MING: Ming Thein氏 インタビュー + Naoya Hida との邂逅

 By : KIH




先日のMING来日の際に、創立者Ming Thein氏のインタビューを行ったので、ブランド設立の経緯や、氏自身の時計趣味歴など、普段は聞けないし、皆さんもご存じないようなことを拝聴した。筆者が、こう言った新興独立系ブランドに注力しているのは、彼らのストーリーが好きだからである。そして、本音や考え方を聞いた上で、時計を見て購入を決める。大きなブランドではできないことであるし、実際に責任者と顔を見ながら話しをして、信頼できるかどうかを決めるというのが非常に大事なポイントとなる。無論、世界に散らばるこういった新興独立系ブランドにすべて会いに行けるわけではない。しかし、なるべく出張のついでに寄ったり、イベントに行ったり、海外展示会に行ったりして話を聞く機会を作り、そこでの率直な感想をここで披露する。皆さまにはHPに乗っている情報だけでなく、こうした本人の生の声で、彼ら作り手本人への理解をより深めて欲しいと思う。


また、これは雑誌でも取り上げられそうなビッグな対談であるが、双方から「是非」、とのことで実現した「現代の独立時計ブランドの中で群を抜く天才2人の邂逅」対談についてレポートする。


まずは、Ming Thein氏のインタビューから。



Q:まずは、氏がMINGを設立した経緯をおしえていただけますか。

A:すべてを話すにはちょっと時間が足りないね(笑)。まず、私は2000年の初めごろ、ちょうど大学生になって奨学金ももらい(註: 氏は大学では物理学専攻)、いい時計が欲しいと思っていたんです。でも、最初の時計だし、失敗したくなかった。だから、ものすごく調べたよ。当時存在していた、時計ウェブサイト、フォーラム、あらゆるところに参加していろいろな人から教えてもらった。その時に知り合った人たちの中に、このブランドの創立に関与してくれた人たちがいる。そして、当時知り合った人たちは今や、有名な時計ジャーナリストになっている人達もいる。そこで、中身の勉強もしたし、いろんな人たちと時計作りの考え方について言い合いになったりしたよ(今はみんな良い友人になってくれている)。自分ではとても買えないような時計を見たり触ったりして、中身の構造を想像してみたり、とてもいい経験をした。自分自身もデザインもその後始めたし、とにかく、その2000年初頭の時計世界へ足を踏み入れてしまったことが、今の自分を作っている。



とは言え、ご質問への答えに近づいていくと、ものすごい量の失敗をしてきた。一言で言うのは簡単だが、こればかりはいくら時計好きの自分でも、やってみなければわからないことがものすごくあった。設立に至る道、それから設立後これまで、自分、また自分たちは大変な量の知識を得た。そして、同じ質問を2025年に聞かれれば、「2023年にはこんなことはまったく知らなかった」となるはずだ。時計についての技術、知識や情報は常に進化しているので、時計ブランドもそれについて行かなければならないし、それを作り出していかなければならない。自分たちは、常に「違うモノ」を作っていく。それは、他社のモノという意味もあるし、自分たちのモノに対する意味もある。同じもので色を変えて、などということはしない。



設立前、2014年にみんなで某時計展示会に行った。あんまり行かないんだけどね。でも、がっかりした。みんな「商業的」だった。値段も狂ったように高かったしね。時計は一定部分は「アート」だ。もちろん、機械部分があって、工業的な部分もあるが、最終的には買う人がハッピーであることが大事だ。ウェブサイトを見て、どれを買うかを決めて(今はそれが可能な状況ではないが)、手許に届き、パッケージを開け、箱を見て、箱を開けて、時計を手にする。そのすべてのプロセスで購入者が幸せを感じること。それが我々の目標だ。もちろん、「幸せ」の定義はみんなそれぞれだ。先ほど「商業的」「がっかりした」「高すぎ」と言ったが、それはあくまでも、自分たちの基準での見方だ。皆さんは、皆さんが「幸せ」を感じる時計購入をすべきだ。ただ、我々は自分たちが好きな、自分たちが幸せを感じるような時計作りしかしない、ということは我々にとって大事な柱だ。
CEOのPraneethは実は自分の写真学校の生徒だった。波長が合う相手だったので2015年に最後のメンバーとして時計作りの仲間に入らないか、と声をかけた。彼は十分若かったので、リスクを取ることを選んでくれた。彼はファイナンスの背景があり、自分を常に見張っててくれる。創造性を重視しすぎれば金にはならない。商業性を重視しすぎれば、つまらない時計ばかりで全く売れないだろう。そのバランスを取ること、そして需要を予測してどのような時計を供給するべきかというプロセスとのバランスを考える緊張感が、ブランドを長く続けるには非常に大事なことだということだと思う。非常に長い答えになったが、質問には答えられたかな。



Q: 十分答えていただきました。クリエイティビティと商業的な部分との共存、非常に難しいものがあるということには同感です。そこのところを、どのようにやられているか、もう少し詳しく教えてください。

A:我々にとって、商業的な面を考慮しながら新しいモデルを作っていくことの方が、経済状況とのバランスを考えることより遥かに簡単だ。2019年、自分たちはオンラインだけでいいのであろうか、と考えたこともあった。しかし、2020年になってすべてがE-コマースになった。誰がこれを予想できただろうか? 経済状況というのは予想するのは不可能に近い。最悪の経済状況を想像しつつ、1つ1つのモデルを慎重に、全員で話し合いながら発表していくことしかできないですね。自分たちは、いま140ほどの新しいモデル、色を変えたとかインデックスを変えてみた、みたいなバリエーションではなくて、まったく違う140ほどのモデルについて検討しています。最初は、そういったことも全部自分1人で決めていましたが、今ではみんなが客観的視点から意見を言ってくれて、新モデル発表までこぎつけます。140と言いましたが、当然のことながら自分たちが話し合う中でどんどん減っていきます。また、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、デザインランゲージ、あるいはデザインコードと呼んでもいいですが、いま発表した最新のワールドタイマーが第3世代となります。私の頭の中ではすでに第6世代のことを考えています。新モデルの事だけ考えたら、2030年くらいまでは大丈夫だというくらいの数のアイデアは既にある。あとは、きちんと経済状況などを見ながら、適切に早め早めに方向感を微妙に調整しつつ続けていくのみです。



A: では、最後にMingさんの頭の中でどうやってデザインが湧いてくるのか、難しすぎない範囲で教えていただけますか。

Q: それは、本当にお答えしたいんだが、できない。単純なというか説明できない部分が多いからね。ただ、きっかけは必ずある。なんとなく頭に湧いたんで、というデザインは結局ボツになる。無駄な時間となる。誰かから、あるいは既存オーナーたち、世間のトレンド、あるいは街を歩いて何か目に入ってくるもの、そういったものから作り上げるということがほとんどです。何度もいろいろなところで言っていますが、自分たちが好きな時計を作る、というのはこのブランドの基礎です。とは言え、技術的な部分でできないことも多い。そこは妥協すべきではないから、作らないという選択をする。例えば、こういう時計が欲しい、それが可能となるのはこのムーブメントだけだ、でもそのムーズメントは大きすぎて入るケースがない、あるいはその逆。
例えば、ダイバー。「18.01 H41」という名前がついている。この最後の「H41」。こういうのがついているモデルは他にはない。理由は後述するが、ダイバーはとても人気の種類の時計で、ニーズやリクエストがあった。あらゆるブランドが出していると言ってもいいくらい、たくさんのモデルがある。しかし、みんな同じだ。外にベゼルがあって、そこに数字が書いてあって、日付があって、ベゼルは必ずギザギザがついている。そういうダイバーウォッチをMINGが作ってみんな喜ぶか? ここでも、MINGは商業的時計を作るのか、自分たちの好きな時計を作るのか、という原罪的な問いが現れます。自分たちは、まず「ダイバーウォッチに求められる機能とは何か?」から考え始めました。自分が、ダイバーウォッチにあまりなじみがなかったことも良かったかもしれません。ここからの話はあまりに長くなるので省きますが、自分たちは1年でローンチまでこぎつけられるだろうと思っていましたが、結果として2年半かかりました。この時計には、8つのデザインバリエーションが作られ(したがって、Aから始まってHまで)、それぞれがにおいて30から40のマイナーバリエーションを経たわけです(最終は41、つまり8つ目のバリエーションの中で41個目のバージョンが最終合格となった)。その思い出深さにこのモデルナンバーとしました。


筆者の18.01 H41(レビューはこちら)

最後にMing氏より:
もっと時間があればいくらでもしゃべるのですが、そういうわけにもいかないので、それぞれのご質問に長く答えすぎてしまったかもしれませんが、少しでもMINGのことを読者の皆様にわかっていただけるとありがたいです。日本は、皆さんは気づかれていないかもしれませんが、特別な国です。Attention to detail精神、そして美に対する考え方、街並み、街を歩く姿、生活様式に至るまで、日本中がそういった、西洋とは違う、特別な哲学を持って実践しているのです。他の国では有り得ません。自分たちにとっても見本です。そしてMINGも同様の考え方で時計を作っているつもりです。ですので、我々の時計がみなさんの心にも「刺さる」ことを願っております。またそういう時計を作るようこれからも頑張っていくつもりです。

(Watch Media Online に)今回はイベントのご協力なども含め、ありがとうございました。読者の方々も、自分の好きな時計、自分がハッピーになれる時計を求めて、この趣味を楽しんでいただきたいと思います。また来ますので、その時にはまたよろしくお願いします。



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Noya Hida アトリエ訪問

さて、こちらは双方からの希望により実現した夢の対談である。対談と言っても、お互いの時計を見せ合い、それぞれテクニカルな話をして、お互いへの尊敬の念を深める機会となった(本人たち談)。
Naoya Hidaさんの記事はこちら



まずは、MINGチームがNHの時計を拝見






ちょっとはめてみました。サイズピッタリ。




最新のNH式Dバックルをトライ。上下ストラップの寸法をチェック。


"どうでしょう?" -> "ピッタリです"


下の階のアトリエへ
まず藤田さんからデザインも含めて作業の説明を。


次に加納さんから彫金の様子のデモを





今度は、NHチームがMINGの時計をチェック


MINGのTuckバックルをトライ。


ストラップの先端がぶらぶらせず、また見た目以上に快適な着け心地


最後に、二大巨匠が握手をして、実り多い対談が終わりました。


いやあ、すごい二人がお互いに、「ずっと尊敬していました」「ずっとお会いしたいと思っていました」と、めちゃくちゃ中身の濃い・深い対談でした。お互いのブランド設立のはるか前からの話からスタートして、すんごいですねー、というのが聞いている方の感想でした。