クレヨン エブリウェア ユニバーサル・サンライズ・サンセット (基礎・外装編)

 By : CC Fan
今年の新作は大手・独立系共に、どちらかといえば堅実な時計が多く、ぶっ飛んだハイコンプリケーションは少ない印象ではありましたが、ある筋(私の記事を読んでいただいていると、情報源がバレバレな気もしますが…)から去年の作品ではありますが、とんでもないスーパーコンプリケーションの情報が得られました!
バーゼルのレポートもまだまだな状況で他を取り上げるのは非常に心苦しいのですが、ムーブメント・文字盤・全体のデザイン、すべてが好みで是非紹介したいと思ったので緊急レポートです。

まずは、文字盤側をご覧ください。

後述する驚くべき複雑性を内包しているとはとても思えないシンプルな文字盤で、大変好みです。
これは、クレヨン(Krayon)というブランドのエブリィウェア(Everywhere)というユニークなコンプリケーションです。
ブランド名は筆記具に引っ掛けているようで(筆記具の方は"C"rayon)、エンジニアのRémi Maillat氏によって設立されました。



Maillat氏の経歴をブランドの英語資料から意訳して紹介します(太字部分)。

Rémi Maillat
時計専門の設計エンジニア、クレヨン創業者

彼はトライポロジー研究者の父と数学教授の母を持ち、ルロックル応用科学大学(Le Locle University of Applied Sciences)のマイクロメカニクスの学生だった時に可能性を感じ、時計製作の世界に飛び込みました。
それ以来、彼はラショードフォン(La Chaux-de-Fonds)のスタジオで、クライアントの求めに応じ、ビスポークでリピータ・トゥールビヨン・クロノグラフといった複雑機構を備えたムーブメントを開発し、作成してきました、特にムーブメントの厚みに気を使い、複雑時計とはいえ、装着感を良くすることを重視しています。

彼は、キャリアの中で、初期のコンセプトから最終的な生産まで、伝統的な高級時計の創造に貢献する様々な段階の専門知識を蓄積しながら、開発をリードしてきました。
この若いデザインエンジニアは、日常の経験が時間の複雑さに対して、より多くの新しいソリューションを想像するよう促すことを知っています。 
これには、特にダイビングやハイキングなど、他の情熱、つまり時計製作と同様に楽しんでいる間の自然観察が含まれます。
例えば、早朝の海の観察は、まったく前例のない機能であるユニバーサル・サンセット・サンライズの発想の種になりました。

そして、彼のおかげで、数学的抽象化(mathematical abstraction)は、新しい有用なコンプリケーションを開発するためのツールになります。
現代の時計製作にはそれが必要です。

この紹介の中で、特に数学的抽象化というのは、設計において機能の本質を表現するために極めて重要ではないかと考えています。

エブリウェアは"どこでも"という意味であり、内包するカレンダーを拡張したコンプリケーションであり、キャリバーの名前でもある、"ユニバーサル"・サンライズ・サンセットを表しています。
実は去年のGPHG2017のカレンダー部門にエントリーされており、見逃していたのは完全に不覚です。
惜しくもカレンダー賞はグルーベル フォルセイ(Greubel Forsey)の歯車式の"メカニカル・コンピューター(Le Computeur Mécanique)"を搭載した旧来のレバー式とは構造の違う永久カレンダー、QPイクエーション(QP à Equation)でしたが、個人的にはそれに勝るとも劣らない先進性だと思っています。


文字盤側と一転して、ムーブメント側はスーパーコンプリケーションらしい複雑さ。
後ほど詳細を見ますが、部品数は595個と我がカンタロス(Kantahros)の558個より多いです。
カンタロスもモノプッシャークロノグラフとしては異常に部品数が多いのであんまり参考にはならないですが…

さて、"ユニバーサル"とは何でしょうか?
理解するためには既存のサンセット・サンライズ表示を見直すところから始める必要があります。
これは、日の出の時間と日の入りの時間を表示するもので、コンプリケーションの天文時計や航海時計などのテーマで、永久カレンダーや均時差表示、大掛かりなものではスターチャートなどと組み合わされたコンプリケーションの一部として使われていましたが、あまり主役としてとらえられてはいませんでした。
しかし、日常的に"役に立つ機能"として考えた場合、生活のリズムに直結する日の出・日の入りの時間がわかるのはかなり便利で、注目し、主役に昇格させるに値するのではないでしょうか?

既存のサンセット・サンライズ表示はパーソナライゼーションを前提とし、オーナーが指定した地球上の位置(緯度・経度・厳密には高度も必要)に合わせて一つずつ固定の設定で製作されるものでした。
仕組みとしては均時差表示と同様に、1年で1回転する歯車に固定されたプログラミングカムをレバーが読み取り、針を動かします、プログラムカムの形状は指定した位置から事前に計算で求められ、製造時に組付けられます(均時差表示ですが、カムとレバーによる読み取りの様子は過去に書いています)。
このような仕組みなので、もし、表示される位置を変えたい場合はカムの作り直し、およびムーブメントへの組み付けのための分解が必要で、オーバーホール以上の手間になるため、気軽に行えるものではありませんでした。

"ユニバーサル"・サンセット・サンライズとは、この制約を突破し、オーナーが自由に地球上の位置を変更し、その場所での日の出・日の入り・昼間の長さを知ることができるという機能です。

そもそも日の出、日の入りの時間はどのようにして決まるのでしょう?
空中(宇宙)に浮いた球(地球)に遠方の1方向から光(太陽光)を当てているモデルで説明できます。

この球が中心を貫く軸に沿って一定の速度で回転しているとすると、表面のある点に注目した時に暗い面と明るい面を境界を通過するタイミングが日の出と日の入りで、中心を貫く軸が自転軸、一定の速度が自転速度です。
そして、回転軸に対する球表面の位置は緯度と経度という形で表されます。
厳密にいえば三角関数を用いる幾何学の計算ですが、なんとなくある点の位置と自転速度が分かれば計算できそうというのは伝わりますでしょうか。
(小学校の頃に三角関数なしで、この考え方がなかなか理解できなかった苦い思い出があるので、個人的には三角関数の式を用いたほうが容易に説明できそうな気がしますが…)

ただし、実際には地球が太陽の周りをまわる公転軌道面に対し、自転軸が約23.4度傾いているため、公転軌道内の位置によって光に対して自転軸が変化するような動きが加わります、更には公転自体も楕円軌道なので、その影響も考量する必要があります。

公転軌道内の位置というのは日付に他ならないため、カレンダー、すなわち1年で1回転する歯車さえあれば、事前計算によって求めたカムによる表引きでこの補正を行うことは可能です。

さて、厳密にいえば他にもパラメータはありますが、下記の4つの条件が求まれば地球の表面における日の出・日の入りの時間は幾何学の知識のみで計算可能です。
  • 日付(公転軌道における地球の位置→自転軸と太陽光がなす角)
  • 緯度
  • 経度
  • 時差(計算結果はUTC基準のため現地時刻に変換するために必要)
既存のサンセット・サンライズ表示は緯度と経度、時差を固定し、事前計算したプログラミングカムから日時に合わせた情報を読みだしている(表引き)と言えます。
それに対し、完全には理解できてはいないものの、"ユニバーサル"・サンセット・サンライズは4つのパラメータ(公式WebSiteでは日付を月と日に分けて”5つのパラメータ"と呼んでいます)に対し、カムによる非線形関数近似(三角関数・公転軌道の補正)、歯車の比による乗除算、差動歯車機構による加減算を行い、セットされた位置における日の出と日の入りの時刻を正確に計算します。
これを実現するために、"85石の軸石を含む595個の部品"、"4つの差動歯車機構"、"65個の歯車"で表される極めて複雑なムーブメントを持ちます。



ムーブメントのこの部分が日の出と日の入りの時間をカレンダーと緯度・経度から求める"機械式計算機(Mechanical Calculator)"と呼ばれている部分です。
向かって右側にいかにも差動歯車といった二重構造の歯車、カムが見えます。



ムーブメントはマイクロローター巻き上げにより、腕につけている限り動き続けます。
これは、カレンダーを持った"実用品"としては大切な性能だと思います。
しかし、万が一止めてしまったとしても容易に調整できる工夫が凝らされているので、そんなに心配する必要はありません。

ムーブメントの複雑性に対し、文字盤側はあくまでもシンプルで機能をあまり誇示するような作りではありません。

主役となるサンセット・サンライズ表示は24時間表示の時表示と統合され、文字盤の最外周に配されています。
24時間表示なのも個人的には惹かれるポイントです。
WMOにはまだ紹介できていませんが、私が高級時計を"眺めるだけではなく、実際に購入する"という世界に足を踏み入れたのはジャケ・ドロー(Jaquet Droz)のグラン・ウールGMT(Grande Heure GMT)という24時間の時針のみで1日の時の流れを表し、更には時差を表現するという哲学的なピースに一目ぼれしたからでした。
そんな経緯もあり、黄道上の太陽の動きをそのまま表現しているような24時間表示には特別な思い入れがあります。

昼間の黄色と夜中の青色で塗り分けられた、重ねられたリングの各部が稼働することで、直感的に日の出の時間、日の入りの時間、そして日照時間(Sunlight Duration)を表示しています。
写真ではシンプルなブルーの時針が8時と9時の間を指示しています。
この表示もシンプルなようで実はとんでもなく難しいと考えられるので、別途検討します。



中央の文字盤にも整然と機能が並んでいます。
まず、一番大きいブルーの針は分針で、中心軸は一緒ですが時分針が重なることはない、一種のレギュレーター表示です。

9時位置のサブダイヤルは緯度の設定で、北緯60度から南緯60度まで設定できます。
ダイヤルに設けられた地球儀のような意匠とあわせ、緯度を直接針が指し示しているような"自然"な位置で設定ができます。
設定範囲を60度までに制限しているのは、あまり高緯度だと季節によって太陽が沈まない(白夜)か、太陽が昇らない(極夜)条件が発生してしまい、この表示方法では対応できないためだと考えられます。
この制約は一般的なサンライズ・サンセット表示にも存在するはずですが、明らかにされることは少ないです。

12時位置のサブダイヤルはUTCからの時差と経度の設定です。
緯度と同様、北極点から見た経度をそのまま指し示すような"自然"な位置に配されています。
経度とUTCからの時差を分けることで夏時間(DST:Daylight Saving Time)にも対応することができます。

6時位置はシンプルカレンダーです。
単純化のために一年を372日(12月×31日/月)で表現しているため、月末には調整が必要となります。
永久カレンダーにした場合、後述するような実用的なサイズには収まらなかったでしょう。
また、永久カレンダーのような"早送り"が不要なので両方向に調整可能で、信頼性も高められます。

そして3時位置がパラメータセレクターです。
この手のコンプリケーションは設定項目が多く、調整が難しくなりがちで、大量のコレクターがケース脇に並ぶのが常で、修正に専用の機器が必要でオーナーの手間になります。
この問題に対し、8時位置のプッシャーでセレクターを動かして設定対象を選び、リュウズを引いて両方向に調整という方法をとることで、極めて簡単にそれぞれを設定することができます(ラング&ハイネのアウグストゥスI世と同じコンセプト)。
設定項目は順に、時刻と日付(DATE)、緯度(LATitude)、経度(LONGitude)、UTCからの時差(UTC)となっています。

一見して目立たない点ですが、設定項目の針はダイヤルと同色のシルバー、時分針とデイトはコントラストが際立つブルーにすることで複雑ながらシンプルな見た目を実現しています。
これにより視認性もよくなり、サッと見たときには時分針のみを認識することができるでしょうし、何より全部ブルーにしたらデザインがクドかったでしょう。

これだけの複雑性を持ちながら、ケースサイズは直径42mm、厚み11.70mmと十分に実用的で、音関係の機能はないため防水性能も3ATM確保されています。
パワーリザーブも72時間と必要充分、さらにはマイクロローター自動巻きにより巻き上げられるので"日常使い"してみたくなります。

公式のスペックを意訳したものを掲載します。

機能と表示
  • 24時間表示による時
  • シンプルカレンダー(月と日付)
  • 緯度・経度・タイムゾーン・カレンダーに基づく計算結果による日の出と日の入り時刻の表示
  • 日照時間
USS キャリバー (UNIVERSAL SUNRISE SUNSET)
  • 22金マイクロローターによる自動巻き
  • 72時間パワーリザーブ
  • 3 Hz(6振動/秒)
  • 85石のルビーを含む595部品
  • 4つの差動歯車機構
  • 65個の歯車
  • 直径 35.40 mm
  • ケーシング時の直径 33.50 mm
  • 高さ 6.50 mm
調整
  • パラメータセレクター
  • リュウズにより順方向・逆方向どちらにも調整可能
仕上げと素材
  • サファイア製のディスプレイディスク
  • ミニアチュールペイント
  • ブラックアリゲーターストラップ
  • ホワイトゴールドのピンバックル
  • ゴールド製ダイヤル
  • オプションでジェムセッティングを施したベゼル
  • その他のパーソナライゼーションも可能
  • 伝統的な高級時計作りの仕上げが施されたムーブメントと時計
ケースサイズ
  • 直径 42 mm
  • 高さ 11.70 mm


これはバケットダイヤモンドをセットしたベゼルの例です。

最後に公式のイメージビデオを。



個人的には"全部乗せ"なグランドコンプリケーションであまり関連性のない機能数を誇るよりも、このピースのように一つのテーマを極限まで突き詰めたようなピースが好きです。

ある筋から情報をいただいた後、WebSiteを読んでいるうちに盛り上がったので、コンタクトをとりました。
そこで、Maillat氏から直接返信をいただいたので、記事を書きたい旨を申し出たところ、ムーブメントのCAD図を含む資料を提供と掲載の許可をいただくことができたため、この記事を書いています。
この記事の公開後、すぐにムーブメント編を書き始めます!

関連 Web Site
Krayon, mécanismes horlogers suisses(英語サイト)
https://www.krayon.ch/en/accueil

参考資料 国立天文台 暦計算室
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/

参考資料 海上保安庁 海洋情報部 日月出没計算サービス
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.html

Noble Styling
http://noblestyling.com/