クレヨン エブリウェア ユニバーサル・サンライズ・サンセット (ムーブメント編)

 By : CC Fan
"機械式計算機(Mechanical Calculator)"で日の出と日の入りの時間を計算するという恐るべき複雑性を持ったクレヨン(Krayon)のエブリウェア(Everywhere)、日の出と日の入りの基本的な理論と外装を見た後はいよいよ驚くべきムーブメント、キャリバーUSS(UNIVERSAL SUNRISE SUNSET)を見ていきましょう。

クレヨン創業者であり、エンジニアでもあるMaillat氏から提供されたCAD図と拡大写真を惜しみなく出していきます。



これがキャリバーUSSの文字盤側です。
文字盤側の最外周には日の出と日の入りの時刻の表示、および24時間表示の時針に相当するリング状のサファイアディスクが配置されるため、機械は内側に引っ込んだ形となっています。

手前側に2本のネジで止められた3枚の板状の部品が見えますでしょうか?
これがディスクを支える支持部品で、同じものが全部で4つ見えます。
ディスクの内側には内歯車が切ってあり、それを支持部品近くの変わった歯形の歯車で駆動しています、手前側に見えるが時針の駆動用、左側に見えるのが日の出と日の入りの駆動用です。

サファイアディスクと金属の支持部が擦れ合うのは問題ないのか?と思いましたが、サファイアは軸石に使われるルビーと同じコランダムであり、基本的な条件は軸と変わらないとすれば特に問題はないでしょう。

ディスクは合計で3枚あり、下から順に以下の表示を受け持っています。
  1. 日の入り時刻の表示
  2. 日の出の時刻と日照時間の表示
  3. 時針の表示
重なった結果が一体に見えるように、それぞれは以下のように塗り分けられています。
  1. 表面に昼(黄色)と夜(青)のハンドペイントで日の入りの境界を表示
  2. 裏面に日の出部分の境界とその周辺の色、表面に日照時間の表示
  3. 表面に時針を表示
言葉だけでは説明が難しいので、まずは1の実物を。



日の入りの境界と昼間と夜を表す色がミニアチュールペイントで塗られています。



伝統的な手作業によるミニアチュールペンとの様子です。

見辛いですが、内側に駆動ギアが切られており、ディスクの駆動と支持はこの部分で行われ、ミニアチュールペイントが施された部分は空中に浮いていることになり、擦れによる剥がれを心配する必要はありません。
歯形は一般的なものとは違う、頭が平べったい形ですが、これはムーブメントの壁に当たった時の抵抗を抑えるための形だと思われます。

2と3のディスク単体の写真はないため、重なったところを拡大したものを。



影の落ち方から日照時間の表示と黄色部分が違うレイヤーに塗られていることがわかりますでしょうか?
更に手前側(日照時間目盛りの6付近)で黄色部分が途切れていることがわかり、これが2のリングの昼間部分と1のリングの昼間部分の境界です。
拡大するとわかりますが、おそらく普通に見ている分には全く気が付かないと思われます。
塗装面同士が擦れるのでは?と思ったのですが、前述したように互いのディスクは隙間が空くように支持されているので不要な心配でした。



こちらは夜側の境界面。



原理がわかってから見ると、これが境界面かとわかりますね…
実用上は全く問題ないでしょうが。

2のディスクにある日照時間の目盛りは19時間まで切られており、最大で日照時間が19時間になるような条件までは計算できるようです。

機械式計算機と駆動ギアを含めた断面図を見てみましょう。



何層にも重なり合った歯車がパラメータから日の出と日の入りの時刻を計算し、ディスクを駆動します。



ディスク駆動部のアップです。
歯車が1と2のディスクに噛み合っているのがわかります。


ムーブメント側からの断面図も。
こうやって見ると、マイクロローターというより小型の自動巻きムーブメントの周りを機械式計算機が取り囲んでいるといった方が近いのかもと思えてきます。


機械式計算機部分は驚異的な複雑性でとても全容は理解できません…

CAD図ばかりでは微妙なので組み立て途中のムーブメントの写真も。





一目すると控えめですが、各部の仕上げはしっかり行われています。

展開図を見てみましょう。
まずは文字盤側を。


機械式計算機の大部分はムーブメント側にあると見え、文字盤側は24時間時針の駆動歯車や、表示を駆動する中間車などがある比較的シンプルな作りです。
地板が複雑な形状になっており、日の出と日の入りの時刻の駆動歯車はムーブメント側から組み付けて、文字盤側に出っ張るような構造になっています。

次はムーブメント側です。

自動巻き機構はラチェット式の両方向巻きであることがわかります。
計時機構と機械式計算機の部分はきれいに分離しています。

リュウズのカム4つとピニオンが積み重なっている部品はパラメータセレクターの選択部分で、カムによって選択した部分に繋がる歯車を4つ重ねのピニオンに噛み合わせているのではないかと思われます。
この機構は、ブリッジ側からも見ることができます。



右下に見える櫛歯とレバーを重ねたような部品はおそらく緯度のパラメーターから非線形の中間値を求る一種のカム(リンク?)ではないかと。
レバーの形状をカレンダー付近にあるレバーが読み取り、その結果を差動歯車機構の一つに入力している…と読めます。
この機構もブリッジ側から見ることができます。



計算結果は文字盤側に飛び出したディスクの駆動歯車によってディスクに伝えられ、時差を表示します。



ムーブメントは途方もない複雑さを持っていますが、個人的には以下の根拠から信頼性も充分高いのではないかと思っています。
  1. 計時輪列はスタンダードな構成
  2. 自動巻きもスタンダードな構成
  3. スタンダードな時計からの拡張はカレンダーのみ
  4. 永久カレンダーではない
  5. ほとんどのパラメーターは実質定数
  6. パラメータセレクターによる設定
一つずつ見ていきましょう。

1はそのままの意味で、時間を計測している計時輪列は普通の三針時計と変わらない構成で、トゥールビヨンやコンスタントフォースなどは入っていません。
一般的に速く動く部分ほどトルクが小さくなり、些細なことでロックしやすくなる(例:カンタロス)ため、ここがスタンダードであれば最悪の事態である"止まる"は避けることができます。

2もそのままの意味で、自動巻きですが特に変わったことをやっているとか、巻き上げ経路が長い(例:カンタロス)とか言うことはなく、普通のローターでレバーを動かすいわゆるマジックレバー(セイコー名)とかペラトン式(IWC名)と呼ばれるラチェット式の自動巻きです。
これであれば、"巻き上げない"という事態には陥りにくいでしょう。

3は1と2と微妙にかぶっていますが、この機能はとても複雑ですがあくまでカレンダー以降を拡張したもので会って、時分表示は表示方法こそ変わっていますが、極めてスタンダードです。
速度が速い(トルクが小さい)部分で変なことをやるほど止まりやすいので、時分針がスタンダードな構成であるのは信頼性の面でプラスです。

4は永久カレンダーは月末に"早送り"するためにカムや月末以外は空振りするレバーが追加で必要で、機構が複雑になるうえに、更には送る量によって必要なトルクも変動します。
また、一部を除いて、"早送り"のために順方向の動作しか規定しておらず、逆戻しは不可としています。
これに対し月末処理を手動で行う(すべての月が31日とする)シンプルカレンダーであれば、歯車のみのシンプルな構造を実現でき、必要なトルクはほぼ一定になります。
また、構成を選ぶことで逆戻しも可能な構造にすることができます。
年に5回の月末処理が必要になるのは事実ですが、信頼性と天秤にかけた場合は月末処理のほうが良いと思います。

5は、コンプリケーションを駆動する4つ(公式には5つ)のパラメータ、日付・緯度・経度・UTCからの時差のうち、変化し続けるのは日付のみであり、それ以外はそんなに頻繁(少なくとも毎時とか)には変更しないということです。
動かせば動かすほど摩耗がおき、トラブルの原因となる可能性がありますので、そんなに動かす必要がなければトラブルは起きにくいでしょう。

6は、4つのパラメータの内、物理的に同時に動かせるのは1つにすることで、組み合わせによって壊れたという事態を防止しているということです。
また、大量のコレクターではなく、プッシャー リュウズという構成にすることで見た目もエレガントです。

総じて、機構的には極めて複雑ではありますが、あくまで"使うため"や"日常で役立つ"という視点で作られたコンプリケーションであり、非常に魅力的に思えます。
お値段も途方もないですが、カンタロストゥールビヨン 24セカンド コンテンポラン(Tourbillon 24 Secondes Contemporain)のチタンに次ぐ、"お金がなくても欲しい"と思える作品でした(大体は"お金があったら欲しい"か"お金があるから欲しい"というレベルです)。

まずは、Rémi Maillat氏とお会いしてみたいです。
氏は日本にも来たいとおっしゃっていますが、私もスイスに行く用事があればぜひアトリエを訪ねたいです。

関連 Web Site

Krayon, mécanismes horlogers suisses(英語サイト)
https://www.krayon.ch/en/accueil

参考資料 国立天文台 暦計算室
http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/

参考資料 海上保安庁 海洋情報部 日月出没計算サービス
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KOHO/automail/sun_form3.html

Noble Styling
http://noblestyling.com/