グルーベル フォルセイ 「ハンド メイド1」の"巻き止め"を探る

 By : CC Fan

個人的には衝撃的だったグルーベル フォルセイのハンド メイド1、外見上の特徴として文字盤側の香箱の上に配置されたゼネバ機構による巻き止め(stop work)があります。



この機構について、去年の時点で「古典的な巻き止めをアレンジしたもの」と言う情報は得られていましたが、具体的な仕組みについて確証が持てなかったのでふんわり理解でした。

モヤモヤと考えていたところ、カレンダーの時と同様、動画で時計の情報を発信しているThe WatchesTVの特集でハンド メイド1に対する3部作が掲載され、そこでCAD図が写り込んだのです!

What It Takes to Manufacture a Watch by Hand with Greubel Forsey - Part I

What It Takes to Manufacture a Watch by Hand with Greubel Forsey - Part II

What It Takes to Manufacture a Watch by Hand with Greubel Forsey - Part III

CAD図を抜きにしても非常に興味深い内容で、英語字幕も分かりやすいので是非ご覧ください。

カレンダーの時と同様、スクリーンショットを取るのはNGだと思うので、分かったことを公式資料を使ってまとめたいと思います。

まずは巻き止めについて、巻き止めと言うのは香箱の回転範囲を制限することで、香箱トルクを安定させる機構です。
フル巻き直前でトルクが急激に上昇する領域と、停止直前でトルクが低下する領域を機械的にブロックし、相対的にトルクが安定している領域のみを使うという仕組みです。
古典とハンド メイド1を比較してみましょう。

古典的な巻き止め(我がデテント天文台クロノメーターのもの)とハンド メイド1の巻き止めは、見た目も違うことが分かります。
まずは古典的な巻き止めの仕組みを見てみましょう。


古典的な巻き止めは、香箱真に取り付けられた1歯の歯車と香箱ケースに取り付けられたスロットが付けられた歯車によるゼネバ機構によって構成されています。
ゼネバ機構の断続運転側のうち、1か所が凸になっておりこれ以上は進むことができないようになっています。

香箱真も香箱も逆時計回りに回転するので巻き上げと放出の動きを見てみましょう。

まず巻き上げです、香箱真が逆時計回りに回転すると1歯の歯車が回転し、ゼネバ機構の断続運転側の歯車を1回転ごとに1スリット分送ります、そのまま巻き上げていき、通過不可能なところまで到達すると引っかかってそれ以上は進めなくなり、巻き上げられなくなります。

次に放出です、香箱が回転すると固定された連続回転側に、ケースの回転によって断続運転側が突っ込んでいき巻き上げとは逆方向に1回転ごとに1スリット分送ります、そのまま放出を続け、通過不可能なところまで到達すると同じく引っかかってそれ以上放出されなくなるため香箱が停止します。

これは香箱真に取り付けられたゼネバ機構の連続回転側を太陽歯車、香箱ケースを遊星キャリア、断続運転側を遊星歯車と捉えると遊星歯車機構による差動歯車機構そのものであり、ゼネバ機構によってギア比を等価的に大きくしたものと捉えることができます。

ギアの直径は1:1ですが、ゼネバ機構によって1回転で1スリットしか送られないためギア比は1:5相当になり、かつ最後の1つはブロックに使われているため香箱は巻き上げと放出の回転数差が4回転の範囲でしか動作しないという事になります。
これはパワーリザーブ32時間、香箱が8時間で1回転というこのクロノメーターの特性に合致します。

では、ハンド メイド1はどうでしょうか?


まず1番にわかることはゼネバ機構の断続動作側のセンターに存在するという事です、更にサイズも香箱並みに大きく香箱上に存在するはずの遊星歯車側が見当たりません。
さらに、上面図(右)ではわかりませんが、投影図では古典的な巻き止め同様、通過不可能な箇所があり、この歯車は1回転以下しか回れないことを示しています。

上記のブログを書いたときには、香箱真が1回転以下しか回ることができないとはどういうことだ?と言うところで詰まってしまい、理解することができませんでした。


いきなり結論を書くと、「ゼネバ機構相当の部分は動作範囲の制限だけを行っており、巻き量と放出量の差は別のところで計測している」と言う仕組みです。
ムーブメント側から見ていきましょう。

巻き上げ輪列から角穴車に伝わり香箱真からゼンマイを巻き上げます、この下にある歯車は香箱(兼1番車)…ではありません
赤色で示したように、角穴車とその下にある歯車はネジ止めされているため一緒に回転します。

本来の香箱外周に切られた歯車からの出力(1番車)は文字盤側に配置されています。
では、ムーブメント側の歯車は何かというと、パワーリザーブ計測用の差動歯車機構に角穴車の回転数(巻き上げ量)を伝えるための中間車兼香箱の蓋です。
香箱の脇に4つの穴石が並んでいるのがパワーリザーブ計測用の差動歯車機構で巻き量と放出量の差はここで計測しています(動画にはそのものズバリの輪列図も出ています)。

差動歯車機構によって巻き量と放出量の差が求められました。


巻き量と放出量の差が求められたので、あとはその差が一定範囲内に収まるように可動範囲を制限してやれば巻き止めとして動作します。
これを行うのが文字盤側に見えていたゼネバ機構で、香箱の上に配置されていた断続運転側の歯車は香箱真と軸を共有しているだけで自由に回転します。
これを差動歯車出力のゼネバ機構の連続回転側から動かし、差が一定以上になったらブロックします。
14スリットあるので、差動歯車出力で13回転分の差になるとブロックして停止させます。
ギア比が完全に同定できていないので、香箱で何回転に相当するかは不明です。

香箱出力は文字盤側にあり、同じく文字盤側にある2番車ピニオンからムーブメント側にある2番車本体に軸が向かっています。

ではなぜ差動歯車を使ってまでこんなややこしい構造にしたのか?という疑問がありますが、これは古典的な巻き止め機構は破損しやすかったという問題に対する解決策ではないかと考えられます。
古典的な巻き止めではもっとトルクがかかる香箱真に1歯のゼネバ機構の連続回転側が配置されていますが、オーバートルクや停止時のゼンマイからのトルクでこの歯が破損して取り除かれているものを見かけます。
香箱上に設置しなければいけないという制約から直径を大きくして同じトルクでも力を弱くするという手法も使えません。
ハンド メイド1の方式であればより差動歯車に到達させる中間輪列での変速、ゼネバ機構自体を大きくしてトルクを抑えつつ堅牢にするという方法で頑丈にすることができます。
また、ゼネバ機構を可視化したことで巻き上げに伴って香箱上の歯車が断続動作するのも面白そうです。

全体の輪列も見てみましょう。



2番車は文字盤側にあるピニオンからムーブメント側の本体に繋がっているグルーベルらしい構造でしたが、3番車は通常の構造です。
2番車のピニオンの大きさから見ると、グルーベルの通常ピース同様に3.2時間で1回転する高速回転香箱を使っていると推測されます。

3番車にはトゥールビヨン(向かって右)とスモールセコンド(向かって左)の2つのピニオンが噛み合っており、トゥールビヨンと秒表示の機能を分けています。
これはトゥールビヨンは「動く彫刻」として美しい動きだけに集中してほしいという姿勢の表れだと理解しています。



文字盤側から見ると3番車の存在を最小化し、余白を大きくとることで、トゥールビヨンとスモールセコンドだけが浮いているような効果が表れていることが分かります。


香箱とスモールセコンドが垂直に配置され、香箱・時分針・トゥールビヨンも一直線、一見すると散らかっているように見えて、調和がとれているデザインだと思います。

グルーベル フォルセイはSIHHを脱退しワールドツアーを行うことがアナウンスされていたので、今頃実機レポートもお伝えできていたでしょうが、現状では如何とも…
実機を紹介できる日を祈って…





【グルーベル フォルセイに関する問い合わせ】
カミネ 旧居留地店
     〒650-0036 兵庫県神戸市中央区播磨町49 旧居留地平和ビル1F
     TEL.078-325-0088
              OPEN.10:30~19:30(無休)
     http://www.kamine.co.jp
     ✉kyukyoryuchi@kamine.co.jp