ヴァシュロン・コンスタンタン新作、「トラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー」のモード切替機能とパーペチュアルカレンダー機能の詳細解説

 By : CC Fan


すでにニュースとして掲載したヴァシュロン・コンスタンタンのトラディショナル・ツインビート・パーペチュアルカレンダー(Traditional Twin Beat Perpetual Calendar)ですが、この時計は二つのテンプを搭載し、10振動/秒(5Hz)のアクティブモードと2.4振動/秒(1.2Hz)のスタンバイ・モードの二つのモードを切り替えることができます。



4年の開発期間を費やして開発されたこの機構は1つのエネルギーソースから駆動され、スタンバイ・モードでは65日間という驚異的なパワーリザーブを持ち、2つの申請中特許、ヴァシュロン・コンスタンタンでは初めてとなる省エネルギー瞬転式永久カレンダー機構を持ちます。



装着時のみアクティブ・モードにして携帯精度を最大まで高め、非装着で安定に置かれる時にはスタンバイ・モードにしてパワーリザーブを長くするという提案で、永久カレンダーを実用する場合の障害となりやすい"一度止まると再設定が面倒である"という問題への解決策を提示しています。

個人的にも上記の障害のため、永久カレンダーで最も重視すべきは合わせやすさだと考えていましたが、このような方法があったというのは目から鱗です。
さらに想定するユースケースを"腕時計だからと言って常に腕の上の環境を想定しない"という考え方にしたことは、機構以上に価値がある発見だと思いました。



同様のコンセプトは、コンピュータなどで使わないときは電圧と動作周波数を低下させ、消費電力を低減させるDVFS(Dynamic Voltage Frequency Scaling:動的電圧周波数調整)として行われていますが、機械でこのような方法で実現できるとは考えつきもしませんでした。


ヴァシュロン・コンスタンタンとしてもこの発明に大きな自信を持つ姿勢の表れとして、ブースには時計師が在中する専用コーナーが設けられ、"発想に至った経緯"や"物理学の実験"によって、この考え方の理解を助ける展示が行われていました。



『機構を理解したい!』と思って何回か通い、時計師に特徴を覚えられ、"あいつまた来てるぞ"と思われた節もありますが、おかげで機構は充分に理解できましたのでレポートします。

前提知識ととして振動数(共振の固有周波数)と必要なエネルギーについて説明させてください。
数式も出ますが、数字だけではなくなるべく定性的な説明を心がけますのでお付き合いください。

まず、テンワの慣性モーメントMとヒゲゼンマイのバネ定数kと置くと固有周波数Fは、

F=1/(2π)×√(k/M)

と表されます、この式が意味することは慣性モーメントとバネ定数の比率で周波数が決まるということだけです。
つまり、テンワが同じならヒゲゼンマイが強い(バネ定数が大きい)ほど振動数が高くなり、ヒゲゼンマイが同じならテンワが軽いほど周波数が高くなるということです、これは何となくイメージできるでしょう。



しかし、この式はエネルギーについては説明していませんので、別に理解する必要があります。
具体的には同じ振動数でも大きなテンワと小さなテンワでは必要なエネルギー量が異なるということです、これは直感的にも理解できると思います。

共振というのは位置エネルギーと速度エネルギーが相互に行き来することで固有周波数で振動することです、これはエネルギーの総量は変わらないということで、速度0(最大まで振った状態)の位置エネルギーか位置0(ヒゲゼンマイが伸縮していない位置)の速度エネルギーを計算すれば求まります。

まず速度から、振り角が一定で周波数が倍になると位置0を通過する速度は倍になります、運動エネルギーは慣性モーメントと速度の2乗に比例するので、テンワが同じ(慣性モーメント一定)なら、固有周波数の2乗に比例するといえます。
位置エネルギーは慣性モーメントとバネ定数に比例し、速度と同様にテンワが一定で式変形するとこちらも固有振動数の2乗に比例します。

同じ現象を2つの側面から見ているだけなので、当たり前ではありますが、テンワを固定して振動数が変化した場合に必要なエネルギーは振動数の比の2乗になります。
これは5振動と10振動を同じテンワで実現する場合、必要なエネルギーは4倍になるということで、逆に言えばテンワを変更すれば10振動を5振動より少ないエネルギーで実現することも可能です。
ただ、テンワを小さくする(=慣性モーメントを小さくする=蓄積されるエネルギーを減らす)と許容される誤差が小さくなって加工が難しくなるのと外乱に弱くなります、これはエネルギーが少ないので外部からの力で簡単に状態が変化すると考えればわかるかと思います。

個人的には単純に振動数だけでエネルギーがかかわるパワーリザーブや安定性を語るのはナンセンスだと思っており、テンワの慣性モーメントやヒゲゼンマイのバネ定数、共振のエネルギー量、品質係数Qを含めて考えるべきだと思っていますので、まずは最低限の範囲と考えた部分を説明いたしました。
このような話に需要があるのであれば、さらにちゃんとまとめたいと思います。

さて、ヴァシュロンのスペックを見ると、振動数は5Hzと1.2Hz、パワーリザーブは約4日と約65日(実際にはもっと長いそう)となっています。



振動数比の2乗は17.4倍、パワーリザーブ比は16.25倍なのでおおむね理論通りと言えます。
実際にはテンワに似たサイズの別のものを使っているのでその差もあるでしょう。
1.2Hzを実現するためのヒゲゼンマイは新開発のバネ定数の小さいもので、極めて繊細とのこと。

さて、"物理学のお勉強"はこれぐらいにして実際の仕組みを見てみましょう。



ブースに通い詰め、常駐する時計師にプアな英語でコミュニケーションを取り続けた結果、出してもらえたのが…



ムーブメントの解説ドローイング!
向かって左が5Hzのテンワ、右は1.2Hzのテンワで、それぞれ独立した輪列を持つブリッジに分けられていることがわかります。
テンワの中間にあるのがこの機構の最初の肝であるストップセコンド機構です。



モード切替のプッシャーを押すことで制御用のカムが動きモードを切り替え、カムから伸びたレバーの先端にある二又のストップセコンドレバーが片方のテンワの振り座を押さえて停止させます。
振り座を押さえる設計は珍しいと思います。

テンワが停止することでアンクル→ガンギ車…と辿って上流を停止さることができ、これが輪列を交互に停止させる周波数切り替えの仕組みです。



交互に停止させる仕組みはできたので、それを一つの時分針に統合するシステムを見てみましょう。
後ほど解説しますが、香箱には通常の香箱外周からの5Hz用の高速出力のほか、1.2Hz用の低速出力が追加されており、それぞれの輪列に独立してエネルギーを供給します。

2つの輪列の間は2入力1出力の差動歯車機構によって接続されていて、回転数の平均が出力される仕組みです。
平均ですが、交互に片方の輪列は停止しているため結局動いている方を素通しさせているのと同じです。



個人的に一番難解だったのが香箱の構造です。
香箱外周から5Hz用の高速出力取り出す仕組みは通常の香箱と同じですが、角穴車と香箱芯の間に差動歯車機構が追加されています。
これは巻き上げと同時に1.2Hz用の低速出力を作るためのもので、差動歯車は入力専用の角穴車、出力専用の1.2Hz低速出力、入出力兼用の香箱芯につながっています。
この差動歯車機構が変速比を持つことで香箱の回転数が直接出力される高速出力よりも遅い回転数で出力します。

状態ごとに動きを見てみましょう。
角穴車はコハゼで逆転防止されているので巻き上げ以外は停止しているのと同じ、巻き上げを行うと差動歯車で低速出力と香箱芯に巻きあげトルクが分配されます。
5Hz動作の時は低速出力は停止しているので角穴車と香箱芯は直結しているのと同じであり、エネルギーは香箱外周から取り出されます。
1.2Hz動作の時は高速出力が停止しており、香箱自体は回転しませんが香箱芯から差動歯車を通じて低速出力にエネルギーが取り出されます、また巻きあげ時は差動歯車を経由してトルクが分配されます。

向かって左にある歯車はパワーリザーブを計測するための2つの差動歯車機構で、一つが高速出力と低速出力の間の回転量の差を計測し、その結果と角穴車の回転量の差を計測することでゼンマイの巻き量を計測します。

2つの輪列から1つの時分針を動かすために1つ、香箱から複数の出力を作るために1つ、そしてパワーリザーブの計測を行うために2つ、合計で4つの差動歯車機構が巧みに使われています。



永久カレンダー機構はレバーとカムを使った伝統的な構造ですが、日送りはトルクを蓄積して一気に動作させる瞬転型になっています。
中央に見えるものが瞬転のためのトルク蓄積機構で、ここにも省エネルギーな新機軸が盛り込まれています。



24時間車が2重構造になっており、その間をトルク蓄積用のゼンマイで連結した構造になっています。
上側に対し下側の歯車が倍の速度で回転し、速度の差が徐々にヒゲゼンマイにトルクを蓄えます。
上側の歯車は半分しか歯が切られておらず、歯がない部分に到達するとトルクを開放、上側の歯車が一気に半回転しスネイルカム状の部品が永久カレンダー機構を押して動作させます。
規制溝が歯車の可動範囲を制限するので、一気に動いたとしても歯車同士がぶつかる心配はありません。

このような用途でよく使われるスネイルカムで徐々に位置エネルギーを蓄える方式と違い、歯車のかみ合わせだけでカムとレバーの摩擦がほとんど発生せず、エネルギーを純粋にバネ要素に蓄えられるため省エネルギーということのようです。



壁にセットされたトルク蓄積機構の模型。



同じものが平置きでも。



トルク蓄積機構のみの模型、上側は歯車が半分しか切ってないことがわかります。

力を入れていたブースの様子もいくつか。





技術要素として、1.2Hz用のバネ定数が小さい細いひげゼンマイも展示されていました。



物理実験、振動周波数を変える実験。
重力加速度と糸の長さで決まる振り子は、わかり易さはこちらの方がいいと思いますが、また微妙に話が違う気もします…



回転数の違いによってパワーリザーブが違う…といった展示。



ブース内には、発想のもとの一つという日本の二挺天符時計も展示されていました。
日の出と日の入りを基準にして一刻の長さを決める不定時法に対応するため、昼と夜で共振機が切り替わり、進むスピードが変化する仕組みです。



仕組みはカムによって脱進機に噛み合う突起を外すというダイナミックなもの。



不定時法の説明。



永久カレンダーに対する発明の歴史。

最後に公式の動画を。





機械的な素晴らしさだけではなく、現実に即したユースケースも想定した素晴らしい時計だと思います。
永久カレンダーの不便さの解決策はワインダーケースに常に格納しておくか、合わせやすさを向上させるしかないと考えていましたが、"パワーリザーブを長くすればいい"というある意味直球の解決策をユニークな方法で実現したのは本当に素晴らしい。




最後に、"スタンバイモードで持ち歩いたらどうなる?"という疑問に関しては、精度が悪化する以上の問題はないとのこと。
プッシャーも間違って押しにくい位置にあるので誤操作も少ないでしょう。



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