BaselWorld2018 会場外 グルーベル フォルセイ メカニカル ナノ ‐ ナノ フドロワイヤント デモンストレータ2と論文

 By : CC Fan
少しご無沙汰してしまいました。
本業の方が多忙になってしまい、あまりバーゼルの記事が書けず、焦ってしまい更に書けなくなるという悪循環になっていました。
悪循環から抜け出すべく、一番興味があったことから順次書いていこうと思い立ち、会場外で、さらには販売予定すらない研究開発プロジェクトではありますが、一番衝撃的だったグルーベル フォルセイ(Greubel Forsey)のメカニカル ナノ(Mechanical Nano)プロジェクトについてレポートします。

SIHHの時のレポートと併せてご覧ください。
また、順番は前後してしまいましたが、速報をお伝えした素晴らしいピースの数々の実機レポートも順次掲載いたします。

さて、まずは"会場外"ということから。
バーゼルワールドの規模が縮小してきた歴史はウルベルク AMCの記事で少し触れましたが、特に独立系は会場に出展するのではなく、近隣のホテルや飲食店のイベントルーム・カンファレンスルームを借り、独自のイベントとして展示を行っているところがあります。
SIHHでも期間を合わせてジュネーブ市内のホテルで各ブランドがイベントを行っていたのと同じ構図です。

グルーベル フォルセイはライン川沿いの由緒ある5つ星のホテル・レ・トロワ・ロワ(Grand Hotel Les Trois Rois)にて完全予約制のイベントを行っていました。



会場からは一本道で、トラムもありますが歩いても15分ぐらいなので徒歩で向かいました。
ライン川にかかるミッドラレ橋から、主要な通りにはバーゼルワールドの旗が掲げられ、町を挙げてのイベントであることがわかります。



ホテル前に止められていた衝撃的なハイヤー(?)。
非公式なものかと思いましたが、ホテル銘が入っているので公式なもののようです。



いくつかのブランドが展示会を行っています。
グルーベル フォルセイは二番目。



記念にホテルWifiに接続の図。
豊かな歴史、心は若い(Rich in history, young at heart.)、なるほど…

さて、ホテル紹介?はこれぐらいにして、個人的に最注目のピース…



ナノ フドロワイヤント デモンストレーター P2(Nano Foudroyante Démonstrateur P2)!
…いきなりCAD図なのは実機の撮影がNGだったので、SIHHの時に頂いたプレスキットに含まれていた学術論文から引用しているためです。
デモ機が動いていることはちゃんと確認しました。

これはグルーベル フォルセイの中では特にシンプルなトゥールビヨン非搭載のバランシエ(Balancier)をベースにし、フドロワイヤントを6時位置に取り付けた一見するとなんて事のないピースです。
しかし、これを実現するための技術的な困難さを知るととても興味深いピースであることがわかります。
論文を見ていきましょう。

論文はスイス連邦クロノメーター協会(Société Suisse de Chronométrie)の会報(Bulletin)に投稿されました。


古典的なフドロワイヤント、ナノ フドロワイヤント デモンストレータP1(SIHHで拝見したナノ フドロワイヤント EWT)、そしてナノ フドロワイヤント デモンストレータP2を実現するためのアイディアの詳細について述べられています。

まずは既存の技術としての古典的なフドロワイヤントについて。



古典的なフドロワイヤントはガンギ車からタイミングを取ることでフドロワイヤント針を駆動します。
しかし、歯車を単純にかみ合わせただけではトルクがかかっていないために、バックラッシ(歯車の遊び)による針位置の不正確さを抑制できないため、香箱からの輪列を分岐させてフドロワイヤント針にヒゲゼンマイで適切なトルクをかける(予圧を与える)機構が必要になり、それがこの図に示されているものです。
Moyenneという歯車はフランス語で平均(英語のAverage)という意味で、ヒゲゼンマイを持ち回転数の平均をとる(瞬間的には入出力に差があってもよい)歯車を表しています。

これを機械的な小型化によってよりシンプルに実現したのがデモンストレータP1になります。



一気に構造がシンプルになったことがわかります。
ガンギ車と同軸に直接二重歯車が切られ、そこにナノ フドロワイヤントの歯車がかみ合っています。

ナノ フドロワイヤントの歯車の間にあるギザギザはトルクをかけるためのバネで、このバネが歯車を押し広げることでバックラッシを自動的に埋める仕組みです。



ガンギ車と比べてもナノ フドロワイヤントの機構の細かさがわかります。

P1ではナノスケールのフドロワイヤント針をルーペで拡大するという方法でした。
これを通常スケールにして文字盤上に普通に表示できるようにしたものがP2です。


更にシンプルになりましたが、これは古典的なフドロワイヤントで否定した"トルクがかからず噛み合っているだけ"に他ならず、このままではまともな表示はできないはずです。
どのように解決しているのでしょうか?

まず、エネルギー消費を最小にするための方法としてグルーベル フォルセイが特許を持つダイヤモンド ピボット(US 2011/0044141 A1)を使っています。
これは通常のルビー軸受けの摩擦係数0.1に対し、摩擦係数0.03という値を実現するため摩擦と潤滑によるエネルギーロスを抑えることができます。

さらに、今回ステファン氏に確認したところ、ナノ フドロワイヤントとガンギ車がかみ合っている歯車の歯の形状を最適化することでバックラッシを事実上問題ない量まで減らすことに成功したため、"噛み合っているだけ"でも問題無く正確な表示が行えるというのが重要なポイントです。

最適化というのは製造上の公差とか加工精度のレベルではなく、歯に使っている曲線の数式そのものを最適に作り直したというレベルだそうです。
実はこの歯車の曲線は第7の発明、メカニカルコンピューター(Le Computeur Mécanique)に既に使われています(第1から第3の発明こちらで解説しています)。



歯の形状について解説するステファン氏。
曰く、メカニカルコンピューターは歯車の組み合わせのみで永久カレンダーの動作を行う機構で、旧来の永久カレンダーのように日付・月・年・うるう年などの表示ごとに歯車の位置を規制する規制バネを入れるのではなく、噛み合いだけで正しい位置を維持するというにわかには信じがたい機構になっています。
公式サイトを見ても規制バネが無いのですが、描いてないだけだと思っていました。



向かって右から、メカニカルコンピューターの重なった歯車を展開したイメージ図、根元の歯車でのわずかなズレが先の歯車では大きなズレになることを表しています。
次はバックラッシが少ない歯形のイメージ、バックラッシが少ないのに加え、噛み合い位置によるトルクの変化も極めて少ないそうです。
その次は旧来の直歯と三角形の頂点を持つ規制バネによるカレンダー歯車のイメージ、規制バネが歯の頂点を乗り越える前後で大きなトルク変動があるためメカニカルコンピュータには使えないとのこと。

例えば日の歯車で少しのガタがあると、その先の月や年ではさらに大きくなってしまい、規制バネで無理やり押さえないといけなかったが、この歯形によって噛み合いだけで問題なく保持できるようになり、規制バネやレバーを使っていないため両方向に自由に動かすこともできる永久カレンダーが実現できたということだそうです。

そしてこの歯車はバックラッシが極めて少ないため、"噛み合うだけ"でフドロワイヤントに必要な正確性を実現できるという仕組みだそうです。

生産性や耐久性は未知数ではありますが、デモンストレータP2は飾りプレートこそ取り付けられていないものの、そのまま販売できそうだ出来栄えでした。
常に新しい技術の研究を続けるグルーベル フォルセイ、是非メカニカル ナノで新次元を開いてほしいと思います。

1時間のアポイントでしたが、メカニカル ナノについてステファン氏と盛り上がっていたら10分ほどオーバーしてしまい、ご迷惑をおかけしました…
満足感に浸りながら帰った帰り道の様子も。



会場のホテル・レ・トロワ・ロワ、内部はリノベーションされていますが、外観は極めて伝統的です。



ホテル側からミッドラレ橋を。
1月のSIHHと違い、もうすぐ春だと感じる陽気でした。



バーゼルワールド感のある写真も。

関連 Web Site

グルーベル フォルセイ
http://www.greubelforsey.com/en/

カミネ旧居留地店
http://kamine.co.jp/shop/maison/