番目は普通の時計が2つあるのと同じ、それ以降はかえって悪影響が発生している状態です。
そのため、設計の段階で常に1番目の状態になるように考慮しておく必要があります。

さて、前回の最後にも書きましたが、そもそもは、とあるコレクター氏とお話している際に、"フィリップ・デュフォーのデュアリティとレゾナンスは同じでは"という話になり、"それは何か違うのでは"と言ったものの、自分でもあまり理解していなかったので改めて考えてみようと思ったのが主題です。
デュアリティのようなテンワが二つある時計、いわゆるデュアル・レギュレーター(二つの調速機)とレゾナンスの違いを見ていきましょう。
デュアル・レギュレーターという言い方だと、レゾナンスも含まれますがここでは物理現象としてのレゾナンスを使っていないものだと思ってください。

ただ、調べていたらいきなり答えが書いてある資料があり、MB&FのLegacy Machine2のプレスリリーステキストです。



上記にホイヘンスからの歴史、レゾナンス、そしてMB&Fが採用したデュアル・レギュレーターの違いがすべて書いてあります。
しかし、MB&Fは小規模な独立メゾンで、日本でほとんど展開していないにもかかわらず、毎回ちゃんと日本語資料を用意しており、自由に閲覧することができ、素晴らしいです。
売れるところ用の言語しか用意しないブランドの方々は是非、見習っていただきたい。

さて、上記の資料を見てくれで終わるのもアレなので、自分的に解釈して書いてみたいと思います。
デュアリティとLegacy Machine2は見たことが無いですが、同じコンセプトではグルーベル フォルセイのデュアルテンプを見たことがあります。



コンセプトは全て同じですが、グルーベルのものはプラスアルファで二つのテンワを異なる傾きで取り付けることで、姿勢差の影響を打ち消しやすくしてあります。

要素に分けてみてみましょう。

レゾナンスは
  • 独立した香箱
  • 独立した輪列
  • 独立した脱進機とテンワ
輪列は互いにつながっておらず、二つの輪列の同期は独立したテンワが何らかの方法で共振することでテンワの振動数が等しくなり、全体として一つの特性が改善された大きな共振器として機能するという考え方です。

デュアル・レギュレーターは
  • 単一の香箱
  • 途中で差動歯車機構で分岐した輪列
  • 独立した脱進機とテンワ
ここでも、差動歯車機構(ディファレンシャル・ギア)が登場します。
二つの回転の差を出力する機構ですが、入力と出力を入れ替えると一つの回転を二つに分割することができ、さらに負荷側の回転数の平均が入力の回転数になる特性があります。
この機構により、二つのテンワの振動数の平均を求めるというのがデュアル・レギュレーターの考え方で、二つのテンワが共振しているかどうかは関係ありません。

Legacy Machine2のプレスリリースを読むと、遊星ディファレンシャルギアによる利点は、2つのテンプが固有の速度で刻み、その2つの完全に独立した振動数の平均をディファレンシャルギアが供給する点にある。一方のテンプがもう片方の速度を増減して平均速度を達成する他のメカニズムでは、機構全体で若干の負荷が発生する。とあり、むしろ各々が独立して動くことを狙った機構であると書かれています。

MB&Fのプロモーションムービーでも同期せず、互いに自由に動いている様が確認できます。



1:10付近からスーパースローになりますが、二つのテンワが振動数は同じながら、位相はそろっていない様子がわかると思います。

レゾナンスは二つを同期させて特性を向上させる考え方で、デュアル・レギュレーターは二つの歩度の平均を取り精度を向上させる考え方、どちらが優れているというものではなく、考え方の違いと言えます。
先ほどの共振の場合分けではレゾナンスは1番目、デュアル・レギュレーターは3番目の1です。

機構の複雑さで言うと、レゾナンスは共振機構を除けば普通の時計の輪列2個を収めなくてはならず、デュアルレギュレーターは差動歯車機構を輪列に入れなくてはいけません。
フィリップ・デュフォーのデュアリティでは4番車の位置に差動歯車機構が置かれ、スモールセコンドの駆動を兼ねており、小型化が困難であったと言われています。

グルーベル フォルセイのコンスタント・ディファレンシャルは4分で1回転する中間車に置かれているのに対し、MB&Fのものは2番車(1時間で1回転)相当で、6時位置に置かれ、二つのテンワ・12時位置の文字盤と対比したデザインになっています。



MB&Fの創業者、マキシミリアン・ブッサー氏が100年前に生まれていたら作っていたであろう時計というコンセプトのLegacy Machineという名前にふさわしい伝統的なデザインです。

アーミン・シュトロームのレゾナンスシリーズをデザイン的に見ると、片方の輪列を共振専用(表示には使わない)ことにより、"レゾナンスっぽくない"デザインであることが特徴であると思います。



ミラード・フォース・レゾナンスの方は二組のスモールセコンドと秒針のリセット機構がわずかにレゾナンスっぽさを主張しますが、ピュア・レゾナンスはオフセットしたスモールセコンドの時計でなぜかテンワが二つあるだけというシンプルさで、言われなければレゾナンスと気が付かないかもしれません。
リセット機構を省いたことによりケースサイズが小さくなったのもデザインを引き締める方向に働いており好印象です。

共振の"良さ"を伝える方法は何かないか…と思うと品質係数Qという考え方があります。
次回はこれについて書ければ。

関連 Web Site

MB&F
https://www.mbandf.com/en

M.A.D. Gallery
https://www.madgallery.net/

Armin Strom
https://www.arminstrom.com/

Armin Strom YouTube Channel
https://www.youtube.com/user/arminstrom

Noble Styling
http://noblestyling.com/