リシャール・ミル、オーデマ・ピゲのSIHH撤退が意味するもの

 By : KIH

先刻リシャール・ミル および、オーデマ・ピゲSIHH撤退に関するニュースをお伝えした

そして、数時間後にSIHH事務局から緊急のプレスリリースが送られてきた。それもここでご紹介しよう。(正式な日本語訳ではないのでご留意いただきたい)。

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Geneva, 27 September 2018 - The SIHH takes note the departures of Audemars Piguet and Richard Mille from 2020 onwards, in line with the strategic repositioning of their distribution channels.

The Exhibitors’ Committee, with the support of the Foundation of Haute Horlogerie’s Board, confirms its firm intention to pursue the SIHH’s core purpose, which now extends beyond a trade salon with a distribution focus, to encompass a true culture and experience-led communications platform for all professionals and end customers of Haute Horlogerie.

Building on the success of its recent editions, the salon will in 2019, 2020 and beyond, continue to pursue its mission, closely aligned to the needs of exhibiting Maisons (currently numbering 35 brands) by building on and extending new services, new experiences, and expert content tailored to all audiences in the Haute Horlogerie community, who regard the Salon as a must attend event.
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(抄訳)
SIHHは、オーデマ・ピゲとリシャール・ミルが、業務戦略上の理由により、2020年以降SIHHに参加しないとの決定の通知を受け取りました。

SIHH事務局は、FHH(高級時計財団)役員会のサポートを受け、今後ともSIHHの主目的である、(今や、単なる商談に焦点を置いたトレードショーの枠を超え)、高級時計の文化とそれに関わるプロフェッショナル達とエンドユーザーを結び付け、実際に経験してもらうことを主眼においたコミュニケーションプラットフォームを提供し続けることを確認しました。

ここ数年の成功を踏まえ、SIHHは2019年、2020年、そしてその後も、新たなサービス、新たな経験、そしてすべての高級時計コミュニティーからのゲストにふさわしい専門的な内容をそろえ、展示メゾン(現状35ブランド)のニーズに合致した展示会を目指し続けます。そして、SIHHは「時計ファンが絶対に行かねばならぬイベント」であり続けます。

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世界の反応

ということであるが、意外と(?)世界の時計ファンの反応は「やっぱりね」というトーンが多い。
なぜ「やっぱりね」なのだろうか。お気づきの方も多いと思うが、大手ブランドは今や「直営ブティック」での販売に軸足を移してきており、ブランドとエンドユーザーとの距離はすでに縮まりつつある。そこで、年に1度、小売店やVIPをジュネーブに集めて新作を見せる、あるいは商談をすることの必要性をこの2つのブランドは感じなくなってきた、ということなのであろう。 ローカルなイベントで、よりフォーカスを絞った顧客層へのサービスの提供が可能ということだと考える。言ってみれば、SIHHへ投下する投資額からのリターンよりも、独自に行うイベントコストからのリターンの方が高いということである。


一方でSIHH側は、今後は軸足を、エンドユーザーたちに実機を見てもらい、より身近に感じてもらいつつ、各ブランドのニーズにあった形態のショーにしてこれからも毎年開催する、と言っている。もちろん、SIHH自体がリシュモングループによってはじめられたものであり、オーデマ・ピゲもリシャール・ミルも正確にはリシュモングループではないことは確かであるが、近年はジラール・ペルゴや、ユリスナルダン、独立ブランドなど、いくつもバーゼルの常連を引っ張ってきていて、近い将来すべてSIHHに集まるのではないか、と思ったものである。







テクノロジーの進化と世の流れに逆行するラグジュアリー業界

Disruptive Technologyという言葉がある。小売で言えば「アマゾン」がそれに関しては一番有名である。すなわち、「破壊的テクノロジー」であり、伝統的なスタイルやビジネスに壊滅的打撃を与えるテクノロジーというわけだ。
無論、高級機械式時計をアマゾンで買えるようになるということではない(将来的にもない、と言っているわけではない)が、インターネットの発達により、世界の情報の距離はぐっと縮まっているし、少なくとも中古時計でのオンラインショップの成長は著しい。少し前までは、「時計はヨーロッパで起こっているんだ!」などと叫ぶヨーロッパ人がいたが、今はだいぶ良い方に変わった。無論、工場見学などは現地でしかできないことだが、商品情報について言えば、世界同時に知らしめることが可能だ。ちなみに、その一翼を担うために、当ウェブサイトを有志が作った、ということも忘れないでほしい。まだ、プロトや実機に関しては、世界各地で回ってくる順番があるものの、それも早晩大きな問題ではなくなるであろう。


誤解のないように言っておくが、筆者は、SIHHやバーゼルはもうその役目を終えた、と考えているわけではない。ただ、リシャール・ミルやオーデマ・ピゲは、展示会に頼らずともしっかりと顧客との関係構築ができるインフラ整備が終わったと、顧客本位の体制かどうかはともかく、そう判断したということであろう。




ブランドがブティックを世界中で整備し、新たなビジネスモデル(正確には、ビジネスプロセスだと思うが)に移行する勢いも止まらないであろう。しかし、これは不思議なことに「破壊的テクノロジー」により効率化が進む小売業界の流れに逆行するものである。なぜなら、消費者は時計小売店で各種時計を比較する機会を奪われる可能性もあるからである。今後ユーザーは、何を重視し、時計業界とのどんな関係を目指すか――消費者・コレクター側もそれを賢く選択して、「コレクターファースト」の世界を求める動きも必要であろう。とはいうものの、高級時計はアマゾンで買うものでは(まだ)ないのである。まだまだブランドの方が力が強いこともままある世界である。この世界は決して「コレクターファースト」ではなく、消費者にとっての経済的効率性を求められている業界でもない。しかし、「(高額品や限定品をブティックで扱う、という)コレクターファースト」ではある。これら2つのブランドにとって今回の決定は、そうしたインフラが整ったというだけのことだ。

ラグジュアリーブランドの世界は、世の小売り業界の動きと逆に動いていて、それはやはりブランド力による独占(どこでどんな時計を買っても同じ、とは思わせない「優越感」の提供)、という力のおかげである。そんな世界を趣味にしてしまった我々と読者諸氏は、この先どんな買い物をどんな風にするようになるのであろうか。しっかりと情報を得て、実物を比較・検討する機会は少なくなるかもしれないが、その中で賢い選択をしなければならない時代になったようだ。ウエブ・メディアとしてのWMOの出番も、多くはその選択の手助けにあるのだが、結局、大手ブランドに相手にしてもらうには、ブティックでたくさん買わなければならない、ということであれば、それは悲しいことであるし、普通のアッパーミドルのコレクターには厳しい状況になる。となると、「バリュー」を求めるようになるのが人間のサガであり、景気サイクルの中で将来的に大手ブランドの首を絞めることにならなければいいのだが・・・。

ただの時計バカの独り言ではあるが、読者諸氏も感じることがあれば、是非コメントで声を聞かせていただきたい。