オーデマピゲ「ロイヤル オーク “ジャンボ” RD#5」のクロノグラフ機構を特許から「読む」
By : CC Fanオーデマピゲが150周年の集大成として発表した「ロイヤル オーク “ジャンボ”エクストラ シン フライング トゥールビヨン クロノグラフ(RD#5)」、5年の歳月をかけて開発した新クロノグラフムーブメント キャリバー8100を搭載しています。

「抜本的に再設計」したというラックとピニオンを用いたゼロリセット機構により、クロノグラフの操作力を劇的に軽量化したとしています。
この新しいクロノグラフ機構についてイマイチ理解できていなかったので元となった特許を調査、理解できたと思うので「俺の理解」としてレポートします。

ムーブメント写真、主にクロノグラフ機構が配置されており、6時位置のトゥールビヨンから向かって右上の水平クラッチでセンターの秒積算計に繋がっている…と言う事は分かりますが、そこから先がラック(円弧歯車)とレバーで校正された見慣れない機構となっていて見ただけでは理解できませんでした。

逆に文字盤側はペリフェラルローター的な自動巻き輪列、トゥールビヨンに至るオフセットされた計時輪列、ファンクションセレクターで切り替える巻き上げと時合わせ輪列、と比較的わかりやすいと感じる構成です。
では特許を見ていきましょう。

特許番号EP4307052A1(CN119547021A)、特許名CHRONOGRAPH MECHANISM FOR A CLOCKWORK、発明者の一人はジュリオ・パピの特許で、クロノグラフ機構の改善を請求しています。
メインはハートカムとハンマーによるリセット機構に変わるラックとピニオンを使ったリセット機構、それに合わせて複数の機能に必要な要素を融合させた、と読み解きました。
見慣れたハートカムとハンマーの代わりに変わった機構がついています、見ていきましょう。

特許の「核」になっているのはラックとピニオンによる「高効率」なリセット機構です。
そもそもハートカムをハンマーで叩いてリセットする機構を考えると、バネに蓄えた力であれ、人力であれ、ハンマーに加わった力のベクトルのうち、リセットに必要な回転力に使われる成分と摩擦の費やすだけの面圧の成分に分割され、面圧の方は「捨てている」ようなものです、これを改善し、加わった力のほとんどが直接回転力にすることができれば効率は向上するはずです。
ハンマーのように直線的に押さえつけて力を分割するのではなく、直接回転として伝えるには…と考えると、歯車として力を加えればいい、という考えが浮かびます。

この特許ではクロノグラフ積算計の歯車に取り付けられた要素のハンマーをリセットラック(大きな歯車の一部分を円弧状に切り取った歯車)、ハートカムを一部の歯を省いた間欠駆動ピニオンに置き換えています。
初期状態ではハートカムの凹部にハンマーが落ちるようにリセットラックがピニオンの歯間をゼロ位置決めの凸で押すことで通常のクロノグラフと同様にゼロ位置に固定しています。
クラッチが繋がり、クロノが駆動されると積算計はリセットフォースに逆らって回転し、ラックが動き、バネにエネルギーが蓄積されていきます。
この状態でクラッチが遮断されクロノの駆動力が無くなったらどうなるでしょう?バネに蓄えられたエネルギーが放出され、積算計は初期位置まで戻ります。
これは純粋な歯車の噛みあいで行われるため、摩擦で「こじる」ようなハンマーよりも高効率です。
逆に駆動を続けるとどうなるでしょうか?
積算計が1回転すると間欠駆動ピニオンの噛みあいが外れる箇所に到達、噛みあいが外れることでリセットラックのみが初期位置に戻り、エネルギーをいったん放出、直後にまた噛みあって蓄積を始めます。
この説明で「常にリセットフォースに逆らう必要があるの?」「1回転ごとに溜めたエネルギーを捨ててるの?」と思われたかもしれません。
まずは前者ですが通常のクロノグラフは理論上はリセットフォースは発生しませんが、実装上は針のふらつきを抑えるために摩擦でブレーキをかけるフリクションスプリングが追加されていることがほとんどです。
これがリセットフォース同様の抵抗になり、エネルギーとしてみれば「捨てている」ことになるため蓄えたエネルギーをリセットに再利用する方がスマートといえます、さらにバネ要素で押さえることでバックラッシの問題により根本的に対処できます。
そして後者ですが、後述するように1回転ごとにリセットしなかったエネルギーは別の用途に使っています。

このままではクラッチを遮断すると速攻でリセットがかかってしまうため、リセットフォース方向をブロックするワンウェイラチェットが設けられ、これば通常のクロノグラフのブレーキレバーに相当する役割とリセットタイミングの制御の役割を担います。
リセットに必要なエネルギーは既にリセットラックに蓄えられているため、ラチェットを解除するだけでリセットを行うことでき、別途エネルギー蓄積が必要なハンマーとハートカムよりスマートに実現できます。

時と分の積算計もラックの作り方など細部は異なるものの、基本構造は一緒です。

停止用のワンウェイクラッチも同じような構造ですが、連続的な表示だった秒積算計に対し、ジャンピング表示に対応した離散的な位置で停止させるステップインデックシングの規制を行っています。
分は30分で分単位なので30歯、時は12時間を30分単位で表示するので24歯のインデックス車になっています。

さて、秒積算計の所で「1回転ごとにリセットしなかったエネルギーは別の用途に使っています。」と説明しましたが、それが上の桁の積算計を瞬時送りするインスタントジャンプです。
ラックとスプリングにエネルギーを蓄積し、それを一気に放出するエネルギーをレバー経由で分送りラチェットに送り、分積算計を1目盛り瞬時に送ります。
エネルギー蓄積機構(スネイルカムなど)を別建てで用意して同様の瞬時送りを実現した例はありますが、リセット機構とこのような形で有機的に統合するのはスマートだと思います。

分積算計から時積算計も同様、分積算が30分で1周なので時積算計は30分ごとのインデックスになっています。
厳密に言えば「上の桁」が存在しない時積算計が1周したときのエネルギーは「捨てている」ことになりますが、これが起きるのは12時間以上連続してクロノグラフを動かした時だけなので、実用上は無視してかまわないでしょう。

特許の図面とムーブ写真を改めて。
ラックのかけ方や細部が変わっていることが分かりますが、基本コンセプトは踏襲していると考えられます。
というわけで、「俺の理解」でした。
個人的には納得感のあるリセット機構、どれぐらい操作力が軽くなったのか試してみたいものです。
【お問い合わせ】
オーデマ ピゲ ジャパン
03-6830-0000
[オーデマ ピゲ]
オーデマ ピゲは、今なお創業者一族(オーデマ家、ピゲ家)によって経営される最も歴史あるラグジュアリーウォッチブランドです。1875年以来ル・ブラッシュを拠点に、型破りなトレンドを生み出そうと新たなスキルや技術の開発、そして職人技の向上を続ける才能ある職人たちを、何世代にもわたり育んできました。スイス・ジュラ山脈に抱かれたジュウ渓谷で、マニュファクチュールが受け継いできた職人技と先進的なスピリットが込められた、デザインや技術の粋を極めた数々の厳選されたマスターピースが制作されています。実現可能な境界を押し進め、創造的な世界の間に橋を架けるオーデマ ピゲは常に新たな地平に向かって進み、その精神にインスパイアされたコミュニティを作り出してきました。 The Beat Goes On. — www.audemarspiguet.com

「抜本的に再設計」したというラックとピニオンを用いたゼロリセット機構により、クロノグラフの操作力を劇的に軽量化したとしています。
この新しいクロノグラフ機構についてイマイチ理解できていなかったので元となった特許を調査、理解できたと思うので「俺の理解」としてレポートします。

ムーブメント写真、主にクロノグラフ機構が配置されており、6時位置のトゥールビヨンから向かって右上の水平クラッチでセンターの秒積算計に繋がっている…と言う事は分かりますが、そこから先がラック(円弧歯車)とレバーで校正された見慣れない機構となっていて見ただけでは理解できませんでした。

逆に文字盤側はペリフェラルローター的な自動巻き輪列、トゥールビヨンに至るオフセットされた計時輪列、ファンクションセレクターで切り替える巻き上げと時合わせ輪列、と比較的わかりやすいと感じる構成です。
では特許を見ていきましょう。

特許番号EP4307052A1(CN119547021A)、特許名CHRONOGRAPH MECHANISM FOR A CLOCKWORK、発明者の一人はジュリオ・パピの特許で、クロノグラフ機構の改善を請求しています。
メインはハートカムとハンマーによるリセット機構に変わるラックとピニオンを使ったリセット機構、それに合わせて複数の機能に必要な要素を融合させた、と読み解きました。
見慣れたハートカムとハンマーの代わりに変わった機構がついています、見ていきましょう。

特許の「核」になっているのはラックとピニオンによる「高効率」なリセット機構です。
そもそもハートカムをハンマーで叩いてリセットする機構を考えると、バネに蓄えた力であれ、人力であれ、ハンマーに加わった力のベクトルのうち、リセットに必要な回転力に使われる成分と摩擦の費やすだけの面圧の成分に分割され、面圧の方は「捨てている」ようなものです、これを改善し、加わった力のほとんどが直接回転力にすることができれば効率は向上するはずです。
ハンマーのように直線的に押さえつけて力を分割するのではなく、直接回転として伝えるには…と考えると、歯車として力を加えればいい、という考えが浮かびます。

この特許ではクロノグラフ積算計の歯車に取り付けられた要素のハンマーをリセットラック(大きな歯車の一部分を円弧状に切り取った歯車)、ハートカムを一部の歯を省いた間欠駆動ピニオンに置き換えています。
初期状態ではハートカムの凹部にハンマーが落ちるようにリセットラックがピニオンの歯間をゼロ位置決めの凸で押すことで通常のクロノグラフと同様にゼロ位置に固定しています。
クラッチが繋がり、クロノが駆動されると積算計はリセットフォースに逆らって回転し、ラックが動き、バネにエネルギーが蓄積されていきます。
この状態でクラッチが遮断されクロノの駆動力が無くなったらどうなるでしょう?バネに蓄えられたエネルギーが放出され、積算計は初期位置まで戻ります。
これは純粋な歯車の噛みあいで行われるため、摩擦で「こじる」ようなハンマーよりも高効率です。
逆に駆動を続けるとどうなるでしょうか?
積算計が1回転すると間欠駆動ピニオンの噛みあいが外れる箇所に到達、噛みあいが外れることでリセットラックのみが初期位置に戻り、エネルギーをいったん放出、直後にまた噛みあって蓄積を始めます。
この説明で「常にリセットフォースに逆らう必要があるの?」「1回転ごとに溜めたエネルギーを捨ててるの?」と思われたかもしれません。
まずは前者ですが通常のクロノグラフは理論上はリセットフォースは発生しませんが、実装上は針のふらつきを抑えるために摩擦でブレーキをかけるフリクションスプリングが追加されていることがほとんどです。
これがリセットフォース同様の抵抗になり、エネルギーとしてみれば「捨てている」ことになるため蓄えたエネルギーをリセットに再利用する方がスマートといえます、さらにバネ要素で押さえることでバックラッシの問題により根本的に対処できます。
そして後者ですが、後述するように1回転ごとにリセットしなかったエネルギーは別の用途に使っています。

このままではクラッチを遮断すると速攻でリセットがかかってしまうため、リセットフォース方向をブロックするワンウェイラチェットが設けられ、これば通常のクロノグラフのブレーキレバーに相当する役割とリセットタイミングの制御の役割を担います。
リセットに必要なエネルギーは既にリセットラックに蓄えられているため、ラチェットを解除するだけでリセットを行うことでき、別途エネルギー蓄積が必要なハンマーとハートカムよりスマートに実現できます。

時と分の積算計もラックの作り方など細部は異なるものの、基本構造は一緒です。

停止用のワンウェイクラッチも同じような構造ですが、連続的な表示だった秒積算計に対し、ジャンピング表示に対応した離散的な位置で停止させるステップインデックシングの規制を行っています。
分は30分で分単位なので30歯、時は12時間を30分単位で表示するので24歯のインデックス車になっています。

さて、秒積算計の所で「1回転ごとにリセットしなかったエネルギーは別の用途に使っています。」と説明しましたが、それが上の桁の積算計を瞬時送りするインスタントジャンプです。
ラックとスプリングにエネルギーを蓄積し、それを一気に放出するエネルギーをレバー経由で分送りラチェットに送り、分積算計を1目盛り瞬時に送ります。
エネルギー蓄積機構(スネイルカムなど)を別建てで用意して同様の瞬時送りを実現した例はありますが、リセット機構とこのような形で有機的に統合するのはスマートだと思います。

分積算計から時積算計も同様、分積算が30分で1周なので時積算計は30分ごとのインデックスになっています。
厳密に言えば「上の桁」が存在しない時積算計が1周したときのエネルギーは「捨てている」ことになりますが、これが起きるのは12時間以上連続してクロノグラフを動かした時だけなので、実用上は無視してかまわないでしょう。

特許の図面とムーブ写真を改めて。
ラックのかけ方や細部が変わっていることが分かりますが、基本コンセプトは踏襲していると考えられます。
というわけで、「俺の理解」でした。
個人的には納得感のあるリセット機構、どれぐらい操作力が軽くなったのか試してみたいものです。
【お問い合わせ】
オーデマ ピゲ ジャパン
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オーデマ ピゲは、今なお創業者一族(オーデマ家、ピゲ家)によって経営される最も歴史あるラグジュアリーウォッチブランドです。1875年以来ル・ブラッシュを拠点に、型破りなトレンドを生み出そうと新たなスキルや技術の開発、そして職人技の向上を続ける才能ある職人たちを、何世代にもわたり育んできました。スイス・ジュラ山脈に抱かれたジュウ渓谷で、マニュファクチュールが受け継いできた職人技と先進的なスピリットが込められた、デザインや技術の粋を極めた数々の厳選されたマスターピースが制作されています。実現可能な境界を押し進め、創造的な世界の間に橋を架けるオーデマ ピゲは常に新たな地平に向かって進み、その精神にインスパイアされたコミュニティを作り出してきました。 The Beat Goes On. — www.audemarspiguet.com
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