独立系の現在~ 唯一無二の3本 by DWB

 By : Guest Blog

DWBさんより、ゲストブログに投稿いただきました!


初めまして。
今回ゲストブロガーとして記事を書かせていただく、DWBと申します。私自身19歳の学生で、時計愛好歴1年にも満たない若者です。時計に興味を持ったきっかけは、某動画サイトでジャケ・ドローの作品、チャーミングバードを紹介する動画を観て、その美しさに心を奪われた事です。それから時計について様々な事を調べていくうちに、独立時計師や独立系ブランドの事を知りました。自動化が進む現代の製造業界において、ここまで手作業を多用し精密部品を作っているという事実に驚きました。

自分を虜にした腕時計の魅力を、若者の腕時計離れが著しい時代だからこそ伝えていきたいという心理に至り、ツイッターなどのSNSを通じて今日まで情報発信などをしてまいりました。そこで幸運なことに、Watch Media Online 編集長のa-ls さんと知り合うことができたため、この記事を書かせていただく事に至ったのです。この場を借りて、大変感謝申し上げます。

それでは早速、本文に入りたいと思います。


[独立の定義]

現代における時計界。機械式腕時計の生産が盛んなスイスでは、2000を超える大小様々な時計ブランドが点在し、長い歴史の中で成長を遂げてきました。その中には巨大企業となったものから個人経営のものまで、実に様々な形態が存在していますが、この企業形態は大まかに2つに分類することができます。複数の巨大資本が形成するグループブランドと、それに対してグループに属さない独立系ブランドです。
では何故このような2つの企業形態が存在するのでしょうか。この記事では主に後者の独立系ブランドについて特筆しますが、スイスやドイツにおける時計界の名だたる老舗ブランドの殆どが、巨大資本を有するグループの傘下にあるという現状ですので、まずは前者のグループブランドついて少し触れます。

グループの例を挙げると、世界最大級のブランドグループであり、ブレゲやオメガ、ブランパンなどを傘下に収める「スウォッチグループ」、またその最大のライバルであり、ヴァシュロン・コンスタンタンやA.ランゲ&ゾーネ、ジャガー・ルクルトなどを傘下に収める「リシュモングループ」、そして我が国にも、シチズン時計が主体となり、ブローバやアーノルド&サンなどを傘下に収める「シチズングループ」などが存在しています。これはほんの一例であって、他にも大小様々なブランドグループがあります。そしてそのグループの中にも、マニュファクチュール(時計製造を自社のみでの一貫生産が可能なブランド)、エタブリスール(社外から時計部品を仕入れて加工、調整して販売するブランド)、エボーシュ(主にムーブメントなどを製造し、完成品ブランドに時計部品を供給する部品メーカー)など、時計製作に対するスタンスの異なる数多くのブランドが混在しています。

このように「群れ」を成すブランドグループと対極の存在が独立系ブランドで、その中でも極めて少数の独立時計師によって構成されるAHCI(Academie Horlogere des Creaters Independents)、通称「アカデミー」は、我が国では「独立時計師協会」もしくは「独立時計師アカデミー」と呼ばれ、有名ブランドに属さずにほぼ個人のレベル活動する時計師が作る国際的な団体です。1985年にスヴェン・アンデルセン氏とヴィンセント・カラブレーゼ氏の二人の時計師によって設立されました。メンバーに日本人が2人在籍している事でも知られる、孤高の天才時計師集団です。
●今年のバーゼルでのAHCIブースのエントランス

しかし、何故彼らは優れた技術力と確かな腕を持ちながらも、数々の一流ブランドに在籍しないのでしょうか。そこには、確固たる理由があるのです。
一般的にメーカーでは生産効率やマーケティングが優先とされるため、結果として多くの妥協を強いられることになってしまう場合もあります。このような状況下での製品開発は、彼らの求める「真の腕時計作り」とは相容れない部分も多く、従ってその姿勢を貫くために独立した立場でいる他は無かったのです。彼らが作る腕時計は、メーカーによって大量生産されたものとは一線を画しており、その独創性に富む丁寧で上質な作りは全世界の愛好家や、次世代を担う若き時計師にも注目されている、特別な存在でもあります。






[相反するもの]

大量生産が主である現代の時計製造業に反し、独立時計師は自らの求める完璧な時計を、極めて少量生産で行なっている事は前章で述べましたが、大手企業を除く小規模な独立系ブランドの多くも、その姿勢は同じであると言えます。その証拠は、実際に作品を見てみるとよく分かるでしょう。無限のアイデアから生み出される独創性に富んだデザインや、自らが考え出した特殊機構が、そのまま作品という形で具体化されているため、私はその独立系ブランドが持つ魅力と魔力に心を奪われてしまうのです。
このような独立系ブランドの1つの特徴として、スイスの一流ブランドが数百年にも及ぶ長い歴史を歩んできたのに対し、極めて歴史の浅い新興ブランドが多い事が挙げられます。2000年以降に設立されたメーカーも多く、現在もその数を増やし続けています。




また、もう1つの特徴として、先述した独立時計師同様、独立系ブランドの年間生産数は、数々の有名ブランドと比較して極めて少数である事が挙げられます。進化を遂げたCNC工作機械などでの高精度な加工や、大量生産が可能となった現代においても彼らは少数を好み、また、アセンブリを全自動で行う工場が存在するにもかかわらず、組み立ては必ずといってもいいほど手作業で行っています。はるか昔、時計製造は全ての作業を手作業で行っていた事は言うまでもありませんが、それが何故現代まで生き続けるのでしょうか。ここで一度、大量生産技術が導入されるまでの歴史を振り返ってみることにしましょう。
18世紀当時のスイスでは、いち早く懐中時計生産の分業体制が確立されており、イギリスやフランス、アメリカなどの国外にエボーシュ等の時計部品を輸出していました。しかし、実際には下請け業者の時計師が個々に手作りしていたため、部品の品質や精度、供給は安定していない面もありました。ここで手作業主体の時計産業に変化が訪れます。1700年代後半、フランスで初めて時計部品の量産工場を設立し、後に蒸気機関による大量生産が行われるようになりました。この画期的な技術は隣国のスイスにももたらされ、より本格的な大量生産の時代へと変化を遂げたのです。
そんな中でも、手作業・少量生産の姿勢を変えないのが独立系ブランドです。彼らは時計製造の歴史や伝統を重んじ、そこに敬意を表しています。まず原点に戻り、「真の腕時計作り」を続ける事に誠意を持って努めています。世界に誇るスイスの伝統を残し、後世へ伝えていく必要があるのです。

[固定概念からの独立]

これまで独立系ブランドについて述べてきましたが、最後に実際の作品を見ていく事にしましょう。コレクションはそのブラントを表し、個々のストーリーや創設者の込められた想いなどもその作品から読み取ることができます。それぞれに個性ある唯一無二の作品達を厳選し、皆様にご覧いただきたい3本を紹介します。

 まず紹介するのが、H.モーザーが今年のSIHH(ジュネーブサロン)で発表した「スイス・マッド・ウォッチ」です。同社はスイスの時計業界における問題点や目の前に迫る現実を捉え、皮肉とユーモアを込めた表現方法でそれに反論し、時計製造の伝統継承に警鐘を鳴らす、という独自の手法を生み出しました。昨年にスマートウォッチ普及に対抗し、アップルウォッチに告知したデザインの「スイス・アルプ・ウォッチ」を発表した事が始まりです。
そして今年の「スイス・マッド・ウォッチ」が訴えかける問題は、「スイス・メイド」表記の規定についてです。1971年に制定されたスイス法令では、文字盤などに”Swiss Made”と表記するには「スイス製のムーブメントを使用し、スイス国内でのケーシング、最終検査の導入を行う事」が条件で、ムーブメントの製造コストの50%がスイス製であれば可、となっていました。今年の1月1日からこの法令が改正され、60%に引き上げられましたが、同社のCEO、エドワルド・メイラン氏は納得できませんでした。それもそのはずです。事実、H・モーザーの時計はケースや革ベルトなどの素材を除いて、95%以上がスイス製のパーツで作られているのです。そして今年の新作以降のモデルの文字盤に「スイス・メイド」表記は一切しない、と宣言したのです。


実際に「スイス・マッド・ウォッチ」を見てみると、並大抵の2針時計とは違うことが分かるでしょう。黄身がかった独特な色を放つケースは、スイス・ジュウ渓谷で営まれる農業の牛の牛乳から作られるチーズと、特殊な複合材料とを混合させて作られたものです。時計のパーツに食品を使用するという、世界初の偉業を成し遂げたのです。また、白と黒のまだら模様が目を惹く革ベルトも、その農家の牛革を使用しています。

既にお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、文字盤は赤に白のインデックスで、これはスイスの国旗をイメージしており、「スイス製機械式時計のあるべき姿」を象徴するかのようなデザインとなっています。従ってこの時計は「100%スイス・メイド・ウォッチ」を実現させたのです。

 

次に紹介するのは、クリストフ・クラーレの「ポーカー」です。この時計の売り文句は「大きな子供のための贅沢なおもちゃ」なのだそうで、トゥールビヨンは単純機構である、と豪語するほど複雑機構を得意とする同社は、これまで数多くの超複雑キャリバーの開発を依頼され、ハリー・ウィンストンの「オーパス4」などの名作を生み出してきました。その卓越した技術力を結集させ、腕時計の文字盤上でカードゲームをプレイするという、世界初の試みを具体化する事に成功したのです。
同社は以前にも「ブラック・ジャック」と「バカラ」を製作しており、この「ポーカー」はゲーミングウォッチの第3作品目にあたるモデルです。開発に2年以上の時間を費やして製作された、この時計のための新キャリバー「PCK05」は部品数655、パワーリザーブ72時間を誇る、完全自社製の超複雑ムーブメントです。

その名の通り、ポーカーの中でも人気のあるテキサスホールデムを本格的にプレイできる上、ケース側面にはゲームの進行に伴って鳴り響くソヌリ機構を備えています。さらに、背面の自動巻きローターを回転させる事によってルーレットゲームを楽しむことも可能なのです。
これは高級時計製造の世界に全く新しいジャンルの技術的発展をもたらす偉業です。複雑機構開発の「縁の下の力持ち」的存在だった同社が自らの名を冠した時計を作り続けて約8年が経過した今でも、次々と発表される類を見ない新作で、時計業界や愛好家の注目を集め続けているのです。

 

最後に紹介するのが、ペキニエ・マニュファクチュールの「リュー・ロワイヤル」です。この時計は一見するとデイデイトとムーンフェイズ機能を搭載した、ごく一般的なセミ・コンプリケーションウォッチのように思われるかもしれません。しかし、誕生までのちょっと特別な物語を知ったら、この時計の魅力がお分かりいただけるでしょう。

スイスとフランスの国境付近には、国境線に沿って連なる巨大なジュラ山脈があります。この地域は時計産業が発展しており、スイス側にあるラ・ショー・ド・フォンには、数多くの有名ブランドが工場を構えています。対してフランス側には、モルトーという嘗て時計産業で栄えた町があります。ここモルトーやブザンソンなどのフランス国内では、フランス貴族社会の中で繁栄した時計文化のために、時計技術者が集まって製作を行なっていました。しかし、後に時計産業の中心地は現在のスイスへ移動する事になります。その歴史的背景には、カルヴァン派の新教徒と体制派が争った「ユグノー戦争」がありました。
当時、フランスでは宗教間の対立が戦争にまで発展してしまったため、新教徒の多くは国外へ逃れたのですが、その中にいた時計技術者の多くがスイスのジュラ地方へ移動したのです。
ペキニエは、現在もモルトーに拠点を置く唯一のフレンチ・マニュファクチュールで、まるで時の流れが止まってしまったかのように停滞するフランスの時計産業の復活を担っているのです。
魅力は、歴史だけではありません。特筆すべきは「リュー・ロワイヤル」に搭載されているムーブメント「カリブル・ロワイヤル」の素晴らしさです。最大の特徴は「センターシャフトドライブ」という革新的な機構を採用しているという事です。一般的なムーブメントの巻き上げ機構では、香箱真で香箱内に納められたゼンマイを巻き上げる事によって生じた力が香箱車を回転させます。しかし「カリブル・ロワイヤル」では、この一般理論を逆転する発想を生み出しました。

要するに、香箱車を回転させる事によって力を蓄え、ほどけるゼンマイの力を香箱真に伝えている、というわけなのです。そして、香箱真とシャフトを繋ぐ特許取得済みの特殊部品を組み込む事により、より一定の力を輪列に供給する事が可能となりました。また、耐久性が優れている上、シングルバレルでのロングパワーリザーブの実現や低振動での精度向上という、数多くのメリットが生まれました。他にも、「フラット3ディスク ジャンピング デイデイトなど、この短文では語りきれない魅力がたくさんあります。
たった1つのフレンチ・マニュファクチュールの飽くなき挑戦は、「リュー・ロワイヤル」という形でフランス時計産業復活の功績をあげました。同社の今後の展開に目が離せなくなるでしょう。

 

[おわりに]

ここまで、私が愛してやまない独立時計師や独立系ブランドをテーマにこの記事を書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
独立系は、著名なブランドには決して見られない様々な魅力があり、その全てを語り尽くすのはこの記事だけでは当然不可能な事です。
私はこれからも、独立系に限らず腕時計の魅力を伝える事に誠意を持って努めていきたいと思います。

 

最後までお読み下さいまして、誠にありがとうございました。