クレヨン 最後の砦 カレンダーと緯度から計算するシステムを理解する

 By : CC Fan

個人的には”最注目”で、記事を載せまくっているクレヨン(Krayon)、今回の突発的スイス取材紀行でも創業者レミ・マイヤ(Rémi Maillat)氏の自宅兼クレヨン本社に伺い、ざっくばらんに現状を交換してきました。
以前の記事で取り上げた“二つのアイディア“こと、驚異的なピースのプロジェクトも進んでいて、CADを見ながらディスカッションができましたが、残念ながらまだ情報公開NG…ですが、このディスカッションを通じて最後に残った謎が解けたのでレポートします。



GPHGのトロフィーと”トップシークレット”の前で。

その謎とは疑似組み立て体験の記事でもふんわりとした理解だったカレンダーと緯度から経度0度の点の日の出日の入りの時刻を計算する部分です。
天文学と暦の関係の知識は国立天文台暦計算室が公開している暦Wikiを使って独習しました、必要な情報がそろっており、用語などは微妙なところがありますが、理解は間違っていない…はず。
必要な知識は暦Wikiにリンクを貼るのと同時になるべく平素に説明いたします。



組み立て説明書を再掲しますが、これはカレンダーと緯度(Latitude)から日の出日の入りの時刻を求めるコア部分です。
この部分の理解がふんわりしていたのが前回の記事の心残りで、今回説明するところです。

右上から見ていきましょう、一番上の歯車は1年で一周する歯車で、シンプルカレンダーなので12か月×31日=372日で一周する設計になっています。
手動月末処理は必要ですが、構造がシンプルになり双方向に合わせられるというメリット、何よりも”主題”はそこではないということを考えれば、私はいい選択だと思います。
この歯車には溝が切られており、後述する日の出日の入りカムが溝に沿って平行移動するようになっています。

その下にあるレバーは日の入りプローブ(PALPEUR DE COUCHER)と日の出プローブ(PALPEUR DE LEVER)で、青色のカムに記録されている日の入りと日の出の時間を読み取ります。
レミが“均時差とそう変わらない”と言っていたのも今なら理解でき、このカムに記録されているのは緯度0度・経度0における日の出日の入りの時刻そのものです。
これを補正しながら読みだすことで、緯度に対応した日の出日の入り時刻を読みだすことができます。

補正の方法は前述した1年で一周する歯車に切られた溝に沿ってカムが平行移動することで行います。
では、これは何を示しているのでしょうか?

ある点における日の出入りの季節変化はグラフにプロットすることができ、これをそのままカム化するのが昔からある日の出日の入り時刻を表示するコンプリケーションのベースです。
ただ、この方法だとカムは緯度・経度ごとに作り直さないといけないのがデメリットです。
これを本当に作り直さないといけないのか?緯度経度に依存する成分と表引き(カム化)でしか記録できない成分(地球自体の公転軌道・地軸の傾き)に分ければ一つのメカニズムで地球上の大部分をカバーできるのではないか?という考え方が元になっています。

ほぼ答えに近いのは日の出入りの早い場所・遅い場所です。
これは、昼(太陽が当たっている部分)と夜(太陽が当たっていない部分)の境界線を時間ごとに地図上に示したものです。

春分・秋分の時昼と夜の境界線は経線に沿った方向になります。
言い換えると春分・秋分の日の出と日の入りの時刻は緯度によって変化しません。

夏至の時は、北極が太陽側に向いているため、同じ経度では北へ行くほど日の出は早くなり、日の入りは遅くなります。
経線に対して境界面が傾くため、上記のような変化が起こります。

冬至の時は、逆に南極が太陽側に向いているため、同じ経度では南へ行くほど日の出は早く、日の入りは遅くなります。
これは夏至の時とは逆の変化になります。

これ以外の日付の場合、春分から夏至、秋分から冬至は徐々に緯度の影響が大きくなっていき、逆に夏至から秋分、冬至から春分は徐々に緯度の影響が小さくなっていくと考えられます。

春分・夏至・秋分・冬至はほぼ等間隔に離れており、緯度の影響が最大に関係するのは夏至と冬至、そして夏至と冬至は反対側にあり、変化方向も反対…もうお分かりになりましたでしょうか?
上記の溝に沿ってカムが平行移動するのは夏至と冬至における緯度による日の出日の入り時刻の補正を行っており、溝は夏至と冬至を結んだ線になります。

このカムの移動をつかさどっているのが真ん中の黄色いプレートで、これが日の出日の入りのカムにピンをひっかけて移動させることで伝えます。

一番下の差動歯車機構は難解です。
今までで1年で一周・日の出日の入りの記憶・緯度の補正…と機能は全て実現されておりこの差動歯車は何をやっているのでしょうか?
理解するためには、緯度補正が1年で一周する歯車に乗っかっていると言う事を思い出す必要があります、設定値とは全く関係ない回転の上に情報を伝えるのは通常の歯車では不可能で、レバーで押すような方法も対象が動いてしまうので難しいでしょう。
これに対する解決策が、差動歯車を使って1年に一周の回転+設定値という回転を作ることです。

差動歯車の片方の入力に1年で一周する歯車からの軸がかみ合い、もう片方に緯度設定がかみ合っています。

似たような考え方はZENITHのZero Gと呼ばれるエスケープメントでしょうか?



自由に回転するジンバル上の脱進機に力を伝えるためとジンバル自体の動きを検出するために2組の歯車が設置されており、ジンバル上の差動歯車機構によって二つの歯車が同じ方向に動くジンバルの動き(同相成分)は除去され、輪列からの力(差動成分)だけが伝わります。
レミが“古巣“で設計したコンプリケーションにも似たものがあるのですが、それはまあ…

差動歯車は4つあり、今回判明した機能を含め
  • 緯度を1年で一周する歯車の回転に足し合わせる
  • 経度とUTCからの時差を減算して経度のによる日の出日の入り時刻の変化を求める
  • 経度とUTCからの時差による補正値を日の出の時刻に足し合わせる
  • 経度とUTCからの時差による補正値を日の入りの時刻に足し合わせる
の4つ、2つ目だけが減算として使い、それ以外は加算として使っています。

日の出日の入り時刻だけはカムによる表引きですが、それ以外は計算によって求めているまさに機械式の計算機といった趣です。

そのほかの公開可能なアップデートも。



クリーン設備が設置され、よりよい作業環境が。
”神の手”、ダミアン・スーリスはバケーション中。



地板が4枚もあると言う事は、ビジネスは順調!?



複雑性を感じられるエブリウェアのUSSムーブメントのプロット。
ノーブルさんにも展示される予定。

”次”も非常に楽しみです…

関連 Web Site
Krayon, mécanismes horlogers suisses(英語サイト)
https://www.krayon.ch/en/accueil

参考資料 国立天文台 暦計算室
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/

参考資料 海上保安庁 海洋情報部 日月出没計算サービス
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.html

Noble Styling
http://noblestyling.com/