ローマン ゴティエ ロジカル・ワン 巻き上げ機構について [WATCH MEDIA "OFF"LINE サロン ♯2]より

 By : CC Fan
2020年1月16日:力のモーメントのベクトル積の計算順序が逆(交換則が成り立たない)を修正しました

去年末に行われた、ローマン ゴティエ氏による 「WATCH MEDIA "OFF"LINE サロン ♯2」【フュゼ―チェーンの進化について。コンスタントフォースの実現に関する試行錯誤】、去年中に編集長L’Hiroさんによるレポートが掲載されていますが、私も別視点からレポートします。

個人的にふんわり理解だった巻き上げ機構と巻き上げ時にトルクがなくなる問題をどのように解決して実装しているのか、ゴティエ氏から直接(時計師軍団で囲って)説明していただいたきました。



まずは歴史を含めたレクチャーパート。
ゴティエ氏としてはトルクを摩擦で制限するスタックフリードや、トルクを捨てているようなルモントワールは進化の途中であり、変速によって力を一定にするフュゼこそが理想的と考えているようです。
そのフュゼをもとに、更に進化させたものがロジカル・ワンのスネイルカムによる1層チェーンということのようです。

定義を重視するエンジニアの出自を持つ氏らしい面として、「コンスタントフォース(Constant Force)というな名前が機構が知られているが、フォース(力)は並進運動(直線運動)の用語で、回転運動では力のモーメント、またはトルクと呼ぶのが正しく、コンスタントトルクと呼ぶべき」という話がありました。



ロジカル・ワンには物理的に正しいコンスタント・トルク(Constant Torque)と記されています。

仕組みを見ていきましょう。


これは香箱の回転数vsトルクのグラフです。
2本あるのは、赤色が巻き上げるときのトルク、青色が放出するときのトルクです。
見ての通り、とても一定とは言えないのがわかるかと思います。

そして、灰色の部分は、全開放の近くはトルクが小さすぎ、全巻きの近くはトルクが大きすぎるので使えないことを示しています。
これを、ゼネバ機構や差動歯車によるパワーリザーブインジケータで制限したものが”巻き止め”と呼ばれる機構です、無対策よりはマシですが、トルクが変動することに変わりはありません。



では、どうするか?
変動を打ち消す(補正する)ように変速比を変化させればよいのです。

1から5の点が、トルクカーブに対応するスネイルカムの半径になります。
トルクが強いところほど半径が小さく、逆にトルクが小さいところほど半径が大きくなります。
チェーンを引っ張る”第二香箱”の半径は一定なので、チェーンを引く力はトルクに比例し、上記のグラフと相似になります。



そしてチェーンを引く力が強いところでは半径が小さく、引く力が弱いところほど半径が大きくなります、出力されるトルクは引かれている点の半径×引いている力(正確には半径と力はベクトル、×はベクトル積、初出時順序が逆でした)なので、半径の増加と力の減少が打ち消すような関係になっていれば出力されるトルクは一定になる…これがコンスタントトルクです。

古典的なフュゼでは変速を司るのは、何回転もするらせん状の部品でしたが、ロジカル・ワンでは1回転以下のスネイルカムです。
グラフから読むと香箱が6回転するのに、どうやって1回転以下にするのでしょう。



減速(Reduction)すればいいのです。
香箱出力は青色の減速ギアで減速された後、”第二香箱”と名付けられたチェーンを巻き取る歯車に到達します。
これにより、香箱の6回転を”第二香箱”の約300度の動きに変換し、スネイルカムを引っ張ります。
緑色の乗算(Multiplication)ギアは巻き上げに必要な機構です。

通常の香箱は香箱周辺から出力し、香箱芯から巻き上げることができるため、巻き上げの時もトルクが途切れず、同じ方向にトルクがかかります。
しかし、フュゼは香箱芯は固定した状態で、チェーンを巻き戻さないといけないため、そのままでは巻き戻す逆方向のトルクが輪列に加わってしまいます。


これに対する対策が乗算ギアに内蔵された小さなゼンマイと、スネイルカムに搭載されたワンウェイクラッチです。

プッシュワインディングのボタンを押すと、図の上部のレバーが動き、乗算ギアの小さなゼンマイを巻き上げて乗算ギアにトルクがかかります。
更に押し込むと、香箱の横にある扇状のラックが香箱を押し上げ、チェーンが緩んでかかる力がなくなりますが、スネイルカムと乗算ギアの間には一方向にだけ力を伝え、逆方向は空回りするワンウェイクラッチがあるので、スネイルカムからは伝わらず、輪列には乗算ギアのゼンマイからトルクが供給されます。
最後にラック根本のカムがわずかにスネイルカムを押し上げ、巻き上げが完了、ラックが戻る時は空回りするので香箱が戻ってしまうことはありません。

プッシュワインディングの押す量に対し、乗算ギアにトルクがかかる領域とチェーンが緩んで巻き上げられる領域がオーバーラップしていれば、トルクが途切れることも、逆向きのトルクが伝わることもないため巻き上げ中も動作は継続します。
通常時はゼンマイを押さえるレバーがないため、ゼンマイは空回りし、トルクはかかりません。

古典的なチェーンフュゼも似たような機構を持っており、チェーンに逆向きのトルクがかかった時はワンウェイクラッチで輪列に伝えないようにする、追加のトルク源で動作を継続させるようにしていたとのこと。


スネイルカムと”第二香箱”の軸を強力に支えるストラットバー(突っ張り棒)、この意匠は自動車のサスペンション上部を支えるストラットバーから着想を得たそうです。



修理不可能なカシメで作られた古典のチェーンと違い、分解修理可能で、リンクが一部破損しても継いだり切り詰めたりすることもできるというチェーン。
スネイルカムと触れる部分にはルビーを使い、摩擦を低減しています。



身振り手振りを交えながら説明するゴティエ氏。
個人的にはクリアになりましたが、いざ説明しようとすると難しい…
わからないことがありましたら、お気軽にお問い合わせください。



WATCH MEDIA “OFFLINE” サロンとは
WATCH MEDIA ONLINEが定期的に開催するイベントで、時計好きの方々に参加していただき、愛好家の関心事や時計をテーマにインタラクティヴに語らうことで互いの知識を深め、また同時に参加者同士の交流も図れたらという、いわば、レクチャーとオフ会を兼ね備えたようなイベントをイメージしたものです。
現在、その第3回目、テーマは「ムーブメント~エボーシュとマニファクチュールについて」・1月23日開催と、
第4回目、テーマは「オデュッセウス というA.ランゲ&ゾーネの冒険を体感する」・1月24日開催の、2つのイベントが予定されており、参加者を募集中です。
ご興味のある方は、下記にて詳細をご参照ください。よろしくお願い申し上げます。


1/23→  https://watch-media-online.com/blogs/2827/
1/24→  https://watch-media-online.com/blogs/2832/



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