デテント天文台クロノメーター(仮) 関係者の見解と一週間経過インプレッション

 By : CC Fan
デテント天文台クロノメーター(仮)、スイス取材紀行の初頭に受け取り、そのままずっと携帯、各取材先で関係者の見解を伺うという"公私混同"(WMOは元々全部"私"ですが…)を行いました。
ケースに入れた状態とはいえ、持ち歩いていたのである程度の振動が加わっており、携帯精度も同時に測定できました。
そして、万難を排して日本へ持ち帰り、心ゆくまで堪能できる喜びを噛みしめています。

まず、ケース、特にスポンジについては寸法情報から推測で作ったにしては割と良い感じでした、しかし気になるところ・ツギハギっぽいところが色々できたので、今回の知見をフィードバックして作り直す予定です。
詰め替え用スポンジだけ購入することも考えましたが、ケースとのセットの半分ぐらいの値段と意外と高いので、ケースごと購入、新しいスポンジを現在のケースに組み込み、本番用とし、現在のスポンジをさらに切り開いて新しいケースと組み合わせたものは大きなクロノメーターの運搬用とします。
どんどん玉突きでスポンジが改造されていき、最終的には汎用運搬ボックスみたいなのが誕生しそうな気がします。
最初から完璧を目指して袋小路に迷い込んだりもしましたが、結果的に一個ずつこなしていった方が近道でした。
まずは手を動かすを心がけていきたいです。

さて、決定的な情報は残念ながらありませんでしたが、関係者の意見をまとめることである程度の方向性が見えてきたと思います。
自分の備忘録を兼ね、まとめておきたいと思います。
様々な方に聞いたお話が元ですが、間違っていた場合・主張の文責は当然のことながら私になります。

出自・制作目的について

これについては関係者の中でも意見が分かれました。
一つは推測通り、天文台クロノメーターコンテストに挑戦するためのスペシャルチューン機であるという説、もう一つは時計学校の卒業時に制作する卒業制作時計(スクールウォッチ)であるという説。

卒業制作時計であるという根拠は、ル・ロクルやラ・ショー=ド=フォン、ヌーシャテルの時計学校で作られていた卒業制作時計とブリッジや輪列の配置に相似点が見られるからという理由でした。
また、卒業制作時計にしては巻き上げ輪列の磨き上げが足りない、制作途中ではないか?という意見も。



このブリッジの形が時計学校の様式に見えるとのこと。
各時計学校に問い合わせるのはどうか?という提案がありました。
ちなみに、卒業制作時計であっても天文台クロノメーターコンテストには実力を見るために参加していたそうです。

逆に天文台クロノメーターとする根拠は、卒業制作時計だとすると装飾を省きすぎではないかという逆説的な考えから。
恐らく作成されたであろう1920年代の卒業制作であればもっと装飾的な仕上げを施しているはずで、これだけシンプルなのは見た目より、とにかく精度を最優先した仕上げだからではないかということです。

ブリッジは仕上げがないかと思いましたが、ワイヤーブラシによるヘアライン仕上げが施されています、しかしこれは装飾というより加工時のバリを取るための最低限の仕上げ、切りっ放しはさすがに時計師として許せなかったのではないかということで、本来ならこの後に追加工で模様をつけることとなります。

どちらの可能性もありそうで、結論は出ませんが、個人的には装飾の少ないレースカーのようなムーブメントに惹かれたこともあり、装飾が少ないことを根拠にした天文台クロノメーター説を信じたいと思います。

また、"大切に使われた"という視点で見ると40年間の間に複数回オーバーホールが施されていること、巻き上げ輪列の歯車が欠けた時に部品交換ではなく、歯をわざわざ接いで修復しているという事実を複数の関係者が指摘しています。

巻き上げ輪列の修復

重たいテンワと強力なヒゲゼンマイを持つデテント脱進機を支える主ゼンマイのトルクはとにかく大きく、巻き上げ輪列には大きな負荷がかかります。
そのため巻き上げ輪列は焼き入れをしたスチールが使われていますが、焼き入れ不足か傷があったのか、使っているうちに?折れてしまったようです。



どこかわかりますでしょうか?
真上のあたりです…



肉眼だともっとハッキリ見えますが、撮影は難しい…
歯の根元がくさび状になって打ちこまれているのがわかりますでしょうか。



こちらは修復の概念図。
接いだ後、歯を切りなおし、さらに全体の色が揃っていることから焼き入れ・焼き鈍しもやり直して万全を期しているようです。
焼き入れや温度が高いため、鉄で歯を接ぐのは相当高レベルな技術で、この接ぎ方は相当"上手い"とのこと。
そこまで手をかけるに値するムーブメントと判断されていたと認識しました。

携帯精度

5日間、肩掛けバックに入れた状態で3時上の状態で普通に持ち歩き、ラフに測定したところ、5日間で30秒もずれておらず、数秒/日の日差です。
携帯状態でこれだけの値が出るのであれば、デスククロックとして使えばもっといい精度が出せそうです。
緩衝装置がないので、腕だと厳しいでしょうが、懐中時計としてなら使えそうなポテンシャルがあるな…と夢が広がります。

関口氏は主に12時上で調整し、"1分/日ぐらいはズレるかも"というお話しでしたが、遥かに良い結果でした。
約100年前の機械とは信じられません。

もう少し落ち着いたら、各姿勢における精度も測定してみます。

聴覚(音)

簡易ケースが薄いのもあって、デテントの特徴的な音は良くも悪くも大変大きく響き渡り、堪能できます。
耳が離れているとガンギ車が回転する方向の音しか聞こえませんが、耳を近づけると、振り石がパッシングスプリングを素通りする極めて弱い音も聞くことができます。
5振動/秒のがさらに半分になって聞こえるため、2.5音/秒、ゆったりとした時間が流れます。

ただ、時計趣味ではない人にとっては"耳障りな音"かもしれません、職場や公共の場では注意が必要になりそうです。

視覚(見た目)

大型のテンワと青色のヒゲゼンマイが5振動/秒のゆっくりとした動きでユラユラと揺れるさまはいつまでも眺められてます。



翻って、無銘の文字盤は時間を表示するという時計本来の職務に忠実な視認性、どちら側も機能的です。



もちろん長針の先端は文字盤に沿うよう、曲げられています。



針のコンディションも良好、段付きホーロー(琺瑯)文字盤もきれいです。



歯車の遊びの都合で、秒針がインデックスからずれることもありますが、それは愛嬌かなと。

触覚(操作感)

受け取って最初に驚いたのはとにかく巻き上げが重い!
とは言っても擦っている感覚や引っ掛かっている感覚ではなく、純粋にゼンマイが強いことによるバネ的な感覚なので慣れてしまえば気になりません。

ボタンによるダボ合わせという方式は時合わせのために木製ケースを開けなくてはいけませんが、合わせ心地自体は極めて良好。
精度的にも止めなければ合わせる必要はあまりなさそうなので、気にならなさそうです。
木製ケースを止めているピンが抜けにくいことがありますが、抜けてなくなってしまうよりは良いでしょう…

総論と今後

1月のSIHHの時にお願いした時点で、ここまで素晴らしいものになるとは予想できませんでした。
ベースとなったピースの状態が良かったこともありますが、オーバーホールを行ってくださった関口氏がとてつもなく手間をかけて安全装置を作り直したり、調整していただいたおかげ、改めて感謝します。

今ある時計だけでいいような気もしますが、やはり出自は気になります。
調べるためには記録を当る必要があり、大学・研究機関と共同研究を行っているアーミン・シュトロームのクロード・グライスラー(Claude Greisler)氏から問い合わせていただけるようにお願いしてあります。
しばしの結果待ちです…

しばらくはデスククロックとして使うのとケースを作り直しです。