スイス取材紀行 ラウル・パジェス JUVAL HORLOGERIE クレヨン

 By : CC Fan
昨日同様、ノーブルスタイリング葛西氏と共にヌーシャテルからスタート。

AHCI(独立時計師協会)に所属するラウル・パジェス(RAÚL PAGÈS)氏を訪ねます。
葛西氏は数年前に知人(私の時計の師匠の一人)の紹介でパジェス氏と日本でお会いしており、今回は久しぶりの再会となりました。
パジェス氏はフランス国境近くの閑静な街、ブルネ(Brenets)に自宅兼工房を構えています。



自宅兼工房、右下に見える扉が工房への入り口になります。



銘板。



パジェス氏。
手に持っているのは工房として使っている建物に元々入っていた会社のカタログ、1940年に人工ルビーを加工して時計用の石を作る工房として建てられたそうです。
昨年、購入し工房兼自宅として使っているとのこと。



各種石のプレゼンテーションボックス。



手動の工作機械が並びます。



つい先日入手したというフライス盤、現在は使いやすくするために調整中のようです。
XYとテーブルの回転でパジェス氏曰く"何でも作れる"とのこと。
移動量を測定するためのカウンターはデジタル式を追加するそうですが、機械本体は極めて頑丈でそのまま使えそう。



建物と同じく、1940年代の製作。



時計旋盤。



部品を設計図と重ね合わせて確認するためのプロジェクター。
コンピュータによる3D設計とCNCを使えますが、紙のほうが性に合っているそうです。



氏のキャリアについての説明が。
パテック・フィリップのシンギングバードピストルを修復したことで有名なミシェル・パルミジャーニ(パルミジャーニ・フルリエ創業者)の工房からキャリアをスタート。
シンギングバードピストルの1個目はパルミジャーニ氏が、2個目は彼が修復したそうです。



修復の記録をお見せいただきました。
オリジナルの部品と修復した部品の写真が並べられています。
この時の知見が今も生きているそう。
ちなみに、ピストルを新規に作ったらどれぐらいかかると思うか伺ったところ、"10年"とのこと。



現在も修復の仕事を受けており、修復が2で新作が8ぐらいの割合とのこと、いくつかのタイムピースを拝見させていただきましたが、クライアントのものなので掲載は控えます。
写真は、引き取って持ち歩いていた我が天文台クロノメーター(仮)をルーペで観察するパジェス氏。
"非常に美しい"というお褒めの言葉をいただきました。




そして登場したのは…




亀のオートマタ!
これの設計ができたのでパルミジャーニを辞め、独立しました。
この個体は1号機、それぞれがユニーク-ピースで顧客の要望によって仕様を変更しますが、全く同じものは1つしか作らないとのこと。



本体はホワイトゴールド、甲羅の青い部分はグラン・フー・エナメル、色が違って見えるのはエナメルを流し込む溝の深さを変えることで濃淡を表現していおり、エナメル自体は単色だそうです。
手足の爪はダイヤモンド、目はサファイアだそうです。顔や手足にはエングレーブが施され、手掛けたのは大手メゾンからもエングレーブを依頼されるシルヴァン・ベッテ(Silvan Bette)という方だそうです。



かわいいサイズですが、さすがホワイトゴールド製、ずっしりと重いです。



ケースから出していただきました。
横のでっぱりはスイッチです。



高級時計の様式で仕上げられた"ムーブメント"、仕上げには一部の隙もありません。
基本的な仕組みはミニッツリピーターのストライキング部分やオルゴールのように、ガバナー(調速機)で輪列の速度を一定に保つ仕組みです。
時計ほどの速度精度を要求しないため、脱進機ではなく調速機です。



香箱を直接巻き上げる鍵巻きです。



お腹側のムーブメントも見ることができます。
移動自体は調速機で制御されたホイールが行い、それに同調したカムとレバーが手足を、偏心リンク機構が頭を動かします。

ムーブメントは懐中時計サイズ、氏曰く、これ以上小さいと見ごたえがなく、これ以上大きいと間延びして見えるのでこれが一番いいとのこと。
実物を見ると納得です。



自身も亀を飼っており、チャペックCEOのザビエル氏自宅での"リアル"亀に引き続き、"オートマタ"亀に遭遇、奇妙な縁を感じたと語る葛西氏。
日本でも紹介できるかもとのこと。



独立後、オートマタが1作目、2作目はオールドストックムーブメントを使った腕時計。
シーマ(CYMA)のムーブメントをベースに仕上げやテンワの作り直しを行い別物レベルに仕上げた作品です。
10本限定で、現在8本売れているそうです。

現在はオートマタと腕時計を組み合わせたものを計画しているとのこと。

見学後、JUVALへ、久々に関口氏に会いたいというパジェス氏もそのままご一緒しました。
私のクロノメーター話でデテントの時計を葛西氏も欲しくなったいうことで、関口氏に用意していただいたルイ針デテントを購入、ノーブルスタイリングギャラリーで展示されます。
ルイ針デテントは販売時の状態と天文台(仮)があったので、個人的には見送ったのですが、関口氏が手を入れたものはまるで別物!

私の方は…



別の天文台クロノメーターをお願いしてきました。
1月の時点ではデテントのみで大きいほうを見送ったのですが、文字盤やムーブメントが"好対比”なので、両方を並べたいと思いからこちらも。
詳細は別にまとめますが、謎多きデテントに比べ、こちらは出自が割とはっきりしています。



ムーブメント側。
大きいほうはドイツっぽい3/4プレート形式ですが、プレートにたくさんの穴や溝が切られています。
これはスプリット・セコンド・クロノグラフの地板を流用し、クロノの分のトルクを全て計時側につぎ込んだ、"クロノ抜き"として作られたため。
設計としてはよく聞きますが、ここまでわかりやすいのは初めてです。



厚みはほぼ同じ、ケースの止めピンが2本に増えています。
こちらも関口氏にオーバーホールしていただき、来年のSIHHに受け取る予定。
maybe(多分)でもprobably(ほぼ)でもなく、must(必ず)です。

話し込んでいて時間が無くなってしまったため、ランチはクイックにケバブにかぶりつき、戻ってきたところで、迎えに来ていただいたクレヨンのレミ・マイヤ(Rémi Maillat)氏と合流。
関口氏・パジェス氏と別れ、マイヤ氏の車でヌーシャテルのクレヨンオフィスに向かいます。



葛西氏は月曜日に偶然歩いているマイヤ氏とお会い済み、ホテルから近いと伺っていましたが、500mもない感じでした。

自宅兼オフィスというチャペックと同様のシステム。
組み立てを行うワークショップの階層を計画しており、11月には加圧装置を含めたより現代的なワークショップが完成するとのこと。



ここでも奇妙な縁が、クレヨンの組み立てを行う時計師のダミアン・スーリス(Damien Sourice)氏は、20年前に葛西氏と現在は大手に買収された某ブランドで一緒にやっていた仲。
バーゼルやジュネーブではちょこちょこ再開していたものの、まさかここで会うとは思わなかったというサプライズ。

スーリス氏は葛西氏曰く"神の手を持つ男"(どこかで聞いたな…)、クラーレ・エ・パピ(マニュファクチュール・クラーレの前身、ルノー・エ・パピはその後にできた別会社)に立ち上げ当初から参加していたそうです。



念願かなって拝見できた、ダイヤ・エングレーブなしのスタンダードなエブリウェア。
やはりこのデザインが一番完成していると思います。



素晴らしい…



こちらは逆にベゼルにもエングレーブを施したタイプ。



ケースバック側はこちらのほうが…
この後のディナーで酔った時、拙い英語で"裏地に凝るのが江戸っ子の美学"とかしゃべった覚えが…



実用を考えるとこの薄さはやはり重要。
実用?と思わなくもないですが、クライアントの中には毎日つけている方もいるそうです。

マイヤ氏から日本へのプレゼントが用意されていました。



一見するとただのブリントアウトされた断面図ですが、なんと古き良きX-Yプロッタ(ペンプロッタ)で書かれた断面図!
8時間?ぐらいかけて出力し、同じペンで署名しています。
葛西氏が持ち帰り、こちらもノーブルスタイリングギャラリーで展示の予定。



どちらも素晴らしい。
フルエングレーブの方は顧客のカスタムピース、つまり販売済み、さらにGPHGにエントリーしたホライズンも販売済みで、今回のために顧客が提供してくれたとのこと。



惜しげもなく資料を見せながら説明してくださるマイヤ氏、撮影とWeb掲載もOKとのこと。
たしかに、設計図があれば同じもの作れるかと言われたらNOです。




設計ソフトウェアを使いながら考え方を学びます。





詳細は別にまとめますが、コンプリケーションがちょっとわかったかなと…



アンティーク繋がりで、マイヤ氏が見せてくれた氏のコレクションの懐中時計。
モノプッシャーステップセコンドクロノグラフ、クロノの秒積算計がステップ運針する面白い機構です。

近いのはランゲの1815ウォルター・ランゲへのオマージュですが、こちらはリセットします。
おそらくステップ運針も同じような仕組みではないかと。



エブリウェアもひっくり返せばよかった…



ブランド名とロゴは改めて秀逸だと思います。
個人的になんかシンパシーがあると思ったら、基板パターンなどに使われるベクトル描画ロゴっぽいからです。



氏の奥さんとしばし日本市場について討論する葛西氏。美辞麗句を並べるだけではなく、ネガティブな情報も伝えたうえでどのようにするかが良いか討論する姿勢は素晴らしい。



マイヤ氏とイタリアンのディナー。
食事中に詳細は明かせませんが、現在のエブリウェアを軽く超えた驚くべき複雑性を持ち、さらに”実用的”な研究開発プロジェクトのお話を伺うことができました。
今後とも注目です。

SIHHのシーズンはホテルを借りたレセプションを行う予定、もちろん取材する予定です。



See you soon!